第66話「風邪と看病」
「ゴホッ……ゴホッ」
正午、オレは布団に横になりどこかフワフワしたようなボーっとするような気持ちで天井を見つめる。どうやらオレは体調を崩してしまったらしい。といってもさして驚きはない。前兆があったからだ。
風邪はどこから? というCMがあるけれどそのCMで言うならオレは喉からだった。昨日から喉がイガイガとしていたのである。それ故に昨日最後の力で生姜とニンニクのスープを作ったのだけれど。
「ゴホッ……参った」
立ち上がろうにも頭がフラフラするのだ。頭痛もして寝ている分には楽だけれど立って歩くとなるとなかなかに辛い。顔も赤くなっていて熱が38度あった。もしかしたらインフルエンザかもしれない。不幸中の幸いなのはスマホのおかげで美里さんの家に休みの連絡を布団から出ないまま出来たことだ。
「ご飯かあ」
困ったときにこういうときでもお腹は空くものでよろよろと起き上がろうとする。共働きなので仕方がないことなのだけど子供の時はこういう時に誰かが家にいる家族が羨ましかった。いや、正直今でも羨ましい。
とはいえ、考えても仕方ないことなので台所へ向かおうとしたその時だった。
「こんにちは。修三君、いますか? 」
まずい、誰か来たぞ。宅配の人には悪いけれど今は受け答えする体力もないし何か頓珍漢なことを言いかねない。ここは悪いけれど帰ってもらって……ええ!?
オレは聞きなれた声に勢いよく立ち上がった。
「はーーーーーい」
自分でも大きな声が出なかったと分かるので足早に玄関へと向かう。予想通り、玄関には買い物袋を提げた美里さんが立っていた。
「ごめんね修三君。いきなり押しかけちゃって」
「大丈夫だよ、丁度一人でいるのが心細かったから」
「それで修三君、ご飯食べた? 」
そう言われて買い物袋をみて気が付いた。何かを買ってきてくれたのだろうか? だとしたら気を遣わせてしまった。今度お金を払わなくては。オレは手を伸ばして受け取る用意をする。
「それじゃあ、台所借りてもいいかな? 」
?
予想外のことに頭が回らなかったが数秒見つめあった末にようやく意味が分かった。彼女は家に入ろうとしているのだ!
「だ、ダメだよ美里さん。ゴホッ……インフルエンザがうつっちゃう」
「修三君、インフルエンザなの! ? 」
「かもしれない、前にかかった時と同じ位体調が悪いから」
そう伝えると彼女はオレに向って微笑んだ。
「心配してくれてありがとう。でも大丈夫だよ、もしそうなったとしてもコックさんと……修三君がいるから 」
オレは顔が赤くなるのを感じた。すると彼女が顔を逸らして言う。
「そ、それじゃあおかゆ作るから修三君は眠ってて」
「ありがとう」
お礼を言ってオレは左手で壁を支えにしながら歩くのを美里さんが心配そうに見つめているのに気が付いたので心配ない、と右手をあげる。そのまま部屋へと向かった。
彼女に言われた通り布団に入り天井と睨めっこすること数十分、大事なことに気が付いた。
「しまった、オレの部屋の場所を教えるのを忘れていた」
オレの部屋は一階の父母の部屋の隣、一番奥の部屋だ。間違えて両親の部屋に入ったら何かいかがわしいものがあるかもしれない! いやそれ以前にオレの部屋には……
慌てて起き上がると室内を見渡す。辺りには漫画があり棚には玩具が飾ってあって……
まずい、いかがわしい本は全て押し入れのお客さん用と称した大学生時代の布団に包んであるからいいとしてこれでは趣味が読書という大人ぶって格好つけた防衛ラインが崩れてしまう! いやまあ読書は嘘ではないのだけれど! なんて言っている場合じゃない、とにかく片づけなくては! いやこのままでは間に合わない! かくなる上は……
最終手段、『両親の部屋をオレの部屋ということにしてしまおう』作戦を決行すべくおぼつかない足取りで廊下へ向かおうとした時だった。
「修三君、ごめん私修三君の部屋が分からなくて……この部屋かな? 」
美里さんが華麗に両親の部屋をスルーしてオレの部屋をノックしている音が聞こえる。万事休すか。
「そうだよ~」
観念したように返事をして美里さんを迎える。お盆の上には美味しそうなおかゆとレンゲがあった。
「お待たせ、ごめんね起こしちゃって」
「いいよ、オレも散らかってて御免」
そう言うと彼女がキョロキョロと室内を見渡した。
「へえ~ここが修三君のお部屋なんだ」
興味深そうに美里さんが言う。
しまった、余計なことを口走ってしまったか!
「あ~ここは弟の部屋で……」
「修三君弟さんがいたの? 」
「いないよ~」
「えっ……」
まずい、熱のせいか頭が混乱して自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。無駄な抵抗はやめて大人しく布団へ戻ることにしよう。
「ごめんね、美里さん。テレビで見ると欲しくなっちゃって」
「ううん、修三君らしい素敵な部屋だと思うよ」
美里さんが笑う。
「でも修三君って本当にヒーローが好きなんだね」
「うん、子供のころから憧れていたんだ」
「そっか」
そう言いながら美里さんがオレの布団の横に正座した。
「はい、修三君あ~ん」
「え? 」
差し出されたレンゲをみてオレは目が点になるもすぐに状況を把握した。
久しぶりのあーんだ! しかも二人きりだから周りを気にする必要もない!
「あ~~~ん」
オレは大きく口を開ける。美里さんはそこにレンゲを運んでくれた。
「どうかな? レシピをみて味見もしたけど修三君のお口に合うかな? 」
オレは美里さん特性のおかゆを飲み込む。
「すっごい美味しいよ! ありがとう美里さん! 」
お世辞ではない、本当に彼女のおかゆは弱った体に染みわたる程美味しかった。
「良かった、じゃあ沢山あるからいっぱい食べてね! 」
美里さんはそう言って再びおかゆの入ったレンゲをオレの口へと近づけた。
「ごちそうさま、美味しかったよありがとう! 」
「はい、お粗末様でした」
美里さんが笑顔でお椀を片付けると再び戻ってきた。
「ありがとう美里さん、助かったよ」
「大丈夫だよ~それよりも修三君のご両親が帰ってくるのって夜だよね? 良ければそれまでいてもいいかな? 」
「嬉しいけど、美里さんは大丈夫なの? 」
そう言うと彼女は力強く頷いた。
こちらとしては心細かったので美里さんが良いのなら拒否をする理由はない。
「ありがとう、じゃあよろしくね! 」
「うん、じゃあここにいるから何かあったら呼んでね。ゆっくり休んで」
美里さんの言葉に微笑むで返すとオレは目を閉じた。
それから数時間、たっぷりと撃眠ったオレは目を覚ます。気が付くと部屋には電気がついていた、
「おはよう修三君」
美里さんに声を掛けられたのでそちらを向く。彼女はオレの隣で本を読んでいたようだ。手にはしおりが挟んだ本があった。
「おはよう美里さん」
「気分はどう? 」
彼女がオレの額に手を当てながら尋ねる。
「結構よくなったよ、美里さんのおかゆのお陰かな? ありがとう! 」
「そう言ってもらえると嬉しいな。とにかく良くなって良かったよ! 」
美里さんが力強く頷いたその時だった。部屋の外にブロロロロという車が来る音が響いた。どうやら父か母が帰ってきたようだ。
「丁度帰ってきたみたいだね」
彼女も音に気が付いたようでそう言うと本をバッグにしまった。
「じゃあ、私もお暇しようかな。あ、お見送りとかは良いから修三君は休んでいて」
オレが見送ろうと起き上がろうとするのを美里さんが制する。
「そっか、今日はありがとうね美里さん」
「うん、それとね。修三君」
美里さんが申し訳なさそうに言い淀む。
「どうしたの? 」
「実はね、中学校一年生の時に担任の先生だった鈴木先生が今中学校にいるんだけど、今年で退職なんだって」
オレと美里さんは一年生と二年生の時同じクラスだったのでオレの担任でもあった鈴木先生のことは良く知っていた。1年生の時に離任されたのだけれどかなり明るくて優しい女の先生だった。
「それでね、春休みに一緒に挨拶に行こうかなって」
美里さんはそう言った。確かに離任式ではなく春休みのどこかで向かうのならば誰かに会う必要は無い。しかしもう一度中学校に行くことになるのは変わらない。だから彼女は伝えようか悩んでいたのだ。
もう一度中学校に……
オレは口の中が乾くのを感じが風邪のせいだと思い込むと笑顔で了解した。
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