第54話「初めての内定」
「お待たせ」
結局何もやることが浮かばず挙句の果てに「暇つぶし 運転手」とスマホで検索し調べること数十分、真仁さんが戻ってきたので急いでロックを解除しドアを開き彼女を迎える。
「お目当てのものは手に入りましたか? 」
「ええ」
彼女は上機嫌で答える。その笑いはやはり親子なのだろう。どことなく櫻井さんに似ていた。
「それでは今から家までお願いね」
「かしこまりました」
そう応えると来た道同様に運転をして櫻井さんの家へと戻った。
「到着しました」
停車と共に後部座席のドアを開く。しかし彼女は降りる気配がなくどうしたのかと振り返るとこちらを真剣な眼差しで見つめていた。
「坂田さん、美里の運転手の件だけれど……」
それを聞いてオレの鼓動が高まる。
まずいぞ、この顔にこの声のトーンだと完全にダメなやつだ。やはり最初のドアのミスが痛かったかなあ、加えて運転もオレがよくできたと思っていただけで全然ダメだったのかもしれない。
もはやこれまで……とあきらめムードのオレを前に彼女は柔らかく笑う。
「合格よ、明日から美里のことをよろしくね」
そう言うと車から外へと出て行った。
や、やったあああああああああ! 合格だああああああああああああああ!
顔をほころばせ見えないように小さくガッツポーズをする。
こうしてはいられない! 今すぐ櫻井さんに知らせないと!
スマホを取り出そうとしたその時、
「お母さん、修三君の試験どうだったー? 」
と元気に走ってくる櫻井さんの姿が見えた。
何とスマホではなく直接彼女に合格と言えるチャンスが来たのだ。直接彼女に合格と言えるなんて何という幸運だろうか……ってええ! ?
「櫻井さん、オレとの関係は隠しておくんじゃなかったの? 」
思わず車から飛び出して櫻井さんに近付き囁く。
「か、関係! ? 」
すると櫻井さんは頬を赤く染めながらも何の話か分からないとばかりに驚いてみせた。
「隠しておくも何も修三君と仲が良いのはお母さんも知ってるよ、どうしてそんな風に思ったの? 」
櫻井さんが首を傾げながらこちらを見つめる。
「いや、櫻井さんが今日は来れないって言っていたからそういうことなのかなあって」
「なるほど、だから美里のことはあんなに他人行儀だったわけですね」
話を聞いていた真仁さんが腑に落ちたというように言う。
「それでお母さん修三君は? 」
櫻井さんがハッとした様子で再び尋ねる。それを聞いた真仁さんはフッと微笑んだ。
「合格よ」
「やったああああああああああああああああああ! 」
櫻井さんが心底嬉しそうにピョンピョンと跳ねる。
「良かったですね美里様、修三様」
いつの間にか現れていた斎藤さんも彼女ばかりかオレまでも祝福してくれて有難いことだ…………え?
「さ、斎藤さんいつの間に? 」
「ハッハッハ、こういうスキルも運転手には必要ですよ修三様」
オレが尋ねると愉快そうに斎藤さんが答える。「努力します」と伝えて櫻井さんの方に向き直る。まだ聞いていないことがあったのだ。
「ところで、櫻井さんはどうして今日試験中に現れなかったの? そんなに忙しかった? 」
オレが尋ねると彼女が俯いたので代わりにと真仁さんが口を開く。
「確か、『修三君、私が側にいると変に格好つけて運転して結果的に足を引っ張ることになってしまうかもしれないから』なんて言ってましたね」
「うっ! 」
確かに、櫻井さんが隣にいるとオレは格好つけてハンドルを握った瞬間「ここからはオレのステージだ! 」とか言いながらフルスロットルで走り出そうとしたかもしれない。何という的確な判断だろう。
しかし、そんなことをして何か問題が起きると色々と教えてくれた斎藤さんと合格をくれた真仁さんに申し訳なく何より櫻井さんを危険に晒すことになってしまうので運転中に格好つけるのはやめようと心に刻み込むのであった。
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