第44話「罰ゲームはお姫様抱っこ」

「櫻井さん、『王子様』でオレが出てくるってどういう……」


「私の負けだね、罰ゲームは何かな? 」


オレの質問を遮るかのように罰ゲームの話題に変える櫻井さん。心なしか頬も赤く染まっているように思える。この反応、まさか櫻井さんも同じことを考えていた?そしてその前に自爆してしまったとそういうことなのだろうか? それならば触れないほうが優しさというものだろう。


「そうだね、罰ゲームは……」


彼女の誘導に咄嗟に乗っかるも言葉に詰まる。


罰ゲームか、お姫様抱っこにしようと決めていたのだけれどこの流れからだと気まずい。いっそ己の欲望を吐き出して水着姿のまま買い物をしてもらって!


「じゃあ、櫻井さんには水着姿のままk……」


その瞬間、ギロリ! といつの間にか現れた斎藤さんの目が輝いた……ように思えた。


「……オレにお姫様抱っこをされてもらおうかな」


間一髪、軌道修正に成功した。


うん、やはり水着で買い物はまずい。櫻井さんが風邪をひくかもしれないし……ってお姫様抱っこだと! ?


慌てて彼女の顔を窺おうとするも両手で覆われていて叶わなかった、けれども両手で顔が覆われているということだけで事態の深刻さは伝わってくる。


何が軌道修正だよ……


とオレはがっくりと肩を落とす。斎藤さんをチラリと横目でみるとどうやらニコニコ笑っているようだった。


斎藤さんからするとこれはOKなのか……とはいえ櫻井さんがこの様子だと諦めたほうが良さそうだ。心理戦とはいえ『王子様』というワードを出したばかりで嫌でも意識してしまうだろうし。


「櫻井さん、じゃあお姫様抱っこはやめて…………髪型をポニーテールにするっていうのはどうかな? 」


オレは彼女に罰ゲームの変更を提案した。「人は咄嗟に口に出した言葉が本音」とどこかで聞いた気がする言葉はここでオレの好きなポニーテールという単語が出てきた辺り確かなのだなと痛感する。彼女は長髪なのだから一度はポニーテールがみたいと前から思っていた。


いやでも待て! ポニーといえば小さな馬、『馬』→『白馬』→『王子様』と連想できてしまう! この返しもマズかったか! ?


またもやドジを踏んだと肝を冷やしている最中、彼女は首を縦に振らず波の音で消されてしまいそうなか細い声で


「お姫様抱っこが良い」


と呟くように言った。


「良いの! ? 」


「うん、罰ゲームだから……」


彼女が人差し指で髪をくるくると回しながら了承する。


「それじゃあ……」


そう言いながらオレは練習した通り彼女の背後に回り右膝をついて左脚のももに座るように促す。ここで櫻井さんが首の後ろに手を回すと楽に持ち上げられるらしいけどそんなことは言えないのでパワーで何とかしよう!


更に左腕を櫻井さんの腰より上の背中に、もう右腕をももの裏へと回す。腕に柔らかい感触が広がるがももに腕が触れるのは不可抗力なので仕方がない。感極まって叫びたくなるのをグッと堪える。


「行くよ櫻井さん」


彼女に声をかけるとオレは腕と腰にグッと力を込めて彼女が座っている足に力を込めて地面を蹴り右方向に90度回転しつつその遠心力を利用して彼女を持ち上げた。そして維持するべく腰と腕に力を入れつつ背筋をピーンと伸ばす。


できた! できたぞ!


オレは人生初の好きな人へのお姫様抱っこという喜びを噛み締めて櫻井さんの顔を見つめる。みると彼女の顔はオレの想像よりも遥かに近い場所にあった。


「し、修三君……」


うおおおおおおおおおおおおおお! ! ! ! さ、櫻井さんがこんなに近くに……しかも水着姿…………いいやだめだ! 平常心平常心!


ここで心を乱して崩れてしまっては彼女にも申し訳ないので腰と腕に力を入れて体制を保つ。


「このまましばらく海を眺めましょうかお姫様? 」


練習した声の低い王子様ボイスで彼女に語り掛ける。正直ツッコまれるかと思ったけれど彼女は何も言わずただ頷くだけだった。


2人でしばらくどこまでも続く水平線を見つめる。遠くの浮島に目掛けて泳ぐ親子の姿や浅いところで遊ぶ子供たちの姿が見えた。


以前のオレなら、ここで「水平線よりも櫻井さんの方が綺麗だよ」とか「今度はあの親子みたいに3人で来たいね」とかキザなことを言ってクサいと笑われていたことだろう。しかし今のオレは違う! 「沈黙は金なり」だ! 綺麗な景色に綺麗な櫻井さん、この余韻に浸りながらひたすら海を眺める! !


それから数分、オレと櫻井さんは海を眺めていたが情けないことに長くやりすぎるのも腰をやってしまう恐れがあるため彼女に声をかける。


「そろそろ戻りましょうかお姫様」


「そ、そうだね」


と顔を赤くして答える彼女の反応がオレが沈黙を選んだことが正しかったのだと実感させた。彼女を抱っこしたまま振り返ると斎藤さんと目が合った。彼は微笑みながら三脚にある何かを覗きこむ。


あ、あれはビデオカメラ! ? ………ということはもしかして撮影中! ?


ただでさえ熱かった顔が更に熱くなるのを感じる。


「さ、斎藤さんそれは……」


「それでは修三様、美里様ハイチーズ! 」


オレの言葉が聞こえないかのようにいこれまたいつの間にか更に用意していた三脚にセットしてある一眼レフカメラのシャッターボタンに手を置きながら言う。


「さ、櫻井さん! 」


慌てて彼女に声をかけるも返事はない、その代わりというのか彼女は自身の腕をオレの首に回し身体をグッとオレに引き寄せた。当然の如くオレの胸辺りに柔らかい感触が広がる。


ふ、ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! ! ! ! この体制で! 水着で! 櫻井さんに! 抱き着かれて理性なんて保っていられるかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ! ! ! !


パシャッ!


オレの心の叫びと同時にシャッター音が鳴り響いた。


「修三王子様、抱っこしてくれてありがとう」


砂浜に立った彼女が口を手で覆いながらからかう様に言う。


からかいながらも未だに頬が赤いということは喜んでもらえたということでこちらとしても嬉しいんだけど1つ問題があった。


「喜んでもらえて良かったけど、あの写真は消して! 」


そう、問題はあの写真だ! 彼女に抱き着かれた瞬間、締りのない顔をしてしまったのが自分でも分かった。お姫様抱っこに王子様ボイスに沈黙でムード大事にしようと色々やってきたのにあの写真1枚で台無しだ! これではどっちに対する罰ゲームなのか分からない! !


「どうして? 」


「実は、櫻井さんに抱き着かれた時驚きと嬉しさの余り凄い顔しちゃったから恥ずかしいんだ」


もはや、オレに駆け引きをする余裕なんてない。ここは本音を言ってでも消してもらわねば! 流石に櫻井さんも自分をお姫様抱っこした男がだらしない顔をしていたら嫌だろうから応じてくれるはずだ!


しかし、オレの予想に反してそれを聞いた彼女は


「そのほうが修三君らしいから消さないでおこうっと」


とご機嫌な様子で微笑んだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る