第41話「スローラフティング」
サウナのような熱気が町にあふれる中、オレと櫻井さんは橋の下でペットボトルをせっせとテープで巻き付けいかだを作っていた。
この橋の下は夏でもひんやりとしていて好きな場所なのだけれどどういうわけか夏でも人気はない。お陰でこうして誰にもみられずにいかだの作成に励めるのだけれど少し寂しくも感じる。
「「出来た! ! 」」
そうこう考えているうちにペットボトルいかだが遂に完成した! 幾つものペットボトルに加え更に念には念を入れて牛乳パックも使用してある。
まさか本当にできるなんて……
作り上げたいかだを誇らし気に見つめる。
ここまでくるのが長かった……特にここまで空のボトルや牛乳パックを作るために飲むのが!
そう、オレはここにくるまで1日2Lは飲み物を飲んでいた。時には諦めかけたが最後まで諦めなくて良かった!しかし、それは櫻井さんも同じなのかもしれない。櫻井さんもかなりのペットボトルを提供してくれたのだ! だからこのことは胸に秘めておくことにする。
「じゃあ修三君、早速だけど」
「うん、早速浮かべよう! 」
オレがそう言って使ったテープをポケットへとしまいいかだを担ごうとするときに彼女が首を横に振った。
「ううん、その前にこの船の名前を決めたいなって」
名前か、確かに名前があったほうが後に思い出といて残りやすい気もするしつけたほうが良い気がする。でもいかだの名前か……
「櫻井さんはどんな名前が良いと思う? 」
櫻井さんに尋ねると彼女はふっと目を逸らして言った。
「できれば、修三君につけてもらいたいなって」
…………マジで? そんなに期待してくれているの?
こうなったら全力でつけるしかない! とはいえ人の感性は違うものなのでこのオレの今の熱い思いを表現するかのように今浮かんだ「バクソーイカーダーZ丸」は残念ながらダメだろう。櫻井さんのことも考えなくては……櫻井さんといえば。
彼女をチラッと見る。彼女は白のカットソーに紺色のフレアスカートに白のビーチサンダルと落ち着いた印象を与えつつも可愛らしい服装だ。
櫻井さんのイメージも取り入れるとなると……
「ふわふわチェリーブロッサムちゃん丸とかどうかな? 」
「………………」
彼女は何も言わず温かい目でオレを見つめていた。
……やってしまった、沈黙が答えというやつか。ならば!
「
安直だがオレと櫻井さんの名前から一文字ずつ取ったものだ。安直すぎると突っ込まれるかもしれない、とすぐさま頭を働かせて次の候補を考えようとしたら意外にも彼女は頬を両手で抑えて遠慮がちに言った。
「良い名前だけど……絶対沈没させたりしないでね」
オレは力強く頷く。
「勿論だよ! かなり丈夫に作ったからその点は心配ないよ! 」
確かに、沈没自体は浮かべるのが足がつく川なのでそれほど恐ろしくはないけれど2人の名前を使っておいて沈没となると2人の先行きが不安になる。しかし、そこまで予期していたという訳ではないけれど櫻井さんを落としてはならないという一心で丈夫に作ったので問題はないだろう。
「それじゃ、名前も決まったし早速浮かべようか! 」
修美丸を担いでいって川へ浮かべる。無事修美丸は川に沈むことなく浮いた。流されないように手で押さえる。
「大丈夫だよ、じゃあ乗ろうか! 」
安全確認も兼ねてオレが先に乗る、川に入った足がひんやりとして気持ち良いが下手をすると水風呂状態になるわけだ。沈まないようにそーッと行きたいところだけれど櫻井さんが乗って沈没というのも避けたいので多少勢いをつけていかだに腰を下ろす。
幸い、船は沈むことなく浮き続けた。錨の代わりにオレが川底に足をつける。
「やった、櫻井さん! 」
オレは喜びつつ竹の棒を持っている彼女に手招きをする。雰囲気ぶち壊しな気もするけれど基本は川の流れに身を任せて何かにぶつかりそうだったらあの竹の棒を地面や障害物に竹の棒を当てることによって方向を変えようという目論見だ。
「乗るよ」
彼女がそう言いながら慎重にゆっくりと修美丸に乗る。修美丸は沈むことなく水面に浮かんでいる。
「じゃあ出発しようか! 」
オレはそう言って彼女から受け取った竹の棒を受け取り横にして両手で持つ。そして錨変わりの足をあげた。たちまち川の流れに流されていかだが動き出す。
ゆっくりとだけど修美丸が動き出した。そのまま橋の下から出て川を流れていく。今の時代川を眺める人も少ないとだころかこの暑さだと外出する人も少ないようで左右の道路をみても歩いている人は誰もいなかった。
「風が気持ち良いね~」
櫻井さんも楽しんでくれているようだ。前方不注意だと何が起こるか分からないのでボートと異なり向かいあったように座れないのは残念だけれどこれはこれで基本漕がずに済むのに加えて気持ちがいいのでオレも満足だ。
「このまま海まで行っちゃおうか」
振り返らずに彼女に問う。勿論、しばらく行くと浅くなってしまうのでそんなことは途中から神輿のように担いでいかない限り不可能なのだけれどこういうのはムードが大切ってやつだ。
「そうだね」
そう櫻井さんの返事が聞こえたと同時にむにゅっと柔らかい感触が背中に広がる。
もしかしてこれは……あばばばばばあっばばばばっばばばばば…………
突然の彼女のハグに対応できずオレの思考はオーバーヒートしたその時
「修三君前! 前! 」
彼女が突然慌てる、ハッと我に返り前を見ると目の前に正に氷山の一角というようにちょこんと岩が水面に出ていた。あの大きさでもぶつかったらこの修美丸にとっては死活問題だ!
オレは素早く竹の棒で岩を押していかだの方向を変える。
間一髪、方向転換に成功して岩に衝突を免れた。
「危なかったね、ごめん」
「私こそ突然ごめんね」
彼女の謝罪から先ほどのハグが、感触が再び蘇る。チラッと前方を確認するとぶつかりそうな岩は見つからなかった。
それでは遠慮なく…………うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 櫻井さんに2回目のハグされたああああああああああああああああああああああああああああああああ! ! ! ! !
穏やかないかだの流れとは対照的にオレの心臓は高速で脈打っていた。
「ありがとう、楽しかったよ」
航河が困難なほど浅いところまで来てしまったので修美丸から降りたところで彼女が言う。
「喜んでもらえて良かったよ、じゃあこの修美丸はオレが責任を持って……」
責任を持って解体して洗った後にスーパーのリサイクルコーナーに入れておくよ、と言おうとした時だった。
「よければ、この修美丸持って帰っていいかな? 」
彼女が思いもよらぬ提案をした。どう考えても櫻井さんの豪華であろう家にこのいかだは不似合いだと思うのだけれどどうしたというのだろう?
「櫻井さんが欲しいなら良いよ」
疑問には感じたけれど、欲しいという彼女に対して拒否をする理由もないので承諾する。オレとしても2人の名前をもじってつけた「修美丸」が解体せずに済むのならそれに越したことはないからだ。
それを聞いて満面の笑みを浮かべた彼女は喜びながら斎藤さんに現在地を伝え拭くものと迎えを依頼する。
そういえば、この修美丸は彼女の車に収まるのだろうか?
というオレの心配はどうやら杞憂だったようで楽々と彼女の車に修美丸は収納された。
「じゃあ、修三君またね! 」
櫻井さんが車に乗って手を振る。それを見てとあることに気付いた。水しぶきか汗かは知らないけれど彼女の白のカットソーが濡れて水色の下着が透けていたのだ。
慌てて視線を逸らす。
服から下着が透けていたというのでこの有様なのだから水着を突然見たらどうなっていたのか。
海水浴に誘う前にこの川遊びに誘って良かった……
オレは心からそう思った。
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