ゆめのあとさき

『ピピピッ。ピピピッ。ピピピッ。ピピッ。』





 電子音が止まる。


 いや、止めたのは自分だ。

 勝手に止まったわけではない。


 アラームを止めて、ふたたびベッドに仰向けになる。


 天井の模様を見つめる。

 そのまま眠りの世界に戻るか、と言えばまったくその予兆は無い。

 緩慢に身体を起こして目覚ましを止めたにしては、妙に覚醒している。


 しかし、目覚めが好いとは言い切れない切なさのようなモノが去来しているのも、また事実だった。


「こんなタイミングで、朝かよ……」


 ここまで明瞭に覚えている夢というのも珍しい。

 高校の屋上からの景色は、現実と全く変わりが無い物だったし、何よりも彼女の表情が――。


「……これ、今日まともに顔見れないだろ」


 同じクラス、席は隣だ。

 とてもじゃないが、いつもの調子で話しかけられる程に、人間ができていないと思う。

 残念ながら。


 ただ。

 何故だろうか。


 それでも、今日が来てくれたことに、とても幸福感を覚えている。


「……起きるか」


 横になったままで伸びをする。

 そのまま腹筋を存分に使って跳ね起きる。


 何か良いことが、あったら良いな――。


 そう願わずには居られなかった。






 




 結局、母と姉には、半分馬鹿にされたような顔をされた。

 何か浮ついているような感じがする、とのことだが、否定できるわけがなかった。

 そのままのんびり朝飯を食べていたのでは根掘り葉掘り訊かれるのは明白だったので、慌てるようにカバンを引っ掴んで家を出た。

 玄関ドアが閉まる直前まで、居間でからからと笑う2人の声が聞こえていた。


 高校までは地下鉄と徒歩で通っている。

 だが、この時間はいつもよりも10分は早い。

 普段からこれくらいを目指して行くのも悪くない気がしてきた。

 何より車内が少しだけ空いているのが良かった。


 最寄り駅からは徒歩で15分程度。

 そこそこの距離だ。

 起きる時間次第では猛ダッシュをする必要がある。

 生徒によっては駅の駐輪場に自転車を置いているようだ。

 今もひとり、大きなカバンを後輪カバーの上に置いて颯爽と駆け抜けていった。


 と、その自転車を目で追っていたら、急に心臓が跳ねた。


 普段と違う時間に来ると、こういうことがあるのか――などと思う。


 ――林田はやしだ小春こはる


 同じクラス、隣の席。小春の名を全身で表すような、女の子。


 片道3車線の大きな道路を交差する信号が青になるのを待っていた。


 同じ地下鉄に乗ってきていたのだろうか。

 気がつかなかった。乗り込んだときの乗車口の違いだろうか。

 随分と早くに改札を抜けていたらしい。


 少し逡巡する。

 ほんの少しだ。

 あとは勝手に足が動いていた。


 静かに横に立って、そしてできる限りの優しい声で、小柄な彼女に。



「……おはよう」

「……え? な、中島くん? お、おはよう」

「うん、中島、だよ」


 だから、もう少しマシな台詞があるだろう。


「びっくりした……。どうしたの? いつもより早い、よね?」

「そう、だね。10分くらい、かな? 何か、ちょっと早く起きれたから、そのまま」


 母と姉から逃げてきた、というのは隠しておく。


「そっか……。何か、良いことあったの? 何だかすごく気分良さそうだよ」

「あー……。うん、あった。」


 ――今もだけど。現在進行形で、良いことが起きているけれど。


「そうなんだ。実は、私も。……今日、すっごい夢見たの」


 彼女を見かけた先ほどとは比べものにならないくらいに心臓が跳ね踊る。

『夢』という単語に少し敏感になりすぎているようだ。


「そう、なんだ……。実は、僕もなんだよね。すごい、夢を見た」

「ホント? ……ちょっと聞きたいかも」

「え。それを言ったら、僕も聞きたい、かも。林田さんが見た夢」


 そう言うと、彼女はじっとこちらを見つめてきた。

 思わず見つめ返す。


 だんだんと顔が熱くなってくるのを感じるが、自分の頬の温度と彼女の頬の赤らみが同じように変化していっているように見えた。


「ひ、秘密……」


 小さな小さな、返答。


「そっか……」

「でも、いつか……。」


 再び、こちらに向けられる視線。

 きっちりとすべてを受け止めると、彼女は続けた。


「いつか、教えてあげられる気がしてる。中島くんに。もしかしたら、近いうちに」

「そっか……。だったら、僕は」


 だんだんと、彼女の顔を見ていると、彼女の声を聞いていると、気持ちが安らいできた。

 波打ち際で、ゆらゆらと打ち寄せている波に身を任せているような。


 何故か、でもアタマのどこかではその理由を理解しているのだ。


 僕は、告げる。


「今日の放課後にでも、教えてあげたいな」


 ハッとした表情をこちらに向けたと思ったら、少し何かを我慢するように瞼を閉じた。


「うん、聞きたい。私もその時、教えてあげるね」

「わかった。じゃあ、放課後に、……屋上で待ってる」

「……うん」



 信号が、青に変わった。

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夢のカケラと、その行方。 御子柴 流歌 @ruka_mikoshiba

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