第29話『蒼き聖剣 と 白人の少女』



 異界門広場前 フェイタウン市庁舎



――異界門


 それを門と呼ぶには あまりに味気なく、例えようのない威圧を放っていた。


 人工物とは到底思えぬ、聳え立つ巨大な石版。それは鏡のように磨き上げられ、傷一つさえなかった。時折、胎動しているかのように複雑な紋様を光らせる。それは―エングレーブのような、もしくは魔法陣のような独特の光跡だ。


――この世界が息吹をあげる前 つまり創世記において、由来人が創られたとされる遺物だった。





 異界門の周囲は、円形の広場になっている。




 広場といっても、石畳が敷き詰められただけなのだが、祭り事の際には、多くの市民がこの広場を埋め尽くす。そして豪華絢爛なパレードや、多種多様な出店で賑わうのだ。




 とくに人気なのが、聖剣の刺さった台座――平和記念碑だ。 




 またの名を、 試練の台座。




 この世界が産声を上げる前。


 かつて存在した世界は、魔王と勇者の聖戦によって崩壊した。


 熾烈な戦いの果て――勇者は斃れ、魔王も深手を負い、世界は死に包まれてしまった。


 創世の魔王が新たに世界を創造し、この地に新天地を賜った。その際、あの悲劇を二度と繰り返すまいと、鎮魂と平和を願い、異界門の前に突き刺したのが由来とされる。


 


 なぜ平和を意味する台座が、試練の台座と呼ばれるのか。





 いつの頃からか、『台座から剣を引き抜けば、聖剣の選ばれし主となれる』などという噂が流れ、誰もが剣を引き抜こうとする観光名所となった。





 この世界に住む人々だけではない。帰還人にも人気のスポットだ。そして彼らは『我こそ! この世界に召喚された真の勇者なり!』と意気込み、祭壇から剣を引き抜こうとする。ある意味 通過儀礼であり、お約束となっていた。



 もちろん この世界の人々である現在人、そしてエルフやリザードマンなどの亜人にも人気である。



 普段は宗教上の理由から、勇者は心良く思われてはいない。だがしかし、老若男女あらゆる種族が、剣を引き抜こうと挑戦し、次々に撃沈していった。中には気合を入れすぎて、腰を負傷する者までいる始末だ。


 



 透き通るような蒼き聖剣。



 その美しさゆえなのか、

 それとも台座に刺さった剣という、浪漫あふれる要素ゆえなのか、


 諸外国からの親善大使でさえも、その聖剣を抜こうと遠路はるばる謁見することさえある。


 しかし聖剣は名高い異国の騎士や英雄さえも拒み、台座から抜かれることはない。まるで固定魔法で台座に括り付けられているかのように、ビクともしないのだ。






 フェイタウンの歴史上 誰も異世界のアーサー・ペンドラゴンにはなれなかった。蒼き聖剣はまだ見ぬ主を、その台座の上で静かに待つのだった。






 戦時下となった今、広場に佇む聖剣に誰も目を留めない。





 行方不明者を探す者。


 負傷者を搬送する者。

 

 住む場所を失った者――……。



 今は目の前の問題を片付けるのに、皆が必死だった。





 支援物資を運ぶ馬車が行き交い、建物の倒壊を防ぐための木材や、固定魔法を習得した魔道士が集められている。



 物質の劣化を防ぎ、存在をその場に固定する魔法は、貴重な文化遺産を守るだけではなく、被災した建物の崩落を防ぐ時間稼ぎに使える。



 難点は詠唱に時間がかかるのと、動いている対象には当て辛い点だ。



 フェイタウンを注意深く見ると、まるで白黒映画のように、色を喪失した建物がいくつか点在している。中には炎を上げたまま、固定魔法によって時間を静止させられた建物まである。



 人々が忙しなく動き、街を守ろうとする中。一人だけ例外があった。




 甲冑を身に纏った少女である。




 金髪を靡かせる少女は、独り、試練の台座の前で佇む。そして蒼き聖剣に視線を注いでいた。



 まるでその少女だけが、別の時間を歩んでいるように……――もしくは街の被災など気にも留めず、他人事であるかのように……。




 少女は視線を円形広場に移す。



 静寂の中、彼女の碧眼に映るモノ。それは、人々が必死で支え合い、なんとしても街を救おうと汗を流す姿があった。とくに彼女の視線を奪ったのは、彼女の世界では馴染みない、、、、、、、、、、、、、ドワーフやエルフ、コボルト、リザードマンの姿だ。



――人ならざる者。



 姿や形がここまで違う種族同士が、一丸となって動き、自分の成すべき事を成す。



 先の見えぬ混迷にも関わらず、種族同士が啀み合うことも、争うこともしない。略奪や暴行もすることなく、平時と変わらぬ秩序を保ち、互いを気付かい、励まし合いながら動いている。普段との違いは、悲しげな表情と涙。消え去った笑顔だ。




 それは少女の元いた世界では、考えられない事だった。




 彼女の世界では、同じ人であり、同じ宗教を崇拝していても、宗派の違いで血で血を争いが繰り広げられていた。


 そして互いの宗派を異端を罵りあい、終いには、魔女や異端者として火あぶりの刑に処す――そんな地獄を、彼女は身に沁みるほど味わったのだ。



 形が同じでも、些細な文化的 違いで軋轢が生まれ、それが怨嗟となって雪だるま式に膨らみ上がる。そして最後には制御できない怪物となり、人の優しさや思いやりを喰い殺し、愚かな行為が繰り返されていくのだ。




 しかしこの世界は――いや、フェイタウンを始めとしたオルガン島だけは違う。




 魔王を信仰し、帰還人という異世界の存在を受け入れる――そんな世界に例のない奇抜な土着信仰。そのおかげか、奇妙にもフェイタウンには、血生臭い怨嗟とは無縁だった。



 形の違いだけでなく、互いの得意できる不得意できないを十分に理解している。その上で、互いがその特色を活かせるよう気を配り、行動しているのだ。



 現に彼女は、その目で見ている。



 エルフは鋭い直感と長い耳を。そしてコボルトは嗅覚を活かし、瓦礫下にいる生存者を見つけ出す。そして最後にドワーフが、小柄で強靭な体を活かして救助する――まさに各々の特色を活かしたチーム戦だ。



 甲冑を身に纏った少女は、ある神官が言った言葉を噛み締め、納得するようにこう言った。



「なるほど。『互いの音が消えないよう、尊重し合う 絶妙かつ調和のとれた文化の音色――ハーモニー』。彼女、、が言っていたあの謳い文句は、単なる綺麗事ではないということか」





 少女は異界門へと歩み始める。



 本来なら門を守る警備兵がいるのだが、彼らも被災地へ駆り出されているため、彼女を止める者はいない。



 少女は巨大な石版こと、異界門を覗き込む。鏡のように磨かれた表面。そして太陽の位置関係から、彼女の顔が鮮明に映り込んだ。




「これが私を召喚した異界門……やはり、改めて見ても大きいな」




 少女は異界門越しに、自分の顔を確認する。




「髪の色。瞳の色。そして顔……やはり、違うな」




 彼女は自分の顔を撫で、指で長い髪を掻き分ける。そして異界門に映る見慣れぬ少女の顔が、間違いなく自分の顔であると確認した。




「やはり私は死んだのだな……あの時、奴らに贖罪を背負わされ、生きたまま葬られた。……にしても、これほど皮肉な話もなかろう。神の御心のまま、戦場を駆け抜けた私が、今度は魔王の名のもとに、異世界で戦うことになるとはな」



 甲冑を身に纏った少女は、重い溜息と共に、課せられた使命を思い起こす。




「『街を守ってほしい』……か。今の非力な私に、なにができよう」




 彼女がそう言いながら、悔しげに唇を噛み締めた。だがその時、誰かに声をかけられたような気がした。少女は振り向くものの、そこに誰もおらず、代わりに彼女の視界に、あるものが映る。



 市庁舎に入るサーティンの姿だ。市長は見慣れぬ少女と、スーツ姿の男を連れていた。



「あれは市長か。それと横にいる 妙な格好をした男はなんだ? ……――ッ?! まさかヤツが例の!!」




 甲冑姿の少女は、ゴクリと息を呑む。




 彼女は高位神官から聞かされていたのだ。未知なる力を振るい、次々と魔獣を斃した 謎の男がいる――と。




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