第16話、織田信長。

「──もう、いい加減にしてくれよ!」


 某異世界の、ニーベルング帝国の帝都ワーグナーに所在する、聖レーン転生教団帝都教会内に設けられた、手狭な告解室の中央に置かれているテーブルを挟んで、私の対面に座っている人物は、いかにも堪りかねたようにして、不快極まる表情で吐き捨てた。




『カクヨム』様サイトのユーザーの皆様、こんにちは。


 わたくし、『小説家になろう』様で絶賛公開中の、『なろうの女神が支配する』という作品で暗躍──もとい、活躍している、聖レーン転生教団帝都教会首席司祭にして、異世界の迷える子羊の皆様の、主に現代日本からの異世界転生に関わるお悩みの相談や罪の告解を承ることを専門しております、ヘルベルト=バイハンと申す者でございます。


 あ、本作『転生法』の、第9話をご覧になった方は、すでにご存じですよね?


 なんか作中において、『名探偵ばりに「異世界転生」に関わる、難解かつ摩訶不思議な事件を解決している、「転生探偵」あるいは「探偵神父」』とか何とか、勝手に言われていましたが、まったくの事実無根の嘘八百でしかありませんから、お間違えなく!


 ……でもこれって、そういった方向でシリーズ化しても、面白かも?


 ──おお、これはいけません。私のことなど、どうでもいいのです。


 確かこちらは、『転生法』──いわゆる、『異世界転生』に関する様々な問題を、適正なルールの下に解決することこそを、主旨にしていましたよね。


 今回私の『告解室』にご相談に訪れた方も、何だか『異世界転生』に関して、憤懣やるかたなしといったご様子。


 それではこれより、詳しくお話を聞いて参りましょう。




「──それで、あなたはご自分が、かの『織田おだ信長のぶなが』様であられると、おっしゃるわけですね? 並み居る戦国武将の中でも、一際ご高名の」




 私の今ひとたびの念押しに、何ら躊躇することなく大きく頷く、目の前の男性。


「そうだ。──しかし、問題なのは、俺が信長かどうかでは無く、あの忌々しき『転生者』どものほうだ!」


「……忌々しいって、皆さんこぞって、あなた様のことを、あんなに慕っておられるではありませんか?」




「慕いすぎなんだよ! 何で現代日本から『戦国転生』してきた転生者のやつらって、武将になるのも商人になるのも政治家になるのも技術者になるのも芸人になるのも、全部俺に頼ってくるんだよ⁉ 後世の評価はどうだか知らないけれど、俺はただの戦国武将なんだ! どんな願いでも叶えてやれる、それこそ異世界転生やこの世界そのものを司っている、『女神』の類いなんかとは違うんだよ⁉」




 ……あー、なるほど。

 戦国時代における、織田信長の人気は群を抜いていて、それこそWeb作品においては無数に取り上げられているから、それを読んだことがあったら、もしも戦国時代に異世界転生をすることになった場合、右も左もわからない状況において、いの一番に頼るべきは、何と言っても織田信長──ってことになるんでしょうねえ。


 しかも信長と言えば、特にその『先進性』で有名だから、転生者ならではの『現代日本人としての記憶や知識』を応用した、戦法や商法や政策や工法や演技法なんかを披露して、役に立ったり気に入ってもらったりすれば、大出世の道が開かれる可能性が大いにあり得るってことで、とにもかくにも転生者たちとしたら、信長にすがりつかざるを得ないってわけなのでしょう。


 ……ま、確かに、信長自身としたら、たまったものではないだろうから、のべつ幕なく戦国時代に転生してきて、自分にまとわりついてくる転生者たちを、『転生法』でちゃんと取り締まってくれと言うのも、一見道理に適っているようですが──。




 おそらくは玉石混交の有り様の転生者たちとはいえ、実は文字通り磨けば光るのであり、結局は信長さん側の使いようなんですけどねえ。




 ──そんなことを密かに考えていれば、『信長』氏のほうは、ますます怒りを募らせながら、言葉ぐちを続けていく。


「……そもそも、現代日本における『信長フィーバー』がいい加減なものに過ぎないのは、明々白々なのだ。──その最たる例が、『前世が織田信長』と嘯く輩が、ごまんといることだ!」


 ──ほう。

 これは、話の流れになりましたねえ。


「ふむ、それは、どうしてでしょう?」


「どうしてもこうしても、あるか! 普通、俺を前世に持つ者は、一人っきりに決まっているだろうが⁉ つまり『自分の前世は織田信長である』なんて言っている輩は、ほぼ全員が大法螺吹きってわけなんだよ!」


 私の狡猾なる誘導に、まんまと乗ってくる、『信長』氏。


 ……ふふ、もはやこっちものですな。




「──いいえ、そんなことはありません。実は現代日本における物理学の中核をなす量子論や、ユング心理学の誇る集合的無意識論に則れば、ある一人の歴史的著名人を前世に持つ現代人が何人いようと、別におかしくはないのですよ」




「………………………………は?」


 自分が何を聞かされたのか、理解できなかったのか、一瞬とはいえ呆けきった顔で、完全に静止してしまう信長氏。


「──いやいやいや、そんな馬鹿な! 何で物理学や心理学に則ると、俺を前世に持つやつが、大勢いても良くなるんだよ⁉」


 とはいえ、すぐに再起動して、私へと血相を変えて食ってかかってきた。


 だから私は、至極丁寧に、『世界の真理』というものを、ご披露してあげたのだ。




「実はですね、『前世が織田信長』と言っても、別に本当に信長さんの生まれ変わりである必要は無く、ただ単に、『織田信長としての前世の記憶』さえ持ってればいいのですよ」




「……え、それって、どういうことだ? 俺の生まれ変わりでも無いのに、俺としての前世の記憶を持っているだと? そんなことがあり得るのか?」


 そして私はそれに対して、聖レーン教団の司祭として、絶対言ってはならないことを、口にする。




「あり得るも何も、そもそも『生まれ変わり』なんて、あるはずがないではありませんか?」




「──いやいやいや、それを言っちゃ、おしまいだろ⁉ ていうか、まさに世界をまたいだ『生まれ変わり』である、異世界転生そのものを、否定してしまったようなものじゃないか!」


「……あのですねえ、実は世界というものは、量子論──特に多世界解釈に則れば、最初からすべて存在しているし、そして最後の最後まですべての世界が、消滅もしなければ改変すらもされることなく、ずっとそのままの姿で存在続けるのであって、もしも戦国時代が、現代日本からタイムトラベルしたり異世界転生したりして移動できる、『別の独立した世界』だとしたら──いえね、普通戦国時代というのは、現代日本と地続きの『現代日本の過去の時代』に過ぎないはずなのですが、昨今のWeb小説にみたいに、あんなに馬鹿の一つ覚えに『戦国転生』が当たり前のようにして実行できるとなると、現代日本とは別個に独立した、『異世界の一つ』ということになってしまうのですよ。そうすると当然すべての世界の中で、『織田信長』と呼び得る人物は、現在確固として存在する『戦国時代という名の異世界』の中に存在している織田信長ただ一人だけとなり、多世界パラレルワールド解釈的には、現代日本にとってはパラレルワールドにおいて織田信長の『生まれ変わり』なんて、存在するはずがなくなるのです」


「そ、そりゃそうだよな! だったらここにいる、俺は何者だって話になるしな! 自分たちで散々SF小説やラノベやWeb小説で、『織田信長』を登場させているんだ、それで現代日本にまで『織田信長の生まれ変わり』なんかがいることになったら、完全に矛盾しているだろうよ!」


「ええ、まさにこの今回のエピソードがいい例です。ギャグだかシニカルだか知りませんが、こうして織田信長を登場させておいて、その一方で『生まれ変わり』も存在しているなんて、欲張りにもほどがあるってものですよ。いやあ、ご理解いただけまして、良かったです」


「……ちょっと待て、『生まれ変わり』そのものが絶対にあり得ないというのに、さっきあんたが言っていたように、現代日本人が『織田信長としての前世の記憶』を持っていることなんてあり得るのか?」


「できますよ、なぜなら、あなたはさっき、『生まれ変わり』があり得ないなら、『異世界転生』だってできないのでは? ──とか何とかおっしゃっていましたが、実は『生まれ変わり』はできなくても、『異世界転生』自体は、それこそ量子論に引き続いて今度は集合的無意識論に則れば、ちゃんと実現できることになっておりますので、これと同じ方法をとればいいのです」


「は? 集合的無意識論って……」


「そもそもですねえ、現代物理学の『質量保存の法則』その他の物理法則──つうか、世間一般の常識に則れば、複数の世界の間を、人間等の物質が丸ごと物理的に転移できたりするわけがなく、タイムトラベルとか異世界『転移』なんかが、実現できるはずがないんですよ」


「──ぶっちゃけたな、おい⁉ あんたこの瞬間に、出版界のほとんど全員を、敵に回してしまったんじゃないのか⁉」


「しかし、それに対して、異世界『転生』なら、その実現可能性はけして否定できないのです。だって単なる普通の異世界人のお子さんが、ある日突然自分のことを、『現代日本人の生まれ変わり』だなんて世迷い言をほざき始めようとも、それが本当なのかただの妄想なのか、誰にも判断できないし、そういう意味からも、リアリティ的には何ら問題は無いわけではありませんか?」


「……今度は、Web小説界のほとんど全員を、敵に回した、だと?」


「この、実際に世界の間を物理的にも精神的にも転移することなく、しかも『生まれ変わる』ことすらせずに、『異世界転生』を実現する方法、それは現代日本におけるユング心理学の言うところの、ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の『記憶と知識』がすべて集まってくるとされる、全異世界における全人類共通の超自我領域たる、『集合的無意識』にアクセスすることによって、ある特定の現代日本人の『記憶と知識』が脳みそに刷り込まれてしまって、それがまさしく『前世の記憶』のようなものになって、自分のことを『現代日本人の生まれ変わり』と思い込むようになるといった次第なのでございます」


「集合的無意識って、何だそりゃ?」


「極簡単に言うと、『先人の知恵の集積』みたいなもので、世に言う『天才発明家ならではの閃き』は、ここに偶然アクセスすることによってもたらされたとも言われており、別に全然荒唐無稽な超常的代物ではなく、人間誰しも何かの拍子にアクセス可能な精神的領域でして、ぶっちゃけていえば、『夢の世界』そのものだという説もございます。それだったら文字通り、誰でも夜寝るだけでアクセスできるでしょう?」


「ゆ、夢だと?」




「例えば現代日本人が、戦国時代において織田信長になってしまうという、非常に詳細に描かれた現実そのままの夢を見たとしたとます、普通の人だったら、単なる夢としてすぐに忘れてしまうだけでしょうが、思い込みが激しい人だったら、『こんなに詳細でリアルな夢が、ただの夢のはずがない、これぞ前世の記憶なんだ! 俺は織田信長の生まれ変わりだったんだ!』と、あらぬことをわめきだすなんて、十分あり得るとは思えません?」




「──っ、それって、まさか⁉」


「そうなんです、現代日本において、『俺の前世は信長だ』なんておっしゃっている方のほとんどは、単なるでまかせでしょうが、本気で信じ込んでいる人たちに関しては、こうして夢を見る形で集合的無意識にアクセスを果たして、『織田信長としての記憶と知識』を己の脳みそに刷り込まれて、それを『前世の記憶の復活』と見なしてしまっているのですよ」


「うおっ、そういう言い方をされると、これまで単なる眉唾物のオカルト話と思っていたものが、途端に信憑性が跳ね上がってしまったぞ⁉」


「そしてだからこそ、あなたは自分にばかりまとわりついてくる、『自称現代日本からの転生者』の皆さんを、邪険に扱ったりせずに、むしろ厚遇すべきなのです」


「へ? どうして?」


「やれやれ、先程も申しましたでしょう、『集合的無意識へのアクセスとは、「天才ならではの閃き」みたいなものだから、一応誰にでもアクセスできる可能性がある』と。──でもこれって逆に言えば、『天才でなければ、夢で垣間見る等の偶然以外には、アクセスはほぼ不可能』ということになり、そして天才というものは『1%の才能と99%の努力』でなれるものであり、つまり、何かの発明や発見を目標にして、不断の努力を重ねて最後の最後に獲得することのできる、『奇跡的な閃き』こそが、『集合的無意識へのアクセス』そのものなのであって、これまた先程述べましたように、複数の世界間を転移することはけしてできないのですから、あなたにまとわりついてきている『自称転生者』の武将や商人や芸人たちは、生粋の戦国時代の人間でありながら、その道を究めに究めた結果、奇跡的に集合的無意識とのアクセスを果たし、『現代日本の知識』という、戦国時代のレベルを超越したスキルを手に入れたのであり、彼らの力を利用できるとしたら、他のどの戦国武将よりも遙かに優位になれて、永らく続いた戦国の世を制して全国統一を成すことすらも、けして夢ではなくなるわけなんですよ」


「──っ!」


「どうです、これでもあなたにまとわりついてくる彼らのことを、邪険にするおつもりですか?」


「あ、いや、たとえ気に入らないやつだろうが、本当に役に立つのなら、その業績に合わせて取り立ててやるよ、それこそが俺のポリシーだからな」


「そうでしょうとも、何せ、彼らが単なる戦国時代の人間に過ぎず、『現代日本からの転生者』というのが、妄想みたいなものでしかないのは、他ならぬあなたこそが、一番ご存じのはずですしね」


「え? それって、どういう……」




「だから、何度も申しているでしょう? 複数の世界の間を転移することなんて、誰にもできないと。──だったら今、この戦国時代なんかではない、某異世界におられる、現代日本の前世マニアたち同様に、ご自分のことを『織田信長』であると主張なされている、あなたは一体、何者なんでしょうね?」

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