5-2-6 Operation Caged Bird : 籠の鳥作戦 その5



「第一班の[杭]は私がカバーしマス!」


 言うが早いか、望月要人もちづき かなめは予備の[杭]を真下へ落下させた。起動ボタンは既に押してある。それにより空中の時点で足が突き出され、不安定な形状となったものの、[杭]の下部に施された《引力操作》が垂直な落下姿勢を維持する。

 そして遥か下方、コンクリート地に[杭]の先端が触れた瞬間、アンタナナリボ支部ビルを包むように歪な直方体が現れた。うっすらと青みがかった半透明のそれは、紛うことなき[魔術]の前兆である。


『――なにッ!?』


 नकुशाナクシャ रुद्रルドラ शास्त्रीシャーストリは今しがた壊した足元の[杭]へ目を向ける。が、[直方体]の出処はそこじゃなく、背後にいつのまにか突き立っていた別の[杭]であった。


『一歩、及ばずか』


 नकुशाナクシャが敗北を悟ると同時、混乱する新・蕃神信仰の雑兵たちの前で、アンタナナリボ支部ビルは忽然と姿を消した。

 しかし、失敗したनकुशाナクシャの表情に落胆の色は少ない。

 ただ、これも天命かと思っただけだった。

 傷が酷い為、नकुशाナクシャは迷うことなく撤退を選択した。[転移]に必要な魔力素マナは、合流地点の方に十分すぎるほど用意されている。


『OEF-MGマダガスカル1――नकुशाナクシャ、帰還する』


 नकुशाナクシャの撤退を皮切りに、能力者たちの撤退が次々と始まる。やがて、アンタナナリボ支部ビルの[転移]も終わる頃には、雑兵だけが残されていた。

 その後は防衛隊も殲滅戦に参加し、雑兵たちは支部ビルがなくなりポッカリと空いた穴へ押し込まれるようにして、徐々にその数を減らしていった。最後まで、投降するものは一人としていなかった。



    *



『籠の鳥作戦』

 Operation Caged Bird:経過報告


・OCB-MGマダガスカル1

 死者四名、行方不明者一名、重傷者五名、軽傷者多数。

 援軍を要することなく、作戦を遂行させた。


 作戦参加者の身柄は、敵の殲滅が済み次第回収班により回収され日本の医務室へと送られた。唯一、杳として行方が知れぬ六道鴉についてだが、その捜索は『籠の鳥作戦』の終了を待ってから開始することに決定した。


・OCB-他

 これに関しても概ね成功を収めた。幾らか苦戦した支部も、援軍のおかげでどうにか作戦を遂行させた。

 中央アフリカ以南に点々とあった蕃神信仰の残存勢力――ナミビア、ジンバブエ、マラウィ、モザンビーク、マダガスカル、中央アフリカ、赤道ギニア、コンゴ、ガボン、ウガンダ、ルワンダ、ブルンジ――を全て平定した。



 これは奇襲的に勝ち取った成果である。

 次の第二段階――アフリカ大陸北部・北西部の平定は、ここまでスムーズにはいかないだろう。MCGの攻勢を察知した蕃神信仰のより強硬な抵抗が予想される。よって、第二段階では現地兵力を中心とした無能力者による連合軍を用い、徐々に包囲を狭めてすり潰す作戦を取る。

 理想としては、対・現代魔術聯盟の緩衝地帯として、カメルーン、中央アフリカ、南スーダン、エチオピア、ソマリアといった国々を使いつつ、一気呵成にアルジェリア、ニジェール、ナイジェリアを貫く東経五度を基準に戦線を構築する。


(https://img1.mitemin.net/hq/0u/4msx6oj293fhkhqr8z9uacddj2u_2f5_3pc_3p7_mypx.png)


 この後に、残ったアフリカ大陸北西部の国々へ総攻撃を仕掛ける。

 東経五度から現地兵力が、ジブラルタル海峡から欧州兵力が、大西洋からは海軍兵力が攻める。MCG機関の能力者ジェネレイターは、その戦闘全てに散らばって遊撃に徹する。



    *



「――ああ、そうなのか。そう言っていたのか、お前は!」


 それは唐突な理解だった。


[鬮泌錐("譁ー譚。豁」莠コ")] [蜻ス繧帝°縺ケ] [荳也阜繧貞ョ檎オ舌&縺帙m]

[體名("新条正人")] [命を運べ] [世界を完結させろ]


 アレの言葉は、[認識阻害]越しにかけられた[精神干渉]だったわけだ。しかし、これがそうであるということは――つまり、インド洋で目撃した『上位者』なる存在の欺瞞は明らかなものとなったということでもある。

 やはり、俺の行動はいくらか誘導されていたものだったか。

 ショックは少ない。ある程度は自覚し、己で舵取りを修正していたからだ。

 全く……張子の虎が脅かしやがって!

 やることなすこと、暴いてみればどれも一つ残らず薄っぺらくて笑ってしまうよ。いや、この場合はそんな薄皮一枚のベールにすら欺かれてしまう人間の方を憂うべきなのかな。

 とにかく、唐突な理解の衝撃から抜けきった俺は、いきなり叫んで中断させてしまった報告を再開させた。

 Siaシア Deugデウグくん(16番目)の軽妙な語り口によって紡がれる戦況報告に耳を傾けながら、俺は静かに瞑目し激戦のアフリカ大陸を夢想する。

 今、天海祈あまみ いのりという女は、いくつの支部ビルを落とした所だろうか。そこに血は流れているか。涙は。晴天の雨のもと、全て覆い隠されてやしないか。


「……そうか、第一段階は今のところ順調に進んでいるか……下がっていいぞ」

『分かりました!』


 いつでも元気な可愛いSiaシア Deugデウグくんを下がらせた後、俺は一人、盤上を見つめた。そして、天海を模した駒を手に取る。


「アフリカ大陸を北上したお前は……現地兵力を率いて戦線の構築に着手する。そして、その完成を見届けた後は単体でまた支部ビルを落としに動くのだろう……」


 俺の……いや、の計画はここからが肝だ。

 天海へ伝わる情報を上手いこと制限・操作し、単体で突出させ――これを囲んで叩く。新・蕃神信仰は、MCG情報部の大半を既に掌握し終えている。上手くいけば……到達できる筈だ。再び、あの赤き心の臓に届く筈だ。

 打てる手はもう打ってある。

 あとはもう、最後の決着の時が来るまでは『いのる』ほかできることはない。


 どうか、計画が成功しますように。

 どうか、天海祈が俺の思う通りに動きますように。

 どうか、人間じんかんに永遠の幸福と自由が訪れますように……。



    *



 マリアナ海溝に沈むアンタナナリボ支部ビル。その地下区画を歩くものがいた。

 戦闘の最中に姿を消した、六道鴉りくどう あである。

 戦闘中、彼女は《透明化》を駆使し支部ビル内に潜入しており、いつ[転移]されても中に水が入り込まぬようにと地下へ続く隔壁をあらかじめ何枚か閉じておいた。それゆえ、海底に沈められた現在も空気を確保し行動ができていた。

 横倒しになった支部ビルの壁を非常用階段にそって地下に進んでゆき、最下部の転移室にまで到達する。エレベーターの乗り口は堅く閉ざされていたが、持ち込んだタブレットを接続し非常用電源を用いて難なく開かせる。

 スゥーっと、音もなく開いた先には、無数の扉がズラッと並んでいた。試しにその一つを開いてみると、例のワープゲートはただ泰然とそこにあった。


「……やっぱり、そのまま」


 想像通りである。なぜ、遥か昔に占拠された筈の支部ビルのワープゲートがそのままになっているのか、その答えは一つしかない。

 ともかく、この場に立つ六道鴉は、このワープゲートを使って何処へでも好きに赴くことができる。ブラジルだろうが、日本だろうが、それこそ南極にだっていける。しかし……。


「わたしは、もうどこへでも行ける……けど、どこへも辿り着くことはない……」


 力なくストンとその場に座り込んだ六道鴉は、タブレットから『籠の鳥作戦』の概要を再び閲覧する。経過報告によると、第一段階は概ね順調に進んでいるようだ。この分だと、間もなく成功裏に第二段階へ移行する頃だろう。

 では、その第二段階の内容はどうか。

 日本支部のREDは、局地的な小規模戦闘へ援軍として投入される手筈となっている。それではダメなのだ。この大いなる潮流に触れることすらできず、その側をゆく傍流に浸り一生を終える羽目になりかねない。

 確たる道は、己で切り開く――!

 六道鴉は慎重に向かうべき支部を選定し始めた。

 より激戦区に近く、より爆心地に近く、かつ巻き込まれて死ぬことのない場所……そんな都合の良い場所は果たしてあるのか? ……少なくとも、西アフリカには存在しない。

 視点を変えねばならない。もっと大きく、全体を見なければならない。

 大西洋を西へ……そう、新大陸だ。


「――ここしかない」


 ブラジルはバイーア州、州都サルバドールの支部ビル……!

 アンタナナリボ支部ビルからは各国の首都にしか行けないため、一度首都であるブラジリア支部ビルを経由し、そこからサルバドール支部ビルへ向かう。

 物資から魔術具インタープリター魔力素マナ結晶をこっそり頂戴してある。これで干渉力を隠匿すれば、そうそう居所がバレることもないだろう。幸いにして、


「待ってて、いのり、よっちゃん……わたしも、そこに行くから……観客としてじゃなく、役者として……」


 新世界から旧世界へ……大航海時代の逆再現だ。

 そんなことを考えてふっと笑う六道鴉は、意を決してワープゲートの中に飛び込んでいった。

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