3-4-2 エピローグ その2
「では、そこで護衛の二人と分断されたのだな?」
「ハイ。ソノ後ハ襲イ来ル敵ト戦イツツ彼等トノ合流ヲ目指シマシタガ……結局、
「ふむ……」
佐藤誠は、興味なさげに手元の戦闘詳報を再読した。これは、救出時のレヴィが酷く負傷していた為に、別の者が病床のレヴィの証言を纏めて作成したものだ。さっきのレヴィの話と、内容的には全く相違ない。それを確認し終えた時点で、佐藤誠の関心はレヴィから逸れていた。
「もう、下がっていいぞ。昼飯でも取るといい」
「ソウシマス」
失礼しました、とレヴィが退室すると同時、入れ替わる形で
気を許せる存在の登場に、佐藤誠は幾らか心身の緊張を解いて深いタメ息をついた。
「大佐、他の者は……」
「隣室で待たせてある。声量にさえ気を使えば聞こえる事はないだろう」
ここで言う「他の者」とは、彼等二人を除く司令部構成員の事。彼等もまた弓削清躬と同席してきた訳だが、弓削清躬が「内密の話がある」と言うのでその意を汲んで素直に待機を決め込んだ。上官の言葉に疑問を持ち始めたら統率はないのである。
「……
「『魔術師の仕業だろう』とはMCG技術班の見立て。奴等の死体からは漏れなく微量の
弓削派として、全面的な協力を表明してくれていた存在を一度に三人も失った事は確かに痛手である。だが、そういう合理の計算を離れた所で、彼等の死を悼む心が佐藤誠の胸に存在した。厨川半心軒は、別地球αに
「更に悪い事に、人工島に連れ立った部下に副隊長だった
「それに就いては一つ策を講じておる」
「……と、申しますと?」
「
「草部仍倫を……!? しかし……」
思わぬ名前の登場に、驚嘆を表さざるを得ない佐藤誠。彼とて厨川半心軒亡き後、後釜に誰を据えようかという思索の中で一度も「草部仍倫」の名前が過ぎらなかった訳ではない。だが、あの
「既に草部仍倫准尉には話を通し、了承を得、現地に派遣した。要は、嘉守嬢まで話が届く前に事態を進行させてしまおうという訳だ。最初は『臨時』の名目で、その後はなあなあに押し通せば良い。なに、容易い事よ。目先には意識を逸らすのにはうってつけの『問題』があるから
これが上手く行くなら一挙両得の手だ。『嘉守嬢お友達一派』の取り込みには頭を悩ませていたが、これで隊長の席を埋めつつ『嘉守嬢お友達一派』の一角を切り崩して隔離した事となる。彼の妹の方に政治力はない為、兄の眼が及ばぬ以上は警戒に値しない。となると、残るは北條嘉守とレヴィの二人だけ。一気に取り込む事も、また一方の目を盗んで一方に干渉する事も、四人だった時と比べれば遥かに容易になった。
弓削清躬の手腕に得心し、賞賛を抱きつつも、佐藤誠はそれらを表に出す事なく忘却した。それよりも気になる事があったからだ。
「その『問題』とは……現代魔術聯盟の事ですね?」
「ああ、我々も身の振り方を考えねばなるまい」
果たして、このままMCG機関と組んでいても良いものか。現代魔術聯盟も中々にトチ狂った組織である。まさかこれ程までに早く、しかも強行的に仕掛けてくるとは。その目的もさっぱり伺えぬ所が不気味でしかたない。
//我々[
//貴殿等が[別地球α]と呼称せし者共とは即刻縁を断たれるべし
//
向こうの要求に従えば
弓削清躬の脳裏に思い出されるのは、
因みに、あの一連の騒動は二宇たっての希望で近衛旅団内で黙殺されていた。「プライベートな事だ」と言われてしまえばそれを尊重する他なく、近衛旅団の覚えを悪くしたくもなかった。
「儂は、MCGが現代魔術聯盟と繋がる可能性が高いと見ておる」
「同意見です。しかし、そうなれば我々はこの異境の地で孤立無援の身となってしまいます……。如何致しましょう、私としては纏骸皇の設定した時ではありませんが帰還するのも手ではないかと……」
「フッ、アレが人の身に動かせるものならばなぁ」
弓削清躬は、佐藤誠の申し出を一笑に付した。皮肉げに言った「アレ」とは
では、どうするというのか。そんな佐藤誠の視線を受けて、弓削清躬は懐から紙切れを取り出した。
「これを、どう思う? 今朝、儂の枕元に置かれておったわ」
「……これは……」
紙切れは手紙だった。現代魔術聯盟を彷彿とさせる前時代的な伝達方法に身構えた佐藤誠だったが、手紙を読み進める中でその警戒が正しかった事を知る。
指出人は『蕃神信仰』、内容は『異地球に於ける一時的な協力要請』だった。
「タチの悪いイタズラです……」
佐藤誠は、そう絞り出すのが精一杯だった。
しかし、手紙には『既に協力要請を受諾してくれた国』として幾つもの国名が羅列されており、それは『怪しげな動きをしている』とMCG、諜報部隊の双方から報告を受けた国々と大半が合致していた。
「イタズラ? 本当にそうか
「到底、信じられる話では無いでしょう!
無理もない話だ。今更、どの面下げて蕃神信仰が『協力』等と宣うのか。それも、寝ている間にMCGの支部ビル内に侵入して手紙を置いたって? 意味がわからない。ありえない。出来るわけがない。
当然といえば当然の拒否反応を示す佐藤誠。しかし、そんな彼とは対象的に、弓削清躬は口元に老獪な笑みを浮かべたばかりか、その両眼を子供のように爛々と輝かせてすらいた。
「ふむ、儂は
この時、部屋の前で二人の話を盗み聞きしていた者がいた。先程、退室したばかりのレヴィだ。
[咒術]を用いて聴力を強化すると共に、扉に伝わる僅かな振動を増幅させて防音材を貫通して盗み聞いていたが、手紙の登場以降はいまいち話を掴めずにいた。別の[咒術]を更に併用して中の様子を覗き見なければ、と考え出した所で、今までは運良く入らなかった邪魔が入る。
不意に、隣室の扉が開き、中から北條嘉守と司令部構成員たちがぞろぞろと出てきたのだ。ほんの少し前に弓削清躬と共に戻ってきた者たちと入れ代わりで、今度は彼等が昼食を取りに行こうという流れだった。
バッタリと出会うレヴィと彼等。その中心にいた北條嘉守は、周囲を取り巻く構成員との会話も中断させて目を丸くした。
「レヴィ! 今、話が終わった所かしら?」
「ハイ、丁度デス」
嘘である。この程度はもはや吐き慣れていた為、見破られるような事はなかった。
「どうかしら? この後は昼餉を頂くのだけれど、貴女も一緒に――」
「ア~折角デスケレド、コノ後ハMCG機関ノ方ニモ呼ビ出サレテイマシテ、説明ヲシニ行カナケレバナラナイノデス。時間モ押シテマスノデ」
「そう……なのね」
北條嘉守は少し寂しそうな表情をしたが、回りの誰に悟られぬほど素早く取り繕った。
「退院――いえ、退室したばかりなのに大変ね。それじゃぁ……」
曖昧な別れを告げ、北條嘉守率いる構成員たち一行は、エレベーターホールとは逆の方向へ歩き去っていった。何時も通り、十四階の食堂ではなく九階で食事するのだ。混雑が理由である。
彼等の背中を程々に見送ったレヴィは、誰も居ない廊下を早足で反対方向に歩き始めた。角を一度曲がり、白い廊下をまっすぐ直進してエレベーターホールへ、そして丁度九階に止まっていたエレベーターを横目にそのまま階段を下りた。
さっき、北條嘉守に言った話は半分本当、半分嘘だ。
MCG機関の方にも呼び出されている、というのは本当。
説明を求められて、時間が押している、というのは嘘だ。
目的地八階に到着したレヴィは、迷いない足取りでダミースペース内を闊歩する。そして、とある部屋の前に来ると、少しだけ心を落ち着かせるかのように瞑目した後、その扉を静かに開け放った。
「――来たか。
何も置かれていない殺風景な部屋の中央で、一切微動だにせず腕を組み、直立不動の姿勢でレヴィを待ち構えていた者は、件のMCG機関日本支部の長、
「……部下モ知ラナイ
「ほう、そちらでもそうなのか。てっきり文化の違いかと」
「名付ケタ者ニ教養ガ無カッタカ、男ト誤認シテ付ケタノデショウ。ドチラニシテモ、イイ加減ナ話デスガ」
「ふふふっ」
天海は嬌笑を浮かべた。他人の失態話でありながら、嫌らしさなど欠片も感じさせない笑み。そして、水を操って自らとレヴィの背後に椅子を作り、座るように促した。レヴィが戸惑いがちに腰を下ろすと、椅子は不可思議な弾力を以て彼女の体重を受け止めた。「水同士の結合を強めているのさ」と、天海は簡単に説明した。
「さて、本題に入ろうか。今後の我々MCG機関と近衛旅団の関係性に就いて――」
しかし、予め釘を刺すのが目的だとして、なぜ私に声をかける……?
「――を話す前に、だ。君の事を話そう」
「私……デスカ?」
そうだ、と天海は全てを見透かしているかのような自信に満ちた口調で言った。そして、両手の指で四角形の枠組みを作り、その中に薄く水を張った。何をしようというのかとレヴィがそこに注目していると、ある所で水は凍ったようにピシリと固まり、宛ら液晶画面のように映像を映し出した。
そんな事まで出来る彼女の《異能》の[魔術]じみた応用性も驚きだが、映像の内容は更に驚くべきものだった。俯瞰視点で撮られたらしいそれには、レヴィが
「実は、私はあの場に居合わせてたんだよ。偶然、分体にも満たない監視用に差し向けた水滴の一粒だがな」
「……何ガ望ミダ」
「話が早いじゃないか。いや、同士討ちの経緯自体に興味はない。こちらの望みは、有り体に言えば『近衛を裏切って
天海の言う通りだ。これが知れればレヴィの立場は危うくなる。それは困るのだ。証拠が彼女の《能力》なのだから、捏造を主張すれば良いだけのようにも思えるが、レヴィは『弓削派』から若干ばかし疎まれている身。当然の事として『弓削派』もMCGによる離間の計を疑うだろうが、これ幸いと機に乗じて排斥される可能性もなくはない。
無条件に味方と断じられるのは北條嘉守だけ。そう言い切ってしまえる程に『弓削派』は勢力を拡大していた。
この誘いは……アリかもしれない。経緯を聞き出そうとしない所も、レヴィに取って実に都合が良かった。
だが、都合が良いからこそ、此方の望みを知り尽くしているからこそ、却って強い警戒心を抱かされる。人を騙し続けてきた
そんなレヴィの葛藤を知ってか、いつの間にかレヴィの背後に回り込んでいた天海が耳元に囁く。
「ひとつ良い事を教えてやろう」
「イ、イイ事?」
「少し前まで、我々MCG機関は全くの無力だった。二つの別地球から侵攻してくる諸勢力に対し、常に後手に回り続けていた。だが、最早それも過去の話」
その時、レヴィの優れた記憶能力が過去の記憶を呼び起こす。まだ、こちらの地球に来たばかりの頃、天海(第三次元宇宙機関)が開いた記者会見の一問答――「我々の地球の技術に於いても、渡航に関しては後一歩のところにまで来ていた」という言葉。てっきり、口からでまかせを言っているのかと思っていたが、あれが本当の事だとすれば……。
「――そう、既に! 別地球α・βへの渡航は双方共に成功裏に終わっている!」
高らかに、天海はそう宣言した。
偉業……紛れもなく偉業だ。近衛旅団だって、別地球への渡航は纏骸皇の御力を借りずしては実現できなかった事なのだから。
しかし、それがどう「良い事」に繋がるのか。そこにレヴィが十分な思索を巡らせる前に、天海はニヤリと笑ってレヴィの耳元に甘い吐息を吹きかけた。
「これが……なんだか分かるか?」
「コ、コレハ……?」
「別地球βへ渡航していた連中からの『土産』だ。ま、これで現代魔術聯盟の動きもだいぶ見えてきた」
天海は、宛ら二人羽織のように背後から覆いかぶさりつつ、レヴィの手を取って中に『土産』を握り込ませると、今度は一転して身を翻し、壁に向かって歩き始めた。
「良い返事を期待している」
そして、そのまま足を止める事なく壁の中に溶けて消えた。と同時に、向かいの水の椅子も消えた。
レヴィ側の椅子はまだ残っている。その上から、一人残されたレヴィは中々立ち上がれなかった。まるで催眠術にでもかかってしまったように、ピクリとも手が開かない。レヴィは、恐る恐るもう一方の手で強引に中を覗き、恐怖した。
「馬鹿ナ! 私ノ[精神防護]ハ完璧ダッタ筈……!」
纏骸学舎時代も、軍属してからも、北條嘉守の
つまり、漏れたのは別ルートから。
……まさか、たった一度の渡航で突き止めたというのか……?
『纏骸皇の正体は忌術師だ』
レヴィは、再び手元の文面を視線でなぞりきる前にギュッと握り潰し、[咒術]で以てこの世から抹消した。
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