2-3-8 三番目の解



 転瞬、俺は膝から砂浜へ着地する。放心する俺の鼻腔を、正面に位置する海から風にのって流れてきた磯の香が通り抜けてゆく。

 マダガスカル島から東に800km、インド洋上に位置する火山島――レユニオン島。「此方の地球に於いてはフランスの海外地域圏レジオンでもあるらしいな」と、ジェジレㇿは俺の左手を放しながら語った。

 しかし、俺は余りジェジレㇿへは意識を向けず、代わりに別の思考へと脳を縛り付けていた。

 出来た。

 出来てしまった。

 俺は言われた通りに指定された座標を《掴み》、ジェジレㇿと六道鴉りくどう あ――被驗體ひけんたい番號ばんごう陸と共に砂浜へと降り立った。

 降り立ててしまったのだ。

 俺の能力は対象體を手中に握り込む事ができる能力。つまり、俺が今やった事は手中を起点に移動させたという事! 幾ら體が主観認識に依存するといっても限度があるだろう!

 しかも、それが可能になったというのが問題だ。

 最初、ジェジレㇿが洗脳に近い能力を持っていて、俺に仕掛けていたものを解除したのではないかと考察した。しかし、奴は「研究分野は門外漢」と言った。俺の事も最近まで知らない風だった。前に会った時と、さっきとで、どうやらそれは事実らしい事が少しずつ分かってきた(確定ではないが……)。

 つまり、俺を精神をいじったのは別人。だというのに、現に俺は、ジェジレㇿの言葉によって精神干渉――MCGで言う所の認識への『ロック』が解かれている。

 それが問題なのだ。

 俺の知る《異能》と【武装励起】の性能ではそんな芸当は不可能。当人でもない第三者が「言葉」だけで精神干渉に手を加え、剰え主観認識をいじるなんて……。


「さて、考え中のところ申し訳ないが、お前の役目はこれで終わりではない。……これから、お前は私にひとつの質問をする。それに対して、私が淀みなく答える。いいか、ひとつだけだ」


 砂浜に蹲り、思考を巡らせ続けていた俺の頭上から、ジェジレㇿが不思議と“聞き覚えのある言葉”を降らせてくる。それは思考の最中であろうと耳には入って来ていた。しかし、肝心の意味はというと、脈絡の無さも相俟って全く以て理解できていなかった。

 正直に言うと返事すら億劫だった。けれども、情報不足からか早々に思考に行き詰まりを感じていたので、しぶしぶ俺は返答をする事にした。


「……何を言っているのか理解できない。……狂っているのか?」

「お前のしたい質問は、そんなものではない筈だ」


 少しムッとして、噛み締めていた奥歯が尚更に軋む。だが、考えようによっては良い機会でもある。ならば聞いてしまえばいい。

 俺の出生。そして、謎の精神干渉手段。[約款]とやらに付いても。

 そう思って衝動的に口を開きかけたが、同時に別の所で生まれた思いが待ったをかける。

 ――別に、どうでもいいのではないか。

 この短時間で俺は少しだけ悟りを得ていた。

 さっきも啖呵をきったが、俺の出生がどうあろうと、俺の行く末と有り様には何の関係もない。精神干渉手段、[約款]に関しては非常に気になるが、今はもっと大事な事がある。

 それは〝正義〟だ。

 今までの俺は、MCGに言われるがまま戦ってきた。生まれたばかりの三歳児、あまりに無知なる俺が正義というものを知る上で、『正義実現』を標榜するMCGと行動を共にすることが出来得る限りの最善と判断したからだ。

 しかし――これからは違う。


「質問はひとつ……だったな」

「ああ」


 心底に顔を出した萌芽に従い、俺はゆっくりと言葉を紡ぎ出してゆく。


「なら、聞こう。蕃神信仰の目的はなんだ。MCGと同盟関係にある近衛旅団から色々と情報提供をもらっているが、そこに関してはさっぱり見えてこない。『神楽舞』がどうだ『鈍色の鍵』がどうだってのと、変異者ジェネレイターを攫う事に何の因果関係がある? お前たちは何のために動いているんだ。攫う理由、攫って何をしているのか、何を見て動いているのか。内容次第では、俺は協力してやっても良い。間者としてでも、兵隊としてでも」


 正義とはなんだ。

 正義実現を標榜するMCGか? MCGと同盟関係にある近衛旅団か? じゃあ、そいつらと現在対立関係にある蕃神信仰は悪なのか?

 俺はそうは思わない。

 蕃神信仰は数え切れないほどの犠牲を周囲に強いている。俺の近しい人も犠牲になった。当然、その点に関しては感情的に反感や敵意を抱いている。だが、現時点に於いては、彼等を「悪」と決めつけてしまえるだけの情報がない。近衛旅団も何も知らなかったからだ。

 だから、最後の方に言った言葉も本音だ。くみしてやっても良い。

 理性では、納得できる説明など返って来ないだろう事は重々承知している。一度、“期待して裏切られた様な朧気な記憶”もある。

 それでも、俺はもう一度だけ信じてみたかった。

 数多の犠牲はけして無駄ではなかったのだ、と。


「何も知らぬお前の目に、我々はどう映っている?」


 期待薄だったが、その予想に反して、ジェジレㇿはたっぷりと思考時間を置いてから口を開いた。


「蕃神の狂信者か? それとも、ただの反体制勢力か? 何れも、我々という多面体の一側面でしかない。いいか、本気マジなんだよ、大本気おおマジ、我々は大真面目おおまじめだ。――現在、第三次元宇宙は緩やかに破滅へと向かっている。真綿で首を絞めるが如き閉塞の未来へと……我々は真剣な正義感から人類を救済せんとしているのだ!」


 段階的に熱のこもってゆく語り口調は、まさに狂信者のそれである。しかし、「そうではない」と、最初に念を押されてしまった。その隣で、被驗體ひけんたい番號ばんごう陸が訳知り顔で頷いている。殺すぞ。

 俺が殺意と葛藤している間にも、ジェジレㇿは更に滔々と続ける。


「否! 人類だけではない! 地球、太陽系、銀河系、第三次元宇宙、更には平行世界線に至る知的生命体乃至ないしは未観測の地球外知的生命体、果ては未来永劫に渡るその存在可能性ごと救わんというのだ! その為に――」



『我々は神話を科学するものである!』



 神話を……科学する?

 つまり「狂信者」でなく、「神学者」の立場であるというのか。そんなものは愚にもつかない言葉遊びではないか。

 しかし、最初に抱いたそんな思いは何時しか消えていた。心中には、街角に気グルを見かけた時のような忌避感もなく、REDに対して時たま感じる嫌悪もなかった。俺は、ジェジレㇿから溢れる熱にただ圧倒され、惹き付けられていた。コイツは本気で言っている……。知らず識らずの内に、その狂った思想の懐に抱きとめられていたのだ。


「それだけの可能性が《異能》にはある。――さて、時間だ。信じているにせよ、いないにせよ、百聞は一見にしかず。これから行われる『実験』は、私の言葉よりよっぽど訴求力があろう」


 そう言って、ジェジレㇿは俺の右腕を指差した。

 腕時計――時刻、午後二時三十分。

 一体、何が始まろうというのか。そう尋ねようとした瞬間には起こった。

 突如として、雲ひとつない晴天の空が――日本との時差を考慮しても真っ昼間だというのに――赤らんだかと思うと、遠方、マダガスカル島があるという西方水平線の二箇所に蜃気楼の如きひずみが現れた。

 荷物を背負った観光客が、タクシーの運転手が、土産屋の店主が、その音もなき赤化の異変を察知し、辺りを見回す。そしてひずみを見つけてしまった誰しもが、それだけに目を奪われる。

 程なくして、空の赤が引波の様にサァ――ッと引くと、同時にひずみは乳白色を帯び始めた。刻一刻と色濃く存在感を増してゆき、やがてそれは確固たる円形を得る。


 アア……。


 直観という奴なのか、或いは初めから知っていたのかは定かではないが、何故だか、俺はそれを見た瞬間にそれが『総排泄腔そうはいせつこう』である事を理解した。又、これより執り行なわれる『実験』とは『命の排泄』に始まる事も。


 産まれる……。


 まず、甲高く、くぐもった産声が割れんばかりに鼓膜を叩いた。次いで、二つの総排泄腔から新たなる命がヌルリと顔を出す。現れたのは無数の小さき生命――「人間」が押し固められた群体。

 恐らく、それは足先――逆子である。二匹……二人揃って。

 そこを出すまでが山場だったのか、その後は堰が切れたかの様に一息だった。はち切れんばかりに乳白色の総排泄腔を押し広げながら、巨大なる二つの命がニュルリと排泄され、海に着水する。

 衝撃で揺れる人間パーツがブチブチと千切れ落ち、余波が大波となって俺たちの居る浜辺に押し寄せてくる。しかし、逃げ惑う周囲の人間が大波を引っ被る中、一歩も動かずその場に留まっていた俺たちには、岩礁の作用か、或いは何者かの干渉か、僅かに飛沫が及んだ程度だった。


「失敗作K1とK2だ」

「なっ、失敗作だと!? あれが……!?」

「ああ。だが、失敗は成功の母でもある。今は別の役目を担っている所だ。――お前、彼奴らをどう見る?」


 どう見るって、そんな事は俺の体を見れば知れた事だろう。

 森の中でヒグマと鉢合わせたって、これ程までに身を竦ませるものか。不意に獣と遭遇して生命の驚異を感じた場合、誰だって逃亡か戦闘を試みるだろう。震える身体に鞭打って、どうにかこうにか行動を始める筈だ。

 だが、今はどうだ。羆を想定した時に浮かんできた選択肢や、危機を潜り抜ける為の他愛ない小細工の数々が一切浮かんでこない。


「〝格〟が違う……いや――」


 正に〝別格〟の存在。生まれたばかりの二つの命を前にして、俺は何も出来ないでいる。この感覚には以前にも覚えがあった。もはや、相手の優位を覆せない。覆しようがない。そんな己の無力を本能レベルで痛感しているからこその「何もしない」という諦めの境地。弱者の選択。


「〝次元〟が違う……」

「ほう……」


 その時、失敗作の目が俺を見た様な気がした。たった、それだけで俺は僅かに残っていた気力をすら奪いつくされてしまった。

 違う。これは違う!

 あの失敗作の目には酷く見覚えがある。だが、違うんだ。けっして、俺は、こんなんじゃ……。


「そう、そうなのだ。〝次元〟が違う。彼奴らは単に変異者ジェネレイターを固めただけの存在ではない。失敗作とは、謂わば、こんがらがった運命の赤い糸の『巨大な結び目ダマ』なのだ」


 その時、俯いたお陰で、砂浜の上にほったらかしにしていた探知機レーダーの存在に気が付いた。その画面上は、見たこともない様な巨大な反応で埋め尽くされていた。


「更には、天に投影された別地球――同次元平行世界線上の地球も影響している。アレの所為で我々の主観認識は交錯、混線し、遍く蓋然性が単純に考えて三倍以上に増えた。――だというのに、見ろ。彼奴らは何時までも第三次元宇宙に留まっている。故に失敗作なのだ。しかしながら――」


 ジェジレㇿの言葉を遮り、さっきの排泄と同様にそれは突如として起こった。


「ヲオオオオオオオォォォォォォ!」


 ――なんて、馬鹿げた大声だ! 直前に聞いた産声をも超える大音量。一方があげたそれに共鳴して、もう一方の失敗作も騒ぎ出す。まるで脳を直接にミキサーで激しく掻き回されている様な感覚に襲われ、思わず耳を塞ぐが、少しばかり遅れた所為か右の聴力が低下してゆくのを感じた。


「始まるぞ! 神楽舞かぐらまいだ! 彼奴らは相争う運命にある! そういう者だけを選別して作り上げたからだ! 望む、望まないに関わらず、彼奴らは――」


 咆哮の合間合間にジェジレㇿが叫ぶ。が、失敗作たちが本格的に動き出すと、それも失敗作たちを中心にして広がった森羅万象の無秩序に飲まれ、淡雪の如く掻き消された。

 馬鹿でかい干渉力が無際限に撒き散らされ、周囲の大半を占める海水と大気の汎ゆるデータが書き換えられてゆく。

 彼処あそこには、今、全てがある。

 を除く全てが……。

 宛ら天地創造の光景。失敗作風情が神様気取りか。そんな悪態も脳内の𒁾𒉆𒋻𒊏Tupsimati、γεωμετρία、ちょ、これは、torus、ま、不味くないか!?、鈍色の鍵、𒈬MU――。


「ジェジレㇿ! この距離まで精神干渉が届いているぞ! 持っていかれる!」

「彼奴らの声を聞くな! 姿を見るな! 主観認識から入り込んでくる! 耐えろ! そう長くは続かない……筈だ!」

「筈だと、おま、お前ぇ! これは――!」


 耐えきれないぞ!

 言われた通り、失敗作たちを認識しないように心掛けるが、その存在が余りに強大すぎるが故に見て見ぬ振りなど不可能。それに人は意識しないように努めれば努めるほど意識してしまう生き物! 耳目を塞いだって、潮風に乗ってくる得も言われぬ香が鼻を突き、妙味が舌を冒し、大気の振動が肌を震わせる。

 軋む、軋む、空間そのものが終わりなき干渉合戦に悲鳴を上げている。

 いくらもしないうちに、隣の被驗體ひけんたい番號ばんごう陸が発狂して砂浜の上を転がってゆく。

 くっ、心を強く持つしかない! 対抗して自己暗示をするんだ!

 俺は俺、Manas、他の何者でない、𒉆𒉈𒊒māmītu、Ego、俺は俺、Astral、俺は俺、俺は俺、俺は俺、俺は俺……。


「もうすぐだ! これ程まで高位に到った存在が二つも暴れれば、第三次元宇宙が危うい! 《異能》にはそれが出来るだけの力がある! もし崩壊でもしたら、その余波は第四次元宇宙にまで及ぶだろう! そうなれば――上位者たちが黙っている筈がないのだ! 見ろ! 間もなく『介入』が始まるぞ!」


 その時、ジェジレㇿの左掌上に探針プローブが現れたかと思うと、「ガン・コン」という、不自然に増幅させた残響リバーブを伴った、偉大にして荘厳なる東洋梵鐘とうようぼんしょう打打擲音うちちょうちゃくおんに似たる音色が、深なるエンをも崇め寿ぐ――。


「来た! 〝Ascensionアセンション〟の時が! これぞ我々の導き出した三番目の解!」


 ――瞬間、世界から音が消えた。


 逃げ惑う観光客は蹴躓いた姿勢のまま彫刻の様に固まり、失敗作から千切れ落ちる人間パーツは海に着水する事なく宙空に留まり、絶えず吹き荒れていた潮風もピタリと止んだ。

 まるで、時の運行が止まってしまったかのよう……。

 直前に探針プローブが鳴らした音を除けば、前兆なんて全くなかった。



 気付いた時には其処に" "がいた。



 失敗作と失敗作の中間点。

 無限を思わせる暗紫色あんししょく躯幹くかんを折り曲げ、丸まった背に剣山の如くびっしりと生えたるイラガ科の毒棘に似た目も眩む極彩色の触手を、静止した潮風の中に靡かせていた。

 その時、" "の持つ鮮紅色せんこうしょくの五対のあしが宙に蠢き始めたのを見て、言い知れぬ悪寒が全身を貫く。が同時に、自らの身体も周囲の全てと同じく動かない事に気付いてしまった。

 絶望し、それでも目線を逸らす事すらできない俺の眼前で、" "は暗紫色あんししょく躯幹くかんちりばめられた星辰せいしんの如き黄金色ゴールドの残光を虚空に引き摺りながら、ゆっくりと顔らしき山吹色の蜻蛉トンボの複眼の様な部位を此方に差し向けてきた。


[鬮泌錐("譁ー譚。豁」莠コ")] [蜻ス繧帝°縺ケ] [荳也阜繧貞ョ檎オ舌&縺帙m]


 何を、言って――。

 その音に込められた意味を理解どころか考察する間もなく、世界は再び動き始める。観光客は転び、人間パーツは落ち、潮風は渦を巻く。俺も動けるようになったが、何をする気にも慣れなかった。

 流動する周囲とは対照的に、さっきまで一人だけ好き勝手に動いていた" "はその場から動かない。


「我々は今! 神話を目撃している! 三次元上に四次元物体が存在する異常事態! いや、存在できる筈がないのだ! 投影されているのか!? 化身アバターか!?」


 即座に二人の失敗作たちも、互いを遮る" "を認識した様な素振りを見せる。しかし、先程までの鍔迫り合いが嘘のように沈黙し、周囲に横溢おういつせし万物の創造、干渉力によるデータの書き換えも止まった。

 不自然な静寂。

 俺には、そうした失敗作たちの心理が手にとるように理解できた。


「さ~あ、どうする上位者! 謳うか!? 踊るか!?」


 遍く熱視線を一身に集めながら、遂に" "が動く。

 右側のあしで天を、左側のあしで地を、まるで神辺さんに聞かされた、釈迦が「天上天下唯我独尊」を叫んだ出生伝説の如く指し示した。その瞬間、八大竜王が甘露の雨を降らせた伝説の続きに則るかの如く、青天の空から雨が降り、" "の身を清めた。


「ガン・コン」


 先程も聞いた音が再び鳴り響く。

 それが、合図だった。俺が知覚できたのは、恐らく一部始終に過ぎないのだろう……。

 指し示した上下――失敗作のそれぞれ頭上と足元――に何らかの力場が生じたかと思うと、


「来た! 我々も便乗するぞ!」


 とか何やら叫びながら、ジェジレㇿの姿が掻き消えた。そして、力場の周辺に幾つかの人影が現れたのを目撃した。何らかの転移系の能力によるものだろう。

 失敗作が居るだけでも危険極まりないというのに、得体のしれない力場に飛び込むだなんて……。

 案の定というべきか、忽ちのうちに力場の作用によってか、失敗作たちが膨張を始めた。


極限にまで伸展し――


 視界の全てを――


  否――


   世界の全てを――


    覆い尽くした。 





 次に気がついた時、俺は波間に揺蕩いながら天を仰いでいた。

 ここは……何処だ。インド洋か? 失敗作たちは、ジェジレㇿは、被驗體ひけんたい番號ばんごう陸は、" "は……一体、どうなったのだろう。

 痛み、軋む首を持ち上げて左右に揺り動かすと、周囲に何らかの残骸が漂っているのが見えた。しかし、それだけしか見当たらなかった為、すぐにやめた。

 右手の中に探知機レーダーの感覚を感じる。いつの間にか、握り締めていたらしい。発信機としての機能があるかは知らないが、これにかけるしかなさそうだ。もう、身体は動かせそうにない。何処へあるかも分からない陸地を目指して泳ぐなんて、土台、無理筋な話だ。

 俺は体力温存の為に限界まで脱力して波に身体を預けた。


[鬮泌錐�壼屁阯丞牽莠コ] [蜻ス繧帝°縺ケ] [荳也阜繧貞ョ檎オ舌&縺帙m]


 極度の疲労困憊で朦朧とする意識に、" "の放った音が響き渡る。その厖大さに思いを馳せる度、俺は自らの不安定ないしずえが音を立てて揺らぐのを感じていた。

 人の身とは、なんと矮小な事か。無限大の存在感を前にしては、宇宙の辺境、太陽系の一惑星に於ける「食物連鎖の頂点」など、風にすら抗えぬ矮小な羽虫も同然であった。

 そんなものが、一つ、二つ、潰えた所でなんだ。

 羽虫が踏み潰されたのと何が違う。

 ソイツが将来的に成し遂げる筈だった偉業も、功業も、はたまた罪業も、恐らく何の意味もない。何も得られない。掴めない。


 ……!


 そこまで考えて、自らの思考にゾッとした。内容の虚無主義ニヒリズムにじゃない、何者かに誘導されている様な気配を感じ取ったからだ。


「容易く感化されてるんじゃない!」


 叩いた海面が弾ける。その飛沫を顰め面で受け止めながら、それ以上思考を進めないように努めた。

 その時、波に流されてきた何かが飛沫の中にでも紛れ込んでいたのか、俺の顔に張り付いた。小さく、冷たい感触。……くそ、何だよ! 煩わしさを感じながらも、それを手に取ってみて、身に覚えがありすぎる手触りに凍りついた。


「こ、これは……! 偶然……な訳がないよな……」


 俺は、右手の中に収まる認識票ドッグタグを見つめた。あの日、被驗體ひけんたい番號ばんごう陸から貰ったものに間違いない。


「何もかも、掌の上って事かよ……つくづく癪に障る…………」


 俺は、疲労からか、それともの所為か、急速に薄れ、遠のいてゆく意識を自覚するも、それに逆らわず、ヤケクソ気味に別れを告げた。



    *



 第二次情報開示



《體》

 [1]用語。感覚質クオリアとも。

 主観認識によって定義される。その性質上、有形無形、[規模]を問わない。

 五感によらずアプリオリに定義したい場合は[座標]か[4]を用いる。

 特に[4]を知れば、その個体をほぼ掌握できるが[5]でなければ意味がない。


《異能》

 行使者の定義した體の理へ直接に干渉する能力を指す。

 誰しも定量の干渉力を持つが、どれほど引き出せるかは行使者の[6正義感]に左右される。

 対象體と行使者の距離が遠くなる程に干渉は滞るが、対象體の位置する[座標]を正確に認識している場合はその限りではない。恐らくは[数字]の持つ普遍性が、距離という第三次元宇宙的観点に留まらない概念であるからと思われる。また、正確には[座標]は體ではない。


《十二次元宇宙論》

 無名の理論物理学者[Sou Sorxith (スー・ソークシィス)]が、A30年7月2日に発表した仮説。宇宙は包括的な十二の次元からなるとされ、我々の住む宇宙は第三次元宇宙と呼称される。



 その別地球βに関する基礎知識

     ┠《現代魔術聯盟》

     ┠《忌術師》

     ┠《現代魔術》

     ┗《祈禱咒術》

       ┠《咒術》

       ┗《忌術》

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