第9話 道行永縁

 剣豪星が空に輝く。

 熒惑と破軍。

 シンラとセツラが持つ二つの星が輝いている。


 剣光輝くは鋼色。

 紅と鈍。

 八代妙月と無銘の数打ちが奏でるは剣豪斬歌。

 大気が戦慄き、地が震える剣豪どもが剣逢わせ。


 男女の逢瀬がごとく剣が走る。

 鳴る刃金の澄んだこと。

 両者達人の鋼鳴き。


 しかして――。


「その程度か?」

「く――!」


 果敢に攻めるシンラに対して、セツラという男は余裕。

 縦横無尽に駆ける刃は必殺必定。

 一度でも受け損なえばその血肉を斬り落とす。

 されども、未だその刃、男に届かず。


 むしろ、押されているのはシンラか。


「なら鳳凰――」

「鳳凰紅蓮か?」

「ッ――!」


 言い当てられシンラの顔が歪む。

 それはのだから。


「写し身だな、貴様」

「それが――」

「そら剣がガタガタになった」


 弾かれる雑念刃の一刀。

 なんとも無様な鋼鳴り。

 このような音が剣豪奏でる戦歌か? 否だ。

 この程度の者が、ましてや――


「あやつの鏡写しでしかないのならば、貴様は極めたとは言えず。なればやはり分不相応よ」


 もはや語るに及ばず。

 ただ斬るのみにて事足りる。


「そんなこと――」


 わかっているとも。


 シンラはわかっている。

 心血注ぎ、あらゆる全てを捧げてなおたどり着いたのは、父と同じ場所だった。

 通常の剣術流派では歓迎されるべきことだ。

 だが、シンラが修める無象は違う。

 同じでは駄目なのだ。


「知らず。貴様の事情など知らん。あるのはただひとつの真実のみ」


 ――貴様には分不相応だ


 死刑宣告が如く告げられた言葉が響くと同時、あらゆる時が止まった。

 否、斬り伏せられた。


 斬響高々に、錚々と葬送の音が空へと昇る。

 血飛沫爆ぜるは桜花の開花。

 ぷつりと斬れるは皮一枚。

 されど斬と斬れるは肉骨臓総て。


 剣豪の斬歌はただ一刀のみにて事足りる。

 剣銘不要。


「貴様には分不相応だ」


 ただ一刀にて斬り伏せられた。

 ただ一撃において切り開かれた。

 もはやシンラに立つことなど不可能。


「極みに至らぬ者に使われて妙の月が泣いておるぞ」

「く、ぁ」

「主!」

「分不相応に何を言っても無駄か。死ね」

「はいはいっと、そこまでですよぅ」


 そこに差し込まれるは横拳一打。

 続く連撃拝打。

 息もつかせぬ技型の混成接続。


 それは一人の両の手、否、拝礼拳においては片手で出せる技の量などでは断じてなかった。

 最低でも9人!


 しかしてセツラもまた尋常ではない。

 その剛拳連打を総て受け流す。

 天音なれば剛打一閃。

 拳戟鳴り響くは金骨の鳴り。


 されども響き渡るは剣の咆哮。

 

「相も変わらずなご様子で何よりですよぅて」


 涼やかな鈴音響けば戦が止まる。

 拝礼拳打の面目躍如。


「さあ、今宵はこれまで帰るお時間ですよぅて。ねぇ寂唸剣忌」

「そこまでこやつらに肩入れするかギョク・レン」

「そうですよぅて。なにせ、あてらの大事な大事なお客様。ここらで見捨てるのはお狐旅籠の名折れなのですよぅ」

「はは。嘘をつけよ年増狐」


 ぴきぃと、青筋がギョクの額に走る。

 金毛逆立つ怒りの尻尾。

 笑みは深いが、年の話ほど女を怒らせるものもなし。

 だが、これは挑発。こんなものにのっては女将の名折れ。


「にゃーにゃー……嘘じゃないですよぅ。大切なお客様ですよぅ」

「フッ、隠しても無駄だ。貴様、まだ、弱い男が好きなのだな。あの男、貴様の好みだろうが」

「にゃ……にゃーにを言っているのですよぅ。お客様と女将、それ以外になにもありませんよぅて。お客を守るは女将の仕事ですよぅ」


 それにしては、顔がわずかながらに赤いし、尻尾が生じに感情を示しているがそこは言わぬが花というやつであろう。


「クック、そういうことにしておいてやろう」

「なーんで上から目線なんですよぅ」

「それで、斬らせぬつもりか」

「無論ですよぅ」

「フッ、よかろう。今の貴様と剣合わせは至難だ。故にここは退こう。だが、覚えておくが良いバンショウの娘。次はない。そして、極めてもおらんのであれば分不相応だ。おとなしく斬られるが良い」


 セツラはそういって去っていく。

 後にはなにも残さない。


「はぁ、まったくもってにゃーにゃー大変ですよぅて」

「助かり、ました」

「お客人を助けるは女将の務めですよぅ。さて、帰りますよぅ。そちらの忍ちゃんもねぇ。さあ、行きますよぅ」


 よいしょと、担いできた道、戻る。

 戻れば活気も街に帰って来る。

 喧嘩は大倭の華。慣れたもの。このくらいで騒いでいては大倭人の名が廃るというものなくらいだ。


「ミコト君、帰りましたよぅて」

「良かった……!」


 心配のし過ぎでもう戻ろうかとも思っていたミコトと鉢合わせ丁度良い。


「とりあえず、猫殿はお部屋の方に、止血は自分で済んでますし、手足の調達が必要ですからねぇと、シンラ殿は全然、軽傷なんでさっさと自分で部屋にいたくとよぃですよぅて」

「お手数を」

「言わぬが花。お客人を助けるは女将の仕事。これも仕事の範疇ですよぅて」

「それでも命を救われたのならば、返さねば剣豪の立つ瀬なし」

「本当、面倒くさい生き物ですよぅて。まあ、あてらも同じ穴の貉。わかりますよぅ」


 猫をギョクが運び、ミコトとシンラが残される。

 さて、何を話したものかとミコトがわからず、どうしようと唸っているところで。


「……とりあえず、部屋に戻ろうか」

「そう、ですね……」


 シンラが切り出し、その提案に飛びついた。

 部屋に入っては、ひとまずミコトがお茶を煎れる。落ち着いて話すにはまずお茶。元の世界の常識と同じく緑茶であるため、煎れやすい。

 お湯が置いてあったのはギョクの心遣いだろう。気の利く女将である。


「んー、良い御手前。いやぁ、今日は災難でした。本当に申し訳ない」


 そうシンラが頭を下げる。


「いやいや、やめてくれ!」

「刀を渡したのは私。渡した刀で狙われたのだから、責任は私」

「でも、それにしたって……」


 猫は両手足を失っている。気にするなというのが無理な話だ。


「ああ、それに関しては問題なく」

「問題ない?」

「むしろ忍者としては、両手足がない方がやりやすい。それが忍というもの。絡繰り義手を仕込めると喜ぶほどなんだよね。あれはちょっとどうかと思いますが、それもまた忍」

「なる、ほど……?」

「むしろ五体満足な忍は半端者とすら言われるから、まあ、良い機会だったと喜んでたよ」

「…………」


 それと同時に、猫の部屋から響く奇声。まあ、確かに喜びに満ちたものであるが、流石のミコトもドン引きした。

 それくらいにはヤバイ奇声だった。


「そういうわけで、ミコト君が気にすることなし! むしろ、私の責任の方が大きすぎるわけで、これは大きな借りということで」

「でも、命を助けてもらったから、借りはなしで」

「いやいやいや。それじゃあ、剣豪看板が泣くというもの」


 こうなってしまえばテコでも考えを変えないのがシンラという人間である。ともに旅をしてきてミコトもそれはわかっている。

 そうなると折れるのは大抵ミコトの方だ。


「はぁ、わかった」

「それでよろしい。さて、それで、何か要求は?」

「は?」

「は、じゃなく要求。流石に借りっぱなしは枕の座りが悪くてしかない。だから、要求をどうぞ」

「いや……」


 何もない、と言いかけてミコトはやめた。

 綺麗な女性に対するアレやコレな妄想が飛び出しかけて、すぐにすっと引いた。今の自分に必要なのはそういうことじゃない。

 いや、結構、そういうこともしたいとは思うが――


「俺に戦い方を教えてくれ」

「あれま」


 ミコトがそういうと予想外と驚き顔のシンラ。まさか、ミコトからそういう要求が飛び出すとは思いもせず、いやはやこれは修行不足か、などと頭をかいて。


「私でよろしいので?」


 そう問い返す。

 ここにはギョクもいる。そちらから何かしらを習うのもよかろう。何よりシンラは未だ極に至れぬ未熟の剣士。そんなものに師事してしまえば大成は望めない。

 何よりギョクの好みの男なのだから、きっと優しくしてくれるに違いない。


「シンラ以外にだれがいるんだよ」

「ギョク女将もいるでしょう」

「あの人は忙しいだろうし」

「はぁ、これは朴念仁と来たことか」

「いきなりどうした」

「いえ、いいえ。なんでもありません。それがミコト君の要求ならば聞きましょう。剣豪に二言なし! 鍛えましょう! 目指すは最強ということで一つ」

「いや、流石にそこまでは良い」

「なんのなんの。私とて剣士の端くれ、不出来な剣豪だけど、目指すは頂点あるのみ」


 だが、確かに最強や頂点の二文字は、どうしようもなく、男の子の憧れなのだ。出来ることなら目指してみたいとも思う。

 それが誰かを殺すことというのは勘弁なのだが、異世界に来た以上、すぐには帰る手段もない以上、ここの流儀を覚えなければならない。


 時代は戦国。

 この時代、町人だろうが戦える。侍は農民に殺されることもある。魔獣や魔物、多くの危険がある。

 それらから妹を護るためには戦う術がいる。


「わかった。目指そう、二人で」


 この日、新たな剣豪星が天へと昇った。

 それは小さな六等星であるが、いつか輝く星だ。


 ●


 江渡の西。

 最西端には、断海と呼ばれる魔界と大倭を隔てる海がある。

 荒れ狂う海、ここを渡れば魔王がいる魔界となる大地がある。人知を超えた人外魔境。それが魔族が住まう魔界と呼ばれる場所だ。


 しかし、此処を渡る船はそのすべてが沈むほどに荒れ狂う。そもそも船を出すための港は今現在、総て魔族が占拠している。

 故にまずは此処から取り戻さなければならない。


 だが、世は戦乱。天下を狙う者たちが群雄割拠している。江渡の国が西国を治め防人を置かなければ人類は魔族との戦争で一つになっていたかもしれない。

 天帝有する江渡の国がそれを赦すはずもなく。特別な神器を与えられた防人が魔族と魔物を西国に抑え込んでいるのである。


 今日は、ここに新たな防人たちがやってくる日であった。異界から召喚されし者たちだ。

 メグミは、その筆頭として眼下に見える港を睥睨していた。


「…………」

「ネェーえ、メグミちゃんったらぁ」


 鷹の如き鋭い目で眼下を睨みつけるメグミには誰も声をかけようとしなかったが、彼、いや、彼女だけは別だった。

 刀を差した腰をくねくねさせた男である。


「……」

「あらもぅ、まーた仏頂面、そんなんじゃお嫁にいけなくなっちゃうわよぉ」


 野太い超低音ボイスが響き渡る。


「……兄さんがいるから良い」

「そうよねぇ、でもお兄さんもあなたが笑っていた方がいいと思わない? 笑顔が素敵って言われたことは?」

「……ある」

「これから戦だけどぉ、女の子なんだから笑っていないとねぇ。おしゃれも大事よん」

「……あなた男」

「心は乙女よん!」


 異世界に召喚された人たちの年長者だった彼女――そう呼ばないと怒る――は、エリコと名乗り、リーダーをかって出ている。

 本名はどう考えても男の名前があるだろうが、これ以外に名乗る気はないような怪しいオカマリーダーであったが、誰もかれもが問題ばかりを抱えていたらしい異世界転移者たちの中でも彼女ほど話の分かる者もいなかったようで、すっかりと隊長役を任ぜられている。


 とかく、こうして戦闘前に来たということはメグミのメンタル面でも気にして来たのだろう。


「メグミちゃんなら大丈夫だから落ち着いてね?」

「……問題ない」


 最短で最速で斬り殺せば何の問題もない。


「そ、だったら行ってきなさい」

「……わかった。それと…………この世界のおしゃれ、後で教えて」


 兄の前に出た時に汚らしい姿など魅せられるはずもない。

 そんな彼女の言い分にエリコはにんまりと笑った。


「ええ、もちろん」

「それじゃあ、行くね――無象流・霹式」

「ワタシたちもあとからいくわん」

「――來」


 雷鳴がとどろくとともに、一閃が走る。

 紫電が後を追い、音が置き去りとなる。

 メグミが放つは神速の居合。

 先走る稲妻を追うように刃が走る。


 鳴り響くは、鋼の鳴り。

 黄鋼の稲引く光。

 紫電が舞爆ぜ、鞘が鳴る。


 ただ一歩、ただ一撃。

 それだけで港の前に立っていた魔族が知らぬ間に絶命した。死んだことにすら気が付かず落ちた首のまま談笑を続けている姿は、メグミの居合の速度を物語る。


「二連」


 続く一足、二刀が放たれ、轟音に驚き飛び出してきた魔族の首を狩る。


「貴様、何者だ!」


 ようやく襲撃だと気が付くも遅すぎる。


「遅い。最速で、最短で――魔王を殺す」


 そして、兄を見つけるのだ。


 この日、港の一つが、異界の戦士たちにより取り戻された。


 七つの剣豪星が輝き、世界を照らす。

 邂逅は未だに遠い。

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