第5話 旅宿旅籠

 深い眠りもいつかは覚める。

 剣豪ならば覚めぬ眠りはどこにもない。いや、あるいはいつも寝ているようなものか。見果てぬ夢を見続ける醒めた夢を見ている。

 だから、剣豪なんてものは己にも現世にも頓着しない。己が持つ剣の理だけが、彼らの関心事なのだ。

 シンラもまたそのようなもので、普段通りに目を覚ます。


「んー、よく寝ました!」


 陽光煌めく朝方の景色。

 おやおや、まだ朝とはそれほど寝てないのか?


「いやいや、この腹の空きは、一日寝ましたか」


 失敗失敗。

 気ままな一人旅ならいざ知らず、今は気心ありきの二人旅。

 同行者に迷惑かけたとちらりと横見。

 ぴたりと合うミコトとの視線。


 気まずさ一筋。

 後悔刹那。

 腹鳴り数秒。


「よし、ご飯にしましょう!」


 一番長いのが空腹ならそれが一番大事なこと。

 腹が減っては戦は出来ぬ。


「……はぁ」


 シンラの呑気さ加減にミコトもため息。ただしご飯には同意する。

 ミコトもシンラに押さえつけられていたせいで昨日の朝食からなにも食べていない。シンラに抱きつかれていたのもあり気疲れと空腹は限界だ。


「わかったけど、材料は?」

「今から調達しましょう! 川があるなら魚! 魚が食べたい!」

「今から釣る気か?」

「まさか」


 今から釣っては日が暮れるというもの。

 笑って、すっと刀を手にひょいとシンラは川へ入れる。くるりと回して上げれば、上がる魚二、三匹。

 刺す必要すらない。こなれた剣豪なら素手でも十分。


「うんうん、いい感じに脂がのってて重畳重畳。さあ、料理人君あとはよろしく!」

「こいつら毒とかないよな?」

「ないない。あるならもっとおかしな色と師夫が言っていました。腸とかとればいけるでしょ」


 そんな軽い調子で大丈夫か。

 と思わなくもないもののミコトは調理するしかない。

 さて、そういうわけで魚だ。

 幸い、大倭に名高い霊峰より清水ながるる大河たる白河がそこにあるから水には困らない。


 まずは、息の根を止めてから、流水で洗い、せいごを外し鱗をとって頭を落とす。

 腹を少し切り中を確認。ミコトの常識から逸脱した中身を見て気が滅入る。何が食えるかわからないので中身は取り出し捨てる。

 流水で綺麗に洗い三枚下ろし。


「よし、あとは昨日の朝見つけたこいつに包んで」


 切り身は幅広い草葉で包む。

 昨日ミコトが見つけていた不思議な草である。なんと火で燃えない性質がある香草だ。ハーブのような味があり、包み焼きに使えないかと思っていたので使ってみる。

 その試みは成功のようで、しばらく待てば良い香りが辺りに漂い始めた。

 ミコトの食への拘りの勝利である。


「――にゃーうまそうだにゃー」

「はじめてだから味は保証しませんって誰!?」


 そんで気がつきゃ隣になんかいる。

 色合い鮮やかな旅装着物を着込んだ女。しかし、普通ではないのはその頭と腰回り。

 狐の耳と尻尾あり。


「うまそうだにゃー、食べたいにゃー」


 なにやらにゃーにゃー言っているが、狐って猫科だっけ? とミコトは思う。

 なによりこんなに近づかれるまでシンラが気がつかないことがあるのか?

 剣豪たるシンラが気がつかないはずがない――普通なら。


「あぁ、美味しそうな香り、楽しみ楽しみ……おや?」


 完全に食欲に負けていた。ようやく気がついたという風に。


「おやおやおや? あらまお狐さん」

「にゃーにゃーどうも旅から旅へのお狐旅籠の女将ですよぅ」

「女将……?」


 異世界だから獣人もいるだろう。しかし、旅籠の女将がなにゆえこのような辺鄙な場所にいるのか。


「にゃー、不思議そうな顔。了了、なら御見せいましましょぅ。あてらのお店の御見せですよぅ」


 と女将は着物の懐探り入れ、こんっと取り出す旅籠。


「は?」


 ミコトの目の前には立派な旅籠。某湯屋のアニメもかくやといったほど。

 物理的にあり得ないその光景に思わずミコトは呆けを晒す。


「にゃー、御新規のお子さんは良い反応で良き良き可愛い。遊んでいくかい? あてがお相手いたしましょうて」


 してやったりは女将さん。

 これだから旅の旅籠は止められない。


「おぉ! 旅旅籠とはこのご時世に珍しい。ミコト君! 泊まりましょう泊まりましょう!」


 シンラの方は変わらずに。これはどうやら異世界ではそれほど驚くことではないようだ。

 そもそも空からロボットが振ってくる世界のだから、と自分に言い聞かせれば落ち着く。


「いや、しかしな」


 金は? 良い宿だが足りるのか? そもそもミコトは持ってない。あと昨日から全然進んでないのは大丈夫なのか。

 そんな心配やらが顔に出ていたのだろう。


「にゃーにゃー、大丈夫大丈夫。あての宿は旅のお宿。その意味、知らぬわけではありますまい?」

「えっと、俺遠くから来たばかりで」

「なんとなんと! 本当に御新規さん! 反応よしの可愛い子ならば教えにゃ女将の名が泣きますよぅて!」

「お願いします」

「はいはい。まあ、そう難しくもなく。旅の旅籠は旅する旅籠。夜のうち日のうち持って歩く。そんなお宿でございますよぅ」


 つまり、夜や昼に移動するのだ、旅の旅籠というやつは。

 その方法は先程見た通り。

 旅の旅籠の女将は、皆、収納上手。懐に旅籠を詰めて旅から旅へ。


「しかも、女将は皆強い! 誰も旅の旅籠を襲おうなんて考えやしない! 安全だしゆっくり出来るとあれば、このご縁に感謝感謝!」

「にゃーにゃー、褒めても何もでませんて。あてら、楽しく旅してるだけですよぅ」

「そういうわけで二人! 一部屋で良いですので、場をお貸しいただきたい」

「にゃーにゃー、お代はそちらのお料理で」

「おー、それは豪気なこと!」

「いいんですか!?」


 シンラはしめたと縁仏に感謝するが、ミコトはそうはいかない。


「にゃーにゃー、あては、うまそうな魚に目がなく。特にこの白河の珊魚さんぎょならお代としては十二分」


 採るのが難しい上に稀少も稀少。それが珊魚という魚だ。坂白津があった頃はそれなりに市場に出回っていたのだが、今ではとんと見ない。


「しかも火樹の葉の包み焼き! 遥か楽柘らくたくの国でしか食べられない料理とくりゃぁもう十二分以上! 是非とも泊まってって!」

「そんな凄い魚だったのか……しかもこのやり方そんな珍しいのか……」

「あー、火樹の葉かー! こっちじゃあまり食べないよねぇ。美味しいのに」

「にゃーにゃー、天帝様は火の気が強いのもあってこのあたりじゃ火樹は他の霊樹よりも尊ばれてますからねぇ」

「……そうそうそれそれ」


 なにやら含みあるシンラであるが、気にしないのが良い女将と同行者。

 同行者の方は気がついてないだけだが。


「とかく。立ち話もなんですからあてのお宿にお入りお入り」


 料理を終えて、誘われるままに宿に入る。外装と同じく中もまた良い風情の古旅籠。

 きぃきぃなく鶯張りがなんとも耳足心地よく、澄灯の明かりが目肌に優しい。


「良い雰囲気ですね……」

「にゃー、ありがとさんよぅ。さてさて――旅の旅籠、お狐旅籠にようおこし。あては女将のレン・ギョク。ギョクとお呼びなし。生まれはハムラの灘なれど大倭は二つ故郷。どこへなりとりとも送りましょうや」

「これはこれはありがたき――私はバンショウシンラ。あてなき無頼の徒。今は、江渡に向かう、その最中」

「えっと、ミコト、です」

「ほほぅ……バンショウ家のシンラ。御高名はあてらのうちでは予々。ミコト君は、お料理持ってこちらですよぅ」

「私は関係ないゆえ」

「世間様はそうは思いませんて」

「……」

「おおこわ。お客人のことを探るはあての悪い癖癖。なにぶん長生きなあてらは噂好きで構いませんて。お詫びに泊の日伸ばしましょう」

「……それならば」


 さてさて、通されたのは一等のお部屋。もとよりお狐旅籠は良いお宿。全てが一等。見張らし良きの良いお宿。

 部屋には既に食膳が準備されている。珊魚はギョク女将の手で盛られ、ふっくら白米と吸い物三人前。


「にゃーにゃー、さあさあいただきましょぅ。あてもお代でいただきますよぅ」

「はー、楽しみ楽しみ」

「……さっきの雰囲気どこ行った……まあ、良いか……いただきます」


 気にはなれども腹の虫も限界だ。

 包みをあければ珊魚と火樹葉の良い香りが広がる。燃えない火気の葉は、良い香草。芳醇なコク深い香りはしっかりと珊魚に染み込んでいる。


 一切れ一口。


「なんだこれうま!?」

「にゃー、見事見事」

「んー最高かな最高かな。あとはお酒があれば言うことなし」

「別のお代になりますよぅて。けど、あても飲みたい気心ならばここはみんなでいただきますよぅ」


 徳利ひとつにお猪口みっつ。


「いや、俺は」

「まあまあ、ミコト君も飲んで飲んで。飲まないと男が廃るよ」

「ではでは、あてがおつぎしますよぅ」


 並々注がれたお猪口ひとつ。さてさて飲まねば男が廃る。

 ここは異世界。日本の法律なんのその。

 ミコトの身を守ってはくれない法律なんかを守るものでなし。

 ならばシンラとギョク女将の言われるまま印象良しといきますか。彼女らは勝手知ったる異世界の住人。

 頼れる唯一ならば彼女たちの印象を少しは良くして置いた方が良い。


 ――などどミコトは思いながら、酒を一口。

 ふんわり広がる豊潤辛口の大倭酒。

 すんなりと喉元落ちていく冷の感覚は、ふっと魚を泳がせたくなる。珊魚を一口。喉奥で一つとなって、格別となる。


「うまいな……」


 初めて飲む酒として大倭の酒はとても良い。大倭は水源が豊富であり、どこも功徳を積んだ仏僧や祖霊神霊の御加護により清廉な水気を有している。

 そのおかげか、味もよく飲みやすいものが多い。特に良い酒は上等な水の代わりとなる。

 それほどまでに酒気と水気が身体へ良い影響を及ぼすのである。


「にゃーにゃー。これは合う合う」

「かぁーこれこれ。やはり美味い飯に美味い酒。ご縁に感謝感謝」

「にゃーにゃー、では、ごゆるりとお寛ぎください。御用があれば、鈴を鳴らせば来ますようて」


 喉を潤し、腹を満たせば万の事は良しとなる。

 気にしていたことなどもすべて忘れて、あとはもうゆったりとくつろぐのみ。

 そういう癒しを提供するのがこの旅の旅籠なのだ。


 ●


 大倭が中央より江渡の国。

 この戦国乱世において、最も天下の統一を成すに近いのがこの国だ。

 偉大なりし大倭が天帝を戴くこの国に、ミコトの妹メグミはいた。


 異界より召喚されし者として。

 曰く、殺界と呼ばれる場より魔王来たれり。

 それがどうにも江渡の国の西側へとその領土を隣接させた。魔王の配下たる化生どもが溢れ、江渡の国中へ広がっていった。


 その被害を何とかし、魔王を倒すためにメグミを含めた5人は呼ばれた。


「まず、貴様らにやってもらうことがある。大錬場へ行け」


 天より来る声にそう命じられ、メグミと同じく呼ばれた男女は、武士に案内され大きな広場へと連れてこられた。

 兵士たちが訓練する場なのだろう。そこには、手枷、足枷をされた罪人らしき者たちがいた。

 その数は、5。


「…………」


 召喚された5人には、刀が手渡された。本物の、真剣だ。

 メグミには、何をさせられるのか、わかってしまった。


「殺せ」


 そう案内してきた武士は言った。

 殺さなければ、この城から出さない。殺界の化生を殺すために呼んだのに、人も殺せぬようでは使えない。


「……も、もしころさなかったら……?」


 おずおずと気弱そうな男が聞いてみると。


「我らが貴様らの首を刎ねよう」


 選択肢などありはしない。

 やるしかないのである。

 だが、そういわれたところで、彼らに覚悟などあるはずはない。そう普通ならば。


「……」

 

 斬と冷えた鋼の鳴りが響く。

 ただ一太刀。

 雷気纏う神鳴り。


 しかして、轟ととどろく音はない。

 音を斬り、首を断つ。

 静かに、恐ろしいほどの静寂の中でそれは見事に行われた。


「これでいい? 私、人を探したいの。だから、全部すぐに終わらせるわ。何より、魔王なんて危ないやつ殺さないとお兄ちゃんが危ないもんね」


 この世界にいる唯一無二の兄の気配をメグミは感じ取っている。

 正確な場所まではわからないが、二人の縁が必ずや再会させてくれると信じている。


 ならば、このくそったれな国にいる方がいい。兄だって、メグミの存在を感じているはず。

 出会うためには一番大きな国ならばそこを目指すくらいの頭はある。


 そう確信するがゆえに、メグミはまず、再会の邪魔になるであろう障害を取り除くことにした。

 その上で、この江渡という国に己の名を響かせる。


「待っててね、ミコトにぃ」


 愛する兄を見つけるためならば、あらゆる障害を殺そう。


 この日、新たなる巨星が天に輝く。

 世界にいる剣豪は、新たなる星の出現を感じ取っていた。

 世界は荒れる。

 その始まりを……。

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