第4話 釖装合戦

「抜けば魂散る紅の刃」

「抜けば魂散る蒼の刃」


 ――抜刀


 遥かなる剣豪星より二人の釖装が来る。


 紅鋼の拵え。

 二本角の悪鬼がごときシンラの紅釖装。

 魔性が宿りし八代妙月。

 妙なる色香を感じさせる女人のごとき鎧甲冑は艶やかな斬気を放っている。


 蒼鋼の拵え。

 能面の仏僧がごときサタの蒼釖装。

 爽快なる霧鶚の槍。

 武骨極まる鎧甲冑には一切の遊びなく、しかして神聖なる気配を放っていた。


「いざいざいざ!」

「参らん!!」


 開戦。

 釖装の戦が始まる。

 地を揺らし天を裂く、大甲冑武者による大剣戟。

 魂鋼が金音ならし火花咲く。

 華々しくも荒々しく。

 洗練された釖装戦組打。


「やべぇ……」


 少なくともその戦を称えるべき語彙をミコトは持ち合わせてはいなかった。


 釖装。

 それの始まりは大乱始まる大戦の前の事になる。

 隅原の国が多禰島に天より一隻の空舟が流れ着いた。

 その舟には、百人あまりの外人そとひとが乗っていたという。


 外人とは言葉が通じなかったが、彼らの中の学者はこちらの文字を読み書き出来たため筆談により交流が図られた。

 彼らは商人であり、天の嵐に遭い多禰島に漂着したのだという。


 ある程度事情を把握した、時の隅原君主は彼らの商品であった炉歩斗が戦に有用である見るや、炉歩斗を買い求めた。

 さらには帰ることが出来ぬ外人に雑賀衆の名を与え、炉歩斗の製法を伝えさせ天下統一に乗り出した。


 時代は流れ、炉歩斗は天帝に献上され釖装と呼ばれるようになる。

 今や戦の主役だ。

 だが、そんなことはどうでもよい。今は、剣豪の戦にてその武威を振りわん。


 鋼の咆哮が桜花咲き乱れる山々を揺らす中、シンラは八代妙月を疾走させる。

 揺らめく陽炎は、八代妙月が持つ魔性ゆえか。

 否、それなるは紅鋼を核とした錬気機構にて釖装を循環する火気の現れ。


「さあさあ、見せましょう! 八代妙月が釖装戦かたないくさ!」

「応とも来い!」

「火錬・無月」


 剣銘結び技となす。

 八代妙月は武装たる刀を抜き放つ。炎を纏う紅の刃は、火花を散らしながら斬と咲き誇る。

 対する蒼釖装は槍を構える。蒼鋼が纏うは水気。まとわりつく蛇のように槍を覆う水が穂先へと集い、妙月と激突する。


 爆発の花が咲く。互いに高めた火気と水気は、相剋し合う。

 火は水に勝てぬか? 否だ。理としての勝ち負けは確かにあるが、それは絶対ではない。

 水は火を消すが、火が水を蒸発させるように、状況次第では理は反転する。


 この場合は、互いの技量と釖装鍛冶の腕前次第。


「むう! やはりこちらが不利か」

「釖装鍛冶の腕前を敗けの言い訳としますか? 落武者狩りとは存外優しいとみえる」

「カカ。それを言われちゃあ立つ瀬がない。言わんよ、そこは技量でやるとも」

「そうこなくては」


 釖装の戦も生身の戦も理は変わらない。だが、その様相は様変わりする。

 まず、釖装合戦組打には回避というものが存在しない。受け、弾き、流す。防御側はこの三点。

 肩にある装甲か、武装で防ぐのが基本。

 そして、攻撃側は苛烈さを増す。


 増大した内力。巨大人型で放たれる剣豪の技は、まさしく尋常ならざる神業。

 発勁機関の駆動が莫大な内力を生み出す。無尽蔵に湧く気が釖装を強化し技を冴えさせる。


 巻き起こるは剣嵐槍雨。

 放たれる斬擊刺突は、地を揺らし山を削る。


「無茶苦茶すぎるだろ……」


 端から見ているミコトにはたまったものではない。どこからか現れた少女がいなければ、風圧斬圧で細切れになっているところだ。


「ふぅ……助かったよ」

「…………」

「えっと、君は?」

「…………」

「あの……」


 喋る気はないのか。それならば姿勢だけはなんとかしてほしいとミコトは思った。

 ミコトは今、少女に膝枕されている。少女は一心不乱にミコトの頭を撫でてくる。釖装が戦を繰り広げているこんな状況でもなければ、このまま眠りたくなってくるかのようだ。


 そんなミコトのほのぼのとした気配など釖装の戦には微塵もない。

 突き、払い、斬り、入れる。

 己の得物を十全に用いた刀語り。

 しかして、剣呑極まりながらも、清々しい様。


 剣豪どもの気風が良くでる。

 実に気持ちが良い戦だ。


「カカ! 気分が良いな!」

「実に。流石は足利を斬っただけはありますなサタ殿」

「運気が良かったのよ」


 振るわれる槍に迎える剣。

 打たれる肘を、装甲で受ける。

 シンラがいる釖装内部――はばきにまで衝撃が達している。

 刀身は、サタの釖装をはっきりと映していた。


「何が運気だ、本当にやる……!」


 楽しめる戦なれど気を抜けばそこで終わりだ。だからこそシンラの笑みは深まる。


「旅から旅への剣客人生。こうでなくてはなりません」


 相手が強ければ強いほど燃えるというもの。


「あなたもそうでしょう、八代妙月!」


 応えるように釖装武者の顔瞳、輝いて――火が爆ぜる。


 釖装の戦は如何にして相手の意気を削るかの勝負である。

 釖装の装甲と得物に用いられた魂鋼は、何人たりとも傷つけることかなわない。

 相手の意気を削りきることで、釖装は崩れ、必殺を叩き込む隙を生じる。


 シンラの意気高揚。八代妙月もまた同じく。紅蓮の炎が噴き上げる。

 それは、強いということ。諦めぬという魂の意思こそが釖装の揺るがぬ強さなれば、魂魄の輝きに刃金は応える。


 乾坤一擲、攻める。

 八代妙月が駆ける。

 火花を散らし、大地を巻き上げ踏み込む。


「……!!」


 放たれた切り上げの威力は凄まじくサタの槍を大いに鳴らす。

 魂鋼の鳴りは、轟音鈴音となりて山々を揺らす。


 息をつかせぬ連撃をサタは受けるが、その分意気が削れていく。

 弾く魂鋼の音色あれども、シンラの炎気の鋭いこと。流水すら蒸発させる彼女の剣炎にサタの槍は押されていく。


「なんの、まだまだ!」


 返しに放たれたるは無拍子の突き。例えば歴戦の剣豪なれど完全に察知などできるはずではない。一撃は決まる。

 いや、否。

 八代妙月に、その槍は当たらない。八代妙月は身を振って背後からの一撃は空を突く。

 槍が突いたのは、怪しき陽炎妙月のみ。鏡花水月の如く、突くに能わず。


「まだよ!」


 駆動する鋼。

 咆哮する刃。

 跳ね上がる槍柄が、千穿つ刺突と化す。

 瞬時の突き入れからの流水勁を用いた特殊な高速機動。

 鋼が鳴らす空の悲鳴。

 結果は、千の突き。


「ちぃ――!」


 シンラは、技巧の粋にて受けるも足りぬ。


 霧鶚の突きに限りなし。水気まといし槍は流麗に流れる川の如し。

 淀みなく接続される清流技は、山々の澄みきった湧き水。

 いつまでも湧き流れる。

 鋼の金音鳴り響き、八代妙月ごとサタの槍突きは弾き上げる。


「おお!?」


 浮遊感、地に脚つかぬこの感覚は師に倒されていらいか。

 鎺の中で、シンラがみたるはかつての師の姿。

 走馬が灯を頼りに走り行く。


「いや、まだ!」


 これで終わりなど冗談ではない。

 その意思に八代妙月は応えてみせる。宙にてその体幹を大いに流す。

 放たれた槍を反らした胸部装甲で受ける。


「ぐ――」


 貫通する内力がシンラを突くが、これを気合いで捩じ伏せる。

 ただの触りだけで、内傷重篤。内臓がぐちゃぐちゃだ。それでも、生きてりゃ良い。


「なんと!」

「ぐっああ! あっぶなぁ!」


 そのままサタの突きの威力を使う。

 威力を勁とし内力伝導。宙にて一回転、蹴りあげとともに体勢をなおしてみせる。

 決まりきった確信。渾身の突き。八代妙月の意気は削り切った。


 しかし、止めたる必殺を叩き込まんと槍を回し、突き入れんとしたところに足刀が来る。


「まさか、そう来るか!」


 釖装の内力は、人間の数千から数万倍。己の気合いでどこまでも上がるのだ。

 剣豪ならば内力は自在に操れて当たり前。技の総てに尋常ならざる気を流している。

 釖装にも限度というものがある、鋼の色がある。

 如何に巧く相手の内功を操り勁として流すことが出来ようとも相反する内力は徒に釖装とそれに乗る剣豪を傷つける。

 だが、それでもシンラはやった。


 八代妙月は拵えを開いている。

 あそこに突き入れれば、シンラもろとも八代妙月は死ぬ。

 釖装各部も損失極大。

 もはや勝負は見えている。

 それでも、まだだ――。

 八代妙月が魔性と呼ばれる由縁は、此処から。

 今度はシンラの手番。

 八代妙月の瞳が怪しく輝く。


「かふっ……さあ、いざ!」


 内傷に血を吐くがお構い無し。八代妙月はその程度では停まらない。

 八代妙月に宿る想念がここで停まることを赦しはしない。


「わかっていますとも八代妙月! 勝たなきゃそこで終わりだとも!」


 陽炎揺らめく火気が爆ぜ、八代妙月が吹っ飛ぶ。


「なんと、釖装がぶっ飛んでくるとは!」


 なんたる無茶苦茶、出鱈目か。

 釖装は壊れぬが中身が死ぬぞ。

 何より拵え開き鎺が外に出た今ならばなおさらだ。


「死んだらそれまで、けど、まあ! 人生楽しんだもん勝ち!」


 爆発の威力ごとその大槍を弾く。

 ああ、楽しい!

 その意思が八代妙月を駆動させるのだ。宙を踏みしめる軽身功。

 八代妙月が脚刀を抜刀する。


 左手が新たな刀を抜き、脚から2本の刀が出る。

 計4本の刃がサタを襲う。地に脚つけぬ連擊に応じるも、そこは刀の間合い。

 槍の間合いではない。止めと近づいていたのが仇となる。


「これが、そうか!」


 かたかたと八代妙月の面が笑っている。不気味なる魔性の香。


「発火刀牢――」


 剣銘結び、技となる。

 四刀鳴らせば四音響く。

 放つ斬擊は牢獄鎖。

 誰一人と逃げられぬ。

 此処は刃の獄中なりや。

 陽炎揺らめき、鋼が吠える。


 槍弾き、装甲に響く剣気苛烈。


「だが、どうして。そうか、童のように楽しいか」


 その気の陽気なこと。

 どこまでも気持ちの良い剣豪の手本のようだ。


「天晴れよ!」


 かかと大笑い。

 春先に陽気に誘われた剣豪どもが戦跡。

 突き入れ抜けるはシンラの刃。


「……勝者、バンショウシンラ」


 開いた拵え突き抜けて、鎺とともにサタを斬る。


 勝負あり。

 少女の呟きとともに剣豪星が落ち流れ消える。

 釖装もまた空へと帰る。

 少女も何処かへ消えていた。


「なんなんだよ」


 ミコトを置いて何もかもが進んで終わった。


「ここでも、かよ……」


 それはミコトを刺す事実としては十分。


「…………」


 ただ、違う思いもあった。


「いやぁ、疲れた疲れたー。熱借りるねー」

「ちょ、は?!」


 戻って来たシンラはミコトに抱きつきそのまま睡眠。

 傷だらけも何のその。疲れたときは人肌一番。

 くうくうと眠りこける。先程までの真剣勝負の役者とは到底思えない。


「…………」


 ミコトは魅せられた。

 剣豪どもの戦に、鋼に、釖装に。


「ここでならもしかしたら俺は……」


 妹を探す。

 それは大事だが、それ以上に妹がいない事実は、ひとつの意思を芽吹かせるには十分であった。


 釖装合戦第一戦。

 勝者八代妙月。

 乗り手バンショウシンラ。


 未だ鉄は燃えている――。

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