第3話 剣戟街道

「さあ、行こうかー」


 朝食もそこそこに、実にすがすがしい気分でシンラはミコトへと言う。

 熱も借りられて温かであったし、何より朝食もおいしい。シンラの人生においてもこれ以上に素晴らしい朝は数えるほどだ。


「はい、お願いします」


 旅の途中で料理を作るから少しの間の護衛を務めるという契約で、江渡の都まで向かうことになったのだ。

 ミコトはそんなもので良いのかと言うたが、シンラは良きと笑うのみ。


 旅の道連れ大いに歓迎。一人旅の寒さ寂しさ骨身に染みている。道行き同じくする者のなんとありがたきことか。

 その上、料理上手とあれば言うことなし。旅の一手間を任せられるのならこれほど良いこともない。


「仰々しい仰々しい。もっと軽くでいいよ。その方が楽だからねー」

「そう……わかったよ」

「良し! さてそれじゃあ行こう! 道行きは楽なれど江渡は遠い。何より今は戦の時代、物騒物騒。時間ばっかり食う。急ぐ旅でなしだけど、急ぐにこしたことはないからね」


 早速、出発。

 長雨が嘘のようにすっかりと晴れ渡る春空桜色。雨にも負けず咲き誇る華々美しく、陽光が照らす小川はきらきらと輝いている。


 雨上がり草花の匂い。鼻腔に優しく香るのは、とりどりの赤、黄色、緑。

 虫や蛙どもも這い出し賑やかだ。


「んー、良い天気。眠くなってきたねー」

「まだ歩き始めたばかりなんだが……?」


 数分も歩かずに、そうシンラは後頭で腕組み、ミコトへと話しかける。


「いやぁ、でも眠くなったものは仕方ない! ここらで一眠りしませんか?」

「いや、早すぎだろ!? 旅してんだから何か目的があるんだろ」

「おお、鋭い。あるっちゃありますが、急ぐほどのものでもなし。気儘な一人旅、おっと今は二人旅。しかし、一眠りしたい気分の方が今は強い」


 さすがに歩き出し数分で休むのはない。

 ミコトとしては、早く帰らなければならない。そのために人の多い江渡を目指すのであるし、メグミと離れているのはのである。


 もしかしたらこの世界にいるのかもしれない。人の多くがあつまるなら彼女もそこに向かうはず。

 だからこそ、少しでも急ぎたいが、シンラがそんな事情を知るはずもなし。


「人生長し、緩やかに生きよ、だよ」

「はっはっは、人生短し、拙速に生きよとも言うぞ女人」


 おや? 何やら端より男の声。

 声を追えば三度笠被り、串を咥えた男が川辺の土手に寝転んでいる。

 どこぞの風来坊のようであるが、顔や腕に走る傷は武者のそれ。


「おや、先客がいらしたか」

「ほどよい陽気ゆえな」

「ならば私たちはちょいと先にいきましょうか」

「要らぬ世話よ。こぶはいらぬが、そなたは桜花のように美しいゆえ隣を貸そう」

「あらお上手、野伏にしては洒落たことを言いますね」

「渡世の無頼に洒落はいらぬか?」

「洒落よりは剣音を良く聞きますゆえ」

「であれば?」

「然らば――」


 問答の刹那、両者は何かの合意を得た。それはミコトが知り得ぬ剣豪の習い。

 彼らの本能。

 彼らの習性。

 つまりは、決闘の合意。


 串吐き出したる男は、寝転んだまま発勁。地面に叩きつけ、寝姿勢のまま飛び上がる。


「!?」


 ミコトは何が何だかわからない。だが、昨晩と同じ空気を感じとった。

 即ち、戦場鉄火場の臭い。闘争と戦の芳香だ。


 男はそのまま背にしていた長物をシンラへと叩きつける。

 しなる長物。その威力、骨を折るだけでは済むまい。槍纏う男の気に乱れなく、紛れもない戦闘領域。

 粉骨砕身の一撃だと見ればわかる。


 シンラは、それを鞘に納めたままの腰の一刀で受ける。

 刃で受ければへし折れよう。実力伯仲なれど、縦なる遠心の気を合わせたこの一撃、舐めてはならぬ。


 渾身の内功合わせ。互いの勁力に男の長物を包んでいた布が弾けとんだ。

 現れるは陽光浴びて輝く、蒼き穂先に朱柄の槍。


「蒼鋼の槍とはこれまた珍しい。良い槍ね」

「はは、その言葉はこやつも喜ぼう。して? そなたの刃は見せてはくれぬのか?」

「無論、お見せしますとも。けど、その前に――」


 勁に弾かれ仕切り直し。構える前にシンラが礼をする。

 渡世の無頼が好む武装したままの略礼。


「我流、無名、バンショウシンラ」

「はは! こりゃぁ丁寧な! 当方はサタという。銘は落ち武者狩り、流派は霧鶚むがく槍術よ」


 その名をシンラは風の噂で聞いていた。東里にめっぽう強い野伏がいる。

 その名、霧鶚のサタ。

 まさかこのような場合で見えるとは面白き縁。これまた剣豪仏が紡ぐ殺羅の縁か。


 尋常ならざる気配をシンラは感じていたし、先の発勁で、内力の一部は見てとれた。一瞬にして、己の肉体を飛び上がらせる勁力は見事の一言。

 やはり旅に出て正解であったとシンラは笑みを深める。


「武者狩りのサタとこのような場所で仕合えるとは光栄の至り」

「なに、当方など落ちた武者しか狩らぬ臆病者よ。さて?」

「では――」

「いやいやいや、どういうことだよ!?」


 たまらずミコトが口を挟む。

 言葉すくなに進む話。

 何一つわからないが、これから行われるのは尋常ならざる仕合いになることを本能で理解した。


「カカ、坊主は離れておれ危ないでな!」

「ミコト君離れててねー危ないよ荷物よろしく」

「いやだから!」


 無駄だ。

 好敵手を前にした剣豪がたかが言葉で止まるはずもなし。


 朝靄が空を覆うなか二つの星が妖しく輝きを増す。

 それなるは剣豪星。

 鋼の刃持ちし剣豪が己の力を振るう際に輝くもの。

 熒惑と辰星。

 シンラとサタが持つ星は彼らの意気に応えた。


 ――いざ参る!!


 言葉なく戦は始まる。

 斬槍刺剣。

 縦横無尽に振るわれる槍撃の鋭さは空を裂き、地に傷を刻む。

 そこは槍の間合い。刺し殺す絶対死滅圏。槍持つ男が有する領土だ。


 サタの振るう槍に対してシンラは神速の居合い抜きからの突きでもって応じる。槍は長い。それだけ間合いが、領土が広い。

 引き切る刀との間合いの差は如何ともし難い。故に斬るのではなく突く。

 剣突目指すは穂先。最も近い彼の刃に合わせる。


 鳴り響く金高音。鋼と鋼のなり合いの音響。

 春うららかな陽気に、紅の刃が躍り出る。これぞシンラの愛刀。紅の鋼を鍛えた刃。


「紅鋼に武骨な朱鞘拵えとくれば、妙月みょうげつの作、その中でもその刃紋なら……七、いや、八代妙月の一本とみた」

「御明察、さすがは落ち武者狩りのサタ殿」

「艶やかに磨きあげられた燃えるかのような紅の刀身に、特徴的な編み込みの伊六合いくに飾りの房が柄頭に結われた業物とくれば、妙月鍛冶一門の作以外にあるまい。あそこほど紅鋼の扱いに長けた一門はない」


 その中でも八代目妙月の刀には多くのいわくがついている。一門の中でも八代目妙月は特筆して優れた鍛冶ではなかった。

 活動年月も打った刀も少ない。今代の九代目妙月が天才であったこともあり、八代目の名はすぐに埋もれていくことになる。


 だが――余人に曰く、八代妙月は魔にみいられているのだそうだ。

 ことの真偽は明瞭ならざるが――

 曰く、自ら人を斬るのだとか。

 曰く、持ち主は早死にするだとか。

 曰く、手にいれた一党には不幸が訪れるだとか。

 曰く、曰く、曰く……。


 多くのいわくが、八代妙月にはついてまわっている。


「そなた魔にみいられたか?」

「まさか、愛刀なれども、斬るのは私の意思そのもの」

「いや、すまぬ剣豪にそれは無礼な言い様であったな」

「落ち武者狩りに礼儀などありますまい」

「カカ、違いない」


 堕ちた武者を狩るのだから礼儀は不要。それは剣豪無頼も同じこと。

 礼儀よりも仁義。仁義よりも剣技を尊ぶ。

 言葉を交わすのではなく、刃を交わす。

 交わり避けては、空を斬る。

 互いに触れざる殺戮舞踏。


 それらは状況を把握することが出来ていないミコトの目の前で繰り広げられる命のやり取り。

 金音激しく、戟花綺羅綺羅しく。

 剣華咲き誇る剣豪どもの戯れ。


「こいつら、何考えてんだよ」


 道端で出会い、数言、言葉を交わしただけというのに、なぜそこから殺し合いに発展しているのかまったく理解出来ない。

 紛れもなくミコトとは生きている世界が違う。目の前の光景は、あまりにも現実感がなく、本当に異世界に来てしまったのだと彼に理解させるには、十分であった。


「はぁ!!」

「ふ――!!」


 花びら降り注ぐ春の川辺に剣と槍が交差する。

 舞い上がる桜色に、紅と蒼の刃が閃く。


 変幻自在の槍術。

 突き、薙ぎ併せの打撃は遠心が力となり、しなる朱柄は生者を屠る必殺の打鞭。

 気を通わせた柄は、鋼と変わらない。


「やる」


 ゆえにシンラは攻めきれぬ。間合いの差が如実に出ている。何よりサタが巧い。

 落ち武者狩りをしていただけのことはある。

 しかして、このままというのは面白くない。


「来るか」


 サタが感じたある予感。

 目の前の女武者が何かしらを仕掛けてくる予兆を感じ取る。

 そして、それは次の瞬間に起きる。


 砂散る、土散る、足からの発勁。全身合一の踏み込み。

 瞬間、サタの視界からもシンラの姿は消え失せる。


「――!!」


 刹那に鳴り響く金音。

 蒼紅ぶつかりて剣花舞う。


 背後より現れたシンラの斬擊。

 サタは、先触れたる気のみを頼りに己が肉体に全てを任せた。

 経験的な反射でその刃を防ぐ。

 だが、完璧ではない。


 斬と生じた刃風がその頬を裂いた。

 咲き誇る血花の赤い蜜。

 しかしてまだ終わらぬシンラの斬撃。刃を寝かせ槍柄を滑らせる。

 刃風のあと、鋼刃が押し通る。


「なんの!」


 サタそれをしのぐ。

 上体そらし間一髪。髪一房斬られるに留めたが、衝撃貫通。

 シンラの蹴りがサタの腹を打ち据える。

 その衝撃、轟音に鳥が驚き飛び上がる。ミコトが、砲弾でも直撃したのかと錯覚するほどであった。


 後ろに流れる上体。サタは本能を制し抗わぬ。シンラの続く斬擊に流れを利用し石突遠心。

 穂先ほどではないが十分凶悪な石突きがシンラの顎目掛ける。


 シンラは肉体を急制動。剣豪ならば、肉体の制御は完全。皮一枚を石突きが抜ける。

 しかしてサタの槍はさらに遠心回転。落ちる肉体の流れが勁となり乗る。

 迎え撃つは足。振り上げた足がより早く柄を踏みつけ己の重心にて槍を地へ落とす。


「くは、なんと足癖悪い!」

「おや、戦に流儀はないのでは?」

「野伏がそれを言われちゃ仕方ないな。カカカ!」


 一瞬の制止。

 振るわれる紅の刃。

 サタは槍を手放し、倒れるに任せの回避。鼻先を通る刃に彼の笑みが写る。


 振り抜き刃のあとにサタの足刀が翻る。丹田より練られた気が巡る肉体は刃と変わらぬ。

 肉体回転とともに繰り出される淀みない拳打は、豪快無比。

 シンラの肉体を飛ばすに十分。


「おっとと、霧鶚には掌法の技もありましたか」

「落武者といえど武者は武者ゆえあらゆることに通じておくものよ、よっと」


 サタは、からんと倒れた槍を足で投げ上げて肩にかつぐ。


「さて! そろそろ良いか? そこまでの技前ならばのだろう?」

「わかりますか」

「腰のもう一振りはお前さんを認めちゃいない気難し屋のようだが、妙月は抜かれたがっておるのがわかるわ」


 魔性八代妙月とはよくも言った。

 シンラの鋭い剣気に劣らない艶やかに濡れそぼった魔の刀気がサタの槍合わせを待ち望んでいるのだ。

 サタですら思わず、それを欲してしまうほどに。


「そう言うわけだ――抜くぞ」

「ならば応えましょう――」


 高まる気配にミコトですら尋常ではないなにかが起きるのだと悟る。

 このまま此処にいるのが不味いことも。


「なんかヤバい、ここから離れないと……!」


 だが、どこに?


「……こっち」


 声。

 小さな。

 女の子のようなか細い声。

 考えるよりも早くミコトは、その声のする方に走った。

 同時に宣誓が放たれる。


「抜けば魂散る紅の刃」

「抜けば魂散る蒼の刃」


 ――抜刀


「おわ!?」


 刹那、遥か剣豪星より、それは来た。

 轟音、衝撃。

 ミコトの体が吹き飛ぶも、すぐに柔らかな何かに受け止められる。


 それを確認するよりも前に、そこに現れたものに絶句した。


「なん、だ……? ロボット?」


 そこに現れたのは紅と蒼。

 巨大な鎧武者。

 ミコトの認識に照らし合わせるのであれば、アニメや特撮などのフィクションの世界に登場する巨大ロボットであった。


「……釖装かたな


 ミコトはそこでようやく自分が少女に抱えられていることに気がついたが、それ以上に、目の前で始まった釖装の大戦おおいくさから目を離せなかった――。



 


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