異世界に漂流したら、剣戟香る世界だった

テイク

第1話 剣豪邂逅

 緑が匂い立つような、生命あふるる春の日差しが降り注ぎ、街道脇の桜木から色鮮やかな花びらが舞っている。

 今は、そんな季節である。


 だが、天のいたずらか、あるいは何らかの思惑か。街道には花散らす雨が降りしきっていた。

 人も生き物も全て洗い流してしまうとでも言わんばかりに雨勢は強く、雷鳴もまた鳴り響いている。

 果たして、そのような天気模様である。道行く者は一切いない。


 斯様な雨の中、道を急ぐ者がいたとすれば、それは脛に疵を持つ者か、人に仇なす妖者あやかしものの類であろう。

 あるいは、その両方か。どちらにせよ全うな旅人ではない。


 しかし、どうしても旅をしなければならないものもいるにはいる。

 例えば、無計画に宿を出て山間に入り、この天候に行きあったものなどだ。


 そんな時、この東里の国には、そのようなうかつ、あるいは不運な旅人に休める場所を提供してくれる場所がある。

 詩鈔ししょうと呼ばれる霊験あらたかな大樹がある。樹齢は一千年、あるいは数万年とも言われるほどの巨大樹である。

 旅人たちから、悪天候に見舞われた時の休憩所としてその葉下や枝下、虚などを貸してくれている。


 今も、その天然の宿を利用する女がいた。

 見眼麗しい女であった。

 昨今、戦国の世にて、もてはやされる傾国の姫君なども霞んで見えるほどの妖しげな色香を放つ女であった。

 雨に濡れ、華やかながらどこか武骨さを感じさせる装いがぴったりと肌にくっついてしまっている。

 酷く扇情的ではあるが、劣情を催す相手は生憎とこの場にはいない。

 いたとしても腰の得物二振りが、そんな劣情を催すような輩を遠ざけるだろう。


 女武者だ。今の時代では、とても珍しい女の武人であった。

 名をシンラという。バンショウシンラ――万象森羅などという大仰な名があるにはあるがシンラで通していた。

 火をおこしたシンラは、早々に服を脱ぎ捨て別な着物に着替え洞の中に寝転がる。


「はー詩鈔様様、屋根があり、壁があることのなんと良いことでしょう」


 さて、そうとなればひと眠り。

 そのころには雨もやんでいよう。

 急ぐ旅でもないが、武人なれど女の身空である。宿の一つも恋しくなるというものであった。


 だから、明日一番に此処を出て宿場で休むことに決める。運が良ければ温泉宿にありけるだろう。

 そのため早々に寝ようとしたわけであるが――遠くから走る気配あり。


「ん?」


 ここは交通の要衝でもない。

 東里の国境の路、この大倭オオヤマトの中心たる江渡の国に近くあれども、主要大路というわけでもなし。

 かつて栄えた坂白津という国の名残があるばかり。

 戦乱の世の常、つい先日の戦でなくなった国へ通じる街道というやつだ。

 この道を行けばいまだに綺麗な廃城があるくらい。今では盗賊の根城でしかなく急いで向かう者などいない。


 坂白津を滅ぼした国も消えたので、放置されてしまっている。

 かつてはそれなりの要路が今では東里の端の方の田舎扱いだ。

 なにより、ここには物の怪、化生の類が出るという。

 そのため、仮に盗賊がいなかったとしても、こんな場所を通る者は皆無だ。

 はて、ではいったい何事であろうか。


「んー、まいっか」


 しばし考えてみたが、どうにもその手の勘回りは良くはないシンラは気にしないことにして、目を閉じる。

 さて、シンラが再び寝入ろうかと呼吸を整えた直後。


「助け――」


 聞こえる男児の声。それも助けを求めるそれだ。

 

 見たこともない衣装の少年が息を切らし走っているではないか。

 その背後には笑みを浮かべる夜盗ども。

 しかして、装備している品々はただの盗賊というにはいささか良いものであった。

 おやおや、これは大変だ、などと逃げる少年をちらりと見る。


 どうにもこの少年、旅人というにはいささか……いや、なにもかもがたりていないように思える。

 となれば貴族のぼんぼんだろうか。

 もしそうならばそれなりには金になりそうである。


「よし助けるか」


 何より悪くない目鼻立ちだ。助けたならば一晩くらい熱を借りられるかもしれない。

 そうと決めればシンラは、立ち上がり逃げる少年へ内力を伴い声を届ける


「こっちよ」

「――!」


 少しの内力。雨でも通るようにした声で虚へと導く。

 それは彼を追う者たちにも明らかだ。


「下がってなさいな」

「へへへ、女か」

「ああ、女だ」


 やって来た少年を背に庇うように前に出れば、同じくやって来た男どもは、シンラを値踏みし下卑た笑みを見せる。


「く、あ、あんた――」

「ああ、大丈夫よ。この程度ならね」


 と、気当て。

 少々数は多い故の威嚇であったが、それは効果覿面であった。

 半数の男どもはそのまま気を失って倒れた。


「あらら、あまり鍛えてないのね」

「こいつ!」


 それだけでシンラが強敵であると男らは理解した。敵と認識して武器を抜く。

 笑みを深めながらシンラもまた、腰に差した刀のうち一本を抜く。


 紅鞘のそれは、飾りの少ない武骨な品だ。

 シンラのどこか着飾った服装とはまた異なり、こちらは武骨。ただ機能だけを追求した美しさがある。


 その刀身に曇りなし。

 手入れの行き届いた美しい刀には、一切の乱れも淀みもゆがみもありはしない。

 新品というわけでもないが、幾人もの血を吸ってきた刀特有の妖気はない。

 されど、斬っていないはずもないのは、握り込まれ使い込まれた柄と拵えを見ればわかる。

 しかし、刀の気はそれでもなお清廉で清浄のままを保っている。それはある種驚異的でもあった。


 人を斬った刀にはそれなりの凄みがあるものだ。だが、それがないということは、斬っているが斬っていないということになる。

 矛盾しているが、それは両立するのである。高い技巧が、刀鍛冶の腕が、それをなすのである。


 そして、大波を模した濤乱刃が、ぞっとするほどの冷気をはなっている。

 冷たく輝く鋼に傷一つなく、雨に濡れているはずもないのに、水滴が滴っているかのように見る者に錯覚させる。


「その濤乱刃に、拵え……まさか、道長の作か!」


 武士の中にどうやら刀剣に詳しい者がいたのだろう。その刀身を見て、そんな声をあげていた。


「そうよ。これは、彼の有名な太原国本の刀工衆が棟梁道長一族が打ったもの。その中でも、早くに世を去った天才、三代道長の作品よ」


 道長の刀は有名だ。太原という国は、鍛冶が盛んな刀工の国と呼ばれている国の出であり、彼の刀を兵士全員に持たせられたならば、天下などすぐにとれるとすら言われていた。

 特に初代道長の作、和道道長など神を両断したという伝説まであるのだ。一本売れば、人生を数回ほど遊んで暮らせるほどの価値があるという。

 その中でも天才と謳われた三代目は、短命であったがゆえに打った刀の数が少なく、飛び切り珍しい。

 三代道長の刀の中でも有名な一本がある。


「雲切道長か――!?」


 誰かが呟いた。


「確かそんな名前でした」


 ざわり、ざわりと、武士たちの間に動揺が走っていく。

 三代道長の傑作。それこそが雲切道長。

 打った日、試しに軽く振った時、遥か上空の雲が切れたことから名づけられたとされるシンラの持つ二振りのひとつであった。


「げへへ、つまりあんたを倒せばそれも手に入るってわけだ。小僧を追い回すより良いじゃねえか」


 如何に強敵であろうとも、先の気当てで倒れたのは夜盗どもからすれば木っ端、つまりは実力の足らない下っ端だったのだ。

 残った連中は夜盗の一団の中でも実力者として名を連ねる者たち。都合十名ほどが残っている。

 ならば女一人、容易い。


「ふー、あまり楽しめそうじゃないか」


 侮るのも致しかたないことであった。

 女と逃げ惑うしかできない少年である。

 如何な実力者であろうとも、数の差は如何ともしがたい。そう、単純に多いことはそれだけで強いのだ。


「だからって、これはないわー」

「へ――?」


 りん、と鈴鳴りの如き錚々の音が響く。雨音がやけに遠くに感じられるほどに、静謐の中でそれは行われた。

 一刀両断。

 ばたりと倒れる男一人。雲切道長の切れ味とシンラの技巧が斬光となる。


「うん、弱い。使えない・・・・刀振ってあげてるんだからもっと気合いいれないとさー」


 振るわれた刃に血脂なく、シンラの歩みは自然体そのもの。胴体を真っ二つにしたというのに骨は障害にすらなっていなかった。

 綺麗に真っ二つ。


「え……?」


 そう声を上げたのは少年か、あるいは夜盗どもか。

 どちらにせよ、そのように呆けてしまったのならば、命運は尽きたも同然である。例え刹那の時であろうとも、隙は隙。

 そのような隙、シンラのような達人が見逃すはずがない。


 嘆息一息のうち、疾走。

 雨すらも置き去りにする歩法はよどみなく、武道の粋と体捌きを極めたそれはまさしく妙技。

 虚実を用いずとも相手はシンラがどこから踏み込むのか見えていなかった。


 斬線一気と意気一通。

 粛々斬々と刃が走り、夜盗どもは屍を晒す。

 赤い血、大地にまき散らし、花散る春に命散る。

 散るも舞い散る命歌あり。


 このようなところで己より強い武者にであってしまったことが夜盗どもが運の尽き。


「まったく、遅いったらありゃしない。抜き・・もしない。舐めてるのか己ら」


 否、彼女が速い。そして、巧い。

 刀を担ぐように肩に。踊るように舞うは剣戟舞踏。

 天雨雅楽に聞きほれて、剣戟太鼓をかき鳴らす。

 此処は、戦場鉄火場。金音の鳴りひとつ悲鳴三丁四丁。

 増える死体に減る生者。


「く、くそ、こんなのやってられるか!」


 勝てぬと悟るや逃げる夜盗。であるが、甘い。

 どれほど離れようとも、山一つ越えていないならばそこはシンラにとっては間合いだ。


「はあ」


 納刀。排気――抜刀発勁。

 全身駆動。意気合一。

 心技体そろって運用される手本の如き居合い抜き。

 鞘鳴り一つ。

 雨に切れ間ができた。


「え、が――」


 首飛ぶ脚飛ぶ、逃げ切れぬ。

 であれば戦う以外に道などないが、誰一人、戟を響かせるものがいない。

 打ち合う者がいないということはそれ即ち独り舞台。彼女以外にこの舞台に立つものがいないということに他ならない。


 それほどまでにシンラと男どもの実力には差があった。

 数で勝てる? まったく心得違いも甚だしい。

 数が多い程度、それ以上の実力さえ持っていれば問題なく、彼らは数に任せた脅しはしてきても、数に任せた戦をしたことがないゆえに部下を操る兵術も心得ていない。


 何一つ不心得であったことが彼らの敗因だ。

 授業料はその首、その命。

 高すぎる買い物であったものよ。


 ものの数秒で夜盗どもはその命を捨て去った。

 全員が今頃は三途の川を渡っている頃であろう。あるいは渡し賃が足りないで右往左往でもしているか。

 なんにせよ――


「一丁上がり! 君、大丈夫?」


 終わった。

 あれほどの殺戮をなしながら、刃を収めれば殺意も剣気も霧散した。

 あとには軽いいつもの彼女。


「は、あ、え、あ、だ、だ、大丈夫です!?」

「うんうん、それは重畳重畳。っと、まずは名乗らないといけませんね。私としたことがついつい――こほん。私はシンラ。しがたい旅の武者でございます。その身なり、どこぞのお貴族様かと存じ上げますがいかがか?」


 妙に畏まった調子でシンラがそう少年に挨拶をする。

 刀を右手後ろ手に回し一礼一つ。

 ここらの国ではそれなりに敬意をもった礼のひとつだ。これで失礼ということはあるまい。

 そういうつもりであったのだが、困惑した返礼ひとつ。

 ――おや?


「あ、え、えっと、俺は――芦凪命……です」

「アシナギ……聞いたこともない家名ですが、もしやこの辺の出ではない?」

「あ、はい、そう、です。というか貴族じゃないです」

「なるほど」


 納得の一言である。

 貴族であれば礼は礼で返す。そうしないものは宮中で疎まれるからだ。


「あ、あの、助かりました。ありがとうございます」

「いえいえ、こちらも打算あってのこと」

「打算?」

「そう打算。あ、貴族じゃないなら畏まらなくていいわよね。いやー、これ肩コルわー。でも貴族じゃないのにそんな感じなんて、君軟弱すぎだよ」


 見事な豹変っぷりにミコトも困惑気味だ。

 貴族だと思ってちょっと畏まった対応をしただけのことである。女ならばこの程度の切り替えは容易。

 武者旅をしているシンラとて、その程度の女の心得はある。むろん武道の心得に勝るものではないが。


 とかく、こうして意思疎通ができるのであれば問題なし。貴族のぼんぼんでなかったことは残念であるが、それはそれ。

 シンラが見るにミコト少年は誠実そうであるし、礼の支払い要求をしても踏み倒すということはないだろう。


「というわけで、金目の物ちょーだい?」

「え゛」

「そこの夜盗たちのものももちろん剥ぎ取りますが、助けたのだから礼をするのは当然でしょ?」

「え、でも――いや、そうですね……」


 確かにそう、助けてくれと言われて、助けたのだ。

 ならばミコトが礼をするのは当然ことである。


「まあ、私も善意の押し売りとかしないから。なんなら体で払ってくれてもいいよ? というかむしろ大歓迎! 君中々良い顔つきだし、遠くから来たのならあとくされもなしそうだしね。いやぁ、今晩の熱なしは寒いなと思っていたところなのよ」

「は、体!? いやいやいや!? 何言ってんの!?」


 見ず知らずの男女。あったばかりである。それがいきなり体を差し出すなど出来るはずもない。

 年頃のミコトの顔は真っ赤である。もちろん興味があるのだろうが、流石に野外で、人を斬りまくったシンラ相手では勃つものも勃たない。


「えー、だって、なにも払えなければそれしかないでしょう? ただで何かをしてもらえるほど世の中はそれほど甘くないのです」

「えっと、ええと、そ、それなら! ――」


 ミコトは必死に考えている。

 本能が、身体で払っちまえよ、と執拗に言ってくるが、それを必死に無視して彼は頭脳を駆使する。

 そうして出した結論が――。


「――料理、料理をする!」

「え、君料理人なの?」

「いやそういうわけじゃないけど……」


 しかし、シンラとしても確かに見たこともない装いをしたミコトの料理は気になる。

 嫌がる相手に無理矢理迫るというのはいささかシンラの嗜好からは少々外れることであるし、何より動いて腹も減っている。

 旅の代り映えのしない食事には飽き飽きしていたところ。気分転換にいいかもしれない。

 毒物などは匂いでわかるし、その時は殺すか気絶させて売る、抱く、金目のものを探るだけだ。


「よし、それじゃあ君に料理を任せよう! おいしいのを頼むよ!」

「わかりました」


 鍋などを取り出してやって、シンラはミコトの料理を眺める。無防備な後ろ姿を見ると悪戯などしてみたくもなるがやめておいた。

 ちょうど刃物を使うところであるし、料理への興味の方が勝った。しばらくして、それが正解だったと彼女は知ることになる。

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