第20話 色違いのペアルックです

 支度を終えた俺達三人は会社に向かっていた。

 妹尾の祖父が選んだというTバックブーメランパンツはかなりのジャストフィットだった。しかし、生まれてこの方Tバックなるものをはいた経験がない俺からすると、やたらとケツが寒い。そして割れ目に食い込む感じがやはり慣れない。イチモツの収まり具合は抜群なのだが――


「課長、はき心地はいかがでしょうか?」


 助手席からワクワクした目で妹尾が俺を見る。


「妹尾、ひとつ質問なんだが」

「はい、課長」

「おまえもTバックブーメランなのか?」


 毎晩しっかり筋トレしている妹尾なら、おそらくものすごく映えるに違いない。ズボンの上からでもプリケツであるのはよくわかる。きゅっと引き締まっているし、上向きだ。40歳、運動不足の少々垂れ気味の俺の尻とはわけが違う。やはり若者の尻だ。きっとスベスベしているんだろう。

 そう思ったら、鼻の頭がつんっとした。ぬるっとした感触が後を追う。


「課長、大丈夫ですか!」


 俺の質問を思いっきり無視して、妹尾が慌てたようにダッシュボードからボックスティッシュを取り出した。


「鼻血が出ています! 会議のことを考えすぎて興奮されたんですね! わかります! さあ、これを鼻の穴に!」


 心配そうに目を潤ませる彼に「おまえの尻を想像していて鼻血が出てきた」なんて口が裂けても言えない。いや、言ってはいけない。人として。上司として。なんならひとりの男として。妄想が自由であったとしても、口に出したらそれこそセクハラになってしまう。いや、朝から俺はなにに興奮しているんだろう。これもすべて寝不足のせいだ。絶対そうだ。


「す、すまんな」


 片手でハンドルを握りしめ、妹尾からティッシュを受け取ろうとして「悪いが」と続けた。


「こよりにしてもらえないか」

「はい、喜んで!」


 妹尾がせっせとこよりを作る。とがった先端を折り曲げ、すこしボリュームを持たせる。差し出されたこよりを受け取って、鼻血が出ていた穴に栓をするようにぎゅっと押し込んだ。そんな俺の隣で妹尾がまた「ああっ!」と今度は先ほどとは比べ物にならないくらい大きな声で叫んだ。


「今度はなんだよっ!」

「大変です、課長! ワイシャツに血がついてしまっています!」

「えっ……!」


 赤信号でとまったと同時に視線をシャツに向ける。最悪だ。ポツン、ポツンと白いワイシャツに赤い水玉模様ができている。ゴリゴリと赤いワイシャツを着ろと押し迫る妹尾をなんとか説き伏せて、白いワイシャツに赤いネクタイにしたというのに。これでは俺の努力が無駄になってしまった。それもすべて自分の責任であるのだけども。


「やはり、赤いワイシャツを着るしかありませんね」


 悪魔のような笑みを浮かべ、妹尾がつぶやいた。もしや、俺の鼻血を誘発させたのもこいつの仕業なのか! 魔法とか魔術が使えるのか!


「いや、それは……ホストじゃないんだから」


 実際に赤いワイシャツを試着したが、あまりにも鮮やかな赤色すぎて、どこかのベテランホストみたいになってしまったのだ。


「インパクト、大事ですよ! 赤いワイシャツを着ていたら、きっと管理職のみなさんも度胆を抜かれると思いますから!」


 そりゃあ、そうだろうね。度胆は抜けると思う。その後にものすごい雷が落ちてきそうな気もするが。


「しかし、赤いシャツに赤いネクタイじゃ、色キチガイと思われるぞ」


 なんとかかんとか理由をつける。白いシャツに赤い水玉の模様のほうがまだ言い訳ができる。しかし赤いシャツにネクタイじゃ、どう答えて良いものやら、だ。「燃える情熱を表現してみました」と言った途端に、遠藤専務の冷ややかな言葉の矢が飛んでくるのは明白だ。


「あ、そんなことなら心配に及びません! こんなこともあろうかと、黒ネクタイをお持ちしましたから!」


 そう言って、妹尾は後部座席のボストンバッグをごそごそと漁った。「ほらっ」と言った彼の手にはしっかり黒いネクタイが握られている。


「これ、ぼくが一目惚れで買っちゃったんですけどね。ここ。ここのワンポイントがね。すっごくかわいいでしょう?」


 ネクタイの先端にピンクの飾りがついている。富士山のような三角形の先端から飛んだような楕円形の丸。これは――!


「肉球!」

「です!」


 肉球柄の黒ネクタイを自慢げに見せて喜ぶ妹尾に、胸が締めつけられる。いや、かわいい。ネクタイ、超かわいい。でも、それを買っちゃう妹尾はもっとかわいい!


「それを俺に貸そうって?」

「いえ、差し上げます」

「……一目ぼれで買ったんだろう?」

「です」

「俺にあげたらおまえの分がなくなるじゃないか?」


 すると妹尾は「ああ」と大きくうなずき、またしても「心配には及びません」と答えた。


「なんで?」


 彼はまたしても後部座席を振り返り、ボストンバッグの中身を漁る。


「色違いを持っています!」


 彼の手には同じ柄の白いネクタイが握られていた。


「ははは……色違いのお揃いね」

「はい! 色違いのペアルックです!」


 会社に到着後、車の中でワイシャツを替えて、肉球柄の黒ネクタイに締め直す。


 そのまま自分の課に向かうと、すでに部下たち全員が出社していた。しかし、みなの顔色がおかしい。真っ青だった。


「どうしたんだ?」

「課長の机と係長のケージが……」


 部下のひとりが俺のデスクのほうを指差して、震えた声で答えた。係長のケージはバラバラに分解されている。その上、俺のデスクは物が倒され、引き出しがすべて開けられている。当然のことながら、中身はぐしゃぐしゃ。しまってあったはずの会議用のレジメもない。


「なんてひどいことを……」


 妹尾が分解されたケージを再び組み立て直す。しかしパーツが足りなくて、組み立てられない。


 ーーまさか!


 急いでパソコンを立ち上げる。自分専用のフォルダーをクリックして、愕然とした。

 保存しておいた資料のデータがない。

 ハッと壁掛け時計を見る。会議までは2時間もない。


 犯人はおそらく遠藤専務だろう。あの人が直接手を下すことはないかもしれないが、思い当たる節がそこしかない。


 ーーそれならトコトンやるまでだ!


「妹尾!」

「はい、課長?」

「レジメが消えた。会議まで2時間もない」

「あー。そうですかあ。それならまたコピーすればいいですね」

「俺のところにデータはないんだが」


 すると妹尾は「なんだ、そんなこと」と笑った。


「こんなこともあろうかと、一部多くコピーして隠しておきました!」

「だよな」


 俺たちはにっこりと微笑み合う。


 かくして2時間後。会議のためのレジメをしっかり作り直し、俺は決戦の場へ向かうことになった。真っ赤なワイシャツ、靴下、Tバックブーメランパンツという防具と黒い肉球ワンポイントのネクタイという武器を装備してーー


 部屋を出る俺たちに、ほかの部下たちから「勝ってください!」「応援してます!」「課長を信じてます!」と激励が飛ぶ。


「あっ、いけません、課長! うっかり忘れるところでした」


 妹尾が俺の腕の袖を掴む。「少しお待ちを」と彼は言うと、自分のデスクの足元に置いたボストンバッグから急いでなにかを取り出してきた。

 俺を後ろ向きに立たせると


「神火清明!」


 そう言って、左肩のところでカチカチ、次に右でカチカチ、また左に戻ってカチカチと硬いものを擦り合わせた。


「えっと。今度はなんだね、妹尾?」

「切り火祓いです! 邪悪を祓ってみました。これで完璧です!」

「そう、か……」

「いざ出陣と参りましょう!」


 いったい、こいつのボストンバッグにはなにが詰まっているんだろう。某アニメキャラの四次元ポケット並みに次から次へと様々なアイテムが飛び出してくる。用意周到というべきか。一度中身を全部見せてもらわねば。


 係長を入れたキャリーバッグを片手に、妹尾を従えて会議室へと向かいながら、結局Tバックブーメランを履いているのか、いないのか、聞きそびれたなあと心の中でチッと舌打ちした。

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