第110話 自信と慢心は紙一重

 長時間スキルを使用し続けたせいか、僕は目眩を感じて崩落した岩に腰掛けている。


 ミラが目覚めてホッと一息ついたのも束の間、エルサが普段よりも低い声音で言った。


「コウヘイ、ちょっといいかな。話があるんだけど」


 さっきまで笑顔だったエルサが一転、まなじりを吊り上げている。何やら怒っている様子だ。


 エルサの様子に戸惑った僕が助けを求めるようにイルマとエヴァを見る。

 いや、期待するだけ無駄だろう。二人もエルサの両脇に並んで小さく頷いた。


 二人は、エルサほど感情を表情に出していない。むしろ、それがより一層僕の不安をかき立てる。


 おそらく、女性陣としては僕の軽はずみな行動を許せなかったのかもしれない……いや、絶対にそうだ。本来は、アースドラゴンとの出来事をエヴァから説明を受けるハズなのに。


 そもそも、いつも笑顔のエルサが鬼の形相もかくやしかめた表情をする理由がそれ以外で思い当たらない。


 負い目から大きな身体を縮こまらせ、僕はエルサを窺った。


「えーっと、何かな? 大丈夫だよ」

「そう、わからないんだ……」


 エルサがぼそりと返す。少し俯き気味で怒ったように眉間に皺を作っている。両手の拳を固く握っており、微かに肩を震わせているのだった。


 ああ、やっぱりね。


 頬がひきつるのを感じた途端、エルサが真剣な面持ちでグイッとさらに一歩前に出て僕に詰め寄ってきた。


「ねえ、なんで待ってくれなかったの?」


 厳しい声音で言われ、僕は身がすくむ思いだ。


 先程も同じことを言われた。


 ただそのときは、僕が無事だったことに対する安心感の方が強かったのだろう。エルサは泣き崩れ、お互いの無事を喜んだだけで有耶無耶になっていた。


 ちゃんと謝ろう――僕は立ち上がって頭を深く下げた。


「ごめん、それについては僕の考えが甘かったよ」 

「それは甘いとかじゃないよ! わたしは、待ってって言ったよね。なんでなの? 何が大丈夫よっ! わたしのこと信じてないんでしょ!」


 エルサの口調は、下げた僕の頭に突き刺さるようないつになく厳しくも、


「何が、任せて、よ……」


 尻すぼみに小さく震え出す。


「ち、違うよ! それだけは絶対ないってっ。心配してくれていたのはわかったし、ただ、僕なら倒せると思っちゃったんだ」


 誤解されたくない僕はすかさず訂正する。が、そんな理由では納得してはもらえるはずもなかった。むしろ、途中で口を挟んだしまったことでよりエルサを苛立たせてしまう。


「だからなんで倒せると思ったのよ!」


 こんなにも感情をあらわにしたエルサは珍しい。いや、これがはじめてだ。


 僕が失敗しても責めず、いつも励ましてくれた。

 僕が悩んでいるときも後押しするようにしたいようにさせてくれた。


 そんなエルサが僕のことを責め立てた。


 確かに、いままでのそれと今回のことは、比べるまでもなく僕が全面的に悪い。僕は、どう答えたらよいのかわからず、押し黙ってしまう。


 すると、エルサがいつの間にか悲しそうに目をしぼめており、泣き出してしまいそうだった。


 エルサに落ち着いてもらうべく、僕が右手を徐に上げてそのままエルサの頭に伸ばす。


「やめてっ!」


 エルサの強い拒絶の声と供に僕の右手は払いのけられ、行き場を失った右手をそのまま戻して左手で隠すように覆い、とにかく僕は謝罪の言葉を口にした。


「……ご、ごめん」

「ごめん、って……そればっかり……」 


 エルサが目を閉じた瞬間、光るものが頬を伝う。


 エルサに掛ける言葉を持ち合わせていなかった僕は押し黙るより外なく、気まずい空気が流れる。


 どれくらい経っただろうか。


 沈黙を破るようにイルマが口を開いたけど、またもや僕を責める内容だった。


「まったくコウヘイは……勝算があると思ったようじゃが、アースドラゴンにそれは無謀じゃった」


 イルマが言ったことは尤もな話だ。僕はまたも、「ごめん」としか言えないのだった。


 エルサに勝てると思ったと言ったけど、なんとなくそう思っただけ。イルマが言った通り、僕の根拠もない自信だったのだ。


 僕がアースドラゴンに突撃したのは、説明が難しいけど謎の感覚に見舞われて挑戦したくてたまらなくなったのだ。


 まるで、見えない力に誘われるように――


 そんな理由を説明しても、アースドラゴンに手も足も出ずに尻尾の一撃で気を失ってしまったのが事実。言い訳にすらならない


 アースドラゴンの強さを理解しているつもりだったけど、僕は慢心していた。


 はじめは、オーガが振るう腕の速度についていくのがやっとだったし、ミノタウロスの重い拳に必死に踏ん張ったりしていた。

 加えて、イルマにフィジカルリストレインを魔獣に掛けてもらい、拘束している間にエヴァと協力して何とか倒していた。さらに、外皮の堅い魔獣には貫通力のあるエルサのサンダーアローで倒したりした。


 つまり、色々と戦略を立てて対応していたのだ。


 それがどうだろうか?


 このファンタズムにはレベルの概念がないけど、それに近い感じで魔獣を倒す度に僕は強くなっている気がした。


 実際、大型の魔獣には、僕の必殺技である『シールドバッシュバレット』の一撃で致命傷を与えられる。小型の魔獣なんかには魔法を使う必要もなく、メイスの一振りで十分だ。


 詰まる所、このダンジョンの一四階層まで、僕が苦戦する魔獣は既に存在しなくなっていた。しかも、テレサの冒険者ギルドに戻れば、僕を認めて頼ってくれる人たちが直ぐに集まって来る。

 それに、ミラが僕をお兄ちゃんと呼ぶきっかけになったテレーゼさんに真の英雄とまで言われたのだ。


 そう考えると、数か月前までゼロの騎士と呼ばれ、周りから蔑ろにされていたのがまるで嘘みたいだ。


 ただそれも、僕が成長を実感して自信をつけた以上に、自分の強さに舞い上がり、天狗になっていたのかもしれない。


 いまとなっては、オーガ然り、ミノタウロスは、僕が相手するには役不足。かつての強敵は、危険を感じる魔獣ではないと感じていたのだ。


 自分の思い違いに気付いた途端、僕は恥ずかしくなって思わず自嘲気味に笑った。


 が、何を勘違いしたのか、今度はエヴァが吠えた。


「何を笑っているのよ! アースドラゴンだとイーちゃんが言ったのに、突っ込むバカがどこにいるのよ! しかも、あの咆哮ですらやばかったのに、そんな相手に向かっていく神経が理解できないわ」


 エヴァにバカ呼ばわりされたけど、言い返せる訳もない。


 この反応がふつうなのだろう。


 僕が笑った理由をエヴァに説明しようとしたとき。俯いていたエルサが顔を上げて真っ赤にはらした目元をサッと拭う。そして、大きく深呼吸をしてから語り出した。


「それもそうだけど、わたしは違うと思う。そうじゃないの……なんて言うのかな」


 エルサは、僕に対するイルマとエヴァの発言を肯定しつつも、それだけではないらしい。


「うん、そう。最近、ちょっとおかしいと思うの」


 少し考えてから発したそれは、明確なものではなく感覚的で曖昧なものだった。

 その意味がわからない僕は、おうむ返しするように聞き返した。


「おかしい?」

「うん、おかしいと思う」


 エルサが同じ言葉を繰り返し、僕から視線を外すことなく尚も続けた。


「確かに、コウヘイにとって初級魔獣では物足りないだろうし、ミノタウロスでさえも弱く感じるかもしれない。でも、ミラちゃんやエヴァには強敵なんだよ。ましてやドラゴン相手に考えもなしに攻撃をしたのは間違ってる!」


 僕もつい先程そのことを思い返していたため、エルサの言葉が胸に深く突き刺さる。竜種の魔獣が他の魔獣と同じはずがないのだから、エルサは僕の勘違いを指摘したのだろう。


 ぐうの音も出ない僕は、天狗になって伸びた鼻をへし折られた気分だ。


 そう、僕は、コンプレックスを克服しようと躍起になるあまり、慢心して周りが見えなくなっていたのだ。


 僕は、未だ厳しい表情のエルサにどう謝罪をするべきか、必死に頭を回転させるのだった。

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