第101話 嵐の前の静けさ

 一四階層は、コウヘイのことをお兄ちゃんと呼ぶかどうかで話が盛り上がるほど、平和だった。


 その階層は、地平線が見えるのでは? というほどだだっ広い草原地帯で、その先の壁が見えぬほどに果てしない平原が見渡す限り広がっていた。


 ここに生息しているのは、魔獣というより動物に近いランニングラビット、スリーピングライナサラスやグラストータスといった温厚な草食魔獣が主だった。


 ただ稀に、走り回る兎が眠っているサイの上を駆けずり回り、それに怒ったサイが突進して陸亀を弾き飛ばしていたりしていた。


 そんなコント同然の草食魔獣たちの遣り取りを気にすることもなく、群れを成したバトルホースたちは、悠然と自由気ままに過ごしている。


 バトルホースは、興奮すると並の冒険者では手に負えない、トロール等と並ぶ強力な魔獣だが、こちらから手出しをしなければとても温厚な魔獣のようだった。


 はてさせ、コウヘイたちは安全に草原地帯をひた進み、一五階層へ下る階段の前まですんなりとやって来れた――――


 平原のど真ん中に、不自然に鎮座している建造物の前まで来た僕は、気を引き締めてから、待ちきれない様子で四人の顔を見渡して、一言。


「いよいよだね」


 みんなの顔は、先程のバカ話をしていたときとは違い、真剣な表情をしていた。


 ただ、緊張とは別の硬い表情をしていたエヴァが懸念を漏らす。


「ええ……でも、本当にリトルドラゴンなんているの? 前回と変わらないわよ」


 ――前回と変わらない。


 実は、下調べとして四日前に、今僕たちが立っている場所までやって来ていた。

 そのときは、エヴァの危険察知どころか、気配察知にすら反応がなく、その日は無理をせずにテレサに戻た。


 当初の予定では、一五階層まで下りてエヴァのスキルで確認するつもりだった。

 それでも、そうせずに入り口の地点で引き返したのには、別の理由があった。


 僕たちの目の前には、数メートル四方の石材が敷き詰められ床。

 劣化して古びた石柱の柱が四方に立ち並び、それが支えていたと思われる石板は、既に崩壊してその床や草原に散乱していた。

 その最奥の床には、先へと誘うように口を開けている入口。

 まるで、神殿の遺跡のような造りをしていた。


 ラルフローランのダンジョンは、ほとんどすべての階層に人の手は入っていない。


 それに、そんな話を聞いていなかった僕は、場所があっているのかも含めてラルフさんに確認することにしたのだった。


 そして、その答えを聞いた僕は、今回の探索前夜にしっかりと全員に伝えていた。


「うーん、でもこの前伝えたと思うけど、二年前には確かにいたらしいからね」


 僕は、そのことを忘れてないよね、という意味を込めた視線をエヴァに向けた。


 すると、顔をしかめたままエヴァは、納得いかない様子で、


「いや、そうなんだけど……でも、やっぱり、何も感じないのよね」


 と僕を一瞥いちべつしてから考え込むように腕組をした。


 それならと僕は、新たな発見を期待してラルフさんから聞いたことをおさらいするように口に出す。


「約二年前の話らしいけど、ラルフさんは、何匹もいたって言ってたし――」


 そう教えてくれたラルフさんが身振り手振りで大袈裟と言っていいほどに説明してくれたので、嘘だということもないだろう。

 そもそも嘘をつく理由が無い。


「それか、リトルドラゴンはそこまで強くない魔獣で反応がないとかは?」


 つい、考えなしに僕はそう言ってから慌てて口を押えたけど、エヴァの容赦ない突っ込みが飛んできた。


「はっ、そんな訳ないじゃない! 確かに、アレの痺れるプレッシャーを感じているし、リトルドラゴンはアレよりも強い魔獣なのよ!」


 遠く離れた位置にいる米粒大に見えるバトルホースの群れを指差したエヴァの表情は、案の定、呆れていた。


「そうだよね。ごめん」

「それに、リトルドラゴンと言っても竜種なのよ! ふつうは、ミスリルランクの冒険者が相手するような魔獣なんだからね」


 心配性なのかエヴァは声を張り上げて言うけど、僕はあまり心配していない。


「その、竜種がどれだけ強いのかわからないけど、僕たちなら楽勝でしょ」


 たかがシルバーランクの冒険者である僕が言うには傲岸不遜ごうがんふそんと受け取られるその発言も、僕のスキルがあればこそ許されることだろう。


 魔獣は、ほとんど見た目の大きさに比例して強さが増す。

 それでも、竜種はその常識が通用しない。


 体力、魔力、腕力、そして耐久の全てに於いて他の魔獣より一回りも二回りも能力が高いといわれている。


 そんな理由から、リトルドラゴンという名前に騙されてはいけない。


 そういった諸々の理由を考慮しても、今の僕たちの強さは、冒険者ギルドが設けたランクの枠に納まらないと考えている。


 オーガやミノタウロスなど、一匹だけでもゴールドランク冒険者がパーティーで相手するような魔獣を、一度に何匹も相手できる。


 そんな僕たちの実力を考えると、僕の発言もそこまで自信過剰な発言ではないと思っている。


 僕だって裏付けもなく発言するほど自惚れていない……つもり。


「コウヘイ、あなたね――」


 と僕の発言に思うところがあったのか、エヴァが尚も続けようとしたけど、


「うだうだ言っておらんで、直接確かめた方が早いじゃろうに」


 と、イルマに遮られた。


「それに、コウヘイが言ったことはあながち間違いでもないじゃろ。過去にあやつと戦ったことがあるわしから言わせてもらえれば……勝算はあるぞ」


 僕としては、含みのあるイルマの言い方に少し納得がいかないけど、ここは素直にイルマの意見を聞くことにした。


「先ず特徴じゃが、ドラゴンというだけあって、その外皮は非常に固く並の武器じゃ傷一つ付けられんじゃろう」

「それなら魔法でいいんじゃない? 大分魔力が溜まってると思うけど」


 イルマの説明にそう言いながら僕は、エルサの方を見る。


「そうだね。大体七〇〇パーセントくらいかなー」


 エルサは、僕の意図を汲み、僕の魔力量を教えてくれた。

 その基準は、エルサの魔力量で、七倍を意味している。

 因みにそれは、イルマの倍ほどの魔力量となる。


「それだけあれば大丈夫かのう。しかし、竜族は魔法障壁も操るから並の魔法では駄目じゃぞ」


 物理耐性も高く、その上、魔法も通用しないと念押しされれば、リトルドラゴンの性能を知っていたとしても、それだとチートじゃないかと思わずにはいられない。

 それでも、その点で比較するなら僕の方がチートだよ、と心中、変なところで対抗意識を燃やしたりした。


「それじゃあ、あのムカデにやったみたいに、電撃魔法はどうなの?」


 外皮が固いといった点で同じの、一一から一二階層に出現したケイブセンティピードに、エルサがやっていたようにしてはどうかと僕は、イルマに提案する。


「ふうむ……それなら問題ないじゃろうな。と、言うよりも、ほれ。コウヘイのあのシールドバッシュ紛いのでも通用するじゃろうて」

「紛いって、シールドバッシュバレットだよ!」


 必殺技をイルマに紛い物呼ばわりされ、僕はむきになって訂正した。


「そんなのどっちでもいいじゃないの。それよりも、イーちゃんが言うなら大丈夫かしら。ただ、今回はあたしの出番はなさそうね」

「エヴァまで……」


 共同開発者であるはずのエヴァにまでそんな扱いを受け、僕はげんなりした。

 ただ、イルマが言ったことに納得してくれたのか、エヴァはその遺跡調の入口へと進んでいく。


 まあ、彼女たちからしたらそんなことはないんだろうけど、先輩たちがこの場面を見たら、僕のことを厨二病だとか言って揶揄からかってくること間違いないけどね、と僕は自虐的な笑みを浮かべ、エヴァの後ろに付いて行く。


 そのまま一五階層へと続く階段に足を踏み入れ、下ること一五分ほどが経過した。


 未だ、一五階層へは到達できない。


「もしかして、遠く離れていたから反応がなかったとか?」

「そうかもね……いえ、それもどうかしら。ほら、ようやく目的地のようよ」


 僕に同意しかけたエヴァが、即座に否定してから進む先を指差した。


 その先には、イルマが唱えた魔法、トーチボールが出口らしき場所を照らしていた。

 一五階層へと続いているだろう階段は、先に進めば進むほど明かりが弱まり、今ではみんな魔導カンテラを腰にぶら下げている。


 それだけでは視界が狭いことから、用心のためにトーチボールを先行させていた。


「反応は?」


 足を止めた僕は、エヴァに小声で確認した。


「無い、わ」


 エヴァは、スキルに何の反応も無いと、歯切れの悪い返事をした。


「どうしたのじゃ! まさか反応があったか」


 急に立ち止まった僕とエヴァの元にイルマたち三人が駆け寄ってきた。


「違うんだよ。どうやら到着したらしいんだけど、反応がないんだよね。どうやら空振りみたい」


 僕は、拍子抜けだよと言って、トーチボールが照らす一五階層らしき場所を指差した。


「到着したのは見えているからわかっているのじゃが……そうか、反応がないじゃと……ふうむ。しかし、これは……」


 イルマはしきりに唸ってから手を口元に当て、考える素振りをした。


「何か気になることでもあるの?」


 僕の問いにイルマは答えない。

 不思議に思った僕は、エルサやミラを見たけど、二人とも揃って首を左右に振っていた。


「……よくわからんのじゃが、気味の悪いものを感じるのじゃ。どうじゃ、エルサよ、コウヘイ」

「それって、魔力ってこと?」


 イルマが曖昧な表現で聞いてきたため、僕は聞き返した。


「……そうじゃ」


 イルマのその肯定は、自信なさげだった。


「僕は感じないけど、エルサは?」

「わたしも何も感じないよ」


 僕だけではなくエルサも感じないのであれば、イルマの勘違いの可能性が高い。


「イルマの気のせいじゃないの? エヴァのスキルにも反応無いんでしょ?」


 エルサも僕と同じことを思ったのか、エヴァの方を向いた。

 視線を向けられたエヴァは、エルサの確認に首を縦に振り肯定した。


「そうか……それもそうじゃな」


 イルマは、納得していない様子だったけど、結局は頷いてくれた。


「一応、注意して進めばいいじゃん。何もなければ問題ない訳だし」


 僕の提案にみな一様に頷き、気を引き締めた。


 イルマの感を無下にできないと思った僕はメイスを握り、いつ戦闘になってもいいように準備をしておく。


 それにならうように、エヴァも双剣を抜き身にして僕の後を付いてくる。

 更に、イルマ、少し離れてミラ、そしてエルサと続いて残りの階段を下った。


 ――――ラルフローランの一五階層は、最下層とされている言わばボス部屋。


 そこには、複数のリトルドラゴンがいるとラルフから聞かされていたコウヘイたちは、気を引き締めて臨む。


 これから待ち受ける運命を露ほども予期できぬままに――

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