第099話 結果良くても後味悪し
謁見の間は、ある種異様な空気に包まれていた。
冒険者になりたいと告白したアオイは、それが認められるのかどうかという緊張に身を強張らせていた。
それと対照的にアイトルは、アオイたち勇者の要望を受け入れるつもりになっており、非常に穏やかな気持ちで眼前に跪く二人の若者を見つめていた。
大陸のことやサーデン帝国のことを考えるのであれば、勇者の紋章の効果を利用し、無理強いすることも可能であるのだが、アイトルにその気は全くなかった。
ただ単に、今更冒険者になりたいという勇者たちの予想外の考えが気になって仕方なかった。
それ故に、アイトルは少し意地悪をして、未来ある異世界の若者との会話を楽しんでみたくなってしまったのだった。
「……アオイ殿、カズマサ殿。冒険者になりたいとのことだが、そもそも行動を制限しているつもりはないのだよ。よければその理由を教えてはくれまいか」
アイトルの問いに、アオイはここが勝負とばかりにハキハキトその理由を述べる。
「はい、このまま帝国に所属をしていては国境を自由に超えることもままなりません」
魔王討伐を目指すと言っていた康平くんだから、きっと北方三か国のどこかに居るはずだもんね、とアオイは北方三か国でコウヘイを捜索するつもりでいた。
「国境だと?」
コウヘイを探しに行く訳では無いのか? と、コウヘイの居場所を知っているアイトルは首を傾げた。
ただ、それをアオイに伝えていないことに気付きもせず。
「はい、サーデン帝国以外にも行動の範囲を広げたいのです」
「それはおかしな話だな。今までも自由に国境を越えていたではないか」
互いの話がかみ合わないまま話は続くのだが、アオイの主張は詰めが甘く、それをアイトルが指摘した。
勇者パーティーは、今回の死の砂漠谷の中級魔族討伐や魔獣襲撃以外にも、隣国のトラウィス王国やウルエレン王国で魔獣災害の救援へ出動していた。
特に帝国の東に位置するベルマン伯爵領にあるベルマンの森は、ウルエレン王国にも広がる大森林だ。
今までの救援依頼の中では、その地域の魔獣被害の救援依頼が多く、ウルエレン王国の兵士たちと共に戦ったことだってある。
つまり、今まで国境を超えることに苦労したことはなかった。
アイトルの指摘が尤もなことであるにも拘らず、その言い方に腹が立ったアオイは、立ち上がり、声を荒げて反論した。
「それは、相手が救援依頼を出した張本人だからではないですか!」
ここで納得しては、勇者として縛られてしまうことを恐れたのだ。
それに対してアイトルは、諭すような落ち着いた声音で続ける。
「ふむ、それもそうだが、国境を越えてどうするというのだ?」
「そ、それは当然魔獣被害に苦しむ人々を助けたいからです!」
簡単に帝国が自分たちの身を解放してくれないだろうと考えていたアオイは、予め用意していた回答をするのだが、
「それもまた、おかしな話だ……今までと同じではないか」
と、アイトルからは否定的な言葉ばかり。
益々焦るアオイ。
「違います! 国を相手するのではなく。冒険者として町や村に住む人々からの小さな依頼も受けていくつもりです!」
と、拳に力を込めて力説した。
「ふむ、なるほど。段々見えてきた」
そう考えると、理解もできるアイトルであったが、気になる点は他にもある。
「つまり、金のためではないと?」
勇者パーティーとしての俸給は、一人当たり一月ごとに金貨五枚、遠征があれば場所や相手にも因るが平均一回で金貨五枚が支給されていた。
冒険者でそれと同じだけを稼ごうとすると、最低でも毎月ゴブリンを五千匹討伐する必要があり、それは勇者といえども簡単なことではない。
カズマサたち男勇者の素行を知っているアイトルは、暗にそれでも後悔しないのかと言いたかった。
「そ、そうです! 私たちはどうせ元の世界に戻れない身……それなら、私の存在意義を存分に果たしたいのです!」
想定外の質問に、アオイは少し言葉を詰まらせたが、なんとか言い切った。
そもそも、
「そうか……」
納得するように頷くアイトルであったが、微妙な変化を見逃さなかった。
ニヤッと少し意地の悪い笑みを貼り付け、質問する相手を変えたのだった。
「だ、そうだが、お主も同じ考えということで良いのだな、カズマサ殿」
まさか矛先が自分に向くとは思わなかったカズマサは、
「……はい! 俺も大崎と同じ意見です。冒険者になっても勇者らしく弱き者を守る存在でありたいと考えてる……ます」
と、なんとか乗り切った――
ように思えたが、アイトルは追及の手を緩めない。
「さすがは勇者だけあって、あっぱれと褒め称えたいが、本当に良いのか?」
「そ、それはどういった意味です?」
カズマサだけは、質問の意図を理解できておらず、首を傾げたのだった。
「我が帝国の指揮下から離れるということは、帝国からの給金が止まる上に、当然、そば仕えの者もいなくなる……今までの生活を維持するには、最低でもミスリルランクにでもならんと無理だぞ。それでも良いのか? という意味だ」
「えーっと……まじです?」
そこでカズマサも跪くのを止め、のっそりと立ち上がった。
アオイは思わず、「バカっ」と、小声で呟いて呆れて俯いた。
カズマサの反応を見たアオイは、本質は変わらないのだと悟った。
城塞都市パルジャの領主の館で意識を取り戻したあと、冒険者になっても率先して魔族を討伐しようと話し合っていたが、ユウゾウが去ったのはそれが原因だろうし、ユウゾウが金を持ち去ってからカズマサの様子もなんだかおかしかった。
口ではいつも民のために勇者の役割がどうのこうのと言っていたカズマサではあったが、金に物を言わせ毎晩やりたい放題で、アオイは恥ずかしい思いをしていた。
それでも、金が無ければそれも納まるとアオイは考えてもおり、帝国からの給金が止まることの方がアオイにとって都合が良かったのだ。
それに、同じだけの額を冒険者で稼ぐことが大変であることをカズマサも理解していると思っていたが、単純に彼が気付いていないだけだった。
ため息をついたアオイへ、アイトルは再び声を掛ける。
「アオイよ」
「はい……」
やられた、と思いながらもアオイは、アイトルの顔を真っ直ぐに見た。
ただ、アイトルの言葉は、全くの予想外なものだった。
「まあ、お主たちがそうしたいのなら好きにするとよい」
「……えっ……それって……」
許可されないと思っていたアオイは、反応が一瞬遅れた。
「冒険者でも何にでもなればよかろう」
「ほ、本当ですか!」
そして、理解が追い付いたアオイは歓喜し、満面の笑みとなった。
そんなアオイに対し、アイトルは余裕の笑みで頷いて応じた。
「だが、よく相談することだな」
「はい……」
アイトルに見透かされていることに気付いたアオイは、笑顔から一転その表情が曇る。
本来はアオイ一人だけでも冒険者になるつもりでいたが、魔法袋を失ったアオイは、装備以外の全て――お金やポーション類といった数々の必需品――を失っていた。
それ故に、自分一人だけではコウヘイを探すことが困難だと考えていた。
これでカズマサが残ると言い出したら、なし崩し的にアオイも暫く勇者パーティーとして活動して資金を稼ぐ必要があったのだった。
そんな少し暗い雰囲気の中、アイトルの声が重く響き渡り、さらなる問題を提議してきた。
「もう行っていいぞ、と言いたいのだが、この話には続きがあるのだ」
「続き、ですか?」
何のことかわからないアオイは、身構えた。
カズマサもアオイに倣うようにしてから眉間に皺を寄せ、アイトルの言葉を聞き漏らすまいと集中する。
「冒険者となってもどのみちお主らは帝国からは出られんよ」
アイトルは、申し訳ないという気持ちからそう言った。
それでも、少し期待を抱いてしまった故か、回りくどいいい方となり、アオイは、当然反発した。
「えっ、バステウス連邦王国ならともかく……」
昔からの敵国であるバステウス連邦王国と国境封鎖をしているのは、誰しもが知っている。
「そっ、そうですよ。もしかして、冒険者になるのを許可するとか言っておきながら、俺たちを捕らえるつもりじゃ……」
「そんなのあんまりです!」
カズマサの予想に反応したアオイは、アイトルに非難の目を向けた。
「いや、そうではない」
アイトルは、それが誤解であると右手を上げ落ち着かせるような仕草をし、
「サーデン帝国は、数日の内にデミウルゴス神皇国から敵対宣言を受ける。それはつまり、この大陸の全てが敵となるのだ」
と、本来伝えたかったことを説明した。
「「え!」」
その衝撃的な宣言に、計らずも二人の声が重なった。
二人は揃いも揃って口を開いたまま目を点とさせ、間抜け顔とは、まさにこのことを言うのだろう。
敵対宣言の意味をよく理解していないアオイであったが、「全てが敵となる」と聞けば、戦争が起こるとの結論に至るのにそれほど時間は必要なかった。
冒険者となっても勇者であることに変わりは無い。
いくらアオイたちが戦争に参加するつもりが無くても、周りは当然勇者の力を期待する。
「ふうむ、驚くのも無理はないな。かの国から引っ切り無しに聖女を帰還させろと通信が入るものだから、全てではないが大体のことは説明済みなのだ」
「それって……」
アオイは、そこではっとなった。
「うむ、お主が考えている通りだろう。魔族の可能性も伝えておる……だか、それが信じてもらえる訳も無く、聖女を守れなかったことを誤魔化そうとしたと嘘付き呼ばわりされてしまった」
白い歯を見せながら愉快そうに大笑いするアイトルであったが、その場にいる他の者は誰一人として笑っていなかった。
アイトルの笑顔は、無理にそうしたように少しぎこちなかった。
その表情の意味を理解したアオイは、余計笑える訳が無かった。
アイトル陛下は相当怒っているわね。
表情も疲れているし、心労かしら?
それよりも、何よ! はじめから全て知っていたということなの?
と、アイトルの話を聞いたアオイは、聖女の素性を伝える前からアイトルが全てを知っていたことを察した。
まあそうよね。
山木くんも見ていたのなら同じことに気付くはずよ。
と、アオイはマサヒロが先に帰還した際に報告している可能性を考えた。
それなら、戦争になる前に帝国を去ればいいのだと、アオイはすぐに決心した。
早く主将を説得しないと勇者として戦争に駆り出されてしまうわ! と、アオイはカズマサの顔を見るのだった。
アオイが心中焦っていると、アイトルが先程よりも激しく咳き込んでいた。
「あの……体調が悪いのですか?」
身体を屈めるほどに咳き込むものだから、さすがのアオイも心配で声を掛けた。
「なに、少し疲れが出ただけだ」
「そうなんでしょうか」
「ああ、気にするでない」
「はぁ……」
小さく手を振って否定するアイトルであったが、全然大丈夫そうに見えない。
「本当は、お主たちにも防衛の強力をお願いしたいのだが、無理に要請するのは筋違いというものだろう……」
勇者召喚という人さらいをしてまで魔族たちと戦わせておいて、いきなり人間同士の争いに協力しろ? いい加減にして! と、この発言にはアオイも驚きを隠せなかった。
「そ、それは……済みません。筋違いというか、いくら何でも人間を相手には……」
冒険者になる理由を勇者としての役割が云々と主張したアオイであったが、結局のところ、アオイの行動選択の核は、コウヘイの存在が一番だった。
ヴェールタ―は、やれやれといった風に小さく首を左右に振って何やら呟いていた。
「そう言うとわかっておった。だから冒険者になるでも好きにすればよい。どうせ戦争になったらのんびりと冒険者をする余裕もないかもしれんがな……わ、悪いが先に休ませてもらうぞ」
アイトルは、無理やりそう言って強引に話を終わらせた。
右手で胸の辺りを掴むように押さえたアイトルは、空いている左手で近衛騎士の肩を借り、そのまま皇帝専用の通用口から謁見の間を後にしたのだった。
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