第10話 目覚めのとき

 スキル継承の儀式のおかげで体調がすっかり回復したエルサは、数日の間は以前と同様に過ごすことが出来た。


 体内に十分な魔力を感じるようになったエルサは、そのことを両親に説明し、訓練の許可も下りた。


 訓練に付き合っていたカロリーナは、多種多様な魔法を自在に操るエルサを見て、その才能に驚いた。


 それよりもカロリーナを喜ばせたのは、また昔のようにはしゃぐ元気なエルサの姿を再び見ることが叶ったことだった。


 ただそれも、そう長くは続かなかった。 


 魔力が漏れているにも拘らず、エルサは異常な速度で魔力が回復するのを感じると共に、気分が悪くなることがままあった。

 そのことで安静にしようとすればするほど身体が重くなり、ついに訓練も中止となってしまった。


 そんな状況であるにも拘らず、魔力が有り余っているのを感じていたエルサは、人目を盗んで魔法の訓練をこっそり再開していた。


 それに、魔法を使うと気分が楽になることもあり、エルサは夜に積極的に寝室を抜け出し、ベルマンの森を訓練がてら彷徨うことが多くなった。


 しかし、寝室を抜け出していることがバレてしまい、監視を付けられて二日ほど経ったある日。

 エルサは、倒れてしまったのだ。


 その症状は魔力切れのときのように気を失うことは無かったが、意識が混濁し、まともに話すこともできなくなっていた。


 だから、伝えることができなかった。


 魔力が十分にあることを。  

 そして同時に、巫女の継承儀式が行われたことにも気が付いてしまった。


 エルサが倒れたことに一番ショックを受けたのは、ベルンハルトであった。

 エルサが倒れた事実とスキルの効果がなくなってしまったと勘違いして余計に途方に暮れた。

 アメリアが寿命を削ってまで行った継承儀式が無駄になったと思ったのだ。


「ベルンハルト……」

「なんだい、アメリア」

「イルマさんを頼りましょう」

「何? どこにいるかもわからないあの放蕩ほうとう女王をか?」


 どうしたら良いかわからなくなっていたベルンハルトとは違い、アメリアは冷静だった。


「半年前に勇者召喚が行われたのは聞いていますよね?」

「ん、ああ。そうらしいな」

「どうやら、それにあのイルマさんも関わっていたらしいのですよ」


 アメリアは、族長の仕事で忙しくしているベルンハルトとは違い、常に家で療養しているため、ベルンハルトへの相談事を代わりに聞く機会が多かった。


 その中の雑談で、森林都市ベルマンと交易を担当しているダークエルフからその噂を最近耳にした。


「そうなのか? そんなイメージは無いのだが。どうしてそれを? 俺だって知らないのに」

「いえ、はっきりとではないのですが……」


 ハッキリとイルマと言う名前が出た訳ではなかったため、ベルンハルトからそう言われてしまうと、アメリアも自信がなくなる。


「もしかしてアレか? エルフの賢者があの女王だというのか!」

「ええ、恐らくそうだと思います。あの方なら何かわかると思うのです」


 何よ、あなたも聞いているじゃない、とアメリアは思ったが、それは言わなかった。


 きっと、ベルンハルトのことだから、エルフの賢者と聞いてもイルマさんのことだと想像できなかったのね、とアメリアは悟った。


「……いや、だめだ。ウッドエルフは信用できない」


 ウッドエルフの女王こと、イルマ・アデリーナ・シルヴェーヌ・ドノスティーア・ウェイスェンフェルトは、治癒魔法が得意とされている。


 イルマは、六〇〇歳を超えるハイエルフで、魔法だけではなく錬金術も極めているとエルフ族の中でも有名だった。

 だから、アメリアは少ない可能性に賭けることにしたのだ。


 最終的には、他の方法を考え付かないことから、ベルンハルトもその賭けに乗ることにした。


 それから急遽きゅうきょ、イルマがいるとされているサーデン帝国の帝都サダラーンへ向かう部隊が編成されることとなった。


 盗賊が出ることも懸念されたが、ベルマンの森周辺は元獣人族の王国で、ヒューマンたちの数は少ない。

 また、奴隷狩りが厳しい取り締まりをされていることから、速度重視で少数編成だった。


 それが失敗だった。


 せめてベルンハルトやカロリーナが同行していれば結果は違ったかもしれない。


 アメリアが数日前から体調を崩し気味になっており、その看病のためにベルンハルトはアメリアの元を離れられなかった。


 カロリーナは、エルサの着替えなどを準備して後から追いかける予定になっており、エルサが乗せられていたはずの駕籠かごをカロリーナが見つけ、その周辺に倒れたダークエルフとヒューマンの亡骸を見て絶叫することとなる。


 そこにエルサの姿は無かった。



――――――



 エルサが盗賊に襲われ、既に一週間が経過していた。


 身体を動かすことはできなかったが、辛うじて意識だけはあった。

 しかし、全身に絡みつくじりじりと焼けるような鈍い痛みが絶え間なく続いていた。


 ここがどこかもわからない。

 薄暗く、鼻を衝くような排泄物の臭いが漂い、数メートル先に鉄格子が見える。

 捕らえられていることは理解できたが、今のエルサにはどうすることもできない。


 ベルマンの森の出口付近で盗賊に襲われたとき、エルサは護衛のダークエルフたちが殺されるのを見ていることしかできなかった。


「ああ、またわたしのせいで犠牲が……」


 エルサは、また何もできなかったことに対する悔しさでどうにかなりそうだった。

 強くなると心に決めて以来、年頃の子供がやるような遊びをせず、その友達とも関係を断って訓練に励んだにも拘わらず、結局何の役にも立たなかった。


 里のみんなを守るどころか、自分の身すら守ることができなかった。


「死にたい……こんなに辛いなら、もう、死にたいよぉ……」


 何者にもなれなかったことに、エルサは生きる活力を失ってしまった。 


「わたしの人生、迷惑掛けてばかりで、何も良いことなかったな……パパ……ママ……ごめんね」


 薄暗く冷たい牢屋の中に横たえながら、投げ出された動かない右手を見つめる。


「動かない……何で動かないのよおおおぉぉぉ……」


 エルサは心の中でそう叫んで、泣いた。

 涙が頬を伝うのを感じるが、それを拭うこともできない。


 意識が朦朧としてきて、目を閉じてしまいそうになる。

 そのまま意識を失ったら、もう目覚めることは無いだろう。


 エルサは、直観的に自分の死が目前に迫っていることに気付いた。


「お願い! 神様! 少しでも、ほんの少しで良いから自由に身体を動かせるようにしてください!」


 エルフ族が信じるのは精霊王のみなのだが、ベルマンの森に住むようになってから、ヒューマンや亜人たちの習慣を聞き及ぶ機会があった。


 創造神デミウルゴス、安寧と豊作の女神モーラ、愛と戦の女神ローラ、そして英雄神テイラーの存在を。


 そんな彼らは、その神々から神託を受けて勇者を召喚するらしい。

 エルサは、何故英雄ではないのだろうと疑問に思ったことがあったが、今はどうでも良い。


「どんなことでもするから!」


 死にたいと思いながらも、視界がかすみ、いざその命の終わりがもう間もないことに気付いた途端、必死に抗おうと懇願した。


 それからどれくらい経ったかはわからない。

 数分だったのか、数日だったのか――


 エルサは、いつの間にか身体が軽くなっていることに気が付いた。

 そして不思議な感覚に目を凝らしてみると、


「魔力が動いている」


 魔法眼のスキルに因り周りに滞留していた魔力が移動していくのが見えた。

 そして、さっきまで動かなかった右手の指がぴくっと、少しだけ動いた。


「動いた!」


 エルサがそう思ったと同時に、一人の青年が檻の前に小太りの男と一緒になって現れたのだった。


 魔力が、自ら溢れ出していた魔力が、エルサを蝕んでいた魔力がその青年の方に流れて行き、そして彼の中に吸収されたのを見た。


「あれは……ヒューマンの騎士? ああ、ここは奴隷商なのね」


 その青年と奴隷商の男がエルサのことを話しているのが聞こえてきた。


 その青年は、ヒューマンにしては大柄、身長が二メートル近くある体躯で、白銀の鎧を身に纏っていた。

 だた、あまり見かけない黒髪と黒の瞳といった風貌で、目鼻立ちがくっきりしていて、あの森の王者といわれるフェンリルもかくや勇ましい顔立ちをしていた。


「もしや、アレは勇者?」


 その風貌からその青年のことを最近異世界から召喚された勇者だと思った。

 まさに、エルサを迎えに来た勇者であると。


 しかし、話の流れから魔力弁障害の話になっており、雲行きが怪しくなった。


 これが最後のチャンスだと思ったエルサは、弱った身体に鞭を打ちなんとか立ち上がり、青年の元へゆっくりと近付く。

 息苦しいが、その青年に近付けば近付くほど、身体が軽くなるのを感じた。


 そうして、手が触れられそうな距離まで近付いたとき。


「きみは?」


 目を見開いて驚いた表情をしたその青年から名前を聞かれた。


「わたしは……エルサ。わたしを……買って……ください」


 なんとかそれだけ言い切って、


「うわ、ちょっとっ」


 無理をしたせいで、そのまま鉄格子越しに倒れ込んでしまった。

 危なく檻にぶつかるところだったが、その青年に受け止められそれは避けられた。


 その瞬間、信じられないほどの幸福感がエルサを満たした。


 魔力が抜けていくのを感じたが、その代わりにその青年の優しさが流れ込んで力がみなぎる感覚をエルサは感じた。


 そして、それが凄く身近で暖かい感覚だということをエルサは思い出した。


「ああ、コウヘイ……」


 エルサは、青年の名を呼ぶ。


「ん、エルサ。気が付いた?」

「んん?」


 エルサは違和感を感じて、目を開けた。


 そこには心配そうな表情をした黒髪の青年の顔があった。


 ベッドに横たわったエルサのことを覗き込んでいるのはコウヘイだった。

 コウヘイの左手はエルサの右手を握っており、右手はエルサの頭の上に乗せられていた。


「あれ……ここは? みんなは?」


 エルサは、フォルティーウッドのダークエルフたちのことを言ったのだが、コウヘイがそのことだとわかる訳は無かった。


「エヴァはまだだけど、他のみんなならいるよ。ただ……」

「ただ?」

「眠っているのになんだかうなされていたようだったから隣の部屋に移動してもらったんだよ」


 コウヘイは頬を染め、そっぽを向きながら事情を説明した。

 

 どうやらエルサは夢を見ていたようだった。

 そして、コウヘイの名を呼び続けていたらしい。


 顔を横に振って見てみると、テレサの町の白猫亭の部屋だと気付いた。


 ああ、そうだった。

 イルマとエヴァと朝食を取っていたら、コウヘイとミラちゃんが戻って来て、昼間っから宴会になったんだった。


 酔い潰れちゃったんだ、わたし……


 エルサは、記憶を探り今の状況を思い出した。


 そして、眠りながらも苦しんでいるエルサを見かねて、溢れた魔力を吸収してくれていたのだと、コウヘイの説明で理解した。


「そっか、ありがとう」


 エルサはそう言って、素早くコウヘイの頬にキスをした。


「な、いきなりなんだよ」


 コウヘイは、頬を薄く染めながら照れ笑いをした。


「へへ、ナイショぉー」


 エルサは、そのコウヘイの様子を可愛く思い、はにかむ。


 そして、


「これからも宜しくね……わたしの勇者様」


 と、呟いたのだった。


「ん、何か言った?」

「ううん、何でもなぁーい」


 エルサは、もう一人で頑張る必要は無い。

 コウヘイと言う主人? 仕える勇者を得て、エルサは自分の役割を得た。


 わたしは……わたしのできることをすればいいんだ。


 わたしは、エルサ・アメリア・シュタウフェルン・フォルティーウッド。


 フォルティーウッドのダークエルフにして、シュタウフェルン家代表の巫女。


 わたしが魔力を捧げるのは精霊王じゃない。


 わたしの魔力は、全てコウヘイのもの。


 コウヘイがこの大陸に安寧をもたらしてくれる。


 エルサは、そう信じてコウヘイの巫女となるのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 【あとがき】

 本話をもって外伝終話となります。

 次話より第四章「試練と成長」開始です!

 お楽しみに((ヾ(•д•。)フリフリ

 

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