第08話 新天地
エルサが魔法眼のスキル持ちだということがわかり、エルサたちダークエルフの旅は着実に目的地へと近付いていた。
それは、視覚にさえ入れば魔力が見えるという特性から、砂漠地帯で擬態している魔獣をことごとく看破し、奇襲されることなく撃退することに成功していた。
ただ、そのスキルも万能ではないため何事も無いということは無く、バステウス連邦王国の首都にほど近いスーリー川の
しかし、たまたま居合わせた謎のウッドエルフの双子がその盗賊を撃退し、危ないところでエルサは救出された。
エルサはそのとき気を失っており、そのウッドエルフに会うことはできなかった。
後日、アメリアからその話を聞き、いつかお礼を言おうと心に決めるのだった。
そして、精霊の樹海を旅立ってから一カ月が過ぎた。
「みんなー! 念願の西の森に到着だあああー!
「「「「「うおおおおー!」」」」」
砂漠地帯を抜けて三日ほど歩いたその先に森が見えたため、ベルンハルトがそう叫ぶと、それに呼応するようにみな
中には、ものすごい勢いで駆け出す者さえいた。
身体強化魔法を使うほど、森に飢えていたのだろう。
エルフ族の中には、森の生活に飽いてヒューマンの国へ出て行く者もいるが、フォルティーウッドのダークエルフたちは森をこよなく愛する者たちばかりだった。
でも、何かが違った……
走り出したい気持ちを抑え、アメリアの
「何か違う……」
「……そうね……」
アメリアもエルサに同感なのか、辺りを見渡しながら相槌を打った。
「そりゃあそうだろうさ。ここはまだ森の入口だし、ここまで離れていれば環境も違うだろう。先ずは、適当な場所を見つけて数日休息を取ろう。永住する場所は、慎重に決めないといけないからな」
ベルンハルトのいうことは尤もなことだと思ったエルサは、取り合えずそれ以上は何も言わないようにした。
大気中の
精霊の樹海だったらもっと華やかなのに薄暗くて少し気持ち悪いかも。
エルサは、精霊の樹海と今いる森の違いを魔法眼のフィルター越しにそんなことを思っていた。
先ずは、数日に渡る魔獣のリスク調査、食料や材料等の森の生態調査を行う予定が組まれた。
そのため、安全が確認されるまでは、エルサの訓練はお預けとなっていた。
そうとなっては、木の枝に跨り幹に背を預け、無下に時間が過ぎていくのを自由に飛ぶ蝶を眺めて過ごすほどに、エルサは暇を持て余していた。
「あなたはいいよねー。自由で……あ、師匠!」
予定の数日はとっくに過ぎており、進捗状況を知りたいエルサは、探索から帰ってきたばかりのカロリーナを見つけて木から飛び降りた。
急に空から舞い降りた妖精に驚きカロリーナは後退ったが、
「おおっ、エルサか」
と、それがエルサだとわかるとその白銀に煌く髪を撫でた。
エルサは、それを気持ちよさそうに目を細めたままに問う。
「師匠、森の様子はどうですか?」
「うーん、何とも言えないわね」
「何とも言えないとは何です?」
「……その通りだよ。魔獣も大した数いないし弱いから安全のようだね。でも、シカやウサギといったふつうの動物の姿が殆ど無い」
カロリーナは、腕組みしながら困り顔で説明する。
そんな彼女にエルサは別のことを振る。
「果物とかは無いんですか? あと、道具の材料になりそうな蔓とか」
「それも微妙な感じね」
外敵が少なく安全だが、住み着くには食料が心もとないし、道具の材料も少ないとなると、生活していくのは厳しいかもしれない。
「……暇……」
「なんだ、エルサ。カゴ編みなんてつまらないとか言っていなかったっけ?」
「今はやることが無くて死にそうなんです。魔法だけではなく訓練自体禁止されているんですよ!」
遊び盛りの子供が言うセリフではない。
他の子供がキャッキャ言って遊びまわっている様子を見ながらカロリーナはため息をつく。
「エルサ……」
「何でしょうか、師匠?」
「エルサもナリアやイルクオーレたちと遊んでくれば良いじゃないか」
幼馴染の名前を出されて今度は、エルサがため息をつく。
「何を言っているんですか……喧嘩中で話しかけられないんですよ」
「はあー! そんなの初耳だよ。何があったの?」
それもそうだろう。
エルサは誰にもそのことを話していない。
エルサは、強くなると決めてから誘惑に負けないように、わざと強く当たり、幼馴染の彼女たちから距離を取っていた。
そのときにあまりにもひどい言葉を発したため、殴り合いの喧嘩にまで発展した。
それから数年間、訓練中の形式的な会話以外、幼馴染と話をしていない。
「そこまでストイックにいかなくてもいいじゃない。まだ子供のくせに、何が誘惑よ……そこは一緒に切磋琢磨して成長すればいいじゃないの」
エルサから事情を聞いたカロリーナが尤もな指摘をする。
「そうはいかないのですよ、師匠。わたしが強くなってみんなを守るんです」
と、エルサは胸を張るってみせたのだが、カロリーナの拳骨がエルサの頭を襲い、鈍い音が鳴った。
当のエルサはうずくまり涙目に訴える。
「痛っ! な、何するんですかあああー!」
青みを帯びた銀色の双眸に涙を浮かばせ、頭を押さえていた。
「生意気だって言ってるのよ! なーにが、『わたしが強くなってみんなを守るんです』よっ! そんなこと言うのは千年早いわよ!」
「せ、千年! ハイエルフじゃないんですからそんなの無理ですよ」
カロリーナは、知っていた。
エルサは喧嘩別れして関係を断てたと思っているが、ナリアやイルクオーレがエルサの演技に気付いており、そのことが悔しいと言っていたことを。
彼女たちは幼馴染として一緒に強くなりたいと思ていたのに、頼ってもらえないと悲しんでいるのだった。
ハンドレッドセンティピードの襲撃で数多くのダークエルフたちが命を落とした。
同じ後悔を二度としないようにエルサは強くなると決心したのだったが、当然ナリアとイルクオーレも身内を何人か亡くしていた。
それにあの襲撃事件はエルサのせいでは無いのだ。
「まあいいわ。それよりもエルサは魔力弁障害なんだからもう無理をしなくていいのよ」
ああ、まただ……
エルサは、病気を理由に気を使われたことで落ち込んだ。
魔力弁障害ということがわかってから、それを理由に何もさせてもらえないことにうんざりしていた。
「ちょっと、どこにいくのよ?」
「師匠の言い付け通り休んできます」
「そう、手が空いたらまた訓練見てあげるから、それまで勝手なことするんじゃないわよー」
エルサが歩き出し、後ろからカロリーナがそう叫んだのが聞こえたが、それを素直に守る気はエルサには無かった。
「大した魔獣はいないって言ってたよね。ゴブリンやボアかな?」
エルサは、カロリーナの忠告を無視して、魔獣相手に訓練をしに森の奥へと進んでいく。
精霊の樹海とは違い、木の根もそれほど張っておらず、エルフ族にとって非常に歩きやすい山道であったが、子供のエルサには少々きつかった。
「やっぱり、身体は動かさないとすぐダメになっちゃうなー」
どこぞの運動不足の中年オヤジよろしく、エルサがばててしまったことの感想を漏らしたとき。
それほど遠くない場所で誰かが会話している声が聞こえてきた。
「ヒューマンかな? でもそんな話聞いてない……」
地名やらその森にも呼び名があるだろうが、それを知らないエルサたちは、便宜上、「西の森」と呼んでいた。
その西の森に到着してから既に二週間が過ぎていた。
定住する場所を求めて大人たちが探索しているが、そう易々とはいっていない。
その探索中にヒューマンの存在も確認していなかった。
実際は、森を出て更に西へ進むと、それほど遠くない場所にヒューマンが住む村があるのだが、森の探索が終わっておらず、森の外のことまで調査する余力がなかった。
本来であれば、ヒューマンを警戒すべきなのだが、精霊の樹海でヒューマンを見かけることが殆ど無かったため、そのことを少し軽んじている節があった。
ただそれは、フォルティーウッドのダークエルフたちが最深部に近い場所に住んでいたため、ヒューマンを見かけないだけだった。
それでも、精霊の樹海の中域まで冒険者がやってくることはあった。
ベルンハルトたちは、そういった知識や経験が欠けているのかもしれない。
この場所に来る間にも、幾度となくヒューマンと戦闘を行っていたが、傭兵崩れの盗賊など、比較的実力がないヒューマンばかりと接していたため、ヒューマンの脅威度を低く見積もりがちであった。
「どうしよう……師匠を呼びに行った方が良いかな。でも……」
エルサは、カロリーナを呼びに行こうとして、やめた。
そんなことをしたら勝手に森の奥へ行ったことを咎められてしまう。
「うん、もしかしたら現地のエルフたちかもしれないし」
外界に出ているエルフ族は、もっぱらヒューマンや亜人の国に住んでおり、精霊の樹海に住むエルフ族以外で森に住んでいる部族はいないのだが、エルサがそんなことを知っているはずも無かった。
「ん、戦っている!」
エルサが色々考えている間に、声の主たちが緊張感のある声をあげて、魔法名を叫ぶのが聞こえてきた。
「ウィンドカッター? 風魔法だ。エルフかもしれない!」
呪文詠唱は聞こえてこなかったが、魔法名は聞き取ることができた。
エルサは、走ってその場に急行する。
声がした場所にエルサが到着すると、既に戦闘は終わっており、頭が落ちたフォレストウルフの元に一人の少女が近付いて行くところだった。
その少女は、エルフにしては珍しい栗色の髪を腰の辺りまで伸ばしていた。
それでも、ウッドエルフに多い深緑の瞳をしており、極めつけには尖った耳をしていた。
その少女にエルフ族の特徴を認め、エルサは気が緩んだ。
よく観察すれば、エルフ族にしてはその耳が小さいことや、革の胸当ての下にヒューマンが好んで着るワンピース姿であったのだが、エルサはそのことよりも、エルフ族に会えたことに意識を奪われていた。
だからつい声をあげてしまった。
「やっぱり!」
その声に気が付いた少女がエルサの方を見た。
「誰!」
「あ……」
その少女とエルサは見つめ合い、エルサは咄嗟に口を覆うが、既に遅かった。
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