<2>

 数日間ダンジョン街の武具店を見て回り、悩んだ末にゴッツは新しい武器を決めた。結局体に馴染んだモノがいいということで、ダンジョンでなくしたのとまったく同じ短槍と円盾のセットを選ぶ。

 ただ同じ種類であっても、製造過程で生じる微妙な違いがあり、手にするとわずかな違和感をおぼえた。同じ種類であるがゆえに、よけい気になってくるのかもしれない。


「すまないな、カンナさん。こんなことに付き合わせちゃって」

「かまわないわよ。どうせヒマだし」


 新しい武具の調整も兼ねて、ゴッツは改めて自身の戦闘スタイルを見直すことにした。短槍と円盾の使い方を教えてくれたカンナバリに、動作の確認をしてもらう。

 当初はミスミ診療所の軒先で済ませるつもりであったのだが、カンナバリの提案によって実戦で試そうということなり、二人はダンジョンに潜ってきた。初級の浅い層でモンスター相手の戦闘訓練だ。


 すでにゴッツのほうが実力は上だと、カンナバリが能動的に助言することはほとんどなかったが、簡単にあしらえる低レベルのモンスターということもあって存分に暴れられた。そうすることで帰る頃には新しい武具の違和感は消えており、ドラゴン戦で砕かれた上級冒険者になった自信も少しは取り戻せたと思う。

 胸の内でしこりとなっていた不安を拭えたことで、気分よくミスミ診療所に戻る――その途中のことだ。


 前傾となって足早に歩くチナを、偶然見かけた。ワズロの家で会ったときは、何をするにもゆったりとしていたのに、今日はずいぶんとせかせかしている。

 手にした編みカゴから、野菜が突き出していた。どうやら買い物帰りのようだ。


「おい、チナ!」


 声をかけると、チナは大きく体を震わせて怯えた顔を向けた。呼び止めたのがゴッツだとわかっても、目線を合わせようとはせずうろたえる。

 あまりの挙動不審な態度に、忘れられたのかとゴッツは首をかしげた。


「知り合い?」と、場に満ちた気まずい空気を察して、カンナバリが明るい声でたずねる。

「ええ、まあ。同郷の先輩の……先輩が、世話してる子なんだ」


 さすがに私的な事情を口にするのは申し訳なくて、半端な説明でお茶をにごす。

 カンナバリは疑問をおぼえたようだが、深く踏み込もうとはしなかった。大人の判断に心のなかで感謝する。


「こ、こんにちは……」


 観念したのか、顔を伏せた状態でおずおずとチナが近づいてくる。忘れていたわけではないようだ。


「悪いな、急に呼び止めて。急いでるなら言ってくれ」

「あ、ううん」チナはプルプルと頭を振った。「急いでない」


 まだ二度会っただけで、親しい間柄とは到底言えない。人見知りのチナが、警戒するのはムリもない話なのだが、それだけではない妙な緊張を感じた。

 ゴッツは不審に思い、まじまじと少女を見つめる。同じく視線を向けていたカンナバリが、いち早く異常を発見した。


「ケガしてるね。その手、どうしたの?」


 慌ててチナは編みカゴを持つ手を背後に回す。ちらりと見えた手の甲には、くっきりと青あざが刻まれていた。

 数日前にはなかったキズだ。ゴッツの脳裏に一人の男が浮かぶ。


「診療所でティオ先生に治療してもらおうか」

「ああ、そうしてもらおうかな――」


 治療という言葉に反応し、チナは顔を強張らせて後ずさった。震えた足が、拒絶の意を伝える。


「だ、大丈夫だから!」


 いまにも転びそうな危なっかしい足取りで、そのまま駆けていってしまう。雑踏に消えていく小さな姿を見送ることしかできなかった。


「あの子、本当に大丈夫なの?」

「さあ、わからない。もう少し様子を見て考えるよ……」


 そう言ったものの、どう対処するのが正解かわからないゴッツは、もんもんとした気持ちを抱えて日々すごすこととなる。チナだけではなく、世話になったワズロも関係する問題であったことが、確認の意思をにぶらせて二の足を踏ませていたのだ。

 カンナバリに様子を見ると言った手前、どうにかしなければという意識はあるのだが、結局行動できないまま数日すぎていく。


 再びチナと出会えたのは、やはり偶然だった。たまたま通りかかった道の先に、トボトボと歩くチナの姿を見つける。

 呼びかけようとした直前に、チナはふらりと道に面した商店に入っていく。声かけのタイミングを失ったゴッツは、しかたなく後を追って商店に踏み入った。青果から魚肉まで揃えた大型の食料品店だ。店内で菓子類の販売も行っているようで、かすかに甘いにおいも漂ってくる。


 複数の商品棚が並び、客入りも多いことから、チナの姿を見失ってしまう。普段自炊することのないゴッツは、食料品店に足を運ぶことはほとんどない。どこに何が陳列されているかもわからないので、チナを捜して手当たり次第に見て回らなければならなかった。


 ようやく見つけ出したのは、ペン先や軸、インクといった筆記用具が置かれた区画だ。数は多くないが生活雑貨も扱っているらしい。

 この商店は食料品販売をメインとしていることもあって、他は盛況だが、その場所にチナ以外の人影はなかった。ただ棚を挟んだ裏側で、男が一人たたずんでいるのを確認できた。


 男は目の前の商品には見向きもせず、まるでモンスターが罠にかかるのを待つ冒険者のように、息を潜めてじっとしている。その注意が棚越しのチナに向けられているのは間違いない。


 ――嫌な胸騒ぎがした。

 ゴッツは焦燥感に駆られて、大きく踏み出す。同時に、素早く左右を確認したチナが、キラリと輝くペン先を手に取りポケットに流し込む。


「このガキ、いま何をした!」


 男が飛び出し、チナの首根っこをつかまえた。どうやら男は店員だったようだ。


「ちょっと待ってくれ!」


 慌ててゴッツが止めに入る。万引きの現行犯逮捕だ、擁護のしようがない状況だが、行かないわけにはいかなかった。

 突然割って入ってきた大男に、店員は仰天して顔をひきつらせる。それ以上に仰天していたのはチナだ。もはや原型がないほどに、顔をクシャクシャにしている。


 ゴッツはポケットをまさぐり、チナが盗んだ物を取り出した。安価なペン先一つ――手が出ない値段とは思えないし、チナが必要だとも思えない。


「代金は俺が払うから、勘弁してやってくれないか」

「そういうわけにはいかない」

「これでどうだ。まだ足りないか?」


 ゴッツは財布ごと店員に押しつけた。ペン先なら百個は買える金額が入っている。


「いや、しかし、こういうことは金額の問題じゃなくて――」

「俺はこういうもんだ」胸にさげた冒険者タグを見せる。「責任は俺が取るから、今回だけは勘弁してくれ」

「じょ、上級冒険者……」


 ゴッツの懇願が通じたというよりは、上級冒険者の権威に怯み、店員は引いてくれた。武具店回りではうっとうしいだけだった上級冒険者の名声が、妙なところで役に立つ。

 震えるチナの手を取り、大急ぎで店の外に出た。幸いにもあの店員以外には気づかれていないようだった。


「なんで、こんなことしたんだ?」


 チナは答えず、ただ顔を伏せていた。


「もしかして、これがはじめてじゃないのか?」


 やはりチナは答えない。ポタポタと涙が足下を濡らしている。

 こんなときどうすればいいのか、ゴッツはまったくわからなかった。内心うろたえながら必死に考え、一つの結論を出す。困ったときに頼れるところは――あそこしかない。チナを連れてミスミ診療所に向かう。


「ちょっといいかな――」


 診療所に入るなり、揃っていた顔ぶれに事情を説明して助けを乞う。

 意外なことに、もっとも興味を示したのはミスミだった。チナの腕を取って袖をめくり、つけられたキズを確認する。その表情はみるみるうちに曇っていった。


「とりあえず、ティオはその子の診察と治療をしてくれ。服を脱がせて、体の隅々までチェックするんだぞ」

「はい、わかりました」


 控えめな抵抗を見せるチナを、ティオとノンが二人がかりで手術室に連行する。

 ミスミは鼻のつけ根にしわを寄せて、じろりとゴッツをにらんだ。責任は何もないというのに、思わず目をそらしてしまう。


「くわしい話を聞かせてもらおうか。いいか、知ってることを全部話すんだぞ。隠し立てしたら、あの子にも、あの子をあんな目に合わせたのためにもならない」


 まるですべてを見透かしたような言葉に、ゴッツは戸惑う。キズを見て、どのように負ったものか判断――そこから少女の境遇を推察したとでもいうのだろうか。

 とにかく、ごまかせる状況ではない。ミスミ診療所を頼った時点で、こうなることは予想できたことだ。


 ゴッツは観念して、自分の知っている情報をあまさず伝えた。世話になったワズロを貶めることになっても、もう後戻りはできない。

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