<2>
パーティの仲間と共に、マイトはダンジョン街を進む。
先頭を行くのは、珍しくいつも控えめなティオだ。その隣には、看護師見習いのノンもくっついていた。
「なんで、俺達がこんなことしなきゃいけないんだ。早くダンジョンに行って、ディケンズを捜したいってのに……」
ブツブツと文句を口にするマイトに、シフルーシュの冷たい視線が突き刺さる。
「まだ言ってんの。いい加減、アタマ切り替えなよ。ティオにもミスミにも世話になってるんだ、頼みを聞くのは当然だ」
意外と義理堅いエルフに、厳しい口調でさとされる。他の仲間にしても、別段不満に思う様子はなく、平然と受け入れていた。マイト一人だけが難色を示している。
もちろんティオやミスミに世話になっていることは事実で、できるだけ助力したいとは思っている――が、何もかもタイミングが悪い。いまはよけいなことにかかずらっている余裕がなかった。頭の大半は、ダンジョンで行方不明となったディケンズが占めていた。
「しょうがない。さっさと終わらせて、早くダンジョンに行こう」
「いや、行かないぞ。準備もしてないし」と、ゴッツが冷淡に返す。
「なんでだよ!?」
「なんでも何も、だから、準備もなしにダンジョンに潜れるかよ。常識的に考えろ」
空回りするマイトに誰も賛同しなかった。ダットンでさえ苦笑している。
マイトはむくれて、苛立ちまぎれに路傍の小石を蹴った。勢いよく転がっていった小石が、ティオの足下をすり抜けていく。
「あっ!」と、思わず声がもれた。ティオは飛び上がって驚いている。
さすがに悪いと思い謝ろうとしたが、ティオのほうがむしろ申し訳なさそうな顔を向けてきた。
「ごめんね、変なことに付き合わせちゃって。ミスミ先生がなぜかみんなを連れて行けって言うもんだから……」
意図したわけではないだろうが、先手を打たれた形となって言葉に詰まる。
そんなマイトを尻目に、シフルーシュは長い耳を揺らして周囲を見回しながらたずねた。
「ところで、どこまで行くんだ。ミスミの説明だと、よくわからなかったんだけど」
「実は、わたしもくわしいことは教えてもらえなかったんだ。とにかく行けばわかる、その一点張りで」
「ろくなことにならないのだけはわかる……」
うんざりした様子で、ため息混じりにノンが言った。
それについては、全員がうっすら気づいていた。今回のことを頼む際に、ミスミはなぜか半笑いだったのだ。
「だから、こんなことしてないでダンジョンに――」
「あっ、あそこだ!」
手書き地図を見ていたノンが、マイトを遮り声を上げる。
視線の先にあったのは、農耕地帯の古ぼけた家屋だ。年季が入った木戸は、表面の皮がはがれて幾重にも白い筋が走っていた。
ティオがノックするも、返事はない。合計三度ノックしたあと、不安げに呼びかける。
「すみません、ミスミ診療所からきた者です。どなたかいらっしゃいませんか」
やはり返事はなかった。耳を澄ましてみたが、屋内に人の気配はない。
「まさか、死んじゃってるんじゃ……」
ノンが不吉なことを言った直後のことだ。脈絡なく奥から激しい咳き込む音が聞こえた。
屋内からではない、屋外からだ。咳を頼りに家屋を回り込むと、奥には菜っ葉類が植えられた畑が広がっていた。あぜ道に背を丸めて咳き込む老人の姿がある。
「大丈夫ですか!」
慌ててティオが駆けていき、ノンが追いかける。マイト達も顔を見合わせて、流れで後につづいた。
老人がぎこちない動作で集まった顔ぶれに目を向ける。色艶を失った肌には、カサブタのような深いしわの溝が刻まれていた。
「体に障りますよ、座りましょうか」
腰に添えられたティオの手を、老人は億劫そうに振り払う。
「なんだ、お前ら?」
長く伸びた白いまつ毛の下に、老齢によってたるんだ瞼があった。かすかに見える瞳孔は、ひどくうつろだ。
「ミスミ診療所から来ました。ハクアさんですね?」
「……あのヤブ医者の使いか。何しにきた」
くわしい事情を聞かされぬまま送られてきたティオは、一瞬ためらったが、すぐに笑顔を作って老農夫ハクアに寄り添う。
「様子は見に来ました。ハクアさんは肺炎なのですから、無理をしないでください」
「そうはいくか。まだ仕事が残っている」
畑には収穫前の菜っ葉類が数えきれないほど並んでいた。
老人がたった一人で、そのすべてを収穫しようとしている。たとえ肺炎でなくとも、ムチャに思える労働量だった。
「あっ」と、ゴッツが小さくつぶやいたのは、そのときだ。「そういうことか。ヤブ先生は、俺達にこれをやらせるために呼んだのか」
肺炎の老人に無理をさせないために、その無理の原因となる収穫作業を終わらせる労働力にしようというのだ。察しの悪いマイトも、さすがに気づいた。
「これを一人でやる気だったんですか?!」
「当たり前のことを聞くな。それが、わしの仕事だ。いま収穫しないと売り物にならなくなる。邪魔はしないでもらおう」
「ダメです! 医術者として、そんなことはさせられません。肺炎は安静にしないと絶対治らないんです。すぐに戻って寝ていてください!!」
「勝手なことをぬかすな――」と、ハクアが感情任せに口を開いた瞬間、ノドを詰まらせたように咳き込み、体を大きく揺すった。
あぜ道に吐き出された黄土色の痰は、粘度が高く判固形化している。
ハクアはこらえきれないといった様子でヒザをつき、その場に腰を落とす。苦しそうに顔が歪め、ゼエゼエと肩で息をしていた。
「ほら、こんな状態では肉体労働に耐えられませんよ」
「あれは、わしの仕事だ……」
自分が弱っていることは、充分に承知しているだろう。でも、頑固な老人はかたくなに応じようとしない。
困り果てたティオが、救いを求めるように視線を向けてきた。何を言わんとしているかは、なんとなくわかる。
その訴えに、真っ先に反応したのは、意外なことにシフルーシュだった。軽い足取りで畑に下りて、何を思ったか土をすくう。エルフの白く細い指が、畑の土くれを軽くこねた。
「これって、普通の土じゃないね」
「あんた、わかるのか?」
「エルフは自然と共に生きている。土だって自然の一部だ、違いはすぐにわかる」
人間マイトの目には、違いはまったくわからない。おそらく土にふれたとしても、違いは感じ取れないことだろう。
「その畑の土には、石灰を混ぜてある。理屈はようわからんが、昔からそうすると作物の育ちがいいと教えられてきたんだ。そこに肥料を加えて、充分に耕しておいた。苦労したが、いい土ができたおけげで今年は生育がいい」
心なしか老農夫ハクアの声に生気がこもったような気がした。シフルーシュに向ける視線にも、光りが灯っている。
土の話で通じ合うものがあったのか、どことなく両者とも楽しそうだ。
「いろいろな工夫してるんだな。エルフにはない発想で面白い」
「農家はただ土を耕しているだけと思われがちだが、何よりも経験と知恵が必要な仕事で、そこが楽しいんだ」
「エルフの里にいた頃に、花の種をまいてもうまく育たないことがあったんだ。あれは土に問題があったんだろうか?」
「どうだろうな。現場を見てみないことにはわからんが、植物の生育には土壌だけじゃなく日当たりや水やりなんかも関係してくる。種自体に支障があることも考えられる」
「えっ、種に? そんなこともあるの――」
エルフと農夫の意気投合という思いがけない事態に、ティオは困惑して戸惑っていた。
それは冒険者仲間として行動を共にするマイト達も同じだ。シフルーシュの意外な側面に驚いている。
「ティオ姉ちゃん、どうすんの?」と、ノンが指示を仰ぐ。
迷いながら周囲を見回し、自分にできる唯一のことを目にして、ティオは決断した。
「ハクアさんのことはシフルに任せて、わたし達はやれることをやろうか」
ティオはおっかなびっくり畑に飛び下りる。
その姿を見て、ハクアは反射的に起き上がろうとして――寸前でシフルーシュに止められていた。
「おい、何をする気だ!」
「収穫を手伝います。ハクアさんは休んでいてください」
「そんなことは頼んでおらん!」
「では、わたしのほうからお願いします。やらせてください。収穫が終わらないかぎり、ハクアさんはゆっくり休めないのでしょ。だったら、ハクアさんが安心して静養できるように、わたしが終わらせます」
医術者の無理やりな理屈に絶句するハクアを横目に、ゴッツとダットンも畑に下りた。
「ほらっ、あんたも!」と、ノンに押し出されるようにしてマイトもつづく。
ハクアは釈然としない表情で、にらむようにティオを見ていた。顔に刻まれた深いしわが、一層濃く影を作る。
「あんたは、なんでそこまでする」
「なんで……と言われましても、医術者だからでしょうか。病気を治すのが、わたしの仕事なんです」
収穫の手伝いは治療の一環というには、少々逸脱している気もするが、ティオはいたって本気だ。こうなることをわかって送り出したミスミも、同類と言えるだろう。
病人を治したい――そのためなら、どんなことでもする。変わり者だと、世間から変わり者扱いの冒険者が思う。
「くそっ、わかった。収穫はやらせてやる。だが、収穫にもやり方ってものがあるんだ。言うことは聞いてもらうぞ」
「はい!」
うれしそうに答えたティオに、根負けしたハクアは顔をしかめる。
シフルーシュの手を借りてゆっくりと畑に下りた老農夫は、さっそく収穫の手順を伝えるのだった。
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