1204.ネタ的な、二つ名。

 ——トントン


「入りなさい」


「失礼します」


 ドアをノックして入ってきたのは、俺の担当の綺麗可愛い受付嬢のリホリンちゃんだ。


「すみません、お話し中に。よろしいですか?」


「ああ、話も終わったところじゃ。かまわんよ」


 ギルド長がそう言って、ソファーに促した。


「それでは、いくつかご報告させていただきます。

 グリムさんの『ツリーハウスクラン』の所属となった冒険者の方々の登録は、全て完了しています。

 あとグリムさんのパーティー『シンオベロン(仮)』のCランク昇格に伴う新しい冒険者証も、既にクランのほうにお届けしています」


「はい。受け取りました。ありがとうございました」


 俺がリホリンちゃんに礼を言うと、嬉しそうに微笑んでくれた。


「それから、冒険者デビューした新人パーティー『希望の枝ブランチオブホープ』のみなさんですが、早くもゴールデンルーキーとして評判になりつつあります」


「え、……あの子たちは、まだ一回しか迷宮に入っていないと思いますけど……」


 俺は、驚いてしまった。


 実は、昨日迷宮入りを許したんだよね。

 冒険者登録をするついでに、少しだけ迷宮の雰囲気を味わうために、『南エリア』の序盤の二つのフロアだけ探索の許可を出したのだ。

 俺が前に入って、様子がわかっているからね。


 もちろん、命を落とすことがないように、『美火美びびび』のメンバーに引率してもらう条件でだ。


 それがなんで、もう評判を呼んでるんだろう……?


「昨日冒険者登録を終えて、そのまま迷宮に向かわれたのですが、帰って来たときに魔物五十八体を倒していました。

 これは、ルーキーとしては記録的なことです! 

 魔法カバンを持っていたことも大きいでしょうが、それにしても、初戦でそれだけの魔物を倒すなんて、できることじゃありません! 

 引率は、『美火美びびび』のメンバーが務めたとのことですが、全く手は出さなかったということです。ギルドの記録上も、『希望の枝ブランチオブホープ』単独の記録となっています」


 リホリンちゃんが、めっちゃ誇らしげに伝えてくれた。


 なんかギルドの受付嬢というより、『ツリーハウスクラン』のスタッフみたいだ。


「確かに私も、昨日そんな報告は受けてましたが……なぜそれが評判になっているのですか?」


 ルーキーとしては、すごい討伐数なんだろうけど……そんな大騒ぎするほどのことじゃないと思うんだけどね……。


「買取センターに持ち込んだ時に、見ていた冒険者が数多くいるんですよ。

 グリムさんのクランのメンバーは、お揃いのローブを着ていますから、すぐわかるんですよね。

 それで『ツリーハウスクラン』のルーキーがすごいとその場にいた人たちが大騒ぎして、それが広まっているんです。『ツリーハウスクラン』のゴールデンルーキーって言われていますよ! 

 ちなみにグリムさんのことは……『新人を育てる新人王』とか、『ベテランの立場をなくすベテラン殺し』とか、面白おかしく言われてました! 

 『キング殺し』以外にも、二つ名が増えちゃうかもしれませんね!」


 リホリンちゃんはそう言って、最後のほうは少し吹き出していた。


 この人まで完全に楽しんでいるよ……。


 それにしても、ツッコミどころが満載なんですけど……。


 “新人を育てる”まではいいけど、“新人王”はおかしくね!

 まぁある意味、俺は冒険者としてはまだ新人の部類だから、完全に的外れでは無いけど……。


 ベテランの立場をなくすからって、“ベテラン殺し”はないよね!


 『キング殺し』が薄まってくれるのは嬉しいけど、それ以上に変な二つ名は勘弁してほしい……トホホ。


「そうかそうか。いいことじゃのう。新人が活躍すれば、冒険者たちにも活気が出るしのう。

 デビューしたその日に、五十体以上の魔物を倒すなど、容易くできることではないのじゃ。まぁ魔法カバンを持っていたのも、大きいじゃろうがな」


 ギルド長が感心するように、何度も頷いている。


「そうですね。大体の駆け出し冒険者は、魔物を何体か倒すとそれを運ぶだけで手一杯になっちゃいますからね。

 魔法カバンがあったというのは有利ではありますけどね。

 それでも、誰でもできるというわけじゃありませんから」


 リホリンちゃんがそう言って、また誇らしそうな顔をした。


 なるほど……そういうことか。


美火美びびび』のメンバーが魔法カバンを持っていたから、それが使えたことが大きかったわけだ。


 運ぶことを心配せずに、倒しまくれたわけだからね。


 そしてあのフロアは、それほど大きな魔物がいないから、魔法カバンに十分入ったわけだよね。


「それにしても、五十体以上も魔物を倒してしまうとは、どういう教育をしておるのじゃ。よほどバランスの良いパーティーで、効率の良い戦闘をしないと無理じゃろう?」


 ギルド長は、少しあきれ気味に、そして嬉しそうに尋ねてきた。


「そうですね。人数も多いですし、中に少しレベルの高い子もいましたから……」


 俺は、苦笑いしつつそう答えた。


 迷宮に初めて挑むといっても、メンバーに入っている狼亜人のセレンちゃんは、レベル上げのために魔物退治を経験している。だから、まったくの初心者というわけじゃないんだよね。

 あの子がいたことは、大きいと思う。


 昨日戻って来たところで、『美火美びびび』のニャンムスンさん達から報告を受けていたが、やはり一番魔物を倒していたのは、『斥候』のセレンちゃんだと言っていた。

 まぁパーティー戦だから……倒したと言っても、トドメを刺したという意味だけどね。


 次は、『アタッカー』のツリッシュちゃんだったみたいだ。


 ツリッシュちゃんは、魔物を倒した経験はなかったわけだが、やはり腹が据わっているというか、みんなの頼れるリーダーだけあったようだ。

 そして、その体に流れる大将軍の血がそうさせたのかもしれない。

 受け継いだ伝家の宝刀の剣も持っていって、使ってみたそうだ。

 普通に斬りつけていただけのようだが、ニャンムスンさん曰く、すごい威力と切れ味の剣だったとのことだ。


 ただツリッシュちゃんは、基本的には俺が渡した標準装備の『ツリーハウスクラン』オリジナルの剣を使っていたらしい。


「多少レベルが高い子がいたにしても、簡単にできることではないのじゃ。いずれにしろ今後が楽しみじゃのう」


「ええ、そうですね。あの子たちには、私も期待しています」


「それにしても、初心者なのになぜ初心者用の迷宮と言われている『セイチョウ迷宮』ではなく、『ゲッコウ迷宮』に入れたのじゃ? それもお主の方針か?」


「いえ、本来は初心者用の迷宮で経験を積ませる予定だったのですが、迷宮の雰囲気を味あわせるために特別に許可したのです。引率する者もおりましたからね」


「そうか。では今後は、『セイチョウ迷宮』での探索をメインにするのかね?」


「はい。レベル30くらいまでは、『セイチョウ迷宮』で十分に鍛錬を積ませたいと思っています」


 『セイチョウ迷宮』は、いやらしい攻撃をしてくる魔物が少ないから、安心なんだよね。

 ある程度慣れてきたら、『セイチョウ迷宮』なら引率なしでも入れるだろう。


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