993.必死の、心肺蘇生。

「もう大丈夫なのだ」

「魔物は倒したなの〜」


 リリイとチャッピーが、太守の孫娘ルージュに声をかける。


「目視できる範囲の魔物は駆逐いたしました。ご無事ですか?」


 アイスティルは、太守嫡男のムーディーを気遣う。


「ありがとう、助かった。君は……?」


「私は、元冒険者のアイスティルと申します。今は縁があって『コウリュウド王国』の貴族グリム=シンオベロン閣下と行動を共にしています」


「シンオベロン卿と……。とにかく礼を言う。君たちの助けがなければ、皆命を落としていただろう……」


「リリイ、チャッピー、お母様とおじい様が……、う、うわぁぁぁん」


「ルージュ、どうしたのだ?」

「どうしたなの〜?」


「お母様とおじい様のご無事がわからないの……あの崩れた建物のところに……」


「あわわ、それは大変なのだ!」

「すぐに助けるなの〜」


「待ちなさい君たち、あの瓦礫は簡単には退けられない」


 走り出そうとするリリイとチャッピーを、ムーディーが引き止めた。


「大丈夫なのだ!」

「任せてなの〜」


 ムーディーの忠告にかぶせ気味にそう言うと、二人はお構いなしに走り出した。


 そして、発動状態のままの『にじむし』四体と『ドリとドラ』に新しいストーリーを与えた。


 瓦礫を撤去して、生き埋めの人たちを助けだすというストーリーだ。

 ストーリーに沿って動き出した『にじむし』と『ドリとドラ』は、瞬く間に瓦礫を撤去した。

 そしてその場からルージュの母親と、祖父であるムーンリバー伯爵、執事や使用人たち六名を救出したのである。


 だが、皆瀕死状態だった。

 ルージュの母親は左足の膝から下を失い、ムーンリバー伯爵は右腕を失っていた。

 二人とも全身打撲もあり、意識は無い。

 使用人たちも、同様に大きな損傷を負って瀕死の状態だった。


 リリイたちは、皆に急いで回復薬をかけた。


 ……その甲斐あって、みんな命を繋ぎ止めたのだった。

 もちろん回復薬やリリイたちが使える回復魔法では、部位欠損までは治せていないが。


(ニアちゃん、大変なのだ! ルージュのお母さんとおじいさんが大変なのだ! ニアちゃんじゃないと治せないのだ!)


 リリイが慌てて、ニアに念話を入れた。


(……状況がよくわからないけど……とにかくヤバそうね。すぐに行くわ!)


 周辺の魔物の状況を確認しつつ、討伐を進めていたニアだったが、リリイの慌てようから切迫した状況を察知し、すぐに向かうことにしたのだった。


「お母様、お母様ぁぁぁ……」


 ぐったりとしている母親に、泣きじゃくりながらルージュが寄り添っている。

 弟たちも、そばで泣きじゃくっている。


 リリイとチャッピーは、母親の様子を見てかなり焦っていた。

 回復薬をかけたので、切断されてしまった足以外の部分は治ってきているが、心肺停止状態に陥っていたのだ。


「ベニー、ああベニー、頼む死なないでくれ……。……やはり息をしていない……。どうか息をしてくれ、ベニー!」


 ムーディーも泣きながら、妻の手を握り締める。


「お待たせ!」


 そこに、突然にニアが現れた。

 『跳躍移動テレポーテーション』を繰り返し急行したので、転移で現れたように、突然皆の前に姿を現したのだった。


「は、羽妖精……妖精女神様……?」


 ムーディーが驚きの声を上げる。


「そうよ。私が治療するから、いったん離れて! ……息をしてない……まずいわね。早く離れて!」


 突然のニアの登場と指示に、皆動転していたが、リリイとチャッピー、アイスティルに促され少し離れた。


「お願い! 間に合って! 雷撃蘇生リバイバルショック!」


 ニアの指の先から小さな稲妻が放出され、母親の体が弾む。

 確認のため近づくニア。


「……ダメだわ、息をしていない……。……心臓も止まったまま……。もう一度よ! お願い戻ってきて! 子供たちが待ってるのよ! 雷撃蘇生リバイバルショック!」


 再び母親の体が弾んだ。


 ニアが近づき心臓の音を確認する……


「……うん、動いてる! もう大丈夫よ!」


 ニアが、リリイとチャッピーそしてルージュと弟たちに向けて、親指を立てる。

 ギリギリで心肺蘇生に成功したのだ。


 リリイとチャッピーも涙ぐみ、ルージュと弟たちは、声を上げて泣いた。


「ん……後は、失われた足ね……。切断された部位もあるから、負担は最小限で済むはず……治しちゃおう! 癒しのキス……」


 切断された足も瓦礫の下から見つけ出し、布をかけて置いてあったのだ。

 グシャグシャになっているが、何もない状態から欠損部位を再生するよりは、体の負担が少なく済む。

 ニアはそう判断し、『種族固有スキル』の『癒しのキス』を発動し、欠損部位の修復にとりかかったのだ。


 ニアが損傷した足の部分に口づけをすると……


 母親の体が薄いピンク色の……光の繭のようなものに包まれた。

 半透明の光の繭の中で、母親がうっすら光って、切断された足が元の場所にくっついて治っていく……


 ……そして光の繭は消えた。


「おお! 足が治っている……」

「お母様ぁぁぁ」

「お母さまぁぁぁ」

「わぁぁぁんっ」


 ムーディーと子供たちが駆け寄って、驚き、そして感謝の涙を流す。


「意識はまだ戻らないかもしれないけど、これでもう大丈夫よ!」


「妖精女神様、ありがとうございます」

「女神様ありがとう」

「ありがとう」

「わぁぁぁんっ」


「いいのよ、他の怪我人も治してあげるから、この周りにいる大怪我の人たちを運ばせて」


「わかりました。すぐに取り掛かります」


 ニアは、次に右腕を失っている伯爵を回復させた。

 かろうじて意識を保っていた伯爵は、ニアの前に跪いた。


「ニア様……ありがとうございます。このご恩は一生……」


「あー、そういうのはいいから。とにかく他の怪我人を治してあげないと! お礼はいいから、指揮をとって!」


「はは、かしこまりました」


 太守であり、上級貴族であるムーンリバー伯爵だが、自然にニアの指示に従った。


 この様子を相棒のグリムが見ていたら、「まるでこの国の女王じゃないか!」と突っ込んでいたに違いない。


 ニアは、下敷きになって指などを失った使用人たちも、次々に治していった。


 そうしているうちに、スライムたちが十体ほどやって来た。

 先頭にいるのは、『エンペラースライム』のリンだった。


「リンちゃん、来たわね。中区全域に散らばっているスライムたちに、部位欠損の人がいたら連絡を入れさせて。私が治しに行くから」


「リン、わかった。みんなに伝える。リン、あるじから頼まれたことある。もう行く」


「わかった。じゃぁ、よろしくね」


 リンとスライムたちは、慌ただしく去っていった。


 リンと共にグリムが呼び寄せた百体のスライムたちは、中区全域に展開し、残っている鶏魔物を倒したり、怪我人の回復を行ったりしていた。

 いまだ継続中なのである。


 そしてリンは、悪魔の使い魔のカラスがいないか確認し、いた場合には駆逐するというグリムの密命を実行中なのであった。



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