987.飴ちゃん、あげる。

 翌朝、再び『冒険者ギルド』を訪れた。


 驚いたことに、一階のギルド酒場は朝から開いていた。

 冒険者が朝食を取れるように、営業しているのだそうだ。


 俺は、酒場と二階の受付のスタッフの皆さんに、ドロップを配った。

 昨日渡そうと思ったのだが、渡し忘れていたのだ。

 飴ちゃんを配るという関西のおばちゃんの必殺技を手に入れた俺は、人間関係でも無双できるような気がしてきた!

 ……朝からそんなバカなことを考えてしまった。

 迷宮都市に来たことが嬉しくて、若干テンションが上がり気味なのだ……。


 今日は大サービスで、全員に箱ごと配ったが、今後は一粒づつ個包装して、出会った人に気軽に渡せる感じにしておきたい。

 ただこの世界には、包装フィルムがないので、高価な紙で巻くしかないかもしれない。

 ……今後の課題だ。


「グリムさん、おはようございます。あ、それはなんですか?」


 三階から降りてきたのは、俺の担当になってくれたギルド職員リホリンちゃんだ。

 昨晩の食事の席で、すっかり打ち解けて、“リホリンさん”ではなく“リホリンちゃん”と呼んでいいことになったのだ。


「職員の皆さんに、お近づきの印にプレゼントを渡していたところです。リホリンちゃんもどうぞ」


「ありがとうございます。これはもしや……ギルド長が言っていた『ドロップ』ですか?」


「そうです。噛まないで、口の中で舐めてください」


「早速いただきます! わぁ甘い! そして……幸せな気持ちがずっと続く……」


「そうですね。溶けてなくなるまでですけど」


「それでみんな幸せそうな顔してるのね。でもお仕事にならなくなりそう……」


「それは困りましたね……」


 俺がニヤっと微笑むと、リホリンちゃんも嬉しそうに微笑んでくれた。


「まぁギルドの皆さんは忙しいから、そんな事はないでしょう。ほっと一息するときに、ちょうどいいんじゃないでしょうか、ハハハ」


 メーダマンさんが愉快そうに笑った。


 飴ちゃんのおかげで、朝から一気に良い雰囲気だ。


 実は朝からギルドを訪れたのは、メーダマンさんの屋敷にギルド長からの使いが来たからだ。

 話したいことがあるので、ギルドを訪れてほしいとのことだった。

 ちなみに昨夜は、メーダマンさんの屋敷に泊めてもらったのだ。



 ギルド長室に入ると、先客がいた。


 五十代くらいの品の良いご婦人だ。


「紹介しよう、この方が昨日話をした納入商会の亡くなった会頭のご婦人だ」


 ギルド長が、早速動いてくれたようだ。

 資産を一括して売却し現金化して、娘さんの嫁ぎ先に引っ越すという話を聞いて、もし売却先に困っているようなら協力したいと申し出ていたのだ。


「はじめまして、私は『ヨカイ商会』のメーダマンと申します。ご主人や幹部の皆さんのことをお伺いしました。お悔やみ申し上げます」


「いえ、いいのです。引き継いでくれるところが決まって、ホッとしています。ありがとうございます」


「私は、グリム=シンオベロンと申します。商会を解散されるとお聞きし、力になれることがあればと思い、ギルド長にお話しさせていただきました」


「ありがとうございます。納入を引き継いでくれるばかりか、私たちの事まで気にかけていただいて、本当に感謝しています」


「それで早速じゃが、奥さんは『商業ギルド』に声をかけていたようだが、まとめて資産を買い上げてくれるところは、すぐには現れないようだ。

 『商業ギルド』の担当者の話では、皆同情しつつも、商売人だから少しでも買い叩こうとしてくるだろうとのことじゃ。

 だから、シンオベロン卿が一括で、しかもそれなりの値段で買い上げてくれるのが、一番いいと思うのじゃ、どうじゃろう?」


「構いませんよ。価格は、この都市の相場が分かりませんので、そちらから提示してください。よほど無理な金額でない限りは、協力させていただきます」


「本当ですか!? ありがとうございます。あの……もし無理でなければ……何人かでも、使用人たちを使っていただくことはできないでしょうか? 次の仕事先を見つけた者もいますが、多くの者はまだ決まっていないようです。今の国の状況では、新たに人を雇用しようというところも少ないものですから……。すみません、勝手なお願いをしてしまって……」


「いえいえ、使用人の方たちを心配なさるのは当然のことでしょう。これから詳しくお伺いして、お店などをそのまま引き継ぐかどうかを決めますが、できるだけ協力をしたいと思っています。資産は私が一旦買い上げて、それを現物出資するような形で『ヨカイ商会』さんで、運営してもらおうと思っています。メーダマンさんとも相談して、一番良い形を考えます」


「本当にありがとうございます」



 俺たちは、まず現在の商会の資産とご婦人の個人的な資産を申告してもらった。


 まず商会の事業は、『ヨカイ商会』と同じで、食材全般を取り扱っていて、ギルド以外にもいくつかの飲食店にも納めている。

 規模は、中規模商会とのことだ。


 南区と北区に、直売のお店を持っている。

 それぞれ十年前に建て直したとのことで、同じ作りになっているらしい。

 一階が店舗で、二階が応接室や事務室になっているとのことだ。

 店舗の後には、別棟として二階建ての倉庫があるが、通用口で繋がっているので、店舗建物と一体になっていると考えていいらしい。

 その更に後ろのスペースには、馬車の駐車場があり、四台ほど停められるそうだ。


 両店とも『中級エリア』にあって、住宅地が比較的近いのでお客さんは結構入るとのことだ。


 それから、南区の店舗から近い『下級エリア』には、大きな倉庫兼事務所があるそうだ。


 従業員は、二十三人だが、次の仕事先が決まっているのは五人ということなので、残り十八人は転職先が決まっていないとのことだ。


 ギルド以外にも納品している顧客は七件ほどあるようだが、そこにも事業を精算する話をしているので、無理に納品を引き継ぐ必要はないとのことだ。

 ただ引き継いでくれるなら、引き続き取引をしてくれるように、各顧客に話をして回ると言ってくれた。


 また商品の仕入れ先にも、必要なら引き続き取引をしてくれるように話をしてくれるとのことだった。


 個人の資産は、屋敷が一つあるとのことだ。

 先ほど話に出ていた南区の『下級エリア』にある倉庫兼事務所の隣に、あるのだそうだ。

 倉庫の防犯対策も兼ねて、隣に屋敷を構えたらしい。


 『商業ギルド』の担当者の話によれば、二つのお店と事務所兼倉庫の相場の価格は、四千万ゴルくらいなのだそうだ。

 あと商品の在庫が、二百万ゴル程度あるらしい。

 屋敷はかなり広さはあるようだが、『下級エリア』ということもあり、一千二百万くらいと言われているそうだ。

 総額にして、五千四百万ゴルということになる。


 迷宮都市は、この国の第二の都市で大都市なので、かなり相場が高いのではないかと思ったが、俺が思っていたほどではなかった。


 奥さんは駆け引きなしに、『商業ギルド』の担当者が相場としてつけた値段を教えてくれた。

 資産だけの評価から言えば、おそらく適正なのだろう。

 俺としても、買い取るに際して問題は無い。

 ただ資産を買うだけならそれでいいが、お客さんをそのまま引き継いだり、仕入先との関係も引き継ぐとなると、純粋な資産の売買というよりも事業譲渡と言えるだろう。

 そうなると、もう少し値段をつけてあげてもいいような気がする。


 ただ事業をどの程度引き継ぐかについては、実際運営を任せるメーダマンさんと相談しないといけない。


 俺は、ギルド長と奥さんに断りを入れて、少し席を外しメーダマンさんと打ち合わせをすることにした。


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