985.テストマーケティング、完了。
即席『サンドイッチ』教室が一段落したところで、俺は魔法カバン経由で『波動収納』から、キンキンに冷えたビールの樽を取り出した。
「皆さん、もう一つお近づきの印に、冷えたエールをご馳走したいと思います。どうぞ心おきなく飲んでください!」
『サンドイッチ』の作り方を教えている途中で、ギルド長にお伺いを立て、エールの提供の許可ももらっていたのだ。
実は、これはテストマーケティングでもある。
「うおぉぉぉぉ、美味い!」
「……くぅっ、なんだこれは!?」
「美味い! これがエールなのか?」
「エールは、あまり好きじゃなかったが、美味いじゃないか!」
「そうだな、これなら何杯でも飲めるぜ!」
「冷えてるのが、たまらんぜ!」
「こりゃすげえ!」
「泡まで美味えじゃねーか!」
一通り行き渡ったところで、会場は大盛り上がり状態だ。
このままなし崩し的にみんな酔いつぶれてしまいそうなので、ギルド長にお願いして、みんなの注目を集めてもらった。
ギルド長が大きな銅鑼のようなものを持ってきて、鳴らして静かにさせてくれたのだ。
「皆さん、盛り上がっているところ申し訳ありません。実は、この冷えたエールを、今後この酒場で提供しようと思っているのです。でも今の三百ゴルでは提供できません。四百ゴルになると思います。皆さんは、今までのエールと四百ゴルのこのエール、どちらを飲まれますか? 皆様の答えで提供するかどうかを、ギルド長がお決めになるそうです」
俺がそう言うと、かぶり気味に……
「このエールに決まってるだろ!」
「百ゴル上ったって、こんなに美味いんだったら、こっちを頼むさぁ」
「むしろ、もうこれしか飲めねぇだろう!」
「いつから提供してくれるんだ?」
「そうだ! この味を知ったからには、待てねーぞ!」
そんな感じの声が、あちこちから上がり、騒然となってきた。
ギルド長が手を挙げて、静かにさせた。
「あいわかった。やはり、そうなるわなぁ。ワシもこのエールを飲んだら、もういくら安くても他のエールは飲めんわい! なるべく早くここで提供できるようにするから、しばらく待っておれ」
ギルド長は満足そうにそう言うと、俺に視線を流した。
「皆さん、ご協力ありがとうございました。お礼にもう一樽出しますので、存分にお飲み下さい!」
「おっしゃぁぁぁ、ありがとう!」
「「「おおぉぉぉぉ!」」」
「ありがとう! 困ったことがあったら、何でも力になるぜ!」
「そうだ、いつでも頼れよ!」
「ありがとう、サンドイッチ騎士爵!」
「サンドイッチ騎士爵、俺たちはお前の味方だぞ!」
俺がもう一樽放出したので、みんな口々にお礼を言ってくれた。
熱狂という感じだ。
それはいいのだが……なぜか、俺をサンドイッチ騎士爵と呼んでいる奴がいる……。
俺の元いた世界に、サンドイッチ伯爵という人がいたはずだが……その偽物感が半端ない……。
サンドイッチ騎士爵という呼び方は、やめてもらいたい!
『サンドイッチ』が美味しかったからだと思うが、そんな呼び方が広まったら切ない……。
『サンドイッチ』のインパクトが強すぎて、下手したらほんとに広まってしまいそうだ……。
ここは……『サンドイッチ』のインパクトを薄めるために、もう一つ美味い料理を出すしかない!
俺は、急遽『唐揚げ』も出すことにした。
今後レシピを教えて、この酒場でも出してもらう予定だからいいだろう。
さすがに『唐揚げ』は、作り置きが足りなくなったので、急遽酒場の調理スタッフに作り方を指導して、揚げてもらうことにした。
『波動複写』でコピーすれば、いくらでも『唐揚げ』を出せるのだが、どうせならスタッフに作り方を教えたほうがいいと思ったんだよね。
今後導入してもらうなら、一度は教えに来なきゃいけないから、逆に効率的だったのだ。
『から揚げ』についても、もちろん大絶賛の嵐が巻き起こった。
そしてエールが足りなくなり、もう一樽出す羽目になってしまった。
随時提供される『唐揚げ』と、追加で出したエール樽のおかげで、俺も解放されたので、席に戻って食事の続きをする。
おそらく支配人が気をきかせて手配してくれたのだと思うが、もともと頼んでいた料理でまだ出ていなかったものを、新しく作り直して提供を再開してくれた。
大きなソーセージが運ばれてきた。
茹でられている。
これも人気メニューなのだそうだ。
早速、口に運ぶ……美味い!
粗挽きで、肉汁がはじけ飛ぶ美味しいソーセージだ。
サーヤの作るソーセージほどではないが、かなり美味い。
人気メニューというのも頷ける。
卵に刻み野菜を混ぜたオムレツも運ばれてきた。
なかなかいい味だ。
ふわふわで食感がいいし、細かく刻んだニンジンや玉ねぎや青菜などがいいアクセントになっている。
ピクルス盛り合わせも、美味しかった。
太くて短いキュウリとスティック状にしたニンジンと大根の盛り合わせで、かなり酸っぱいが、口休めにちょうどいい。
あと豆料理も人気があるようで、豆を煮込んだものが二種類出てきた。
一つは煮物で、一つは甘く煮詰められたデザート的なものだった。
リホリンさんに聞いたら、枝豆はないらしい。
大豆が使われているから、枝豆も取ろうと思えば取れるはずなんだよね。
枝豆は、大豆の若採りだからね。
冷えたエールのつまみとしては、『唐揚げ』もいいが『枝豆』も最高だ。
何とか枝豆も手に入れて、その美味しさを広めたい。
それから安く提供されているワインは、ジュースかと思うほど飲みやすいまろやかなものだった。
他にも蒸留酒がいろいろあったが、今日のところは俺も一緒に冷えたエールを飲んだので、やめておいた。
今後いつでも飲めるから、焦る必要はないだろう。
一通り食べたので、そろそろお暇しようかと思っていたら、ギルド長がお店のスタッフを三人呼んだ。
一人は、先ほどから登場している支配人と思われる人だ。
「この酒場の支配人と料理長と給仕長を紹介するよ」
ギルド長がそう言って、三人に視線を送った。
「私は、このギルド酒場の支配人をしておりますバルドレッドと申します。本日は素晴らしいものを提供いただき、ありがとうございました。今後の取引の話は、ギルド長から少し聞きました。ぜひともよろしくお願いします」
「料理長のシェフリーだ。素晴らしいレシピを提供してもらって、助かったよ。これからよろしくな」
フランクな感じで挨拶をしてくれた料理長は、四十代くらいの色黒の男性だ。
さっき『唐揚げ』の作り方を教えたときには、いなかった人だ。
部下の料理人に習わさせて、その間注文の料理を作ってくれていたのだ。
調理のスタッフは、全員黒いシャツに黒いズボンを着用している。
「私は給仕長のウエイテルと申します。今日は本当に楽しかったです。ぜひまたおいでください。うちのスタッフの子たちは、みんなグリムさんとその料理の虜になったようです。ほほほ」
少しイタズラな笑みを浮かべた給仕長は、四十代くらいのスレンダーな女性だ。
金髪を後頭部に、お団子のようにまとめている。
なんとなく……できる女+肝っ玉母さん的な独特な雰囲気を持った女性だ。
「改めましてグリムです。よろしくお願いします。今後こちらのメーダマンさんの『ヨカイ商会』から納品させていただくことになりますが、私も協力させていただいくつもりです。面白い提案ができるように、努力します」
俺に続いて、メーダマンさんや他のメンバーも挨拶を交わした。
「グリムさん、一つお伺いしたいのですが……今回教えていただいた『サンドイッチ』の具材として使っていたリーフレタスは、この街ではあまり作られていないはずです。安定して供給してもらえるのでしょうか?」
支配人が、そんな質問を投げかけてきた。
リーフレタスは鮮度が落ちやすいから、心配してるのだろう。
魔法カバンや俺の『波動収納』を使えば問題は無いのだが……本来なら、この街で調達できたほうがいいんだよね。
今後のことを考えても、そのほうが確実だ。
もし畑を手に入れることができたら、リーフレタスの生産をしてもいいかもしれない。
「とりあえずは大丈夫です。魔法カバンを使って一度に大量に運びますので、急に鮮度が落ちるということはありません。ただできれば……この街で作って提供できたほうがいいですよね。ギルド長、この街で畑を手に入れることはできるでしょうか? もしくは個人で農園をやっていて、リーフレタスを作ってくれそうなお知り合いとかはいませんか?」
俺は、途中でリーフレタスの生産を思いついて、ギルド長に話を振ってみた。
「国の管理ではなく個人で農園を持っている者もおるが、大量にレタスの生産を引き受けてくれる者はいないじゃろう。自分で畑を手に入れたほうが、早いんじゃないかのう。畑にできそうな土地や小さな牧場ぐらい作れそうな土地も売りに出とるはずじゃ」
「グリムさん、私の方で探してみます。グリムさんの拠点となる家の物件を探すために、『商業ギルド』に声をかけていたので、農地の空きがないかも確認してみますよ。実は……既にご期待に添えそうな物件もあるのですが……まぁ楽しみにしていてください」
メーダマンさんは、そう言ってニヤリと笑みを浮かべた。
候補物件を見るのが、楽しみになってきた。
そして改めて農地情報も収集してくれると言うので、期待を込めてお願いした。
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