980.冒険者、登録。

 迷宮都市『ゲッコウ市』の太守であるムーンリバー伯爵の屋敷を出た俺たちは、再び『冒険者ギルド』の本所にやって来た。


 日も沈んできて、一階の酒場が昼にも増して大賑わいになっている。

 昼食を食べていないので、結構お腹がすいた。

 ニアとリリイとチャッピー達は、非常用に持てせてある干し肉を、待っている間に食べていたようなので、何とか空腹は誤魔化せているようだ。


 俺たちは、三階にあるギルド長室に通された。


 副ギルド長の『ハーフエルフ』のハートリアルさんは、不在でまだ戻っていないそうだ。

 彼女に会うことも目的の一つだったので、少し残念だ。


「失礼します。お茶を持ちました」


 そう言って扉から入って来たのは、ギルド職員の制服を着た狐亜人の女性だった。

 制服は白いブラウスに、赤というかワインレッドのスカートだ。

 タイトな感じのスカートで、かなりデザイン性が良い。

 濃い金髪は狐耳とほぼ同じ色で、セミロングだが少しくせ毛なようだ。

 スッキリとした顔立ちの少し細目の美人さんだ。


「紹介しよう。この子はリホリンと言って、我がギルドの期待の新人なのじゃ。ワシの秘書の仕事と、ギルドの受付の仕事の両方を担当しておる。今後、シンオベロン卿の担当も任せるから、ワシが不在でもこの子に言付けてくれればよい」


 ギルド長はそう言って、彼女を手で促した。


「リホリンと申します。精一杯務めさせていただきますので、よろしくお願いします!」


 若くて元気のいい子だ。

 多分まだ十代じゃないだろうか。


「グリムと申します。これから冒険者としてお世話になりますので、よろしくお願いします」

「私はニアよ、よろしくね」

「リリイは、リリイなのだ。よろしくお願いしますなのだ」

「チャッピーなの〜。よろしくお願いなの〜」

「私は、ブルールと申します。これから世話になります」

「私は……ご存知、アイスティルでーす! 私のことも、よろしくね、リホリン」


「もしかして……アイスティルさん、冒険者に復帰するんですか?」


 リホリンさんが、驚きの声を上げた。


「さて、どうしようかなぁ……。考え中なんだけどね」


 アイスティルさんは、わざとはぐらかすように微笑んだ。

 どうもこの二人は、顔なじみで仲良しのようだ。


「グリムさん、この子はすごく優秀だから、担当になってくれてラッキーですよ。まぁそもそも、普通の冒険者に担当はつかないですけどね。副ギルド長のハートリエルさんの秘書も兼ねていて、彼女の愛弟子みたいなもんですから、きっといろいろ協力してくれますよ。ねぇリホリン?」


「アイスティルさん、特別扱いはできないですからね!」


 リホリンさんが、少しほっぺを膨らませた。

 ほんとに仲が良いようで、楽しそうだ。


「ブルールさんといったかね? 十年以上前に、ハートリエルちゃんと攻略者をしていたとか?」


 ギルド長が改めて、ブルールさんに声をかけた。


「ええ、そうです。よくご存知ですね。あの子が昔のことを話すなんて、ギルド長の事は信頼しているのですね」


「ほほう、それは嬉しいのう。あの子を副ギルド長にするために、何度も何度も口説いたのじゃよ。本当大変だったわい。それにしても……今日は戻らんのかのう……? 早く会いたかろうに……」


「大丈夫ですよ。焦らなくても、すぐに会えるでしょう」


「そうじゃのう。あの子には自由行動を認めているから、ワシもどこにおるか、わからんこともあるのじゃ」


「ギルド長は、ハートリエルさんには甘々ですからね」


 リホリンさんが、ギルド長にチクリと攻撃したようだ。

 イタズラな笑みを浮かべている。

 この子は、なかなかやるようだ。面白い。


「何を言っておる、ワシはみんなに優しいではないか! そんなことより、リホリン、シンオベロン卿たちの冒険者登録の手続きを頼む」


「はい、既に書類は作ってあります。手続きを始めようと思っていたところで、連行されてしまったのですが、書類だけは作っておきました。後はレベルを自己申告していただくだけです」


 リホリンさんはそう言って、書類を出してくれた。

 準備万端だ。

 仕事ができそうな感じだ。


 異世界に来て『冒険者ギルド』に立ち寄って、美人の受付のお姉さんと知り合いになるというテンプレは、一つクリアできたようだ。

 最初にアイスティルさんが受付カウンターで話していた青髪の美人さんのように、色っぽい感じのお姉さんを期待していた部分もあるが……若くてピチピチの綺麗可愛い女の子で、しかも狐の亜人というのは、中々にポイントが高い。

 ……いかんいかん、こんなことを思っていると、ニアに感づかれて『頭ポカポカ攻撃』が発動してしまう。

 ここで発動されたら格好悪いから、すぐに思考を切り替えねば……。


 レベルについては、新たに設定した公表用の偽装レベルを記入した。

 先ほどムーンリバー伯爵にも開示したように、レベル55である。


 ニアは、実際のレベルは64なのだが、俺と同じく55という公表レベルにした。

 リリイとチャッピーの実際のレベルは57になっているのだが、40ということにした。

 それぞれに、新しい偽装ステータスを貼り付けてある。

 『コボルト』のブルールさんは、そのまま実際のレベルの49で申告してもらった。


 所持スキルを申告する欄もあったのだが、そこは未記入でも構わないということだったので、全員未記入にさせてもらった。

 スキルの情報は、ある意味命に直結する重要情報なので、申告は任意なのだそうだ。

 ただ事前にスキルを申告しておけば、特定のスキルを持っている人を狙った依頼があった場合に、声をかけてもらえるというメリットはあるらしい。


「パーティー登録という制度もありますが、パーティー登録しますか?」


 リホリンさんが、書類のチェックをしながら尋ねてきた。


「パーティー登録というのは……?」


「はい、一緒に活動するメンバーが決まっていて、パーティーを組んで活動する場合に、事前に登録しておくことができるのです。実績査定のときに、メンバー全員が一律に同じ査定を受けられるので、手続きが簡単になるのです。冒険者の皆さんにとっても、我々ギルドの職員にとってもメリットなので、メンバーがある程度決まっているようなら、パーティー登録をお勧めします。もちろん後から、メンバーを追加したり除外することもできます。またパーティー名が決まっていないようでしたら、一旦『シンオベロン』という名前で登録しておいて、後から変更することもできますよ」


 やはりリホリンさんは、やり手らしい。

 こんな説明と提案をされたら、その話に乗るしかない。


 彼女の提案通り、一旦『シンオベロン(仮)』という名前でパーティー登録することにした。


 パーティーメンバーは、俺とニアとリリイとチャッピーだ。

 一応、アイスティルさんと『コボルト』のブルールさんにも声をかけてみたが、遠慮された。

 アイスティルさんは、冒険者を引退しているので、パーティーメンバーに入るのはやめておくとの事だった。

 ブルールさんも迷宮には行ってみたいが、ここに長くいるか分からないので、やめておくとの事だった。



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