867.シャインと、マスカッツ。

 セイバーン公爵領、領都セイバーン、領城の大ホールに近い西側入口。


「シャイン様、早くしてください。もうとっくに始まってるんすから! 今日の晩餐会は、領内の貴族が全員参加なんでしょ。早く行ってきてください。私たちは、ここまでしか入れませんから。グリムさん達が来てるはずっすから、ちゃんと挨拶してきてくださいね」


 マスカット子爵家当主のシャインの取り巻き集団から、農業女子集団になった『マスカッツ』の実質的なリーダーであるサンディーが声を張り上げた。


 彼女たちの主人であるシャインは、全員参加の晩餐会に大幅に遅刻しているのだ。


 晩餐会に来る途中、偶然出会った怪我人の手当てをして、そのまま話まで聞いていて遅れてしまったのだ。


 彼らにとっては、こんなアクシデントも日常茶飯事なのだが、いつものように変な物を売りつけられなかっただけ幸運と言えるかもしれない。


「うーん、わかってるよ。我が友も、会いたがっているはずさぁ。じゃあ行ってくるから、みんなも気をつけて帰るんだよ」


 遅刻している事など気にも留めていないシャインは、のんきにそう言うと、颯爽と中に入って行った。




「ぐおうぅ、き、貴様……な、なぜ……? なぜ……こんなことを……? だ、誰の指示だ……?」


 腹部を刺され血を流しながら、声を振り絞って問い詰めているのは、コバルト侯爵領領主のコバルト侯爵だ。

 自身の暴言により晩餐会から強制退場になったが、自分を連れ出した近衛隊長に突然刺されたのだった。


「あんたがいつまでも家督を譲らないから悪いのさ! 強欲じじいが! ボンクランド様にさっさと譲っておけば、長生きできたものを……」


 主君であるはずの侯爵を刺した近衛隊長は、悪びれる様子もなく悪態をついた。


「なんだと……ボンクランドの差し金か! お、おのれ……」


「今頃気づいても遅いわ! ハハハ、今頃は領城もボンクランド様が掌握している。兄弟姉妹もその家族も、重臣も、邪魔になる者は皆殺しにされているだろうよ。あんたが十年前にしたことと一緒さ! 当時の領主だった父親を密かに暗殺し、邪魔な兄弟姉妹も殺したじゃないか! どうだい? 同じことをされた気分は……ハハハ」


「貴様……近衛隊長がこんなことをして、ただで済むと思うのか!?」


「悪いが……あんたの死体はバラバラになるんだよ。ここを吹き飛ばすからね。あんたは部下に刺殺されたんじゃなくて、何者かの攻撃に巻き込まれて死んだことになる。ボンクランド様は罪を咎められるどころか、同情され、さらにはセイバーン領に賠償金まで請求するだろう。ハハハ、どうだい? 今の気持ちは。カラクリを教えてやっただけ親切だろ。じゃぁ……トドメだ! とっととあの世へ行きな!」


 ——ドスッ


「ぐあぁぁ……」


「さてと、あとは吹き飛ばすだけだ。感情を抑えられない強欲じじいのせいで、当初予定していた場所ではできなくなったが、ここでいいだろう。例の物をセットしろ!」


「誰が来ます!」


「構わない。斬り捨てればいい。急いで設置しろ!」


「君たち……全く美しくないね。その血まみれの方は、君たちが刺したのかい? なんてことを……。優雅な晩餐会を血で汚すとは……。我が愛するユーフェミア様の城を汚したことも許せないよ……」


「な、なに!? ……もう来たのか!?」

「なんだ! お前たち、始末しろ!」


「うーん……見たところ……君たちは……無頼の輩と言うよりは……そこで死んでいる貴族を守る護衛兵だったのではないかい? なんと嘆かわしい……。まさか守るべき主を殺したのかい……? 全く美しくない!」


「セット完了しました」


「よし、こいつを斬り捨てて、さっさと脱出だ!」


「さらに悪事を企んでいるようだね。美しくないよ! そんな愚か者には、私が美しさを教えてあげよう! シャイーーン、スパーーク!」


 シャインは、『固有スキル』の『最高な自分』の技コマンド『シャインスパーク』を発動させたのだった。

 そして密かに、『シャインスパーク』を発動させる前に、もう一つの技コマンド『ベストコンディション』も発動させていた。

『ベストコンディション』は、自身を最高の状態にするという技コマンドで、『サブステータス』の各数値を1.2倍にするという強化スキルである。


『シャインスパーク』は、自身の顔から光を発生させ、目くらましをするとともに、一定確率で相手を魅了状態に置くという技コマンドである。


 魅了の成功確率は、自身よりレベルの低い者に対して50%の確率であるが、レベル29のシャインに対し、コバルト侯爵領の近衛兵である四人は、皆レベル30を超えていた。

 本来なら成功確率は低いはずであるが、運良く二人を魅了状態に置くことができたのだった。


『シャインスパーク』の前に発動していた『ベストコンディション』によって、最高の状態になったことで魅了確率が上昇したのかもしれないし、運が良かっただけかもしれない。

 実際のところは、神のみぞ知るというところだが、シャインという男は、普段不要なものを売りつけられたり、人の良さで損をしているからか、過去の人生においても決定的なところでは幸運を発揮する男なのであった。

 ただ当然ながら、本人は全くそのことには、気づいていない。


 魅了されたのは、コバルト侯爵を刺した近衛隊長と爆弾の起爆要員の近衛兵だった。

 二人は、シャインを恍惚な表情で見つめている。


「君たち二人は、ここでおとなしくしていなさい」


 シャインは魅了した二人にそう命じると、逃げた二人を追いかけた。



 ——ガンッ、ドスンッ

 ——ベシッ、ドスンッ


 逃げた二人は出口の手前で転倒し、タコ殴りにされて意識を刈り取られた。


 立ち塞がった『マスカッツ』に投げ飛ばされ、殴られて拘束されたのだ。


 シャインのことが心配で少し残っていた『マスカッツ』たちが、シャインが放った『シャインスパーク』特有の光を感じ、何事かが起きたことを察知し、中に入って来ていたのだった。


 そして突然逃げるように走り込んできた男たちを、無頼の輩と判断し取り押さえたのだった。


 彼女たちは、最近戦うための訓練を始めたばかりで、元々のレベルは15にも満たなかった弱者である。

 だが、ちょうど三日前から実戦訓練に入り弱い魔物を倒し、急速にレベルを上げ、レベル20になっていたのだ。

 師匠役のクワの付喪神クワちゃんとグリムの計らいで、パワーレベリング的に全員がレベル20に達していたのである。


 パワーレベリング的に一気にレベルを上げる事は、様々な面でもったいないので原則として行わないのがグリムの方針である。

 だが、命の安全を考え、レベル20までは一気に上げていたのである。


 ただそれでも、迫って来た近衛兵はレベル30を超えていたので、本来なら太刀打ちできないはずであった。


 だが『マスカッツ』の皆は、勇気をふりしぼり、逃げることなく対峙したのだ。


 そして日々訓練している成果で、『護身柔術』の型が自然に出て、相手が突進してくる勢いを利用し、投げ飛ばすことができたのだった。


 投げ飛ばしたのは、赤毛のサンディーと緑髪のオーガニーだ。

 元ホームレスの二人は行動力があり、『マスカッツ』の実質的なリーダーとサブリーダーという役割でもある。


 倒れた二人をタコ殴りにしたのは、残る四人のメンバー、元奴隷だった茶髪のクレイディー、黒髪のピートニー、青髪のロックニー、銀髪のストンリーだった。


 美意識の高いシャインが選出した六人だけあって、誰もが振り向くような美女ぞろいなのだが、本人たちは元ホームレス、元奴隷という過去の経緯もあり、いまだに自分が美人という意識は薄いのである。


 取り巻き美女集団から農業美女集団に変わった『マスカッツ』は、実は……農業と武術を教えているクワの付喪神クワちゃんの指導力によって、かなりの強さを身に付けていたのだ。

 ただ本人たちには、今のところ全く自覚は無いのだが……。


 農業の時の体の動きが体力を養い、戦う動きにも通じるというクワちゃんの指導哲学が、確実に威力を発揮し、強くなっているのである。


 いずれ誰もが憧れる格闘美女集団になるという事は、未だ誰も予想できていないのだが……。

 ただ、唯一師匠であるクワちゃんだけは、その可能性を見出していたのである。



『マスカッツ』の皆が、二人の男を取り押さえるとすぐに、騒ぎを察知した入口周辺の衛兵たちが駆け寄ってきた。


 コバルト侯爵を暗殺し、爆弾を爆発させ、セイバーン領の責任にしようとしていた目論見は、ギリギリのところで塞がれた。

 コバルト侯爵は暗殺されたが、爆弾が起動される事はなかったのである。


 セイバーン公爵領のある意味問題貴族であったナルシスト貴族のシャインと、その取り巻きでしかなかった弱い女子たちの活躍によって、セイバーン公爵領は揉め事に巻き込まれることを回避できたのであった。


 領主のユーフェミアが目をかけ、グリムに紹介したことによって、破産寸前だったマスカット家が持ち直しつつあるだけでなく、領を救う大きな功績を立てることになったのである。


 ただ当のシャインは、いつものように全く気に止める様子は無いのだが……。



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