770.最下層にある、家。

 迷宮の中に入るとすぐに、俺たちの前に迷宮管理システムが現れた。


 俺がダンジョンマスターをしているテスト用迷宮の迷宮管理システムと、基本仕様は同じようだ。

 ホログラム映像のように立体的な、それでいて実態ではない女性が立っている。


 見た目は、テスト用迷宮の迷宮管理システムとはちょっと違っている。

 バージョンがアップされているのだろう。

 日本人っぽい顔ではなく、欧米人的な顔立ちの金髪美人だ。


「カーミラちゃん、お帰りなさい!」


 立体映像が、弾けるような笑顔で声をかけた。


 この立体映像……相変わらず凄い技術だ。


「キボウちゃん、ただいま。友達を連れてきたから、一緒に家に転送してくれるかな?」


 カーミラさんも、笑顔で挨拶をした。

 まるで友達みたいな感じだ。

 この迷宮管理システムは、キボウちゃんという名前のようだ。

『希望迷宮』だから、まぁそのまんまってことだね。


「了解です。転送します」


 キボウちゃんがそう言った途端、俺の視界が揺れて、全く別の場所にいた。

 ダンジョンマスタールームがある最下層に来たようだ。


 この最下層は、円形の空間になっている。


 俺がダンジョンマスターをしているテスト用迷宮と同じように、一階層の広さは一般的なドーム球場くらいの面積のようだ。


 ダンジョンマスタールームとなっている小部屋とその周辺は、機械的な近未来的な感じの作りになっている。

 他にもいくつか部屋があって、大きな部屋もあるようだ。

 カーミラさんによれば、大きな部屋には迷宮に解き放つ魔物の培養槽があるらしい。


 この最下層の半分以上の面積を、これらの迷宮のシステムが占めているとのことだ。

 残りの面積にあったフリーの小部屋やフリーの広間を改装し、カーミラさん達の家にしているそうだ。

 家として使っている空間は、フローリングの床のような木の質感になっていて、壁も近未来的な感じではなく、家の土壁みたいになっている。

 住みやすいように、リフォームしたのだろう。


 これから、カーミラさんが中を案内してくれるとのことだ。

 ただ、その前に気になることを確認しておきたい。


 俺は、『マシマグナ第四帝国』が作ったテスト用迷宮のいくつかのダンジョンマスターになっているが、キボウちゃんはそのことに気づかなかったのかというのが、気になることだ。

 今までのパターンだと、新たに発見したテスト用迷宮に行くと、俺がすでに他のテスト用迷宮のダンジョンマスターであるということを波動情報から読み取っていた。

 だが、キボウちゃんは、そのことには触れなかった。

 テスト用迷宮と本格稼働迷宮で仕様が違うから、その情報を拾えていないのか、あえて触れないのか、気になっちゃったんだよね。


「他の迷宮の情報とかは、わからないんですか?」


 俺は、カーミラさんに尋ねてみた。


「そうみたいです。それぞれの迷宮の独立性と安全性を守るために、他の迷宮の情報は入手できないような仕組みになっているみたいです」


「仮に他の人造迷宮のダンジョンマスターが現れても、そういう情報もわからないってことでしょうか?」


「さぁ、それはどうでしょう……。どうなの? キボウちゃん」


 カーミラさんも、詳しくは分からないようで、キボウちゃんに質問を投げかけた。


「波動情報を拾うことはできます。『マシマグナ第四帝国』が作った人造迷宮のダンジョンマスターには、ダンジョンマスターとして登録する際に迷宮管理システムが認識するための波動的な印のようなものが付与されます。それ故に、その情報を拾うことができます。あなた様が他のダンジョンのダンジョンマスターであるという情報は拾えております。ただその迷宮の場所などについてはわからないのです」


 キボウちゃんが、そう答えた。

 やっぱり、俺が他の迷宮のダンジョンマスターだという事は、わかっていたようだ。


「じゃぁテスト用迷宮が全部でいくつあるかとか、本格稼働迷宮が全部でいくつあるかというような情報もわからないのかい?」


「はい。他の迷宮を危険にさらすような情報は、与えられていません」


 なるほど、やはりそういう安全対策が施されているのか……。


 本格稼働迷宮が全部でいくつあるかも、全く分からない状態ってことだよね。


 まぁわからなくても、今のところ不都合は無いからいいけどさ。



 カーミラさん達の家となっているエリアには、個室がいくつもある。

 そのうちの一つに案内された。


 部屋に入ると、大きな木の棺のようなものがあった。

 人が入る棺より、かなり大きい。

 木製の作りといい、形といい、棺のような印象だが、大きさ的にはベッドみたいな感じだ。


 棺の蓋が開くとそこには、綺麗な女性が横たわっていた。

 眠っているようだ。


「ヒナ……あの時のまま……何も変わってないわ……」


『魔盾 千手盾』の付喪神フミナさんが駆け寄った。


 どうやら、『守りの勇者』だったフミナさんの親友の『癒しの勇者』のヒナさんのようだ。

 それはすなわち、始祖ドラキューレさんということだ。


「まだ目覚めていないようね。でもこの感じ……もういつ目覚めてもおかしくない……」


 娘のカーミラさんが、そう言った。


「ヒナお姉ちゃん……」


『ホムンクルス』のニコちゃんも、懐かしさと感動からだろう……声を詰まらせた。

 ニコちゃんも、『癒しの勇者』だった頃のヒナさんと面識があるとのことだったからね。


「ほほほほほ、懐かしいのう。ドラキューレちゃん、まだ眠りから覚めんのかのう……、声が聞きたいのう……」


 今度は、クワの付喪神クワちゃんが、感慨深げに言った。

 約六百年前に、パーティーを組んでいた仲間だからね。


 俺もそっと覗き込んだ……見た目は高校生くらいの綺麗で、可愛い感じもある人だ。

 黒髪のロングで、部屋着だろうか……ジャージのようなものを着た状態だ。


 おや……寝ているはずのドラキューレさんから、涙が流れているが……なぜに?


「あれ……お母さん……」


 カーミラさんも、涙に気がついたようだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る