550.セクシーな、女侍。

 本選で俺が注目した選手は、他にもいる。


 なんと……侍がいたのだ……しかも女侍……。

 なぜ侍かというと……まず服装が着物っぽいアレンジの軽鎧だったことと、武器が剣ではなく刀だったのだ。

 そう……俺が知る日本刀とそっくりな奴だ。

 軽鎧は、上半身が着崩したような形で胸元が開いていて、下半身はミニスカートのようになっていて動きやすい構造になっている。

 帯ほどではないが太いベルトを巻いているので、より着物っぽく感じてしまう。

 着物が赤で、帯ベルトとロングブーツが黒になっていて、ド派手でかっこいい感じなのだ。

 スレンダーでありながら胸元が豊かで、男性観戦者の視線を釘付けにしていた。

 今回の出場者の中で、間違いなく彼女が一番人気だっただろう。

 黒っぽい紫髪をポニーテールにしていて、きりりとした細目の美人顔なので、ついつい目で追ってしまうのは、切ない男のさがというものだろう。

 口紅のようなものを塗っていて、唇も赤く輝いて、妙な色っぽさまで出ていたからね。


 どうも俺もニヤけてしまっていたようで……ニアさんの『頭ポカポカ攻撃』が炸裂していた。

 そしてなぜか……その時だけサーヤとミルキーが急速に接近し、『お尻ツネツネ攻撃』を発動していた。

 何事もなかったかのように、元の席に戻っていたが……。

 そこまでして発動しなくていいと思う……。


 そんないつもの神連携にさらされた俺を、なんと、新なる攻撃が襲った!

 膝の上に乗せていたハナシルリちゃんが、突然伸びをして俺の顎に『頭突きアッパー』を入れたのだ。

 舌を噛みそうになった……かなり危ないと思うんですけど……。

 ハナシルリちゃんは、俺の方を振り向くと舌を横に出して『テヘペロ』という顔をした……。

 中身が三十五歳の“残念さん”が、あざとくやっているとわかっていても……つい可愛いと思ってしまう顔だった。

 それにしても、『頭ポカポカ攻撃』と『お尻ツネツネ攻撃』だけで大変なのに……『頭突きアッパー』という新しい技を放り込んでくるのは、本当にやめてもらいたい……トホホ。


 選手紹介によると、彼女はセイバーン公爵領の西隣のコバルト侯爵領の出身だった。

 先祖から伝わる刀と剣技を試すべく参加したらしい。

 準決勝で、タンク巨漢男に惜しくも敗れてしまっていた。

 剣技では結構押していたのだが、タンク巨漢男は壁役をしていただけあってしぶとかった。

 男の持つ大盾と彼女の刀が鍔迫り合いをするかたちで一瞬動きが止まった隙に、渾身のシールドバッシュを受けてしまい、弾き飛ばされてしまったのだった。

 それにより頭を強く打って、脳震盪を起こし敗れてしまったのだ。

 少し不運な感じでもあった。

 それでも観客からは、大きな声援が飛んでいたけどね。


 試合終了後に、サーヤに促されて俺も一緒に会いに行った。

 サーヤ曰く……「彼女は競争率が高いですから、旦那様が一緒に来ていただいた方が良いと思います」とのことだった。

 俺が行っても、競争上有利になるとは思えないが……。


 そしてサーヤの手腕により、俺たちが最初に接触することができたのだった。

 サーヤは、なんとしても最初に話したかったようで、スタッフに指示をしてうまく誘導してくれていたようだ。

 というか……ちょっとズルだと思うんですけど……。


 ここでもサーヤ曰く……「ああいうタイプの女性は、かなりの確率でユーフェミア公爵に憧れていますから、ユーフェミア様に先に話されたらその場で決まってしまいます。でもそれを阻止出来たので、もう大丈夫だと思います。我々も旦那様という究極兵器をお連れしましたし……」と、いつになく力が入っていた。


 ユーフェミア公爵のくだりは納得だけど……俺が究極兵器っていう意味がよくわからない。

 妖精女神の相棒の凄腕テイマーとして名前が売れてしまっているようだから、そのネームバリューのことだろうか?

 でもそれだったら、ニアを連れてきた方が良かったと思うんだけど……。


「はじめまして、私はピグシード辺境伯家家臣グリム=シンオベロン名誉騎士爵といいます。素晴らしい戦いでした。ピグシード辺境伯領に仕官しませんか? あなたのような人を求めていたんです」


 俺は名乗りつつ、単刀直入に用件を告げた。


「あ、ありがとうございます。私はサナ=チーバと申します。申し訳ありませんが、すぐにはお返事できません。確かに仕官したいと思い……この大会に参加しましたが……少し事情があるのです。ただお気持ちは……お言葉と眼差しで伝わりました。しっかり、う、受け止めましたから……」


 サナさんは、申し訳なさそうに頭を下げた後に、俺を見つめた。

 急に頬が赤くなっているが……仕官の誘いに喜んでくれたのだろうか……。


「さすが旦那様……」


 呟くようなサーヤの声が聞こえたので、彼女の顔を見るとなぜか少し悪い笑みを浮かべていた。

 サーヤが、そんな顔をするなんて珍しい。

 いや、よく考えたら……悪い笑みというよりは、“我が意を得たり”という表情だったのかもしれない。

 サーヤの思惑通り、最初に話すことができたから、ほくそ笑んでいたのかな。


 サナさんは、なぜかしばらく俺を見つめた後、意を決したように大きく息を吸ってから詳しい事情を説明してくれた。


 それによると、なんとサナさんは貴族の令嬢だった。

 コバルト侯爵領のマナゾン大河沿いの港町『ヒコバの街』の守護をしているチーバ男爵家の次女なのだそうだ。

 選手紹介ではサナという名前だけしか紹介されなかったので、貴族令嬢とは思わなかった。

 年齢は十八歳とのことだ。

 十八歳の色気とはとても思えない……二十五、六には見える感じだ。

 レベルは25で、選手紹介でもアナウンスされていた。


 彼女は剣の道に生きたいと思っているそうだが、コバルト侯爵領は保守的で女性が衛兵に採用されることはほとんどないらしい。

 そして父親からも、衛兵になることを反対されている状態なのだそうだ。

 そこで女性でありながら領主として辣腕を振るっているユーフェミア公爵のいるセイバーン公爵領に仕官したいと思い、この大会に参加したとのことだ。


 家族には内緒で飛び出してきたらしい。

 それゆえに仕官するとしても即答はできず、家に帰って父親の承諾を得る必要があるとのことだった。

 サーヤの読み通り、彼女はユーフェミア公爵に憧れており、本来の希望はセイバーン公爵領に仕官することだったようだ。


 俺としては、無理に誘うつもりはない。

 ただピグシード辺境伯領も女性を積極的に登用するし、活躍の場というかチャンスが早く巡ってくると思うんだよね。

 なんといっても人材不足だからね。

 そんなことをプッシュしてみたところ、意外な反応が返ってきた。


「実は……我がチーバ男爵家は、ピグシード辺境伯家に大恩があるのです。初代チーバ男爵が、男爵位を得ることができたのは、ピグシード辺境伯のお陰と伝わっています。ご先祖様が受けた御恩を少しでもお返しできるなら、私としてはぜひ仕官させていただきたいと考えています。おそらく父も……ピグシード辺境伯家に仕えるなら許してくれるでしょう」


 サナさんはそう言って、何故か俺の前で跪いた。

 俺としては、予想外の嬉しい返答だったが……俺に跪く必要はないと思うんだけど……。

 そして相変わらず、なぜかじっと俺を見つめている。

 なんとなく……目つきが色っぽい感じになってきているのは、気のせいだろうか……。


 話によると、チーバ男爵家は約五百五十年前に興きたらしい。

 ピグシード辺境伯家が興きたのは約六百年前と言っていたから……初代ピグシード辺境伯が長生きしたなら、初代チーバ男爵と接触があってもおかしくはないね。


 そんな事情もあり、無理っぽいと思った俺の判断はあっさり覆され、前向きな返事をもらうことができた。

 素晴らしい人材が確保できそうだ。

 もし父親に反対されるようなら、アンナ辺境伯とともに挨拶を兼ねて説得に行こうと思っている。


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