549.本選の、注目選手。

 翌日、大会二日目、予選を突破した十五組による本選のトーナメントが行われた。


 本来は十六組によるトーナメント戦になる予定だったが、バロン君とアンティック君の組が両者敗退になったために、一枠が減ったのだ。


 準決勝まで行われ、決勝は明日の午前中に行われることになっている。

 さすが予選を突破しているだけあって、皆いい試合だった。

 この予選を突破した人たちは、ほぼ確実に仕官できるし、衛兵からではなく正規軍にスカウトされる場合もあるようだ。

 また、中には貴族の私兵として高額で雇われる者もいるらしい。


 本選を勝ち上がって明日の決勝戦に進んだのは、仮面をつけた女剣士と元冒険者で壁役のタンクをしていたという巨漢の男だった。

 仮面女性剣士の華麗な剣捌きとタンク巨漢男の鉄壁の防御のぶつかり合いが、今から楽しみだ。


 本選で勝ち上がれなかったものの、目についた選手は何人かいた。


 中でも面白かったのは……旅芸人をしていたという軽業師だ。


 ひたすら逃げまくって、相手を疲れさせるという戦法で、目を引く華麗な身のこなしと無尽蔵とも思われる体力がすごかった。


 逃げるだけの試合だと、観客からブーイングが起きそうなものだが、彼の華麗な身のこなしが目を引き、ブーイングは不思議と起こらなかった。

 対戦相手は馬鹿にされているような感覚になり、逆上し隙ができたところを攻撃されて負けるという状態だった。


 彼は野球のバットのような形の短杖を持っていて、打撃攻撃によって相手の意識を奪っていた。

 非力な感じなのに打撃武器を使うのが意外だし、打撃も的確に急所を捉えていてすごかった。

 ただ、おそらく相手は攻撃疲れしていて、また逆上した隙もあるから通用する攻撃だと思う。

 まともに正面から打撃に行っても、通用しないんじゃないだろうか。


 そういう意味では、彼は自分の特性を心得ていて、自分なりの必勝パターンを作っていたのだろう。


 だがそんな彼も準決勝で仮面女剣士の剣技により足を斬られ、惜しくも敗退していた。


 俺は、彼を非常に面白く見ていたが……衛兵として働いてもらうには意外と難しい人材かもしれない。

 いかんせん逃げまくるっていうのが戦法だからね。

 まぁそれも現時点ではというだけで、これから修練すればいいんだろうが。


 もしセイバーン軍の衛兵隊や正規軍、貴族の私兵としても声がかからなかった場合は、スカウトしようと思っている。

 ピグシード軍で衛兵として採用してもいいし、少なくとも『フェアリー商会』では、この人材を活かせそうだ。

 場合によっては……本人が望めばだが……立ち上げ準備中の吟遊詩人を中心にした歌劇団のメンバーに入れてもいいかもしれない。



 あと犬耳の少年バロン君が、予選の一回戦で戦った木こり狩人選手のお兄さんが本選に進出していた。

 出で立ちがそっくりだったし、紹介アナウンスでも兄弟で出場していると言っていたからわかったのだ。


 惜しくも本選の初戦で敗れてはいたが、斧の振りが見事だったし彼のようなタイプは衛兵としても採用しやすいのではないだろうか。


 ちなみにバロンくんと予選の第一回戦で戦った木こり狩人選手は、既に『アメイジングシルキー』のサーヤが接触していたようだ。

 サーヤは、本人の希望を聞き『フェアリー商会』で雇用するか、ピグシード辺境伯領の領都にある『ハンター育成学校』の特別奨学生として入学を進めるつもりで接触したらしい。


 確かに木こりと狩人をしている彼なら、本格的に修練を積めば優秀なハンターになれる気がする。

 仕官するよりも、その方が稼げる可能性もあるし……。


 俺はそこまで頭が回らなかったが、サーヤはさすがだ。

 昨日の時点で、すぐに接触していたんだからね。

 人材の発掘と適材適所の手腕は、さすがのお手並みである。


 サーヤの報告によれば、木こり狩人選手は、兄とともに立身出世のためにこの大会に出場したらしい。

『セイセイの街』の木材を扱う商会の依頼で、木の伐採と運搬を行うのが主な仕事だったそうだ。

 フリーの木こりというか……下請けの職人さんみたいな感じだろうか。

 そしてその仕事がないときは、イノシシなどを狩って飲食店に持ち込んで日銭を稼いで暮らしていたらしい。


 木こり狩人選手は二十二歳で、兄は二十五歳らしい。

 ヒゲを蓄えているせいか…… 二人とも三十歳以上に見えてしまう。

 一応『セイセイの街』に家はあるようだが、街近郊の山の伐採エリアにある山小屋にいることが多いらしい。

 生活が安定しないので、仕官しようと思ったのだそうだ。


 木こり狩人選手の希望は、兄と一緒に新しい生活をして安定収入を得ることだそうだ。

 兄が本選に出場できることもあり、おそらく仕官できるので、兄の近くでできる仕事につきたいと思っているとのことだった。


 二人とも木こりや狩人の生活が嫌というわけではなく、安定しないので環境を変えるためにも出場することにしたとのことだ。

 仕事を出している商会の扱いが、結構酷いらしい。

 そして飲食店に狩った動物を持ち込んでも、買い叩かれることも多かったようだ。


 そんな状況では収入も安定しないし、環境を変えたいと思うのも当然かもしれない。

 サーヤも言っていたが、そういうことならばその問題を解決してあげれば、得意な木こりと狩人を続けてもいいのではないだろうか……。


 そこでサーヤは、『フェアリー商会』に入社して、木こりの仕事をしないかと提案したらしい。

 『フェアリー商会』の家具工房で使う木材は、半年に一度程度、工房長のモコザイグ親方が人を集めて切り出しに行く予定でいたのだが、最近の受注増で頻繁に木材を調達する必要が出ているのだ。

 そこで木こり狩人兄弟に、ピグシード辺境伯領『マグネの街』に移住してもらって、木材調達部門を担当してもらいたいと提案したらしい。

 そして材木の切り出しの仕事がないときは、警備部門の仕事をするか、狩人として肉の調達をしてもらってもいいとも付け加えたそうだ。

 これによって彼らは、安定収入を確保して生活設計もできるようになるだろう。


 木こり狩人選手は、この提案を喜んでくれて、兄と相談すると言っていたそうだ。

 そして今日になって、残念ながら兄が本選の初戦で敗退したこともあり、兄弟で『フェアリー商会』で世話になりたいと申し出てくれたとのことだ。


 木こり狩人兄選手の試合が終わったタイミングで、サーヤが改めて尋ねていたらしい。

 さすがサーヤ……いい仕事をしている。

 そんなにタイミングよく登場されたら……気にかけてもらっていると思えるし……そこでお世話になりたいという気持ちになるよね……。

 “人たらし”サーヤなのだ。


 まぁ彼らとしても、仕官することは生活を安定させる手段であって、絶対の望みではなかったようだ。

 むしろ得意な木こりをして、ちゃんと生活が出来るならその方が良いと判断したらしい。


『フェアリー商会』の社員は、他の商会よりもかなり給与水準はいいはずだからね。

 基本的な給金は、一般的な水準に比べてそんなに高くしているわけではないが、特別ボーナスなどで還元するようにしているから、最終的にはかなりもらえているはずなのだ。

 ブラックな経営者にはなりたくないから、なるべく還元するようにしているのだ……オホン!


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