488.忍び寄る、危機。
俺は、仲間たちと共に秘密基地『竜羽基地』にやってきた。
ヘルシング伯爵領の新領主なったエレナさん、執政官で俺の眷属『聖血鬼』でもあるキャロラインさん、ゲンバイン公爵家長女で王立研究所の上級研究員のドロシーちゃん、『ドワーフ』の天才少女ミネちゃんも一緒だ。
早速、エレナさん達から提案された実験を始めることにする。
封印して収容している『ヴァンパイア』たちに、俺の血を飲ませる実験だ。
ここに収容した『ヴァンパイア』たちは、全部で三十八体だ。
最初にヘルシング伯爵領を訪れたときに潰した『正義の爪痕』の訓練施設アジトにいた『下級吸血鬼 ヴァンパイア』三十五体と『中級吸血鬼 ヴァンパイアナイト』三体が、『ドワーフ銀』を打たれ仮死状態で封印されている。
『中級吸血鬼 ヴァンパイアナイト』の三体は、俺の記憶では明らかに悪党だった気がするので、まずは彼らから実験しようと思う。
一体の棺を開けて、『ドワーフ銀』を胸から抜いて蘇生させる。
もちろん、逃げ出したり暴れたりできないように特製の強固な椅子に固定してある。
「おのれ! 今度は何の用だ! 貴様ら、ただじゃおかない……」
開口一番そんなこと言うこいつは、やはり完全な悪党のようだが、念のため『波動鑑定』で『暗示』状態じゃないことを確認した。
そして、口を無理矢理開けて、俺の血を一滴垂らしてみる……
「ぐわあああ、ごおおおおおおお、うううううう……」
『中級吸血鬼』は、激しく苦しみ出した。
そして口の中から、湯気のようなものが出ている。
キャロラインさんが『聖血鬼』に変性した時も、最初は苦しんでその後全身から赤黒い靄のようなものが噴出し、全身を包み込んで黒い繭のようなものになっていた。
その時の苦しみ方とは、どうも質的に違うようだ。
口から煙が出ているし……。
なんとなく……太陽光に焼かれるときの感じに似ている気がするが……。
エレナさんとキャロラインさんも、俺と同じような感想を持ったようだ。
実験のためには、もう少し飲ませてどうなるのか確認したい。
実際に太陽光に当たったときのように、蒸発して消滅してしまうのか確かめたい気もするが……。
エレナさんとキャロラインさんと相談した結果、これ以上やると消滅する可能性が高いので、一旦やめることにした。
そして俺の血を一滴を口に含ませることによって、『聖血鬼』になれるかなれないかが判断できるのではないかという仮説を立てた。
そこで、ここに収容してある全ての吸血鬼に対して実験することにした。
実験の結果は……
『中級吸血鬼 ヴァンパイアナイト』の三体については、皆同じ反応で、苦しみながら煙を出すという状態だった。
そして『下級吸血鬼 ヴァンパイア』については、三十五体中二十体は同様に煙を上げて苦しんだが、十五体については苦しみ方が大きくなく煙も出さなかった。
そこで、この十五体のうちの一体に、一口分の俺の血を流し込んでみることにした。
すると……苦しみはしたものの、赤黒い靄が全身から吹き出し、黒い繭となった。
そして繭がはじけるとともに『聖血鬼』に変性していた。
心の善し悪しや精神波動の高い低いなどをステータス画面で見ることはできないのでわからないが、どうも悪に染まっている程度が低い場合は、『聖血鬼』に変性できるようだ。
そして『聖血鬼』に変性し終わった後の様子を見ると、晴れやかな表情をしていて改心したかのように見える。
普通のいい人になった感じだ。
まるで……グレてチンピラとして街の迷惑者だった『舎弟ズ』が、ナビーの熱血指導によって改心して、いい奴になったのと同じような感じだ。
俺は、残りの十四体についても同様に血を飲ませて、『聖血鬼』として生まれ変わらせた。
みんな憑き物が取れたようなすっきりとした爽やかな顔をして、俺に忠誠を誓ってくれた。
新たな頼もしい仲間を、十五人も得ることができた。
彼ら十五人については、今までと同様に『アラクネロード』のケニーの諜報部隊に入ってもらおうと思う。
ケニーに預ければ安心だし。
ただ表の仕事としては、『フェアリー商会』で新たに始める『飛竜船』輸送の乗務員になってもらおうと思っている。
彼らのような特殊能力があるスタッフなら、安心して『飛竜船』を運行できるからね。
ただできれば彼らも、大森林で特訓をするとともに『ミノタウロスの小迷宮』でレベル上げをして、『聖血鬼 ホーリーヴァンパイア』から『聖血鬼 ホーリーヴァンパイアナイト』にクラスチェンジしてもらいたいと思っている。
その方が、安心だからね。
俺の血を使った変性に適応できなかった『中級吸血鬼』三体と、『下級吸血鬼』二十体については、今まで通りに『ドワーフ銀』を打ち込んで仮死状態にして、収容しておくことにした。
この結果を受けて、今度はエレナさんが言っていた南の孤島に向かうことにした。
過去に封印した吸血鬼を収容し、保護した善良な吸血鬼たちが暮らしているという孤島だ。
◇
南の海上、大型船の一室。
「本当に、この航路で合ってるのか? 島なんか見当たらないぞ!」
「合ってるはずだ。『血の博士』様からの情報だ。ヘルシング伯爵から聞き出した情報だから、間違いないだろ」
「そうか、じゃあ大丈夫だな。しかし……人格の書き換えとは恐ろしいものだなぁ……別人だからな……」
「なあに、本人は気づいてないんだ、むしろ幸せだろうぜ」
「俺たちも早く仕事を終わらせて、ヘルシング伯爵領に戻ろうぜ。船旅はどうも体に合わん」
この大型船に乗り込んでいるのは、『正義の爪痕』の『血の博士』直属の急襲部隊『ブラッドワン』のメンバーで『中級吸血鬼 ヴァンパイアナイト』の十人だった。
彼らは、ヘルシング家が代々封印してきた『ヴァンパイア』を収容している孤島を目指していた。
『血の博士』の勅命を受け、マナゾン大河から大型船で南下して海に出ていたのだ。
海に出てからは、南東に進みセイバーン公爵領の近海を通過し、目指す孤島を探していたのだ。
かなりの長い期間を船上で過ごしていた彼らには、『血の博士』が倒され『正義の爪痕』自体も壊滅的な被害を受けいることなど知る由もなかった。
彼らは、『血の博士』に命じられた封印されている『ヴァンパイア』を解放し戦力として連れ帰るという命令を遂行することしか頭になかった。
「なんだ、あれは!?」
「おお! あれは魔物だな……」
「陸地からこのぐらい離れると、さすがに巨大な海の魔物が出るようだな!」
「それじゃあ、早速、『血の博士』からのもう一つ指令を果たすとするか」
「よし、俺にまかせとけ!」
一人の構成員がそう言うと、大弓を構え、矢を放った!
矢は見事に巨大なカジキマグロの魔物に命中した。
すると、もう一人の構成員が縦笛を鳴らす。
矢を射られ怒り狂うかに見えたカジキ魔物は、おとなしくなった。
そう、彼らが使ったのは『魚使い』ジョージの血から作った『操魚の矢』と、それを射られたものを誘導できる『操魚の笛』だった。
彼らが『血の博士』から受けたもう一つの指令とは、魚系の魔物に対して『操魚の矢』を使いその実効性を検証することと、その魔物を利用し戻る途中にセイバーン公爵領を攻撃することであった。
「ふっふ……うまくいったようだ」
「そうだなぁ。この調子で魔物に出くわせば、かなり戦力にできそうだな。ハハハ」
「おお! あれじゃないか!? あの小さく見える点、あれがこの地図にある孤島なんじゃないか!」
「そうだな! そうに違いない! ハハハハハハ」
ヘルシング家が保護してきた善良な吸血鬼の住む孤島に、危機が忍び寄っていた……。
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