432.暗示が、解けて。

 翌日の午後、各市町の守護や貴族など主要なメンバーが王城の広間に集められた。

『波動鑑定』すると、やはりみんな『状態』が『暗示』になっている。


 みんな虚ろな目をしている。


 正面には、領主妹のエレナさん、領主夫人のボギーさん、『ヴァンパイアハンター』の一人で『中級吸血鬼 ヴァンパイアナイト』にされてしまったキャロラインさんが立っている。


 そして、ニアがその中央に飛んでいった。


「じゃぁやっちゃうわよ!」


 ニアがエレナさんに向かってそう言うと、エレナさんは首肯した。


「土魔法——土の癒し!」


 集まっている人たちに、次々に土魔法をかけ、『暗示』を解いていった。

 俺も密かに手伝って、後ろの方にいる人たちには、俺の方で土魔法をかけた。


「お、う、うう……なんだ……」

「んが……んん……」

「あ、あゝ……」

「「「ああ……」」」


 みんな頭を抱え、少し苦しんでいるようだ。


 だがそれもすぐに収まる。


「は、ああ……私は、なんということを……」

「ぐあ、今まで……なんと……」

「あ、エ、エレナ様!」

「エレナ様、お戻りに……」

「「「あゝ……エレナ様……」」」


 みんな正気を取り戻し、エレナさんの姿を見て、次々に感動の涙を流し跪いた。


 エレナさんは、家臣たちの信望がすごく厚いようだ。


「みんなもう大丈夫だ。私が留守の間、領内は大変なことになっていた。そなたたちにも、苦労をかけた。心より詫びる。すまなかった……」


 エレナさんが涙をにじませて、頭を下げた。


「何をおっしゃいます、エレナ様。我々の方こそ、不甲斐ない事態で誠に申し訳ありません。どうぞ厳罰に処してください!」

「そうです。合わせる顔がありません……」

「「「どうぞ、我らに厳罰を!」」」


 みんな口々に叫び、涙している。


 キャロラインさんの話では、『暗示』状態の時の記憶も、ある程度残っているということなので、今までの自分の行動がやるせないのだろう。

 『暗示』下で、指示のままに民衆を苦しめたり、領政に異議を述べたために職を解かれ、左遷された上に『暗示』で無力化された忠臣もいるようだ。

 皆、無念の思いが強いのだろう。


「そなたたちに責任は無い。すべては吸血鬼ども、そして犯罪組織『正義の爪痕』によるものだ。私はそのことに気づかず……自分の領の危機に気づくことができなかった……。だが我らの領は、取り戻した! 今まで起きていたこと、昨日起きたことを説明する。心して聞いてほしい! そしてこれから我々すべきことを言う。どうか皆の力を貸してほしい。我々は領民に償わなければならない!」


 エレナさんがそう言って、今まで起きたことを説明した。

 『正義の爪痕』に事実上領を乗っ取られていたこと、アジトがいくつも作られていたこと、キャロラインさんの父で執政官だったクルース子爵が殺されて、『上級吸血鬼 ヴァンパイアロード』である『血の博士』がなりすましていたこと、領主のバラン・ヘルシング伯爵が『血の博士』により洗脳され、人格の書き換えられた状態になっていたことなどを説明していた。

 そしてエレナさんが、妖精女神と言われているニアやその相棒の俺とともに、幽閉されていた領主夫人のボギーさんと子どもたちを救出し、『血の博士』を倒し、領内の『正義の爪痕』のアジトを壊滅したことを伝えたのだった。

 そして『血の博士』の策略で各市町に現れた『吸血蝙蝠ヴァンパイアバット』と『吸血ヴァンパイアモスキート』たちを、『妖精女神の使徒』たちが倒して守ってくれたこと、そのお陰で大きな被害もなく死者も出なかったことが報告された。


 そして、現在も正気を取り戻せていないバラン・ヘルシング伯爵に変わって、エレナさんが暫定的に指揮をとることが伝えられた。


「もう一つ皆に伝えることがある。この危機を救済するために、第一王女のクリスティア様がいらしてくれています。クリスティア様、どうぞこちらに」


 エレナさんが、奥で控えていたクリスティアさんを正面に誘導した。


 集まっていた人たちは驚きの声をあげたが、すぐに平伏した。


「私が第一王女のクリスティアです。国王陛下より、この領内で起きたことを検証する査察官を拝命いたしました。事実を検証するために、私の尋問を受けていただく場合もありますが、協力をお願いいたします。ですが、検証よりも優先すべきは領民の安寧です。過ぎたことを悔やんでも仕方ありません。皆心して領民に尽くしてください」


 凛としたクリスティアさんの声が、広間に響き渡った。


「「「はは!」」」


 皆が一斉に返事をした。


 エレナさんは昨日の時点で、ヘルシング伯爵領にも支給されている通信の魔法道具を使って、国王にことの顛末を報告していたのだ。

 そして、そのまま査察官として任命されたとのことだ。

 ヘルシング伯爵領に残り、事実調査と領民の安全確保に協力するように王命を受けたそうだ。


 クリスティアさんからは、改めて今回の『正義の爪痕』の支配からの奪還は、領の危機に舞い戻ったエレナさんとそれを助けた妖精女神のニアと相棒の俺や使徒たちの功績であると告げられた。

 これによって、集まっていた臣下たちは、大きな歓喜の声を上げた。

 先ほどまでの自責の念と神妙な空気が支配していた空間は、一気に力強く盛り上がった。


 おそらく、これから各市町に戻って事後処理と復興をする者たちに、元気を与えるためにクリスティアさんがあえて盛り上げたのだろう。

 為政者らしい演出と言えるかもしれない。


 そしてエレナさんから、改めて今後の方針が伝えられた。


 まず、各市町に戻り、領民の安全確保を改めて行い、家を失った者や貧しい者たちに食事を配ったり、怪我人や病人の治療を優先するように指示が出た。

 これに伴って、俺は『正義の爪痕』のアジトから押収した大量の食料を『波動収納』から出して、各市町で配ってもらうように手配をした。

 また回復薬の備蓄が少ないという市町には、『フェアリー薬局』の回復薬を無償で提供した。


 次に、今まで機能していなかった行政について、チェックして速やかに稼働させるようにとの指示も出た。

『血の博士』の意向で配置された不当な役人や衛兵などの罷免、罪を着せられた者の調査と釈放、不当に職を免ぜられた者の復職も速やかに行うように厳命されていた。

 ちなみに俺たちが訪れていた『サングの街』の守護には、もともとの守護だったニニク男爵が復帰するようだ。

 エレナさんに半殺しにされていたダーメン準男爵は、罷免されるとのことだ。

 まあ、罷免だけでは済まないだろうけどね……。

 爵位を取り上げられた上に、厳罰に処される気がするが……あえて聞かなかった。

 他にもダーメン準男爵のように『暗示』にかけられていたわけでもないのに、領民を食い物にしていた貴族が何人もいて、その者たちはこの場に呼ばれることもなく、事前にエレナさんにより鉄拳制裁を加えられ、牢にぶち込まれていた。

 もちろんエレナさんによる鉄拳制裁は、二度と悪いことをしようとは思えなくなるほどの鉄拳制裁だったわけだが……思い出すのはやめておこう……。

 興味本位で、ちょっと覗いたのが大間違いだった…… 思い出すと……なぜか男の大事なところが縮み上がってしまうのだ……。


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