424.魚使いの、少年。

 俺は『隠れ蓑のローブ』を装着し、姿と気配を消しながら、『スピリット・グラウンドオクトパス』のオクティを追跡した。

 オクティは、迷いなく一直線に進んでいる。

 先程いた大きな空間……おそらく監禁するための牢獄の空間だと思うが、そこから伸びる通路をまっすぐに住んでいる。

 突き当たりに、特別な小部屋があるようだ。


 というよりも……ここも牢獄のようだ。

 特別監房のようなものだろう。


 中には、椅子に拘束された一人の少年がいる。

 もしかしたら彼が、『魚使い』なのかもしれない。


 金髪の短いツンツン頭だが、顔立ちは日本人の顔立ちだ。


「やっと見つけた! ジョージ! 助けに来たぞ!」


 オクティが叫びながら駆け寄った。


 彼はぐったりしているが、オクティの声にゆっくり顔を上げた。


「オ、オクティ……ど、どうしてここに……」


 ぼそぼそと……声を絞り出すように彼は言った。


「だいぶ時間がかかったけど……お前とワレの絆は、誰にも断ち切ることができん! 魔眼の力をもってすれば、どこにいても探し出せるのよ!」


 そう言うと、オクティは黒の眼帯をめくって、左目を見せた。

 俺もチラッと覗いたが……普通の可愛いいつぶらな瞳だけど……まぁそこはスルーしてあげよう。


「そ、そうか……オクティ、ありがとう!」


「待ってて、今開けるから!」


 オクティがそう言って、扉に触れようとすると……


「ダメだ! 触ったらダメだ!」


 絞り出すようにしか声が出せなかった少年が、声をかすれさせながら叫んだ!


 檻の扉に触る直前で、オクティの手が止まった。


「ど、どうして?」


 驚いたオクティは、呟くように質問した。


「この扉には、雷魔法のようなものがかかっていて、触ったものは感電死してしまうんだ!」


 再び彼は、苦しそうに声を絞り出すように言った。


「え……そんな……」


 オクティは、歯がゆそうに立ち尽くしている。


 どうやら、前に『蛇使い』の少女ギュリちゃんが囚われていたのと同じような装置らしい。


 ということは……逆に言えば、装置を破壊してしまえばいいということだろう。


 俺は、少し離れた位置に戻って『隠れ蓑ローブ』の機能をオフにした。


 そして、ゆっくりと近づいていった。


「大丈夫、俺がなんとかするから!」


 俺が声をかけると、オクティは驚きながら振り返った。


「お前……なぜ? ……ワレの後をつけたのか?」


 オクティがタコホッペを膨らませている。

 少し可愛い。


「ごめん。少し気になったから、ついて来たんだけど……。まぁ俺に任せて!」


 俺はそう言ってなだめながら、装置の制御盤を探した。

 よく見ると、制御盤自体も檻の中に入っているようだ。

 外側からも、遠隔操作できる仕組みになっているらしい。


 俺は『波動収納』から野球ボールくらいの石を取り出して、檻の隙間からスナップスローで制御に投げつけた。


 ————バゴンッ

 ——ビリ、バリバリバリッ


 制御盤は破壊され、ショートしたような感じの音を立てた。

 これで多分、電流は流れていないだろう。


 俺は檻のドアに近づいて、錠前を引きちぎった。


 ドアに触れたが、何ともないので確実に安全になったようだ。


 そして中に入って、拘束されている少年の拘束を解いた。

 よく見ると『隷属の首輪』がはめられていたので、それも外してあげた。


 緊急事態であるため、彼には申し訳ないが『波動鑑定』させてもらった。


 名前はジョージ、人族の十五歳だが、彼は予想通り『魚使い』という『使い人』スキルを持っている。

 やはりオクティの主人は彼のようだ。


 そして、もっと驚くことに『称号』には、『後天的覚醒転生者』とある。

 なんと彼は『転生者』のようだ。

 俺と同じように異世界にいたのだろう。

 地球というか日本から来たのだろうか……。

 もっとも俺は『転移者』だが、彼は『転生者』だから一度死んで、この世界に生まれ変わってきたということだろうが……。


 『魚使い』スキルを持つ彼を、『正義の爪痕』は厳重に監禁していたようだ。

『蛇使い』の少女ギュリちゃんのように、厳重な檻と『隷属の首輪』によってスキルを封じていたのだろう。


「ジョージ、愛してるわ! やっと見つけた! あゝジョージ!」


 そう言いながら、オクティは八本の足でジョージ君に絡みつき、熱烈なキスをタコチューの口でしている……。

 ジョージ君は、されるがままだ……。


 さっき『波動鑑定』した時はよく見なかったが、オクティは女性というか……メスのようだ。


「あ、ありがとう……。た、助かったよ……。も、もう……大丈夫だから……」


 まるで酒癖の悪いキス魔の女上司にロックオンされた若手社員のように、ジョージ君は固まりながら暗にやめてほしいと言っているが、まるで通じていないようだ……。

 タコチューキスの連続攻撃で、顔中べとべとになっている。


 ジョージ君も涙を流しているが……嬉しさだけでなく……ちょっと違う意味も入っているかもしれない……。


 タコチューキスが一段落して、ジョージ君が改めて俺の方に顔を向けた。


「あの……助けていただき、ありがとうございます。あなたは……?」


「俺はグリムです。この『正義の爪痕』のアジトを潰しに来たんだ。君はここで何をされていたんだい?」


「あ、申し遅れました、私はジョージです。私はここで血を採られていました。体を切り刻まれて、血を採られ、薬で無理矢理回復されられてということの繰り返しでした。もう諦めかけていました……」


 俺の挨拶に慌てて名乗った彼は、表情を強張らせて何をされていたのか話してくれた。


 血をとられていたのか……


 『正義の爪痕』は、『蛇使い』のギュリちゃんの血で『操蛇の矢』を作って、蛇系の魔物を操作しようとしていた。

 実際は操作とまではいかず、誘導程度だったが。

 同じように『魚使い』の血を採っていたということは、魚系の魔物を操ろうとしていたということなのだろうか……。


 だが、今まで表立って魚系の魔物が襲って来たことは無い。

 まだ開発段階で、できていないということなのだろうか……。


 もしくは、魚系の魔物は水中がメインだから、あまり使い道がなかったということなのかもしれない。

 なにか……釈然としないものがあるが……。


 俺はジョージ君とオクティに、『身体力回復薬』と『気力回復薬』を渡して飲ませた。

 また、食べ物として魔力回復効果のある『マナップル』、身体力回復効果がある『マナウンシュウ』、気力回復効果がある『スピピーチ』、スタミナ回復効果のある『マナバナナ』を渡して食べさせた。


 そして少しだけ、経緯を尋ねた。


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