394.領主の、一族として。

 「お気づきでしたか……。グリム=シンオベロン騎士爵、そして妖精女神ニア様」


 ヘルシング伯爵の妹であり、『ヴァンパイアハンター』でもあるエレナ=ヘルシング嬢は、ゆっくりと俺たちに近づいてきた。

 俺を品定めするかのように見つめた後、ニアの前で跪いた。


「別にそんなにかしこまらなくていいわよ。普通にして。みんなもそうよ」


 ニアはエレナさんにそう言うと、周りの人たちにも視線を向け、かしこまらなくていいと伝えた。


「エレナ様はどうして、我々の名前をご存知なのですか?」


 少し気になったので尋ねた。

 この場では、俺が騎士爵であるということは、明確には出ていなかったと思うのだが……。

 まぁ『鑑定』スキルを使われたとしたら、偽装ステータスには『騎士爵』と入れているからわかると思うけどね。


「ここに戻る途中、セイバーン公爵領を通ってきました。偶然にも敬愛するユーフェミア様とお会いし、『正義の爪痕』のことも聞きました。あなたがこのヘルシング伯爵領にいる目的も、お伺いしています。そして、噂に聞く我が領の評判を信じることができず、自分の目で確かめるために来たのです。ただ残念ながら、噂は本当だったようです」


「そうだったんですか……ユーフェミア様と……。改めましてグリム=シンオベロンです。よろしくお願いします」


「こちらこそ改めまして、エレナ=ヘルシングです。領主バラン=ヘルシングの妹で、『ヴァンパイアハンター』をしています。この領の評判を聞いて戻ってきました。まさかこれほど酷いことになっているとは、思いませんでした。皆さんには、お詫びのしようもございません。先程からの話を聞かせていただきました。今までにどれだけの悔しさや苦しみを味わったかと思うと、領主の一族としてお詫びのしようもありません」


 エレナさんは、スカイさんたちに深々と頭を下げた。


 さっきは、ただの暴力的な女性かと思ったが、さすが領主の家の令嬢だけあって、わきまえるところはしっかりわきまえているようだ。

 そして頭を下げることができる懐の深さもあるようだ。


 みんなは上級貴族というか領主の妹であるエレナさんに謝罪されて、逆に戸惑っている感じだ。

 固まってしまって、なんの言葉も出てこない。


「すぐに兄のもとに向かい、この状況を問いただします。皆さんは、グリムさんやニア様がおっしゃった通り、これ以上危険なことはなさらないでください。私が責任を持って、この状況を変えます!」


 エレナさんは、涙ぐみながら……そして力強く語った。


「エレナ様、ありがとうございます。私は……代々ヘルシング家の従者として使えているサルバ準男爵家の血縁にあたるものです。父方の祖父が先々代のサルバ準男爵の弟に当たります。お手伝いできることがあれば、なんでもします。どうぞ使ってください」


 スカイさんがベッドから出て、エレナさんの前に跪いた。


「スカイさん、ありがとうございます。やはりあなたには、そういう血が流れているんですね。こんな状況の中で、自分の命の危険をかえりみず義賊をやるなんて、できることではありません。あなたの勇敢さに、賞賛を送ります。では、あなたにお願いします。グリムさんがおっしゃっていたように、この街の弱者、子供たちを守る活動してください。そして悪さを働く者があれば、倒す権利を与えます。これを受け取って下さい」


 エレナさんはそう言うと、空間から短剣と焦げ茶色の革のローブを取り出した。

  おそらく『アイテムボックス』スキルを持っているのだろう。

 短剣とローブには、蝙蝠の形をした模様の上に、剣がバツ印を作るようにクロスしている紋章がついている。

 どうも『ヴァンパイアハンター』の紋章のようだ。


「これは、『ヴァンパイアハンター』の従者に渡す装備です。この紋章は『ヴァンパイアハンター』を示す紋章です。悪を切り捨てることを許された紋章です。あなたにこれを託します。でも無茶はしないでください。本当にやむを得ないときだけ使ってください。衛兵や守護に咎められることはありません」


 エレナさんが短剣とローブを差し出すと、スカイさんは緊張気味に受け取った。


「ありがたく頂戴いたします」


「それから、この装備を渡したからといって、私の従者になったわけではありません。あなたは自由に生きて構いません。今は従者もとっていませんし」


「はい。わかりました。仰せのままに」


「状況が分かりましたので、私はすぐに戻って守護と衛兵たちを矯正してきます」


 エレナさんの瞳に、再び怒りの火が灯っている。


 矯正って言ってるけど……絶対ボコボコにするだけだよね……?


「あの……エレナ様、僭越ですが……できれば無実の罪で捕まっている衛兵長や衛兵、文官たちをお救いただけないでしょうか。この街の中の農園で、強制労働をさせられています。皆奴隷契約で奴隷にされてしまいましたので、反抗することができないのです。根源は守護です。奴の奴隷になっています」


 ジェマさんが、跪きながらお願いした。


「なるほど……。わかりました。すぐに無実の者を解放させましょう。そして衛兵たちには、復帰してもらいます。スカイさん、あなたも衛兵隊に復帰しますか?」


 エレナさんが、大きく頷きながらそう言った。

 あの守護……完全に死んだな……これからボコボコになるのは間違いないようだ……まぁ自業自得だね。


「いえ、私は今のまま……影からこの街を守りたいと思います」


 スカイさんは、迷いなくすぐに答えた。


「ちょっとエレナちゃん、もう一つ見て行った方がいいものがあるわ。この子たちを見て! この子の腕は衛兵長に、無実の罪を着せられ斬り落とされた。この子の足は、守護に斬り落とされたそうよ」


 ニアはそう言って、男の子たちの方に視線を送った。

 ああ……やっぱり……ニアさんも相当怒っているようだ。

 こりゃあ守護と衛兵長……完全に死んだなぁ……。


「本当ですか!? ゆ、許せない……万死に値します!」


 エレナさんが男の子たちを見て、衝撃を受けている。


「本当です。私が助けなければ、この子たちはもっと切り刻まれ、殺されていたでしょう」


 スカイさんが怒りを押し殺しながらそう言った。


「わかりました。その者たちの処分は私がいたします」


 エレナさんの瞳に宿った怒りの火は、炎になっていた。


「この子たちは霊果で十分に体力も回復したと思うから、今から手と足を再生するわよ!」


 ニアはそう宣言し、男の子たちにも優しく説明をしだした。


 男の子たちは、涙を流しながら喜んでいる。


「ニア様、そんなことができるのですか?」


 スカイさんが、呆然としながらニアに尋ねた。


「もちろんよ! なんてったって私は、妖精女神、そして癒しの女神とも言われているのよ。まぁ豊穣の女神とも言われているけどね。とにかくすごいんだから、任せといて!」


 ニアは親指を立てながら、超ドヤ顔をした。

 俺的には残念感満載なのだが……やはり他の皆さんは、神様を見るような眼差しを向けている……。


「じゃあいくわよ! 癒しのキス」


 ニアは、男の子たちにソフトなキスをした。


 すると……男の子たちの体が薄いピンク色の……光の眉のようなものに包まれた。


 そして半透明の光の繭の中で、男の子たちがさらにうっすら光っている。

 失われている手や足の部分が、さらに強く光り出した。

 そして、瞬く間に骨や筋肉体の組織が出来上がっていく……

 何度見てもビックリ映像であり……グロテスク映像だ。


 男の子たちは、少し苦しそうにしている。


 再生が終わると、薄いピンク色の光の繭が消えた。


 やはり体に相当な負担がかかったようで、男の子たちは前に治療した兵士たちと同じように、完全に気を失ってしまっている。


「ニア様、ありがとうございます!」

「「「ありがとうございます!」」」


 デイジーちゃんを始めとした子供たちが、泣きながらニアにお礼を言っている。


「ニア様、本当にありがとうございます……」


 スカイさんも、涙で言葉が続かないようだ。

 チーム義賊のみんなも、奇跡を目の当たりにして涙を流している。

 特にイカ焼き屋台のおじさんマックさんは、号泣している。


「ニア様、本当に子供たちを救っていただき、ありがとうございます、このご恩に報いるためにも、この領にはびこる悪は、私が叩き潰して参ります。領都に向かう際には、ご一緒いたしましょう。私がご案内いたします」


 エレナさんが決意に満ちた表情で、申し出てくれた。


「そうね。そうしましょう」


「ではニア様、グリムさん、購入されたという屋敷の場所を後ほど守護の屋敷までお知らせ下さい。私の方から、ご連絡させていただきます」


 エレナさんはそう言うと、颯爽と去ってしまった。



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