387.ヘルシング伯爵領の、特産品。
俺たちは、『サングの街』の屋台をゆっくり見て回ることにした。
『家馬車』の御者台から降りると、馬車の中からリリイとチャッピーが降りてきた。
他の人型でないメンバーは、可哀想だが『家馬車』で留守番なのだ。
あまり目立ちたくないからね。
そういう理由なので、前回と同様にニアさんも留守番なのだ。
かなりのプンスカモードだったが、いっぱい買い込んでくるからと言ってなだめた。
と思っていたのだが……あれ…… 五歳くらいの幼女が二人『家馬車』から降りてきた……
どういうこと……?
「あるじ、リンも行きたい! この姿なら大丈夫!」
「オイラもこれならいけるぜ! 任せとけ!」
なんと……『エンペラースライム』リンと『ミミックデラックス』のシチミだった!
リンは『種族固有スキル』の『変態』を使い、人間の女の子になったようだ。
なんとなく……リリイに似てる感じだが……。
リンに訊くとリリイをモデルに、もっとちっちゃな女の子にしたらしい。
リリイが五歳くらいに戻った感じで、髪の色が薄緑になっている。
リリイは八歳で金髪だが、リリイの波動情報をもとに変更を加えたようだ。
そのまま成りきるだけじゃなく、変更まで加えられるのか……この能力凄すぎる!
シチミは、チャッピーを五歳くらいにした感じの猫耳の女の子になっている。
チャッピーは、明るい茶髪だが、シチミは黒に近い濃い茶髪だ。
シチミはみんなの共通認識として、男の子ポジションなんだけど……
まぁ前に本人も言っていたけど、性別は無いからこれもありなんだけどね。
シチミも『種族固有スキル』の『マルチ擬態』を使って、人間に擬態したのだろう。
シチミも特定の人間に擬態するだけでなく、情報を多少変更してオリジナルのキャラクターになれるようだ。
リンとシチミ……この二人凄すぎるんですけど……。
リンはリリイの妹設定、シチミはチャッピーの妹設定のようだ……。
これにリリイとチャッピーは大喜びのようだ。
二人は本当の妹のように抱きしめて、頭をなでなでしている。
手をつないで歩くようだ。
前に『大精霊ノーム』のノンちゃんに、お姉ちゃんと呼ばれて超嬉しそうにしていたし、妹的な存在が嬉しいようだ。
見た目は、本当に姉妹に見える感じで……いいね!
俺たちは『サングの街』の西門前広場で、屋台を物色することにした。
港とは反対の西門前のエリアは、下町っぽいエリアになっていて、あまり裕福ではない人たちが住んでいるようだ。
屋台で、早速『魚卵の塩漬け』を見つけた。
これは……見た目はまるで数の子だ。
一切れ百ゴルで売っている。
めっちゃ安い!
百ゴルは、元の世界の百円と同じくらいだからね。
屋台の主人に話を聞くと、この魚卵をかじりながらエールを飲むのが最高なのだそうだ。
そういうこともあってか、セット販売のような感じで、その隣の屋台はエールの屋台だった。
俺は『魚卵の塩漬け』を十切れ購入した。
一切れずつ葉っぱに包んで渡してくれるようだ。
十切れだと持てないので、葉っぱで作った籠に入れてくれた。
一つ齧ってみる。
おお……この食感……やはり俺の大好きな数の子だ!
ちょっと塩味が強いが、酒の肴としては最高だろう。
リリイたちにも食べさせてあげたが、塩気は気にならないようだ。
美味しいと言っていた。
屋台の主人になんという魚の卵なのか尋ねると、マナゾン大河で獲れる『川ニシン』の卵らしい。
まさしく数の子じゃないか!
川魚としてニシンがいるのか……。
まさに異世界補正……なんでもありだな……。
でもそのおかげで、数の子が食べられる……異世界万歳!!
なんとなく思ったが……この世界は淡水魚と海水魚の区別があまりないのかもしれない……。
「兄ちゃん、塩漬け食ってるなら、エール飲まなきゃ! どうだい一杯?」
隣の屋台のおじさんが、エールを勧めてきた。
もちろん、飲むつもりに決まっている!
「『レッドエール』っていうのはある?」
「もちろんだよ! 兄ちゃん、旅の人だろう。ここに来たらやっぱり『レッドエール』さ! 一杯三百ゴルだよ」
「じゃ、一杯」
俺はそう言って、銅貨を三枚渡した。
ビールジョッキくらいの大きさのきのコップに、エールが三分の二ぐらい注がれ、トマト果汁が足された。
この器は、エールカップといわれるエール専用のコップのようだ。
この場で飲んで、器を返していかなければいけないらしい。
持ち帰る場合は、器代で二百ゴル払わないといけないようだ。
一口飲んでみる……うん、美味い。
まさにビアカクテルだ!
これ冷えてたら最高だな……
俺は、人目につかないように『波動収納』から小さな氷を取り出して、カップに入れた。
ニアから『レッドエール』の話を聞いたときに、絶対冷やして飲みたいと思っていたので、事前に魔法の巻物で氷を作って『波動収納』にしまっておいたのだ。
カップに再び口をつけると、俺は思わず一気に飲み干してしまった!
うまーい!
氷で冷やすとその分薄まるわけだが、それでも冷たいほうが美味しい!
これはいける!
屋台のおじさんにもう一杯勧められ、思わずおかわりをしてしまった。
リリイたちには、トマトジュースをあげてみた。
独特のドロっとした感じが微妙だったようだが、美味しいとは言っていた。
でも多分……本当は、あまり美味しいとは思っていない感じだった。
人型になっているリンとシチミも同じように食べたり飲んだりしているが、二人は特に味のこだわりはないようだ。
ただ俺が作った料理とかは、元気が出るといって喜んで食べてくれるんだけどね。
「あの……いろんな種類のトマトがあるって聞いたんけど、どこに行けば買えるんだろう?」
俺は『レッドエール』を飲みながら、屋台のおじさんに尋ねてみた。
「トマトはまだだよ。昼近くにならないと来ないさぁ。朝採って運んでくるからな」
おじさんが笑顔で答えてくれた。
やっぱそうなのか……前回訪れてサッと見たときにはなかったが、時間帯がずれていたらしい。
おお……なんかいい匂いがする……
これは……え……醤油の焦げた匂いじゃないのか……?
ということは……醤油があるのか!?
俺は取り付かれたように、その匂いのする方に向かっていった。
右手にリリイ、左手にチャッピー、二人と手を繋ぎ速足になってしまった。
リリイはリンと、チャッピーはシチミと手をつないでいる。
そして……すぐにその匂いの元にたどり着いた。
なんとそれは……『イカ焼き』だった!
しかもこの香ばしい匂いは、間違いなく醤油だ!
「この『イカ焼き』は、なにをつけて焼いてるんですか?」
俺は思わず屋台のおじさんに話しかけた。
「おお、兄ちゃん、旅の人だろう? 『イカ焼き』なんて食べるのか? 変わってるな。自慢じゃないが、この辺じゃ貧乏人しか買わないんだよ。食えば美味いのになぁ。この姿がダメらしいぜ。でも俺は、この美味さを多くの人にわかってほしいんだ! 兄ちゃんも、ぜひ食べてくんな!」
おじさんはそう言って、一本差し出した。
俺はもちろん最初から買うつもりだった。
そりゃもう、買う気満々さ!
「ありがとう。いくらだい?」
「一串五十ゴルだよ」
やす! ……安すぎでしょ!?
三十センチ以上のサイズで、足までついてるのに……。
見た目で人気がないのかもしれないな……。
「このタレは、なんていうの?」
「おお、タレかい? この地方の名物で『
『
魚を塩漬けにして発酵させて、そのエキスを濾したもので、元の世界の東南アジアなんか使われていた調味料だ。
『
俺は、タレを少し味見させてもらった。
かなり味が濃く、しょっぱかったが、醤油で間違いないようだ。
水で二倍くらいに希釈したら、ちょうどいいかもしれない。
俺も醤油を作りたいと思っていたが、醤油麹をどう手に入れていいかわからず、進めていなかったのだ。
「この調味料は、どこに行けば買えるかな?」
「中央通りの食品を売ってる商会に行けば買えるよ」
「ありがとう。イカ焼きを、それぞれ十本ずつちょうだい」
俺がそう言うと、屋台のおじさんは、焦ってイカを焼き出した。
とりあえず焼き上がってる串をもらって、リリイたちと一緒に食べた。
おお! これだ! まさに醤油の味!
これはうまい!
この醤油味……食べたかったんだよね。
異世界初の醤油味、あざーす!
「これはおいしいのだ! 幸せの匂いがするのだ!」
「チャッピーこれ大好きなの! 何本でもいけるなの〜」
「あるじ、おいしい気がする!」
「オイラだって、味はわかるぜ。任しとけ!」
リリイ、チャッピー、リン、シチミが、満足の感想を漏らした。
特にチャッピーは、気に入ったようだ。
いやー、醤油が見つかって本当によかった。
本当に欲しくてたまらなかった調味料なのだ。
できれば醤油麹を手に入れて、自分で納得のいく味の醤油を作りたい。
もっと繊細で、美味しい醤油が作りたいのだ。
『ナンプラー』もいろんな料理に使えるし、本当によかった。
あとで中央通りにある商会に寄って、大量購入しよう!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます