372.突然の、おはよう。

 朝食を食べながらの打ち合わせと楽しい談笑も一段落して、そろそろ切り上げようかと思っていたその時————


「おはようなのです! 遅くなって、ごめんなのです! 母さんをまくのが大変……いや、なんでもないのです! とにかく、いろいろ大変だったのです!」


 突然、『ドワーフ』の天才少女ミネちゃんが現れた!

 しかも……ごく普通な感じで……。


 え……なぜこのタイミングで……今転移してきちゃダメでしょう……。


「ミネちゃん、おはようなのだ」

「おはようなの〜、待ってたなの〜」


 リリイとチャッピーが普通のことのように挨拶をした……。

 もしや……この子たち知ってたね……。


「リリイ、チャッピー、ミネちゃん来るの知ってたの?」


 俺は二人に、少し問い詰めるような感じで訊いた。


「そ、そうなのだ……。稽古してたとき……連絡があったのだ。言うの忘れちゃったのだ……」

「魔法通信あったの忘れちゃったなの〜。お話ししなくて……ごめんなさいなの〜」


 二人は引きつりつつも、説明してくれた。

 そして無理矢理笑顔を作って、舌を出した。


 忘れてたんかい!

 そして、テヘペロって……。

 テヘペロって……誰が教えたのよ?

 おそらく……これも『ライジングカープ』のキンちゃんの『固有スキル』の『ランダムチャンネル』による情報だな……。

 でも鯉には舌がないのに、どうやって教えたのよ……?

 キンちゃん恐ろし過ぎる! ……いやこれは……ニアも一枚噛んでるな……。

 現にニヤニヤしてるし。

 まったく……純真な幼女をあざとく染めるのは、本当にやめてほしい。


 まぁそれはともかく……この場をなんとかしないと……

 リリイとチャッピーとニア以外は、突然現れた少女に驚いているからね。

 中庭の端で警護をしていたピグシード軍守備隊の副隊長で近衛兵のマチルダさんが、慌てて近寄ってきた。

 殺気はないので、一応の安全確認にきたのだろう。

 俺は、手を挙げて大丈夫という合図を送り下がってもらった。


「この子は、私の知り合いの妖精族『ドワーフ』の一族のミネちゃんよ。友達なの。みんなよろしくね」


 おお、さすがニア!

 ニアがすぐにミネちゃんのところに飛んで行き、みんなに紹介してくれた。


「『ドワーフ』のミネなのです。よろしくお願いしますなのです」


 ミネちゃんも元気に挨拶をした。


 まったく物怖じしてない……。


 まぁ相手が王族や上級貴族ということも知らないだろうし、知ってても妖精族にあまり関係ないみたいだからね。


「あら! かわいいお客様。ニア様やグリムさんから話に出ていた協力していただいてる妖精族というのは、『ドワーフ』族だったのですか?」


 アンナ辺境伯がミネちゃんに微笑んだ後に、ニアに視線を送った。


「もちろん『ドワーフ』たちもそうだし、他の妖精族もいろいろと協力してくれているのよ。私こう見えても結構顔広いし……」


 ニアがドヤ顔でそう答えた。

 まぁ完全に口からでまかせだけどね……。

 もっとも、『アメイジングシルキー』のサーヤと『ドライアド』のフラニーも妖精族だから、まんざら間違いではないが……。


「い、今のは……転移してきたのですよね。どうやって……」


 ゲンバイン公爵家長女で王立研究所の上級研究員のドロシーちゃんが、椅子から立ち上がり、興味深そうにミネちゃんに近づいた。


「この『転移の羅針盤 百式 お友達カスタム』を使ったのです!」


 ミネちゃんはそう言って、ドロシーちゃんに腕時計型の魔法道具を見せてあげた。


「わー……すごい! ……これは『ドワーフ』の皆様方でお作りになられたのですか?」


 ドロシーちゃんの目が、キラキラ星になっている……。


「私が作ったのです! 『お友達カスタム』は、お友達といつでもお話しできるのです! そしてお友達のところに、すぐに遊びに行けるのです!」


 ミネちゃんはそう言って、男前な感じでニコッと笑った。


「す、すごい……凄すぎます! あなた様がお作りになったんですね!」


 やばい……ドロシーちゃんが凄まじいハイテンションだ。


「そうよ。このミネちゃんはね、ものづくりが得意な『ドワーフ』の中でも、天才少女といわれているの! 人族の天才少女といわれているドロシーちゃんとも気が合うんじゃないかしら」


「え……ド、ドワーフの天才少女……。ミネ様、ぜひ弟子にしてください!」


 ドロシーちゃんの目が……崇拝の目に変わってしまっている。


「いやなのです!」


 ミネちゃんが瞬殺で、めちゃめちゃ明るく断った。


 恐る恐るドロシーちゃんの方を見ると……


 顔に斜線が入ったような状態になり、完璧に固まっている。


「お友達になりたいのです! 先生にはなりたくないのです! 友達がいいのです!」


 ミネちゃんはそう言いながら、固まっているドロシーちゃんに抱きついた。


 ドロシーちゃんは、斜線が入った顔から一気にピンク色に、そして真っ赤になり……


「うう、うわああああ、わああーーーー」


 泣き出してしまった……。


「あれれ……ご、ごめんなさい…なのです……」


 ドロシーちゃんが泣いたことにびっくりして、ミネちゃんが動揺している。


「ぢ、ぢがうのです……わだ、わだじは、うで、うでじいのです。友達になってぐださい。お願いじまず……」


 ドロシーちゃんは、泣きながら必死で説明した。

 そして今度はドロシーちゃんが、ミネちゃんを抱きしめ返した。


「ミネちゃん、ドロシーちゃんはね、友達になってって言われたのが嬉しくて泣いているだけよ」


 ニアが優しく言うと、ミネちゃんは安心したのか、ドロシーちゃんを抱きしめ返していた。


「よかったのだ! みんな友達なのだ!」

「チャッピーも嬉しいなの〜」


 リリイとチャッピーがそう言って二人に抱きついた。


 そして同じく友達のソフィアちゃんとタリアちゃんを紹介していた。


 そして他のみんなも、それぞれ自己紹介をした。



 朝食会のお開きはもう少し後にして、みんなでお茶をすることにした。


 そしてミネちゃんは、一人でさっきまで俺たちが食べていた朝食と同じものを爆食いしている。


 ミネちゃんが朝食に興味を示していたので、アンナ辺境伯の計らいで同じものを出してもらったのだ。


 すごく美味しそうに食べている。


「ミネちゃん、おいしい? 朝ごはん食べてこなかったの?」


 俺が声をかけると……


「ご飯は食べてきたのです! けどこのくらいへっちゃらなのです! 美味しいものは、いくらでも食べれるのです! ここのご飯は、めちゃめちゃ美味しいのです!『卵焼き』最高なのです!」


 ミネちゃんはそう言って、爆食いを続けた。

 おかわりして……『卵焼き』三個目なんですけど……。


 ちなみに今日の朝食メニューは、『やわらかパン』『卵焼き』『ソーセージ焼き』『葉物野菜のサラダマヨネーズ添え』『トマトの砂糖漬け』という感じだ。

 普段のピグシード家の朝食は、一般庶民とそれほど変わらない質素な感じなのだ。

 『やわらかパン』と『ソーセージ』は、『フェアリー商会』から仕入れてくれているようだ。

 『卵焼き』と『マヨネーズ』の作り方は、レシピを渡してある。

 葉物野菜やトマトは、領城の中に菜園を作って栽培しているもののようだ。

 前に俺が苗と種をあげたものだが、もう収穫できるようになったらしい。

 もっとも、領城で働いている人たちの分を賄うことはできないので、辺境伯たちの食事にだけ使っているようだ。

 それ以外は、ピグシード家直営荘園で採れるものを使ったり、『フェアリー商会』から仕入れてくれているらしい。


 定期便で、毎日配達しているようだ。

 大口の取引先として、とてもありがたい。

 そんなこともあり、アンナ辺境伯から依頼された領城内への屋台の出店もすぐに完了させた。

 領城で働いている人たちたっての希望だったようだ。

 一番は、ドロシーちゃんの毎日かき氷を食べたいという熱烈なおねだりによるものだったようだが……。


 領城の正門を出たすぐ前の広場には、従来から屋台が出店されていた。

『フェアリー商会』以外の屋台も数多く出ているし、そこに買いに行けばいいので、俺としては領城の中に出店するつもりはなかったのだ。

 ただ、もし採算が取れなければ最低限の営業補償をするとまでアンナ辺境伯に言われたので、出店することにしたのだ。

 さすがに無碍に断ることはできなかったのだ。

 領城も広いので、正門前の広場に買いに行くといっても、結構時間がかかるからね。

 すぐ近くにあったほうが気軽に買えるしね。

 ちょっとしたコンビニ感覚かもしれない。


 ちなみにサーヤの話では、領城内に屋台を出しても、領城の正門前広場の屋台の売り上げは減っていないそうだ。

『フェアリー商会』以外の屋台の売り上げも、人の入りから判断して減っていないのではないかとのことだ。


 そう考えると、比較的近い場所にあるとはいえ、今までもそれほど買いに行っていたわけではないのかもしれない。

 さっと買いに行ける距離ではないからね……。


 ちなみに領城に住み込んでいる使用人や近衛兵には、当然のことながら三食支給されているようだ。

 住み込みでない通勤している文官たちには、領城の大食堂で昼食は支給されるらしい。

 それゆえに昼は調理人たちは、大忙しでかなり大変なようだ。

 他に食べに出かけるのは大変なので、以前からそうなっていたようだ。


 屋台の商品は、小腹が空いたときのおやつがわりに買ってくれる人が多いそうだ。

 また朝食がわりに買ってくれる人や、夕食として買って帰る人も多いようだ。

 もっとも、帰る方向が正門方向の人は、正門前の広場の屋台で買うようだが。


 領城で働いてる人たちは、それほど多いとは思えないが、やってみると意外と採算が成り立ったようだ。

 赤字を覚悟していたが、何とかなってしまったらしい……。


 もしかしたら……ドロシーちゃんみたいなハードユーザーが結構いるのかもしれない。

 ドロシーちゃんは、『かき氷』が大のお気に入りで、毎日四種類の味全てを食べているらしい。


 味のバリエーションを増やしたいところだが……ドロシーちゃんのお腹が心配で……ちょっと躊躇しちゃう感じだ……。

 


 

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