262.ウインクの、リアル体験。

 審問官のクリスティアさんからの報告が終わり、今度はアンナ辺境伯から話があった。


 先日のアンデッドの襲撃を退けたことと、今回の『正義の爪痕』の幹部を討伐したことの褒賞として、陞爵したいという話だった。つまり爵位を上げたいということのようだ。

 今回の功績を考えれば、準男爵を飛び越して男爵にすることも可能であり、一代限りの名誉爵位でなく永代爵位にもできるとのことだ。

 最終的には国王の承認が必要ではあるが、下級貴族の爵位は事実上領主の判断で授爵したり、陞爵したりできると前にも言っていた。


 ありがたい話ではあるのだが……

 元々貴族の面倒事をできるだけ避けるために、最下級の名誉爵位にしてもらったので、爵位を上げられたら意味がなくなるのだ……。


 ということで、丁重にお断りをした。


 アンナ辺境伯もダメ元で言ったようで、あっさり了承してくれた。

 まぁ最初の時のやり取りの当事者の一人でもあるんだから、当然だよね。


 ただ、なにもしないというわけにはいかないので、勲章を授けたいと言われた。

『ピグシード辺境伯領金剛勲章』という最上級の勲章とのことだ。


 勲章は貰っても、義務もなにもないということだったので、アンナ辺境伯の顔を立てて了承した。


  八十二人の構成員を捕縛した報奨金も出すと言われたのだが、数が多いし凄い金額になりそうなので、必要ないとお断りした。


 戦利品として貴重な魔法道具などを全て貰うことができたし、それで十分だと思っているのだ。

 まともに計算したら相当な額になるはずなので、いくら蓄えがあるといっても財政を圧迫するんじゃないかと心配になったのだ。

 今後全ての市町を復興させるには、お金も時間も相当かかるはずだからね。


「それではこうしたらいかがですか。おそらく『道具の博士』の助手をしていた者の高度な知識を引き出すために、王立研究所で長期の尋問をしたいはずです。犯罪奴隷とした上で、王立研究所で対抗手段などの研究をさせる可能性もあります。そう考えると、いずれ国から今回の捕縛者を差し出すように命が下る可能性が高いと思われます。それならば今回の捕縛者全員を始めから国に提供して、その分、国から報奨金を出させましょう。幹部である『道具の博士』の討伐、貴重な上級構成員の確保、相当数の下級構成員の確保、アジトの壊滅、証拠物件や有力資料の数々、これらの報酬金を国から出してもらいましょう。いかがですかアンナ様?」


 第一王女で審問官のクリスティアさんが、アンナ辺境伯に提案した。


「そうですわね。王国に差し出すように、命が下ると思ってはおりました。その考えがよろしいですわね。お口添えいただけますか?」


 アンナ辺境伯も予想していたようで、クリスティアさんの提案に同意した。


「もちろんです。この報告をすれば、グリムさんの陞爵も検討される可能性があります。グリムさんは陞爵されたくないようですから、陞爵以外の褒美を希望していると口添えしておきます。爵位が上がるのを求めていないことを理解してもらえるとは思っておりませんけど……。そんなことを考える貴族はいませんから……。まぁ元々商人なので、金銭的な褒美の方がよいと伝えておきます。お任せ下さい。グリムさんは私が守ります!」


 クリスティアさんがそう言って、なぜか俺にウインクをした。


 リアルウインクだ……

 実際にウィンクをされることなんてないから……ちょっと固まってしまった……。


 まぁクリスティアさんの話がまとまってくれれば、ピグシード辺境伯領の負担も少なくなるし、俺の爵位が上がることも防いでくれそうだし、それでいいだろう。



 次にセイバーン公爵家三女で、『ナンネの街』の代官に就任したミリアさんから話があった。


「私は明日、『ナンネの街』に向かうつもりでいます。グリムさんはどうなさいますか?」


「はい。私も行こうと思っておりました。少しだけ所用を済ませてから参ります。先にお立ちください。私も二、三日のうちには出発しようと考えています」


「わかりました。では先に立つことにいたします。早く来てくださいね。お待ちしておりますから……」


 ミリアさんはそう言うと、なぜか俺にウインクした。


 え……またもやウインク……。


 さっきのクリスティアさんの真似だろうか……

 それとも流行っているのか……ウインク!?



「グリムさん、領都でもまだ相談したいことが沢山あるんです。もちろん定期的に戻って来てくださいますわよね?」


 セイバーン公爵家次女で執政官のユリアさんが、突然そう言いながら俺を見つめている。

 なぜか目がウルウルしているような気がするが……


「そうですね。飛竜を使って時々戻って来るようにします。大体のことはマキバンさんたち『復興特命チーム』の皆さんで大丈夫だとは思いますが……」


 俺がそう答えるとユリアさんは、少し安堵したような表情を浮かべたが、すぐに寂しげな表情にもなった。


「お姉さま、そうそう戻れませんわ。『ナンネの街』を早く復興させなければなりませんもの! やっと私のターンなんですから……グリムさんは、いただきますわよ!」


 ミリアさんが、ユリアさんを見て悪戯な笑みを浮かべた。


 なんか俺をネタに遊ばれているような気がする……

「いただきますわよ」ってなに!?……いただかれないし! ツッコんだら負けだな……無視!


「ちょっとミリア! なに言ってるの!」


 慌てるユリアさんを見て、ミリアさんは更に悪戯な笑みを浮かべた。

 妹に遊ばれる姉というのも、なかなかにレアな感じだ。


「大丈夫! 私がいるから! グリムは、いただかせないから!」


 一緒にいたニアがそう言って胸を張った。


 ニアさん……そこ絡んでいかなくていいところだから……スルーしとけばいいところだから……


 と思ったのだが……


「「お願いします!」」


 なぜかユリアさんとクリスティアさんが、ニアにすがるような視線を向けハモってしまっていた……。


 なんか……どんどん意味不明になっていくんですけど……ここはスルーだな……。






  ◇





 会議室での打ち合わせを終えた俺は、中庭に出て、文官三人衆と再度打ち合わせをしていた。


 領民の拉致対策のために俺が作った『守り笛』を配ってもらっているが、いざ危険が迫り『守り笛』を吹いたときに、近くに守備兵がいないと意味が薄れるからだ。


 もちろん、俺の仲間である巡回担当のスライムたちや『野鳥軍団』『野良軍団』『爬虫類軍団』はすぐに駆けつけるであろうが、守備兵にも来てもらわないと困るのだ。


 そこで俺は領都の四つのエリアの広場の近くに、守備兵の詰所を作って、そのエリアを定期的に巡回してもらう体制を作ることにしたのだ。


 事前にアンナ辺境伯の了承も得ている。


 俺のイメージとしては、元の世界の交番のようなイメージだ。


 ただ各エリアに一つの詰所があるだけなので、交番というには少し大雑把すぎるかもしれない。

 まぁ詰所を拠点にして、定期的に巡回すればなんとかなるのではないかと考えている。


 その打ち合わせのために、守備隊長のシュービルさんと副隊長のマチルダさんにも来てもらった。


 守備兵の増員の募集もかけていて、増員の目処は立っているとのことだ。


 いくつかの中隊を作り、実戦訓練としての魔物狩りと詰所での治安維持を交代でやってもらえばいいと思う。


 『衛兵隊』と『近衛隊』と『正規軍』を合わせて『守備隊』としているが、普段の活動はほとんど衛兵活動なのである。


 シュービルさんとマチルダさんも賛同してくれて、中隊編成と巡回ルートの作成などの体制整備を約束してくれた。



 それから文官三人衆の一人で、女性文官のフルールさんから提案があった。


 孤児院を拡張して、全ての孤児たちを受け入れる準備を進めているが、大規模孤児院を作るよりも家族的な感じのする二十人ぐらいの規模の孤児院をいくつか作った方がいいのではないかという提案だった。


 言われてみると、その通りだと思った。


 ということで、各エリアの広場の近くに守備隊の詰所を作るが、それと隣接するようなかたちで孤児院も作ることにした。


 元々あった孤児院と合わせると、合計五つの孤児院ができることになる。


 運営効率だけを考えれば、院の数を増やさないで一つにまとめた方がいいのだが、やはり子供たちの健やかな成長のためには家族的な雰囲気の方がいいと思ったのだ。

 俺のイメージにあるのは、『マグネの街』の『ぽかぽか養護院』だからね。


 建物の設置は、俺の方ですぐに行うことにした。


『ぽかぽか養護院』と同様に多機能果樹園を併設したスタイルにしようと思っている。

 多機能とは、果樹園の下で鶏を飼い、小川を通して小エビを養殖するスタイルのことだ。


 そしてもう一つ、孤児院で飼育してもらいたい動物もいるし……


 それは……『アンゴラウサギ』だ。


『アンゴラウサギ』は、ロン毛でモフモフで超絶に可愛いウサギなのだ。

 その毛からは、上質の糸が取れるのだ。

 孤児院の子供たちが、可愛がって育ててくれたらいいと思っている。


 もちろん孤児院とは別に『フェアリー牧場』でも飼育しようとは思っているが。


 棲息場所の情報は前にスライムたちから聞いているので、後は仲間にしに行くだけなのだ。



 それから報告事項として、孤児院の名称を『養護院』とするようにアンナ辺境伯から指示があったとのことだ。

 孤児だけでなく、子供たち全般を助けられるような場所にしたいという俺の意向を汲んでのことらしい。


 そこまではよかったのだが……

 なぜか正式な名称が……『領立 シンオベロン養護院』になっていた。


 英雄である俺の名前を冠した養護院にすることで、俺が保護者的な立場にいることを明示する狙いがあるそうだ。

 このことによって、子供たちが強力な後ろ盾を得たのと同じような効果があるとのことだ。


 それと俺が作成した『守り笛』の代金に相当する金額を、全て孤児院……というか養護院に寄付するかたちにしたので、その意味でも名前を冠したいのだそうだ。


 なんとなくこそばゆいが……俺の名前を冠することで、変な奴に狙われにくくなるならまぁいいだろう。


 五つの院があるので区別をするために、第一から第五までの名称も付けるそうだ。


 なにかいい名称があれば変更するとも言われたが……特に思い浮かばないし、下手な名前を付けるとまたニアさんにジト目を使われてしまうので、そのままにした。


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