235.吟遊詩人の、ポリシー。

 しばらく待っていると、吟遊詩人さんが入ってきた。

 男性一人に女性一人の二人だった。


 男性はかなりのイケメンで、女性も抜群の美人だ。

 おそらく吟遊詩人は、こちらの世界でのアイドル的存在なのだろう。

 容姿端麗というのも職業的条件なのかもしれない。


 男性は二十代後半のくらいに見える。

 金髪でキリリとした細目が印象的だ。

 ジョニーさんといい、『トウネの街』からきたようだ。


 女性は二十代前半くらいで、同じく金髪で色っぽい感じの綺麗さだ。

 アグネスさんといい、『イシード市』からきたそうだ。


「シンオベロン閣下、お会いできて光栄です。ジョニーと申します。是非今までのご活躍のお話をお聞かせいただきたい。必ずや壮大な物語として、語り尽くしてご覧に入れましょう」

「閣下、お目通りの機会をいただき恐悦至極です。アグネスと申します。私にも是非ニア様と閣下の出会いの話からお聞かせいただければ、永遠に語り継がれる叙事詩として完成させましょう」


 二人は、吟遊詩人らしく大仰に、そして優雅に挨拶をしてくれた。


「グリムです。よろしくお願いします。閣下ではなく、グリムと呼んでください。伝えてほしいのは私の話ではなくて、領民を救った前ピグシード辺境伯の真実の話です」


 俺は挨拶を返しつつ、そう説明したのだが……どうも反応がいまいちだ。


 事前説明を行った文官三人衆のリーダーマキバンさんの話によると、吟遊詩人は強制を嫌うらしい。

 権力者に目をつけられないように、定期的に移動する者たちもいるそうだ。


  二人からは否定も肯定も出ないので、俺は正直にお願いすることにした。


「なんとか協力していただくことはできませんか? 傷ついた領民の不安を煽り、悪戯に恨みを増大させ、治安を乱す企みがあるのです。このままでは、要らぬ悲劇が起こる可能性があるのです」


「誠に申し訳ありませんが我々吟遊詩人は、何者にも縛られず自ら真実と思ったことを語るのみです。語りの内容は、自分で決めることにしております。誠に申し訳ありませんが、辞退させていただきます」


 ジョニーさんに、きっぱり断られてしまった。

 最初のフレンドリーな感じは、ただの社交辞令だったようだ……。


「私は協力しても構いません。争いを防ぐことに役立てるのならば……。ただし、嘘を語ることはプライドにかけてできません。真実である証拠はあるのでしょうか?」


 アグネスさんはそう答えた。

 協力してくれる感じではあるのだが……


 真実の証拠と言われても……

 そんなもの……あるわけないんだよね……。

  前辺境伯の最後に居合わせた者で生き残っているのは、アンナ様と子供たちだけだからね。

 身内の証言じゃあ証拠とは言えないだろうし…… 。


「残念ながら、証拠と呼べるようなものはありません。信用していただくしかありません。我々が信用できなければ、ご協力いただけなくてもやむを得ません」


「わかりました。現時点では、お受けするとはお答えできませんね」


 アグネスさんは、そう答えると頭を下げた。


 吟遊詩人は、意外と偏屈なようだ……。


 まぁ冷静になって考えれば、彼らにも当然プライドがあるし、権力に組み込まれることも嫌うのだろう。

 立場的に、権力の手先に使われやすいという危険が常にあるんだろうし……

 慎重になるのはわかる……。


 なにか別の作戦を考えることにしよう。


 言葉を交わしたわけではないが、目配せするとアンナ辺境伯も同じように感じているようだ。


「わかりました。無理にお願いすることは致しません。今日はわざわざお越しいただき、ありがとうございました。もうお帰りいただいて結構ですよ。もしも協力していただける気になったら、いつでも訪ねてきてください。我々の思いは、領民の安寧を守りたい、それだけです」


 俺はそう二人に伝えて、帰っていただいた。



 二人が退室した後、俺たちは意見交換をした。


 やはり吟遊詩人を使って、真実をストーリを流布するのは難しいようだ。

 みんな同じ感触だった。

 いい案だと思ったのだが……残念。


 ただ一人めげないニアさんは………


「もうさあ、吟遊詩人になっちゃえばいいんじゃない! 誰か吟遊詩人になりたい人はいないかしら?」


 そんなニアの発言を聞いて、俺もアンナ辺境伯も周りのみんなも思わず吹き出してしまった。


「さすがニア様ですわ。確かにおっしゃる通りではありますわね。でも吟遊詩人をできる方なんて、いらっしゃるかしら……。歌や楽器の才能も必要ですし……」


 アンナ辺境伯が笑いを堪えながら、そうフォローしてくれた。


 確かに吟遊詩人になるのは、意外と大変かもしれない。

 まず字が読めなきゃいけないし、記憶力もよくなければいけない。

 大きな声が出なきゃいけないし、声も素敵でないといけない。

 歌や楽器もできないといけない。

 そして人を惹きつけるような容姿端麗さも必要。

 そんな条件を満たす人……なかなかいないよね……。


 ニアは、普通に「私がやってあげるわよ!」と立候補していたが……

 ニアがやるのは、ちょっと違う気がするんだよね……

 せっかくの妖精女神が……急に俗っぽくなっちゃうんだよね……。


 はてさて、どうしたものか……


 なにか違う作戦を考えないと……





  ◇





 夜になって予定通り、セイバーン軍の兵士たちとお別れ会的な宴を催した。


 城の中庭でバーベキューだ。


 みんなお祭り騒ぎのように、大盛り上がりだった。

 俺も『コロッケ』や『玉子焼き』などを振る舞い、大好評だった。

 もちろん『おにぎり』もだ。


 宴もたけなわ……そんな時、突然昼間の吟遊詩人が現れた。

 男性のジョニーさんだ。


 セイバーン軍の別れの宴と聞いて、演奏にきてくれたとのことだ。


 突然の訪問だったようだが、昼に訪れていたこともありアンナ辺境伯も許可したようだ。


 吟遊詩人の弾き語りを聞くのは初めてなので、凄く楽しみだ。


 小さなギターのような楽器を奏でるようだ。

 リュートという楽器だろう。

 よくゲームのキャラクターなんかも演奏していたからね。



「突然の語りを失礼いたします。今宵皆様にお届けいたしますは、古の英雄譚でございます。『十二人の使い人』の物語。古き古き伝説の時代に、大魔王から世界を救った英雄たちの勇気と愛の物語、そして悲しみの物語にございます……」


 そうタイトルが告げられると、一斉に大歓声が上がった。


 確か『十二人の使い人』って……『マグネの街』で『フェアリー亭』を営むトルコーネさんの娘のロネちゃんが取得した『虫使い』スキルも出てくる話だったはず。

 ニアが前に言っていた。

 これは、更に楽しみになってきた。


 ニアもワクワクが止まらない感じで、飛び回っている。

 リリイ、チャッピー、ソフィアちゃん、タリアちゃんも身を乗り出して、目を爛々とさせている。


 本編が始まると……みんな完全に聞き入っていた。


 この物語を要約すると……


 今から約二万七千年前、大魔王が世界を蹂躙し人々は滅亡の危機に貧していたようだ。


 もしこの物語が史実だとすれば、最初の魔法機械文明『マシマグナ帝国』よりも二千年も前の時代の話ということになる。


 特別なスキルに導かれた十二人の英雄が、対立や苦難を乗り越え最終的に大魔王倒し世界を救うという壮大なストーリーだ。

 そしていかにも一般大衆受けしそうなストーリーだ。

 おそらく語り継がれるうちに、大分脚色されているのだろうが……。


 その当時の各国の思惑が絡み陰謀策謀が巡らされ、使い人は三つのグループに分かれてしまう。


 そして二つのグループは反目し合い、対立が激化し戦闘を繰り広げるほどになる。


 『火使い』をリーダーとするグループと、『風使い』をリーダーとするグループで対立するのだ。


 『火使い』の仲間は『土使い』『猛獣使い』『虫使い』。

 『風使い』の仲間は『水使い』『蛇使い』『死霊使い』。

 これとは距離を置き、静観していたのが『人形使い』『鳥使い』『石使い』『植物使い』だったようだ。


 『〇〇使い』という『使い人』は、この他にもいたようだ。

 モブ的に登場する使い人もいた。

 『〇〇使い』というスキルは、意外に種類が多いのかもしれない。

 ちなみに俺が持っているレアスキル『精霊使い』や『言霊使い』は、物語には登場しない。


 『使い人』同士のバトルが、かなり激アツだった。


 特に『虫使い』対『蛇使い』は熱い話で、『虫使い』が人気があるキャラクターというのはよくわかった。

 “虫対蛇”なので虫が圧倒的に不利だが、最終的に虫たちが力を合わせて勝利するのだ。

 このとき大活躍したのが虫馬ちゅうまの『ギガボール』だったようだ。


『虫使い』スキルを得たロネちゃんのところに、『ギガボール』のだん吉がやってきたのは、偶然とは思えなくなってきた……

 なにか運命的なものを感じるが……。


 そして『猛獣使い』対『死霊使い』。

 単体では『猛獣使い』の方が強い。

 だが『死霊使い』は無限といえるほどにアンデッドを呼び出せることと、対象を殺したり戦場で死者が出るとアンデッド化させて使役することができるのだ。

『猛獣使い』の使役していた動物たちも倒されると、アンデッドとして敵になってしまうのだった。

 そして最終的に『死霊使い』の勝利で終わるのだ。

 ジョニーさんは、『使い人』の中で個別能力では最強ではないかと歌い上げていた。


 主役扱いの『火使い』は女性で、敵対する準主役扱いの『風使い』の男性と最終的に恋に落ちる。

 そんな恋愛要素も入っているので、女性が聞いても盛り上がる物語のようだ。


 『火使い』は『水使い』と戦い勝利し、『風使い』は『土使い』を破るという展開で両陣営二勝二敗となるのだ。


 ただ本気の戦いだったので、敗れた者は瀕死の状態に陥る。


 そこに現れた『植物使い』が治療して、なんとか一命を取り止めるのだ。


 そして独自行動をとっていた『人形使い』『鳥使い』『石使い』が、発見した『絆のトーテム』というアイテムを持って現れる。


 やっと十二人揃った『使い人』たちは、『絆のトーテム』から現れた精霊によって諭され、やっと一つのチームになるのだった。


 『風使い』率いるチームのメンバーは、実は大魔王による見えないくびきに繋がれている状態だったのだ。

 それが『絆のトーテム』の精霊の力で浄化されたのだ。


 自分を失っているわけではないが、本当の自分ではない状態に陥っていたらしい。

 無自覚に誘導される一種の洗脳のようなものなのだろうか……。


 最終的に『十二人の使い人』は『絆のトーテム』の力を借り、『使い人』の力を解放し大魔王を倒したのだった。


 なぜかこの倒す場面の描写については、あまり詳しく語られなかった。


 観客の兵士たちからも文句が出ていたが、ジョニーさん曰く、伝承でも詳しく語られていないとのことだった。



 壮大で聞き応えがあり、かなり面白い話だった。


 魅力的なキャラクターが多いのだが、俺的には『風使い』を一途に慕っている『水使い』の女性にぐっときた。

 そしてクールだが、実は熱く仲間想いの『虫使い』も好きになった。

 そしてメインキャラではないのだが、『魚使い』というキャラクターがとても面白かった。


 大歓声のうちに、物語は幕を閉じた。

 拍手がしばらく鳴り止まなかった。


 終了と思ったのだが……

 ジョニーさんは、なにか続きを話すようだ……。


「さて、これからご覧に入れますのは『使い人』の中でも、最強の誉れ高い『死霊使い』の御業、『死霊召喚』にございます!」


 ジョニーさんはそう言うと、両手を広げた……


 え…………


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る