225.守護としての、再会。
俺は飛竜に騎乗し、守護の屋敷に乗りつけた。
事前にサーヤが連絡を入れておいてくれたので、代官さん、衛兵長、クレアさん達が待っていた。
「シンオベロン閣下、守護就任おめでとうございます。そしてありがとうございます」
「グリム殿……いやシンオベロン閣下、授爵と守護就任の話を聞いたときには本当に驚きました」
「閣下、今後ともこの街をお願いいたします。私も粉骨砕身、お仕え致します」
三人共いつもの笑顔だったのだが、俺が近づくと急に跪いて大仰に挨拶してくれた。
「そんなかしこまらないでください。それに閣下はやめてください。グリムで構いませんから。事前に言っていなくて……すみません。本当にそうなるか、わからなかったものですから。それに爵位も守護職も、名前だけのものです。復興に協力するために、引き受けただけですから。街の行政については、代官さんにお任せする許可を得ています。今まで通りでお願いします」
俺がそう言うと、皆立ち上がり、いつもの雰囲気に戻ってきた。
俺は守護就任を頼まれた経緯や、『ナンネの街』の守護を引き受けざるを得なかった事情を説明した。
『領都』と『ナンネの街』の復興に協力する件と今後の予定なども、かいつまんで話した。
『マグネの街』の運営については、代官のダイリンさんにお任せれば大丈夫なのはわかっている。
あとは権限を明確にしてあげて、自信を持って取り組んでもらえば問題ないだろう。
俺に連絡を取る必要がある場合は、サーヤに伝えてもらえばよいので改めてそう話しておいた。
衛兵長とクレアさんには、今まで通り街の安全と領民の生活を守ることをお願いした。
クレアさんには、シャリアさん達から頼まれた手紙を渡した。
目を通して少し涙ぐんでいたようだが、悪い涙ではないようだ。
ニアがそばに行ってなにやら話をしていたので、特に心配はないだろう。
最近の『マグネの街』の様子についても少し尋ねてみた。
大体の話は、サーヤからの定期報告で把握しているが確認は必要だからね。
以前不穏な感じになっていた下町も、『正義の爪痕』が絡んだ事件のときに、不穏分子を一掃できたので今は問題はないようだ。
避難民達の生活も、大分安定してきているとのことだ。
仕事に就けた人が増えたのが大きいようだ。
『フェアリー商会』でも雇用を増やしているが、それ以外でも就職したり自分で商売を始める者が増えているようだ。
しっかりとした計画には『フェアリー銀行』で融資するから、元々自分で仕事をしていたような人は再起しやすい環境もできてきているのだ。
代官さんは、『領都』も復興するので領都出身者は戻ることも可能と説明したようだが、戻りたいと希望する者はごく少数だったようだ。
住宅については、しばらく仮設住宅暮らしが続くだろうとのことだ。
避難民たちに家を購入する余裕がある者はほとんどいないし、そもそも増えた人口の分の家を建てる土地など『マグネの街』には残ってないからね。
新たな住民となる避難民たちが、永続的に仮設住宅に住む可能性が高いと代官さんが心配していた。
俺としては、避難民たちが住みたいのなら特に問題はない。
仮設住宅とは呼んでいるが、しっかりとした家だしね。
隣との間もかなり広めに取ってあるので、普通に庭付き一戸建住宅と言っていいだろう。
ほとんどの人は、以前の家よりも立派だと言ってくれているし。
将来的に自活できるようになったら、賃貸料を払ってもらえばいいと思っている。
もちろん格安にするつもりだけどね。
ただ将来自分の家を持ちたいと思ったときに、そもそも土地がないというのは厳しいかもしれない。
街の発展を考えても、住民のモチベーションを考えても……。
『マグネの街』から一番離れた『オリ村』の先にある『フェアリー牧場』に設置した避難民キャンプの人たちは、ほとんどが『フェアリー牧場』で雇用されている。
もう『フェアリー牧場』が一つの村みたいな感じになっちゃってるんだよね。
避難民キャンプにいた人たちの中で牧場以外の仕事に就きたい人は、既に『マグネの街』に移ってきているので事実上避難民キャンプは解散状態となった。
避難民キャンプから移動してきた人たちの分で、仮設住宅が足りなくなったようで、何組かは大人数で窮屈に暮らしているそうだ。
俺は代官さん、衛兵長と相談して、南門の衛兵詰所横にある衛兵隊の訓練スペースの三分の一を一時的に提供してもらうことにした。
その場所に、仮設住宅を増設するのだ。
土地を有効活用するために、二階建ての住宅を新築しようと思っている。
プライバシーに配慮して、二世帯住宅のような作りにしようと思っている。
二階の出入り口を別につけるのだ。
仮設住宅を縦に二つ合わせたようなイメージだ。
これなら、敷地を二倍得たのと同じことになるからね。
これで住宅の問題は、しばらくは大丈夫だろう。
衛兵長からは、衛兵の新人募集についての報告があった。
最初の募集が終わり、採用した新兵を訓練中とのことだ。
俺は追加募集をかけて、当初予定の百人規模の衛兵隊するように依頼した。
衛兵長や代官さんも同じ意見だったようで、もう準備はできているようだった。
俺は『領都』で領軍がこれから行う、一石四鳥の実戦訓練の内容を説明した。
訓練を兼ねた魔物狩りによる肉の調達である。
『マグネの街』でも衛兵隊が百人規模になって、少し余裕ができれば定期的に実戦訓練ができるようになると思ったのだ。
衛兵長もクレアさんも一石四鳥の仕込みに感動してくれて、すぐに組み込みたいと言ってくれた。
ということなので、『マグネの街』にも『フェアリー商会』で食肉処理場を作ることにした。
話が一旦落ち着いたので、この守護屋敷の使用人たちを改めて紹介された。
執事は、セバンさんという五十代の初老の男性だ。
今まで何度も会っているので、執事としての能力が高いことはわかっている。
前に訪れたセイバーン公爵軍の兵士たちへのもてなしなどを見ていても、卒がなかったし、気配りが凄かったからね。
メイド長は、メイシュさんという四十代の金髪の女性だ。
その下に若いメイドが五人いる。
下僕の男性も五人いて、この屋敷は十二人で回しているようだ。
屋敷の大きさから考えると、これでもかなり少ない人数だと思う。
この街には貴族は守護しかいなかったし、来賓がくることもほとんどなかったようで、元々使用人は少なかったようだ。
ただ、そうはいっても今の倍以上はいたようだが。
ハイド男爵が癇癪を起こし、使用人を大量に辞めさせたことがあったそうだ。
今の使用人のほとんどは、その後に雇用された比較的新しい人たちということだった。
ハイド男爵が死亡して以来、屋敷の維持管理を最低人数で実施していたようだ。
調理人たちはやめてしまっていないので、使用人たちの食事はメイドが交代で作っているそうだ。
守護の屋敷の使用人は、本来守護が雇用することになっているが、ハイド男爵が死亡してからは屋敷の維持管理のために、街で一時的に雇用を引き継いだとのことだ。
それ故、俺がこの使用人たちの雇用を、引き継ぐことになった。
まぁ俺がこの守護屋敷を使うことも、ほとんどないのだが……。
実は、俺の貴族としての屋敷として使うことにした二号屋敷は、この守護屋敷の隣のブロックにあり、道を挟んだ隣になるのだ。
その更に隣が商会本部にした一号屋敷なのである。
道が一本入っているが、三つ連続で並んでいることになるのだ。
今現在メイドたちが交代で作っている使用人たちの食事作りが大変なようなら、俺の一号屋敷、二号屋敷の使用人たちと合同で食事をするように手配してあげようと思っている。
一号屋敷と二号屋敷の使用人たちは、効率化するために食事は商会本部である一号屋敷で合同でとってるんだよね。
そこに一緒に参加してもらえばいいだけなのだ。
俺がそんな提案をしたら、みんな喜んでくれた。
特にメイドの子たちは、目をキラキラさせていた。
守護屋敷は、かなり大きい。
敷地面積は、俺が手に入れた二つの屋敷を合わせた面積の二倍ぐらいあるのだ。
大きなブロック丸ごとお屋敷になっているのである。
建物は、本館と迎賓館となっている別館が一つあり、大きな使用人棟もある。
以前の事件の舞台となった、地下に傭兵たちが潜んでいた大きな倉庫もある。
庭の一画には、サーヤやレントンたちが囚われていた秘密の地下室もある。
大きな厩舎もある。
そして巨大な庭園が一つあり、庭園以外の普通の庭のようなスペースも広大だ。
移動用の豪奢な馬車と馬車馬が二頭いる。
この馬車は、使用人たちの買い物以外はほとんど出番がないと思うので、公用車として役所でも自由に使ってもらうことにした。
馬たちも運動した方が嬉しいだろうしね。
大きな庭園は維持管理してもらうしかないが、広大な庭のようなスペースはなにか有効活用する方法がないだろうか……少し考えてみよう。
とりあえずできる範囲で、菜園や薬草園を作るように勧めておいた。
俺の二つの屋敷もそうしているからね。
使用人たちが食べる分ぐらいの野菜は、作れちゃうんだよね。
みんなで休憩のティータイムにすることにした。
メイドたちがお茶とともに、いい匂いのするパンを運んできた。
どうやらこのパンは、サーヤが手配してくれた『フェアリーパン』の新商品らしい。
前に報告が上がっていた干しぶどうを使った『レーズンパン』のようだ。
ひと口サイズに切ってある。
俺はすぐに食べてみた。
うん、美味しい!
これは俺の好きなレーズンパンだ!
やはりまだパン自体は俺にとっては、少し固い。柔らかめのフランスパンの域を出ていない。
だがレーズンを混ぜ込んでいるせいか、微妙なしっとり感がでていて凄く美味しい。
これはお茶のお供に最適ではないだろうか。
「いやー、これは甘くておいしいですなぁ」
「うまい! こんなパン食べたことがない。さすがはグリム殿ですな」
「ほんとです! また感動してしまいました。シャリア様たちにも食べさせてあげたい……」
代官さん、衛兵長、クレアさんがとても喜んでくれた。
そしてなんか……凄い勢いで食べている。
……あっという間になくなってしまった。
『レーズンパン』大ヒット間違いないようだ……。
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