205.女公爵と、トレント。
話が一段落して、少し雑談タイムのような感じになった。
「ねえグリム、クレアさんから預かった手紙、ちゃんとシャリアさんに渡したの? 」
突然ニアに言われて思い出した!
やばい……完全に忘れてた……。
事件の対処などで、頭から吹っ飛んでいた。
「いいわよ。私が渡してきてあげるから」
ニアがそう言ってくれたので、手紙を渡した。
ほぼニアと同じ位の大きさの手紙を、両手で抱え飛んでいく……。
シャリアさんに手渡し、ユリアさんを入れて三人で話し込んでいる。
どうやらニアは、手紙を渡すだけでなく話をしたかったようだ。
サーヤと二人で『マグネの街』の衛兵であるクレアさんの相談に乗っていたから、色々伝えてあげたい事があるのだろう。
結果的に、ニアに任せて正解だったようだ。
シャリアさんとユリアさんは手紙を読んでいるが、特に怒った表情もしてないし、楽しそうに話をしている。
クレアさんは、近衛隊への誘いを断ったようだが、関係性は大丈夫のようだ。
アンナ辺境伯から、領都に俺の屋敷を準備しているという話があった。
なんでも領城の城壁を出たすぐのエリアに、これから建設してくれるらしい。
俺達の貢献への礼と、授爵のお祝いという事らしい。
領城の城壁の外側に同心円上に貴族の邸宅エリアがある。
ここは悪魔達の襲撃で破壊された場所だ。
今は、ほとんど更地になっているようだ。
俺に与えられるのは、もちろんその一部だが領城の正門近くの場所で、かなりの面積になるらしい。
建物は俺の方で建てても良かったのだが、折角なのでお任せする事にした。
スキルを使わないで建設すれば、建築家や大工さんにお金が回るからね。
ちなみにサーヤの持つ『家魔法』は、レアスキルだが『通常スキル』なので『
だから貴族の屋敷のようなものも、スキルで建てられるとは思うが……。
魔力調整が上手く出来ない俺が使うと、とんでもない建物になりそうで試していないのだ。
特に必要もないしね……。
俺に提供される屋敷はこれから建設を始めるようなので、完成までにそれなりの時間がかかるはずである。
完成するまでは、仮設住宅エリアにでも住もうと思ったのだが……
領城の中に部屋を用意するので、ここで暮らして欲しいとお願いされてしまった。
数日程度ならいいんだけど……。
それからユーフェミア公爵が、『トレント』のレントンについて仲間になった経緯などを詳しく尋ねてきた。
やはり『トレント』に思い入れがあるようだ。
そんな話が出たので、他の仲間達と『家馬車』で待機しているレントンをここに呼んだ。
ユーフェミア公爵は、すぐにレントンを抱きしめ、膝の上に乗せてしまった。
なんとなくリリイとチャッピーが寂しそうな感じだ……。
立ち入った事を訊くようで気が引けたが、少し興味があったので、『トレント』が好きな理由を尋ねてみた。
……なんでもユーフェミア公爵がリリイやチャッピー位の年齢の時に、仲良しの『トレント』がいたとの事だ。
その頃は『トレント』といつも仲良く遊んでいたそうだ。
他国からの献上品だったらしいが、幼いユーフェミア公爵が気に入って友達として過ごしていたらしい。
ところがある日、ユーフェミア公爵が正体不明の発作を起こし、危篤状態になってしまったのだそうだ。王室お抱えの治癒士達も打つ手が無く、一度は息を引き取ったらしい。
その時、『トレント』が魔力と生命力を注ぎ込んで、奇跡的に蘇生したのだそうだ。
ほとんど“生き返った”といえる程の状態だったらしい。
この奇跡と引き換えに『トレント』は魔力と生命力を使い果たし、普通の木になってしまったとの事だ。
桜の木となって王城の庭園に植わっているそうだ。
ピンクに混じって黄金色の花を付ける事もある不思議な桜の木となり、『奇跡の桜』と言われているらしい。
ユーフェミア公爵は子供の頃から、嫁ぐ為に王城を去るまでの間、毎日のようにその木に話しかけていたそうだ。
この話をしてくれた時、ユーフェミア公爵は少し目を潤ませていた。
『トレント』は『スライム』同様に、『始原の中庸生物』で特殊な生き物である。
『スライム』と違い、人族の領域にはほぼいないとの事で、存在自体が珍しいようだ。
伝説等にも時々登場する為、人の言葉を話すという事は広く知られているのだそうだ。
この点『スライム』は、人族の街でよく見かける反面、話せる『スライム』の存在は全く知られていないようだ。
『トレント』自体、出会う事が少ない生物であるが、その子供はより珍しいらしい。
レントンは公爵の話を興味深そうに聞いていて、王城にその木を見に行きたいと言っていた。
確かに、この領の復興が落ち着いたら、セイバーン公爵領や王都にも是非行ってみたいね。
「ぼくにちょっと調べさせて! 」
レントンはそういうと公爵の膝の上で向き直り、公爵に抱きつくような姿勢をとった。
「………やっぱり! トレントのエネルギーが生きてる! 公爵を守ってる……もう消えかけているけど……」
「本当かい? 私の中に……あの子が……今も守ってくれてるのかい? ああ、ミティ……」
レントンの言葉に公爵が動揺している。
そして公爵の目から涙が溢れ、頬を濡らす。
「もう消えかけている……でもまだ守りたがっている。マスターお願い、力を貸して欲しいのだ! 魔力を分けて欲しいのだ!」
レントンがそう言ってきたので、首肯しながら公爵の方を見ると、首肯してくれた。
レントンは何かやる気のようだが、公爵も任せるつもりらしい。
俺はレントンの手を握る。
おお、魔力がレントンに流れ込んで行く。
レントンが公爵の膝の上で立ち上がり、公爵の額に手を当てた。
周りのみんなは、何が始まるのか固唾を飲んで見守っている。
だんだん公爵が淡く光りだした……
何かを感じているのか……公爵の目から大粒の涙がポロポロこぼれている。
シャリアさん達も心配そうに見つめている。
「ああ……ありがとう……」
公爵が呟くようにそう言うと、淡い光が消えて元の状態に戻っていった。
「公爵、ぼくの仲間の『トレント』を愛してくれてありがとなのだ。これからも一緒にいれるよ。特別なプレゼントも送られたはず。ステータスを確認してみて! 」
レントンがそう言って、公爵の膝から飛び降りた。
公爵はレントンに言われた通り、ステータスを確認しているようだ。
「ああ……ミティ……あんたって子は……」
公爵はもう感情を抑えられないようだ。嗚咽で言葉になっていない。
みんな黙って見守るしかなかった。
娘であるシャリアさん、ユリアさん、ミリアさんは公爵の元に駆け寄り、抱きしめてあげていた。
アンナ辺境伯と子供達ももらい泣きをしている。
少し落ち着いた公爵から聞いた話によると、『加護』 に『トレントの加護』と表示されているとの事だ。
話を聞く限り……今までも事実上『トレント』に守られてきたようだが、『トレント』のエネルギーが活性化された事で、改めて正式に『加護』が付いたのではないだろうか。
そしてなんと『固有スキル』まで追加されていたそうだ。
『
『トレントの加護』の影響を受けて、『固有スキル』として発現したのだろう。
レントンもどこか満足そうで、そして誇らしげだ。
本来なら『固有スキル』は、秘密にするべきものらしいが、この場は身内という事で話してくれたのだろう。
幼き日のユーフェミア公爵と子供『トレント』との話が聞けて、俺の心はほっこり温かくなった。
その友情は今も公爵の中で生き続けており、実際に守るエネルギーとして体の中を巡っているようだ。
何か……“思いの力”というか……“絆の力”というようなものを感じずにはいられない。
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