120.ニアの、ルーツ。

 領主夫人とその娘さん達が駆け寄ってくる。


「お待ちください。領民を救っていただいた恩人をこのまま返すわけには参りません」


 領主夫人が、真剣な眼差しで訴えかける。


「いえ、我々の事はお気になさらずに。それよりも被害に遭われた領民の皆さんをどうか安心させてあげて下さい」


 俺はそう言って立ち去ろうとしたのだが……


 領主夫人がニアを見て酷く驚いている。


「あなた様は……もしや……ティタ様ですか? 」


 ニアを呆然と見上げながら、呟くように訊いた。


「違うわ。私はニアよ。あんな年寄りと一緒にしないでちょうだい」


 ニア……普通に答えてるけど……どういうことだ……


「という事は、ティタ様をご存知なのですか?」


 何やら領主夫人が祈るような姿勢になっている……


 はて?

 展開がよくわからない……


「ティタは、私のひいお婆ちゃんよ」


 これまたごく普通のことのように、言っているが……


「では、ティタ様の直系の方なのですか……」


 今度は領主夫人がひれ伏してしまった。そして娘さん達も。


 周りの兵士達が驚いている。


 領主夫人がひれ伏すなんて……通常じゃありえないことだよね……まるでほんとに神様だ……。


「別に私にひれ伏す必要なんてないわよ。普通にしてちょうだい」


「はは。ティタ様と思ってしまい失礼いたしました。家宝として伝わるティタ様の精密絵にそっくりだったものですから……」


「まぁ……黒髪のピクシーはあまり多くないしね……それにあの人も……昔はまあまあの美少女だったらしいし……私ほどじゃないだろうけど……」


 なんかよくわからないが、ニアがまた軽く残念なことを言ってしまっている気がする……。


 俺は全く話が読めないので、領主夫人とニアに詳しい話を訊くことにした。


 それによると……


 約五百年ほど前、当時のこの領内や近隣に魔物や悪魔が攻め入って壊滅的な打撃を受けたのだそうだ。


 それを救ったのは一人の青年と妖精ピクシーの美少女だったらしい。


 激戦の末、魔物や悪魔を退けこの領地を救い民を救ったのだそうだ。


 その功績を讃えられて、当時の国王から『辺境伯』という地位と領地を与えられたらしい。


 平民からの成り上がり伝説として、今も各地で語り継がれる有名な話なのだそうだ。


 貴族の階級は……


 国王を補佐する特別な階級として公爵

 通常の階級では最上位の侯爵

 辺境伯

 伯爵

 子爵


 ……ここまでが上級貴族。


 この下に下級貴族として

 男爵

 准男爵

 騎士爵


 ……という階級があるらしい。


『辺境伯』というのは通常の伯爵よりも上の地位なのだそうだ。


 過酷な辺境守るということで、文武両道を認められた者だけが伯爵の中でも更に上の『辺境伯』を名乗れるのだそうだ。


 通常ではありえないほどの出世らしい。


 その若者を導き支えたのがピクシーの美少女でティタという名前だったようだ。

 そして、なんとそれがニアのひいお婆さんだというのだ。


 その若者つまりは初代のピグシード辺境伯が連戦連勝で出世できたのも、妖精の加護、ピクシーの加護があったからと言われており、それが領内に根付いているらしい。


 前にちらっとそんなような話はトルコーネさん達に聞いたが……

 確かにニアはどこに行っても、最初から崇められる感じだったからね。


 そしてその元になった人物がニアのひいお婆さんというのだから、まんざらニアが崇められるのも、はずしてはいないよね……


 ニアは、全くそんな話なかったけど……


 問い詰めても、「聞かれなかったから言わなかった」位の答えだろうけどね……


 領民もそうだが、辺境伯の一族にとっては、本当に神のような存在なのだろう。


 夫人に見せてもらったけど、家紋も妖精の姿なんだよね。

 左手を腰に当てて、右足をつま先上げて軽く前に出している。右手は軽く曲げて指鉄砲のポーズ。

 そんな紋章だ。


 あの指鉄砲…… ピクシーショットだよね。

 あと、ニアがたまにする腰に手を当てる“古さ残念ポーズ”……遺伝なのだろうか……



 そんなニアの驚きのルーツ話を聞いた後、夫人に請われ俺達は城の中庭に案内されていた。


 いくつかある中庭のうちで一番正門に近いところで、馬車がそのまま乗り入れられるからだ。

 気を遣ってくれたらしい。


 そして俺達は、この数日間何があったのかを夫人から聞いた。


 まず最初は、やはり近隣の森から魔物が大群をなして襲ってきたそうだ。

 やはり蛇魔物に追われるように出てきたようだ。

 時期的にはマグネの街に悪魔が現れたのとほぼ同じタイミングらしい。


 高い外壁に守られた領都は、魔物の侵攻を許すことなく、領軍の弓兵等が対応していたらしい。


 だが、突然内側に『下級悪魔』が現れたのだそうだ。


 これはおそらく先程俺達が倒した『白の下級悪魔』の一部だろう。


 その『下級悪魔』達に領軍は壊滅的な打撃を受けてしまったようだ。


 そして壁門が開けられ魔物達も侵入してきて、乱戦になったらしい。


 領軍を率いて勇敢に戦っていた将軍とピグシード辺境伯は、状況の悪化を悟り、住民の避難を優先し城壁内にできるだけ多くの住民を誘導したらしい。


 この時間を稼いだ領軍は更に打撃を受け、城内に戻れた兵士は一割にも満たない四十人弱だったらしい。


 そして将軍は悪魔と相討ちとなり死亡したようだ。


 最後に辺境伯が戻ってきて、その後も獅子奮迅の働きで防衛していたらしい。


 そんな時、先程の白衣の男が下級悪魔とともに現れて、なんと悪魔召喚で『上級悪魔』を召喚したのだそうだ。


 これを城壁の物見台から見ていた辺境伯が、捨て身の行動に出たらしい。


 さすがに『上級悪魔』を召喚されたら、勝てないと思ったのだろう。


 ピグシード家の伝家の宝刀『守護妖精の剣ガーディアンソード』の伝説の力を発動させたらしい。


 これは初代ピグシード辺境伯も一度しか使っていない技のようで、かなりの魔力と生命力を消費するらしい。

 通常の状態でもかなり危険な技らしいのだが、これを満身創痍のピグシード辺境伯が領民を守るために使ったとのことだ。


 夫人や子供達の目の前で、全身全霊を込めてこの技を使い、笑顔で逝ったそうだ。


 ピグシード辺境伯は光の粒子のようになって消えてしまったらしい。


 そのお陰で、あの強固なバリア防御障壁が張れたのだそうだ。


 悪魔達は、『上級悪魔』を中心に攻撃を仕掛けたが、全く受け付けなかったそうだ。


 それで諦めて悪魔達は消えたらしいのだが……


 先程の白衣の男の話によれば……


 強固な障壁を無理に攻略するよりも、予定を変えて先に周りの都市や街を滅ぼしに行っていたのだろう。


 そして時間が経つうちに、障壁が消耗するのを待って再侵攻したようだ。


 なるほど……辺境伯は既になくなっていたようだ。


 姿が見えないのが変だと思っていたが……


 領民思いの素晴らしい方だったのだろう……


 俺は心の中で冥福を祈った。


 夫人はご主人を失くしたにもかかわらず、涙一つ流さず気丈に振る舞っている。


 自分達の事よりも、領民を優先する姿勢が見てとれる。


 俺に話をしている間にも、領民の安全確認と周辺都市への調査を兵士に指示していた。


 白衣の男の話が本当なら、壊滅的な被害を受けているはずだからね。


 娘さん達は、十三歳 と八歳らしいが、さすがに涙を流している。


 会った時は悪魔に襲われて、それどころでなかっただろうが、安心したからだろう泣いている。


 今の話を聞いた後では、なおさら見ていられない……。

 なんて声をかけていいかも全く浮かばない……。


 サーヤが精神安定効果もある家魔法『家庭の癒しファミリーヒール』をかけてあげていた。




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