119.白衣の、男。

 悲鳴の主は、どうも領主婦人とその娘さん達のようだ。


 周りの護衛兵は、『白の下級悪魔』の氷の刃で刺し貫かれている。


 絶命してしまっているようだ。


『白の下級悪魔』は三体いる。


 そして白衣の男は、魔法の杖を領主夫人に向けて構えている。


 俺は、瞬間、鞭を放つ———


 白衣の男の杖を持つ手を弾いたのだ。


 焦っていたので、少し加減を間違ったようだ。

 奴の手がちぎれかけている。


 俺は、すかさず領主夫人とその娘さん達の前に立つ。


 そして『白の下級悪魔』達に鞭を放つ———


『下級悪魔』程度なら鞭の攻撃で十分だ。


 すべて瞬殺してやった!


 残りは白衣の男だけだ。


 ……どうもこいつが首謀者っぽい。

 大方、悪魔と契約でもしたのだろう。


「おのれ……貴様何者だ! 」


 白衣の男が、千切れかけの手を抑えながら誰何する。


「俺は、通りすがりのテイマーだけど、お前こそ何者だ! なんでこんなことをする? 」


「貴様には関係のないことだ。私はこの領内の貴族共を皆殺しにし、愚民共を巻き添えにしてやったのだ! 」


 やはりこいつが首謀者が……。


「でもその計画も、もう終わりじゃないかな。悪魔達はみんな今頃消えちゃってると思うけど」


 俺はむかつく気持ちから、茶化すように言ってやった。


「うるさい! お前はほんとに何者だ! まさか『上級悪魔』をやったのもお前なのか? 」


「『上級悪魔』? なんのことだ? 」


「まあいい。さっきも言っただろう。この領内の貴族供を皆殺しにし、愚民共を巻き添えにしたと。

 ハハハ………もう終わりなのだよ。ここが最後なのだよ。他の都市も街も全て破壊した後なのだよ。

 ここだけあの防御障壁があったから、作戦を変更し最後に回したのだ。

 あれほどの強固な障壁が、そう何日も張り続けらるはずがない。

 そう思って最後の楽しみにとっといたのだよ」


 白衣の男は余裕たっぷりに語る。そして笑っている……


 こいつ目が完全にいっちゃってる……狂ってるわ……。


 それにしても、その話が本当なら、他のすべての都市、街が壊滅してるのか……


 なんてことを……こいつ許せない……


「予定通り大量の怨念が集まったよ。ハハハハハハ……お陰で念願の『上級悪魔』を召喚できたのだよ。

 まさか、あっさり倒されるとは思わなかったがな………。だがまだ手はある……怨念のストックがまだあるからな……」


「この後に及んでまだ何かできると思っているのか! なぜこんなことをする? 」


「知りたくば、その馬鹿な女に聞くのだなぁ……これでは終わらぬぞ!」


 そう言ったかと思うと、一瞬で魔法道具のような物を無事な方の手に握っていた。


 俺は叩き落とそうとしたのだが……


 一瞬だった……。


 おそらく転移系の魔法道具なのだろう、瞬間消えていた。


 鞭はあと一歩のところで届かなかった。


 あいつの余裕は、これがあったからかもしれない。


 悔しいが、逃してしまった。


 俺は今見ていた奴の情報をイメージして、『波動検知』を使う。


 ———検知できない。


 どうも近くにはいないようだ。

 やはり転移でかなりの距離まで離れてしまったようだ。


 ムカムカするが……気持ちを切り替えるしかない。


 残りの悪魔を倒す。


 再度『波動検知』で悪魔に情報を合わせる———


 ……だがほとんど仲間達が倒してしまったようだ。


 あと数体、これは俺が行かなくても大丈夫だろう。

 任せよう。


「そなたは何者ですか? 」


 事態を静観していた領主夫人が話しかけてきた。


 うーん……どう答えたものか……


「失礼いたしました。私は、テイマーで商人をしておりますグリムと申します。マグネの街の衛兵隊隊長のモールド氏より頼まれて、この領都の様子を見に参りました」


 別に衛兵長から頼まれたわけではなく、俺が勝手に来たのだが……一応そんな感じの話にしてしまった……。


「そうですか……。しかし悪魔をあれほどあっさりと……。……は! まだ城内に悪魔がいるのではありませんか?」


 領主夫人は思い出したように悪魔の心配をする……領民の心配をしてくれているのだろう……。


「他の『下級悪魔』達も、私の仲間達がほとんど倒したはずです」


 俺がそう答えると……領主夫人がキョトンとした顔になった。


「え、……何を言っているのです。悪魔は五十体以上いたのですよ。そんなはずが……」


「数は存じております。腕の立つ仲間が多くおりますので。妖精の力も借りております」


「妖精の力……ではあなたが……先ほど兵士が知らせてきた領都内の魔物達を倒してくれた方ですか?」


「はい。仲間達と何とか魔物を倒したのですが……失礼ですが、お怪我をされているようです。よろしければ、こちらの回復薬をお飲み下さい」


 俺は答えている途中で、領主夫人が腕から血を流しているのに気づいた。


 俺が回復薬を渡そうと近づいた時、やっと生き残り兵士が集まってきた。


「おのれ、貴様何者! 」


 入ってきた四人の兵士が一斉に俺に槍を向ける。


「待ちなさい。この者は私の命を救ってくれたのです」


 領主夫人が制してくれて、兵士達は槍を収めた。


 回復薬を領主夫人に手渡す。


「ありがたく頂戴します」


 領主夫人は、そう言って受け取ると一気に飲み干した。


 一応俺の事は信用してくれているようだ。


 娘さん達は無傷なようだ。

 おそらく夫人が守ったのだろう。


「ああ……凄い効き目……。それほどの薬……。改めて礼を言います。グリム殿」

「あの、ありがとうございます」

「あ、ありがとう」


 領主夫人と娘さん達がお礼を言ってくれた。


「それでは私はこれで失礼します。仲間達がまだ戦っておりますので」


 そう言って、俺は返事も聞かずにお暇した。


 無礼だったかもしれないが、走り去ってしまったのだ。

 貴族の人と話すなんて、どういう風にしたらいいかわからないし、そんな状況でもないからね。


 俺が城内を出て外に降りていくと、仲間達も集まっていた。


 俺はみんなに労いの言葉をかけ、怪我人の回復や要救助者がいないか確かめる為、もう一度手分けして回ることにした。



 しばらくして、城壁の正門前に再集合した。

 緊急の救助活動、回復活動は終わった。


 これで何とか大丈夫だろう……。


 一瞬で『下級悪魔』達を倒したとはいえ、あの数が上から降ってきたので、建物にはそれなりの被害も出たし、怪我人も出てしまった。


 仲間達の到着が間に合わなかった遠い場所にいた兵士等には、死者も出てしまったようだ。


 全てが救えるわけではないと頭で理解しているつもりでも……

 こういう惨状を見ると……無力感にさいなまれる……嫌になる……。


 仲間達も同じ気持ちのようだ。

 みんな暗い顔している……。


 俺が暗い顔してちゃ駄目だな……。


「みんな、良くやった! 街に帰ろう! 」


 俺は努めて明るく声をかけた。


「お待ちください! 」


 去ろうとする俺達に叫び声が届く。


 振り返ると領主夫人と娘さん達だ。


 護衛の兵士の制止を振りきって走ってくる———




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