112.商談、成立。

 俺達は、みんなでトルコーネさんの宿屋にソーセージのおすそ分けに行くことにした。


 昼食もそこで食べようと思っている。


 ただ行くのは人型メンバーだけにして、残りの子達は留守番というか自由時間にした。


 この家で遊んでてもいいし、大森林や霊域に戻ってもいい。

 念話をフラニーに繋げば、この林からいつでも転移できるからね。


 ただ『家馬車』は使いたかったので、オリョウとフォウには同行してもらった。




  ◇




 トルコーネさんの宿屋は、今日はお休みのようだ。


 まぁ昨日も解体の応援で一日留守にしていたし、今日も無理には営業しなかったのかもね。


 というか……多分トルコーネさん達も貰ってきた肉の処理や、加工などで忙しかったのだろう。

 腐る前にやっちゃわないといけないからね。


 手伝いに参加した人は、希望すればかなりの量が貰えたはずだから、飲食店をやってるトルコーネさんはたくさん貰ったに違いない。


 そんなことを思いつつ扉を開ける。


「こんにちは、忙しいとこすいません。ソーセージのおすそ分けにきました」


 俺がそう言って入っていくと、トルコーネさん達も一段落したところのようだった。


「まぁ、それはそれは……。ありがとうございます。サーヤさんのソーセージを分けていただけるなんて……」

「おお、それはありがたい」

「わーい! やったー」


 ネコルさん、トルコーネさん、ロネちゃんが歓喜の声を上げる。


「 四種類の味を持ってきたの。是非食べてみて! 」


 サーヤがそう言ってソーセージを渡すと、早速ネコルさんが試食用にボイルをしてくれた。


 試食の結果は……


 ……『塩味』『バジル味』『香草味』『ピリ辛味』いずれも大好評だった。


 ちなみに、ナーナが一番好きだったのはピリ辛味だったようだが、子供のロネちゃんには厳しいかな……。


 そう思ったのだが……やはり魂の記憶なのか……ピリ辛味が一番気に入ったようだ。

 涙ぐみながら食べていた。



 ここでネコルさんから提案があった。


 この店の名物料理にしたいので、ソーセージを定期的に仕入れさせて欲しいというのだ。


 サーヤは作り方を教えるといったのだが……


 作る人手もないので、大変でなければ是非納品して欲しいとの事だった。


 結局、作った時に、できた分だけというゆるい条件で取引することになった。


  一本あたり百五十ゴルで販売する予定のようで、俺達からは一本百ゴルで仕入れてくれることになった。

 破格の値段ではないだろうか……。


 俺の元の世界の感覚からすると、原価率が高すぎる気がするが……大丈夫なんだろうか……。


 まぁ評判になって、量が増えたら値下げしてあげてもいいかもね。


 あと、このソーセージ作りをミルキーの妹弟達の仕事にしてもいいかもしれない。

 今後も彼女達は街に残る予定だし。


 学校があれば通わせるが、この街にはないみたいだし、楽しみながらできる範囲でソーセージ作りをして納品したらいいかもしれないね。


 俺達がいない間も、トルコーネさん一家と関わってくれたら安心だし。


 もちろん強制的に働かせるつもりは全くないが。


 後でみんなに相談してみよう。 


 なんとなく流れで聞いてしまったのだが、俺達が来るまではどうも家族会議をしていたらしい。


 その議題はなんと“引っ越し”だった。


 トルコーネさんによると……


 大通りに面した角地の宿屋が、売りに出ているらしいのだ。


 この宿よりも倍以上大きい宿屋のようだ。


 居酒屋部分に飲みに来たり、食べに来たりするお客さんはともかく、宿泊客は一回だけの一見さんがほとんどで、大通りに面した宿屋から先に埋まるらしい。


 一つ奥の通りに入ったこの宿屋は、お客さんの確保が厳しいようだ。


 確かに、いくら料理が美味しかったりサービスが良くても、基本が通りすがりの一見さんなら、リピーターがないわけだから、立地に負けちゃうよね。


 そんなこともあり、最近売りに出た宿屋を買うために、トルコーネさんは危険を知りつつも、あの守護の特別の依頼を受けてしまったようだ。


 ただ、その報酬でも購入するのには足りず、今あるこの宿家や馬車や馬達を売ってギリギリ足りるかどうかということらしい。


 ところがネコルさんは、博打みたいな一発勝負に慎重で、ロネちゃんは生まれ育った家や馬達を手放すのに抵抗があるようなのだ。


 確かにトルコーネさんが考えるように、宿屋としては立地がかなり決定的かもしれない。


 宿屋経営が安定すれば、トルコーネさんが危険な行商に出る必要もなくなるし。


 そして新規事業に手を出すわけでは無いから……既存事業の移転拡張だからそれほど大きな危険は無いよね。


 その大通りに面した角地の宿屋というのは、このトルコーネさんの宿屋からすぐ近くらしい。

 大通りからこの通りに入る為に曲がる角にある物件のようだ。

 本当に目と鼻の先と言える。

 確かに素晴らしい立地だ。


 俺は一つだけ気になったことを尋ねた。


「そんないい条件の宿屋さんが、なぜ売りに出されたんですか? 何か問題があるとか……その辺は大丈夫なんですか? 」


 トルコーネさんによると、その宿屋は経営的に問題があったわけでは無いのだが、娘さんが領都で結婚することになり、一緒に引っ越したのだそうだ。


 旦那さんになる人が大商人で、奥さんの両親にも家を用意して近くに住まわせることにしたのだそうだ。

 自分の両親が亡くなっているので、奥さんの両親を大事にしたいという素晴らしい人のようだ。


 大きな行商の時に、この街で宿屋に泊まり、奥さんに一目惚れしたようだ。


 一家はもう引っ越していないらしい。


 その物件の売買は、商人ギルドと役所に託されているのだそうだ。


 変な物件では無いようだ。

 逆に願ってもない物件かもしれない。


 よく今まで売れなかったものだと思ったのだが……

 結構な値段のようで、すぐに買える者はこの街には中々いないようだ。


 ちなみに値段を聞くと……


  一千万ゴルで売りに出ているらしい。


 一千万ゴルは、物価的に一千万円と同じ感じなので、俺の感覚ではかなりの格安物件と思えるが……


 こちらの世界では不動産の相場はそんなに高くないのかもしれない。


 もしくは、建物についてはほとんど価値を考えないのかもしれない。


 面積だけならそれぐらいの値段なのかもしれないね。


 サーヤの所有してる面積なんて、宿屋の面積とは比べ物にならないからね。


 サーヤがどの位お金を持っているかわからないが、 一区画丸ごと買っちゃったみたいだし。


 いずれにしろ土地の相場はそれほど高くないのだろう。

 よく考えたら、辺境の領地の更に辺境の国境の街だからね。


 トルコーネさんがその宿屋を買うには、今の宿屋、馬車、馬達が五百万ゴルで売れないと厳しいらしい。敷地の面積的にはちょうど半分位らしいので、五百万ゴルという計算も成り立つようだが……


 ただそれにしても、すぐ買ってくれる人が現れるかどうか分からないよね。


 そこまで聞いて俺は一つ提案した。


 それはこの宿屋を、トルコーネさんが必要としている五百万ゴルで、俺が買い上げるというものだ。


 もちろん、俺がこの街に定住するつもりは今のところないし、宿を開くつもりもない。


 だが……トルコーネさん一家に協力したいし、この宿を他の人に売っちゃうのはもったいない気がしたのだ。


 何か将来使えるかもしれないし。


 それに、トルコーネさんの新しい宿屋が大繁盛したら、別館のようにして使えるかもしれない。

 何せ目と鼻の先だからね。

 そんな状態になったら、トルコーネさんに買い戻してもらえばいい。


 という感じで、どうとでもできそうな気がしたのだ。


 トルコーネさんは俺の思わぬ提案に、一瞬思考停止に陥り固まっていた……。


「そ、そんな……グ、グリムさん……なぜ……」


 思考停止から脱出したトルコーネさんが言葉を発するが、まだ纏まらないようだ……。


「もしよかったら、私に協力させてください」


 俺は、恐縮するトルコーネさんに、少しでも話を受けやすくする為に、あえて条件をつけた。


 俺が買い取るこの宿屋の維持管理を、トルコーネさん達に無償でしてもらう事だ。


 そのかわり、馬達や馬車はそのまま敷地に置いても良いということにした。


 これによってロネちゃんは、馬達の世話の為に生まれ育った家に毎日来れる。


 これで全て丸く収まるはずだ。


 俺は俺で、まず物件があって、そこで何をするかを考えるのも面白い。


 俺の元の世界のビジネスの常識ではありえないことだが、逆に面白い。

 箱が先にあって中身を考えるっていうのは、中々にワクワクする体験だ。


 用途はいくらでも思いつく……

 この一階部分を工房みたいにしてもいいし……。


 少し気が早いが……ついワクワクしちゃった……後で考えよう。


「ちょっと、チャンスは逃しちゃ駄目よ。こんないい話二度とないんだから。遠慮なんかしないで。あとは、宿屋をちゃんと繁盛させればいいのよ。こうなったら私も一肌脱ぐわ! 新しい宿の名前をつけてあげる。万が一にもグリムがつけたら大変なことになりそうだし……」


 ニアが突然そう言い出して、何故か途中からジト目で俺を見てる……

 確かに俺が名前をつけたらヤバそうだけど……そもそも頼まれないだろう。


「わ、わかりました。折角なのでお受けします。グリムさん、ありがとうございます。ニア様も」


「オッケー。じゃあ決まりね。お店の名前は……そうね……うーん、 妖精女神の愛する店ってことで……『フェアリー亭』なんてどうかしら……』


「おお、『フェアリー亭』……それは素晴らしい!」

「まぁ! なんて素敵な名前! 」

「うん。すごくいい! 名前かわいい! 」


 トルコーネさんもネコルさんもロネちゃんもみんな気に入ったようだ。


 伊達に俺にジト目を使うわけではないようだ。

 ニアは、ネーミングセンスが良いのかもしれない。


 それにしても、あの人……自分で“妖精女神”って言っちゃってたけどね……。



 ということで、話は纏まった。


 善は急げということで、昼食を食べたら役場と商人ギルドに行って手続きを済ませることになった。

 ここまで来て、万が一他の人に買われたらやだからね。




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