102.不穏な、領内。

 関所の前で止まり俺は馬車から出て、ニアとともに衛兵達に挨拶する。


 俺達のことを覚えていてくれたようで、一人は慌てて中に走っていった。


 そして中に通されたのだが……


 やはり衛兵長の個室に案内されてしまった……。


 一緒に行ったのは、ニアだけだ。


 他のみんなは馬車で留守番してもらっている。

 時間がかかる可能性が高いし、馬車でのんびりしてた方がいいと思ったのだ。


 俺達が中に通されるとほぼ同時に、ドタドタ足音が聞こえてくる……


 ———衛兵長が飛び込んできた。


 すごい慌てようだ。


 何かあったのだろうか……


 一緒にあの金髪美人さんも飛び込んできた。

 彼女まですごい慌てようだ。


「あー、あー、」


 息が荒くなり、中々声が出ないようだ。


「衛兵長、どうかされたんですか? 」


 俺の方から声をかけた。


「グ、グリム殿、戻ってくるのをお待ちしておりました。あの襲撃の時には、助けていただきありがとうございました。ニア様も本当に命を救っていただきありがとうございます」


 衛兵長が平伏する。


「頭を上げてください。えーと、私は何もしてませんから、ニアや仲間達は結構頑張ってくれましたけど」


「何をおっしゃいますか、皆様のご活躍は何人も見ております。本当に心より感謝いたします」


「街でもお二人の事は、“妖精女神”様と“凄腕テイマー”として凄い評判となっています」


 衛兵長に次いで金髪美人さんも声をかけてくれた。


 目がキラキラしていて……やはり眩しい位の美人だ……。


 それにしてもマジで評判になっているらしい……


 ニアはしょうがないとしても……なぜに俺まで……?


 苦笑いしていると、金髪美人さんが続けた。


「お二人が連れてらっしゃる“女神の使徒”と呼ばれる生き物達も大層評判です。グリム様はその凄腕テイマーとして評判なのです」


 なるほどそういうことか……


 俺は、あの時あまり目立たないように行動していたはずだからおかしいと思ったんだ……


 他のみんなの活躍が俺の評判を上げていたのか……


 ていうか……“女神の使徒”を俺がテイムしてるって……何か変じゃないかな……


 まぁ……ニアが本物の神様ってわけじゃないから、いいのかもしれないけど……。


「今やこの街では、ニア様とグリム殿の名前を知らぬ者はおりませんよ。ハハハハハハ」


 衛兵長が愉快そうに満面の笑みを作る。


 評判はともかく……名前が広がってるっていうのは……

 どう見ても出所ここだよね……


 まいったなぁ……

 のんびり色々見て回りたかったのだが……


 俺一人なら顔バレしてないと思うが……ニアは完全に目立っちゃうからなあ……


 と思ってニアを見ると、特に気にしている様子もなく、むしろ誇らしげな感じだ。

 この人あまり複雑な事考えないからね……。


「そういえばニア様、昨日はまた大量の盗賊を捕まえていただき、ありがとうございます」


「それはいいけど。あんなにたくさん大丈夫だったの? 」


 ええ、……ニアさん……?


 あちゃー……この人普通に答えちゃってるけど……

 匿名で置いた意味が全くないんですけど……。


 まぁいいけどね……

 最悪はニアがやったことにすれば、皆納得すると思っていたから……。


「ハハハ、ご推察の通り、大変でした。何せ前回の盗賊達がまだおりますので。また広場に急ごしらえで柵を作って入れております」


「そう……。この後どこかに移すの? 」


「いやーそれが……しばらくここに置くことになりそうです。今、領内が混乱しているんです」


 領内の混乱……どういうことだ?


「領内で何かあったのですか? 」


 俺は思わず訊いていた。


「はい、実は混乱しているというのは、情報自体がまだ正確に把握できていないからでもあるのです。

 確実なのは、領都に魔物が大量に押し寄せているということと、他の都市や街にも調査を出しましたがその途中にも、魔物が溢れているということなんです。

 領都、都市、街レベルなら城壁があるので、何とかしていると思うのですが、その近隣の村はほぼ壊滅でしょう」


 え、……そんなことが起きていたのか……


 衛兵長がさらに続ける。


「おそらく、我々が悪魔の襲撃を受けたのと同じようなタイミングで、あちこちに魔物が現れたようです。

 この街は、お二人のお陰で何とか無事でしたが、他はどうなっていることやら。

 実は……この町にも今また危機が迫っているのです」


「危機って何? 」


 ニアが慌てて訊く。


「領都や他の都市、街の方面から魔物達の一部がこちらに向かってきているのです。この街自体は城壁があるので何とかなりますが、外の街道沿いに村が六つあるのです。それを守らねばならないのです」


「大丈夫なんですか? 」


 俺が訊くと…… 衛兵長も金髪美人さんもしばし沈黙した……。


「ええ、今、策を練っているところです。とりあえず衛兵の半分は街の外に出て一番外側の村の周辺に野営陣地を作っています」


「魔物はいつ頃来そうなんですか? 」


「はぐれ魔物は、ちらほらもう来ているのですが、ある程度の規模で来るのはおそらく今晩か明朝ぐらい……」


「お願いいたします。できればお力添えを……ニア様、グリム様」


 いい淀む衛兵長を見て、金髪美人さんが頭を下げながらお願いしてきた。


「これクレア、これ以上はお願いできない……」


「しかし衛兵長、このままでは……」


 俺とニアは一瞬目を合わせ、頷きあった。


「わかりました。協力します。この町の危機を見過ごすわけにはいきません。恩人や知人もいますので」


「そうよ、遠慮してる場合じゃないわよ! とにかくみんなで力合わせて守らなきゃ! 」


「おお……ありがとうございます。本当に感謝いたします」


 衛兵長が安堵とともに涙ぐんでいたように見えた。


「それで私達は何をすればいいですか? 」


 俺が聞くと……


「まずは我々で防衛陣地を作ります。できればそこに来て参加していただければ……。

 おそらく昼過ぎにはできると思います。お迎えにあがりますので、それまでトルコーネの宿で休んでいて下さい。私の方から伝令を出しておきますので」


「分りました。それでは、一度仲間の家に戻ってから、昼までにはトルコーネさんの宿屋に行くようにします」


 ……ということで、俺達は衛兵長の部屋を出ようと思ったのだが……


 衛兵長が大きな箱型のトランクのようなものを、部下に持って来させた。

 六個もある。


 それを開けると……大量の金貨だった!


 ……はて……?


 これはなんだろう……?


 まさか……応援の依頼代金……?


 ……仕置人でもあるまいし……。


 話を聞くと……


 前回盗賊のアジトを四つ潰した時の報奨金だった。


 確かに、金額だけ聞いて後日と言われていた分だ。


 すっかり忘れていたが、五千五百万ゴルもある。

 すごい大金だ。


 俺の見聞きしてとらえた貨幣価値では、元の世界と大きく変わらないので、五千五百万円手に入れた感じだ。


 トランクのようなケースは、大量の金貨を動かす時の専用のものらしい。

 一つのケースが千枚綺麗に収まるような作りになっている。

 型のような物がはめ込まれていて、百枚ずつ十カ所入る形になっているのだ。

 かなりの重さに耐える為に、作り自体も強固なようだ。

 このケースだけでかなりの価値がありそうだが、このケースごと貰えるらしい。


「こんな大変な時にこんな大金……大丈夫なんですか? 別に私達なくても大丈夫ですけど……」


 俺は忘れていた位だし、こんな時に、こんな大金……何か喜んでもらえる感じじゃないんだよね…… 。


「いえいえ、こんな時だからこそです。

 見返りなど求めていない事は重々承知しておりますが、せめてもの気持ちです。

 本来であれば、前回の悪魔の襲撃の時に街を救っていただいたお礼もしなければいけないのです。

 ただ今この街は、守護が不在で満足に意思決定できない状態なのです。

 それでも盗賊退治の報奨金は、規定通り行えるものなので役場の方から出させました。全く問題ありません。これはせめてもの我々の気持ちです。どうぞ受け取って下さい。お願いします」


 ……頼み込まれてしまった。


 お金のことで問答する状況でもないし、面倒くさいのもあり、ありがたく受け取ることにした。

 衛兵長の顔を潰すわけにもいかないしね。


 そして、衛兵長は初めから昨日の盗賊達も、俺達の仕業だと思い、報奨金を計算し役所に申請しているそうだ。

 その分も後日、必ず払うと約束されてしまった。


 匿名で置いたものだし、別に必要ないのだが……


 そして金額を聞かされて驚いた。


 なんと七千八百四十万ゴルにもなっていた。


 確かに二百二十八人もいたからね。

 その分の通常報奨金だけでも六千八百四十万ゴルになる計算だ。

 そこに、何人か賞金首がいてその分が加わったのだろう。


 前回も思ったが、ほんとにそんなにお金出して大丈夫なんだろうか。


 この街の年間予算とか越えてないのかな?


 まぁ奴隷として働かせる人件費と考えれば安いもんなんだろうけど……。


 いずれにしろ、今回受け取った分も含めて、この街に還元しようと思っている。


 商売か何か始めてもいいかもしれない。


 前に衛兵長にもお願いされたしね。




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