75.衛兵長と、金髪美人。

「衛兵長、なんとか街全体の被害状況が確認できました!」


 衛兵の一人が息を切らせながら、広場の仮説詰所に走り込んでくる。


「おお、よくやってくれた。……で、どうなんだ? 死者の数は? 」


「そ、それが……し、信じられないのですが……」


「ええい、早く報告せんか!」


 言い淀む衛兵に、しびれを切らす衛兵長。


「あ……す、すみません。まだ自分でも……信じられないものでして……えー……死者はおりません。なお重傷者もおりません。軽傷者がほんの少し……」


「な、なに! 死者も重傷者もいないというのか……」


「はい、現時点では確認されておりません。軽傷者は十数人は確認できていますが………」


「軽傷者などいいわ! 十数人など……いないも同じではないか! 」


「すみません。怪我人はかなりいたようですが、すべて妖精女神様が治してくださったようです。また、女神様の使徒と思われる様々な生物たちが小悪魔たちを駆逐してくれたようです。これは我ら衛兵も数多く目撃しております」


「そ、それはわかっている。私もこの目で走る宝箱や竜馬りゅうまが小悪魔を屠っている姿を見ている。そして妖精女神様の奇跡も……我が身で体験している」


「はい、それはもうすごい奮闘でした。私も女神様の奇跡で治していただきました! 」


 衛兵が誇らしげに話す。


「そ、それにしても……死者が出なかったとは…… あの規模の襲撃を受けて……しかも相手は悪魔……魔物など比べ物にならない相手だというのに……」


 この街に起きたことは、まさに“神の奇跡”と言えるほどの出来事であった。


 後に“辺境の奇跡” “始まりの奇跡”と謳われるこの出来事は、後々まで語られる『奇跡の物語うた』の一つとなるのである。


 衛兵長には、もう一つ疑問があった……


「小悪魔どもを倒したのはわかる。そして中級悪魔を妖精女神様が倒してくれたのも見ていた。だが、数多くいた下級悪魔、そして一番強そうだった中級悪魔はどうしたのだ……一瞬のことでわからなかったが……」


「隊長……多分ですが…… グリム様が中心となって倒されたのではないでしょうか……」


 そばに控えていた“金髪美人”こと女性衛兵のクレアが口を挟む。


「グリム殿が……ありえない……。彼は普通の人間だぞ……レベルも確か……10くらいだったはずだ……」


 衛兵長が首を振りながら否定する。


「はい……私もそうは思うのですが……

 あの一瞬の閃光で目が眩んだ時に……たまたま下を見ていた私は、他の者より早く視界を取り戻しました。

 そして、凄いスピードで動く人影を見ました。

 はっきりとは断言できませんが……あれは多分グリム様では……」


「本当なのか……普通に考えれば妖精女神様が倒したと考える方が自然だが……」


「もちろん妖精女神様やその使徒と思われる者たちも戦っていたようでしたが…… 中級悪魔は門の外へ出たように見えましたが、それをグリム様が追ったようでした」


「にわかには信じられんな……だが……妖精女神様と一緒におられる方だ……何か特別な加護のような力があるのかもしれないな……まぁいずれにしろ本人に確かめるのみだが……」


「実は……被害状況の確認のついでに……グリム様をずっと探しているのですが、なかなか見つけられません」


「そうか。ではトルコーネのところで訊いてみた方がいい。そこに居るかも知れんぞ。彼は記憶を一部無くしてこの街に来たんだから、トルコーネぐらいしか知人はいないはずだ」


「実は……私もそう思ってトルコーネさんのところに行ってきたのですが……

 トルコーネさんのところに寄って、もう立ち去った後でした……。

 知人の女性の家の無事を確認すると言って出ていったそうです……」


「おお、早いなぁ。もう確認済みか……。……なんか面白くなさそうな顔だが……ははあ…… クレアまさか……」


 何かに思い当たった衛兵長が、ニヤケ顔でクレアを見る。


「え……な、ないですよ! 変な勘ぐりはやめてください!」


 頬を赤らめ、手をバタバタさせながらクレアが怒る。


「ハハハ……良いではないか……。私はいいと思うぞ」


「何がいいんですか! ……もうおじさまったら……」


「コラコラ、仕事中は隊長と言わなきゃ駄目じゃないか」


「それは……おじさまが先にからかうから………」


「すまん、すまん。まぁお礼もしなきゃならないし、できれば詳しく話を聞きたいから、衛兵みんなで詳しい調査がてら探してみよう」


「そうですね……あの一つだけ手がかりが……。

 いろんなところで住民たちを助けてくれたスライムが三体、街を警備するように今も巡回しているんです。

 おそらく妖精女神様の使徒に違いありません。

 あの子たちを見張っていれば、いずれニア様やグリム様も現れると思います」


「あーそうだな……まぁお前に任せとけば絶対に見つけてくれそうだな……ムフフフフ……」


「もう! おじさまったら……嫌いです! 全くもう!」


 グリムがこの世界に来て初めて目にした人族の女性、思わず見とれてしまった“金髪美人”ことクレアは、なぜか初めて会った時からグリムのことが気になって仕方なかったのであった。


 当初、珍しい妖精と一緒に現れた変わった若者ということで、印象に残っただけと思っていたクレアだったが………


 まさか自分の人生に大きな影響を及ぼす出会いだったとは……夢にも思っていなかった………。


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