第54話 転移者は姫と再会する


 俺は奇跡を信じている。


俺自身がそれを体現しているからだ。


だけど、さすがに目の前のそれは、奇跡どころかただの夢だとしか思えなかった。




 薄暗い噴水広場の一角に気配を消した三人組がいた。


何を見るでもなく楽しそうにしている雰囲気が伝わってくる。


 一人は騎士だろう。


服はごく普通の商人のようだが、着慣れていない感じがする。


背中に括り付けた荷物は、鞘ごとわざと安物の布に包んだ剣のようだ。


その若い男性の立ち居振る舞いは護衛騎士だと思う。


 その騎士に守られるような位置に立っている二人は、おそらく若い女性だろう。


曖昧な表現になったのは、その二人が男装していたからだ。


何故?、と首を傾げたくなるほど男性の服を着ていても仕草や立ち姿が女性らしい。


「ああ、でもオカマっていう線もあるのか」


『なんだそれは?』


「男性だけど女性の心を持っている人たちのことだよ」


その場合、異性としての恋愛対象は男性だ、というと王子は目を瞬いた。




 そんなことはどうでもいい。


俺は行動を開始する。


目を離さずに近寄り、そっと声をかける。


「サーヴへようこそ。 何かお困りでしょうか?」


俺は声が震えないように必死になっていた。


肩の上の黄色い鳥はちゃんと声を出せているかな。


 金髪に茶色の瞳をした若い騎士がずいっと俺の前に出て、


「何でもない。 あっちへ行け」


と俺を追い払おうとした。


男装の女性たちは、一人は金色の髪をしていて、一人は黒い髪をしている。


髪の色しか分からないのは二人が仮面を着けているからだ。




「アキレー、待ってください」


黒い髪の女性が優しい声で騎士を止めた。


「ご心配ありがとうございます。 楽しんでおりますわ」


彼女は俺の肩の鳥をじっと見つめる。


仮面の下を見ることは出来ないが、その優しい声色できっと微笑んでいるだろうと感じる。


俺も「それは良かった」と微笑む。




 そこへミランが乱入して来た。


「お嬢さん方。 どうですか、一杯」


男装しているのにそう呼ぶのは失礼に当たる。 俺はミランの脇腹を小突く。


「私たちには構わないでくれ」


騎士の男性が嫌そうに俺たちから離れようとするが、ミランは行く手を遮った。


「私はこの町の地主で、祭りの主催者の一人のミランと申します。 お見知りおきを」


俺は知ってる。


ミランは、こういう硬そうな若者を酒で酔い潰すのが好きなのだ。


すでに獲物を狙う目で騎士を見ている。




 俺はすかさず女性たちに向かって声をかける。


「このような場所は若いじょ、こほん、あなたがたには少々危ないかと。


どうでしょう。 私の家へおいでください。


窓からこの祭りの様子がご覧いただけますよ」


俺は丁寧に礼を取り、二人を促した。


金色の髪の女性は断ろうとしていたが、黒髪の女性は差し出した俺の手を取った。


「ありがとうございます。 では遠慮なく」


俺の心臓がドクンと波打つ。




 俺は、三人組とミランを半ば強引に家に押し込んで扉を閉める。


窓に貼ってあった遮光の布を外し、外の様子が見えるようにした。


「こちらへどうぞ。 ここなら安全に町を見られます」


大きなテーブルの窓際側に三人が座る。


黒髪の女性はうれしそうに窓の外を眺め、金髪の女性と騎士は訝し気に家の中を見回している。


ミランは俺の側に来て、お茶を出すのを手伝ってくれた。


「酒にしろよ」


と、あの蜂蜜酒を渡してくるが、俺は首を横に振る。


俺の手が震えていることに気づいて、ミランはそれ以上は何も言わなかった。




 どうして、どうして、どうして、ここに?。


俺は今、どんな顔をしているだろう。


焦っている気持ちは顔に出ていないだろうか。


 俺が動いていられるのは、王子が心のどこかで俺の行動を制御していてくれるからだ。


『この姿ならケイネスティだとは思われないだろう』


いいや、王子。 チャラ男にはすぐにバレたじゃないか。


安心できないよ、俺は。




 魔術でお湯を沸かし、お茶を出す。


ミランは騎士の前にコップを置き、「あんたはコッチだよな?」と酒瓶を見せて煽っている。


俺は荷物から丸いアップルパイを取り出して彼女たちの前に置いた。


ナイフを取り出して切り分けようとすると、刃物に反応した騎士の気配がゾワリとする。


「大丈夫ですよ」


黒髪の女性が騎士を止める。


「でも、やはり私たちは女性だと分かるんですね」


ミランは苦笑いを浮かべながら、


「そりゃあ、分かりますよ。 心は姿に現れますからね」


と、胸を叩く。


「あなたの女性らしい心はどんなに服装を変えてもにじみ出ますよ」


ミランの言葉に黒髪の女性の口元がイタズラっぽく微笑んでいる。


「そうなんですか。


私、以前女装した男性に会いまして、それがとっても良くお似合いだったものですから。


自分も変装してみたくなったんです」


そう言って笑う女性に、俺は大きく息を呑んだ。


エルフの血のお陰でーと言いそうになったが、ぐっと堪える。




 このままで良いわけがない。


俺が緊張してるのがイケナイんだ。


ミランが酒で騎士を早々に潰そうとしているのを察知して、金髪の女性が警戒を強める。


 俺は黒髪の女性の前の席に座り、向かい合った。


俺の肩から黄色の鳥がテーブルの上に降り、なるべく小さな声でやさしく彼女に問いかける。


「どうしてここに?」


しばらく鳥に目を向けていた彼女が顔を上げて俺を見た。


「分かりません。


ただお祭りと聞いて、楽しそうだなって思ったら、どうしても行ってみたくなって」


忘れもしない、あの悲しそうなやさしい笑みを浮かべている時の彼女の声だ。


俺はじっと彼女の仮面の目を見つめる。


彼女は目を逸らして俯いた。




 俺は、いつも持ち歩いている黒いペンを取り出す。


文字板は無いが、そこら辺にあった紙にペンを走らせる。


「事情を話してくれませんか?」


そう書いて、彼女にペンと共に差し出す。


すると彼女は自分の持ち物から白いペンを取り出して、俺に見せた。


「やはり、ケイネスティ様でしたのね」


お揃いのペンを前にして、俺たちはしばらくの間、見つめ合っていた。




 俺は立ち上がって、窓に再び遮光の布をカーテンのように掛けた。


<遮音>、外の喧騒が聞こえなくなる。


そして<強制解除>と念話鳥が呟く。


黒髪黒目の俺の姿が、金髪緑目の王子の姿に変わる。


そして、仮面を取った黒髪の女性の顔は、青黒い痣が半分を占めていた。


「お久しぶりです。 ケイネスティ様」


「ご無沙汰しております。 フェリア姫様」


素の姿で挨拶を交わす俺たち二人に、あとの三人が唖然とした。




 今、俺の目の前には、夢の中で何度も見た悲し気な笑顔が揺れていた。


フェリア姫はしばらく黙っていたが、決心したように話し始める。


「私、公宮を出ましたの。


妹が結婚しましたので彼女を正式に父の跡継ぎとするために」


デリークト国の公宮とはアブシース国での王宮のようなものだ。


国の代表である公爵一家が住んでいる。


その公宮を出たということは、妹姫と二人姉妹の彼女が自ら身を引いたのだろう。


「私はずっと国を愛しておりますし、民のために何が出来るかを日々考えております。


ですが、私では国民からの支持を得られないと貴族院では考えたようです」


公国では公爵が一番地位は高いが、その政の多くは貴族院という議会で決められる。


彼女はその顔の痣のせいで、国民からも「呪われた姫」と呼ばれていた。


顔を伏せる彼女に金髪の女性が仮面を取って寄り添った。


王宮の庭で会ったことがある姫の幼馴染で侍女のルーシアさんだ。




「姫様。 何故、今そんなお話を」


ルーシアさんは俺の顔をチラッと見た。


「ケイネスティ様は、お姿を変えてまで王宮を出られた方。


私とは事情は違っていても、国政から身を引いた者同士、分かり合えることもあるかと」


騎士までが俺の顔を睨むように見ている。


「フェリア姫」


俺は彼女の手を、肩を、その身体を抱き締めたくて堪らない。


だが、騎士や侍女もいる前で出来るわけがない。


触れることが出来ないなら、どうやって彼女を慰めたらいいんだろう。


「正直、私にもどうしたらいいのか分かりません」


俺の国の事情も、王位を継がなかった理由も違う。


ただ、王子も呪いで声を失っていなければ王位を継いでいたかも知れない。


そうか。 俺たち二人の共通点は「呪い」なのか。


「せめて、今夜はお祭りを楽しんで行ってください」


俺はニコリと微笑む。 彼女に今必要なのは気晴らしかも知れない。


顔を上げた黒髪のフェリア姫は「はい」と微笑んだ。


いつもの悲し気なやさしい微笑みだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る