第24話 転移者は子供たちを教育する


 俺は夕食後にミランの屋敷へお邪魔した。


「魔法柵を修理?」


「ええ、今回森を調査させてもらった、その結果です」


そう言ってテーブルの上に紙の束を置く。 先日、斡旋所に提出したのはごく一部だ。


「結構壊れている柵がありましたので、それを勝手に直してもいいのかどうか」


今まで各地を回って勝手に直していた。


どうせ気づかれたときにはその町にはいないので、誰がいつ直したかなんて分からない。


だが、ここにはしばらく住むつもりなので承諾がいる。


勝手に手を出して、あとで問題になるのは困るからだ。


 ミランは少し考え込んでいたが、


「旧地区に関しては問題ない、というか有難い話だが、新地区はどうかなあ」


苦い顔をしているところを見ると、やはり新地区の領主とは仲が悪いのだろう。

 

「前の領主とはうまくやってたんだが、三年前の火事で館ごと焼死しちまったからな」


俺は扉の向こうで小さな息が潜められたのを感じた。

 



 ミランは余所者の俺にそれ以上話をする気はないようだ。


地主であるミランなら前領主の娘の顔も知っていただろうし、フフの身元もわかっているのだろう。


その上でロイドさんも彼女たちを引き受けてくれた。


やはりどことなく今の領主が危ういことに気づいているんだろうと思う。


俺も頷いて聞かなかったことにする。


「それじゃ、旧地区側だけでも修理しておきます」


そう言って肩の鳥と共に立ち上がる。


「分かった。 ロイドにはすぐ依頼を出すように言っておく」


「お願いします」


明日の夕方にでも依頼を確認して、夜から作業に入ろう。


昼間だと、あの猟師に化けてる若者がついて来そうな気がするしな。




 俺が部屋を出て玄関ホールに行くと、ロイドさんがロシェと共に見送りに来た。


ロシェの手には卵が数個入った篭がある。


「ネスさん、魔鳥をありがとうございました。 おかげさまで順調に増えています。


お礼と言っては少ないですが、どうぞ」


ロイドさんの言葉に押され、少年にしか見えない少女がおずおずと前に出る。


俺が「ありがとうございます」と声をかけて篭を受け取ると、はにかんだように笑った。


金色の髪に深い青の瞳。 少年にしては可愛すぎるな。


俺はロイドさんに目配せしてロシェたちを頼み、手を振って地主の屋敷を出た。


 


 翌朝、何やら聞き慣れない物音がして目が覚めた。


「何の音だ?」


寝室を出て中二階の階段を降り、扉など無いように見える壁を開く。


一階には、玄関と腰板までしかない廊下との仕切りの向こうに、だだっ広い部屋がある。


まだ薄暗い部屋を物音のするほうへそろそろと歩く。


「これか」


調理場にあった、昨夜ミランの屋敷でもらった卵である。


『孵るのか?』


どうやら五個の卵、すべての雛が殻を破ろうとしている。


確かに元の世界の鳥と違って、もらった卵は有精卵なのだろう。


昨日の朝の産みたてだと聞いていたが、早くね?。


『魔力のある鳥、というか魔獣だろう。 普通の鳥とは違うのかも知れない』


なるほど、よく分からん。


 見ている間に雛が孵り、元の世界のヒヨコと同じようにピヨピヨとうるさい。


仕方なく俺は鞄からリンゴが入っていた空の木箱を取り出し、その中にボロ布を敷いた。


「あとでちゃんと鳥小屋でも作らないとな」


そう言いながら、雛をその中へ入れ、深めの皿に水と浅めの皿に野菜の葉を入れて置いた。


成長が早そうだから餌はこれで問題は無いだろう。


「あー、面倒な。 ロイドさんに育て方を訊かないとな」


『飼うのか?』


うーん、と俺は考え込む。


「育てて肉にするのもいいかな。 卵も欲しいし」


でもこんなに早く孵るのはどうなんだろう。 ロイドさんに担がれたのかな?。




 明るくなってから箒を持って外に出る。


子供たちは水くみの仕事に向かう者と、教会を掃除する者に分かれていた。


旧地区の井戸は全部使えるようになったので、水くみの仕事も身体が不自由なお婆さんの家だけになったらしい。


俺は小さな子供たちと一緒にいたリタリを呼んで、家に招き入れた。


「これ、世話してもらえるかな?。 日当は出すよ」


雛を見せ、仕事だと言うとうれしそうな顔をした。


「ネスさん、知ってたの?。 この鳥、産まれた翌日には雛に孵るから、卵はその日のうちに調理しないといけないのよ」


数羽の魔鳥を見てリタリがそんなことを言う。


どうやらロシェたちに教わったらしい。


「うげ」


俺の肩の鳥が異世界の魔物事情にうんざりした声を出す。


「ひと月ぐらいで大人になって肉が食べられるし、卵も美味しいから、助かるー」


本格的に教会横に鳥小屋を作る約束をした。


朝食後にトニーたちと一緒に体力作りをしていたミランが、こっちを見てニヤリと笑った。


ヤロウ、俺が鳥事情を知らないと思って驚かせやがったな。




 昼過ぎに斡旋所のある食堂へ行くと、看板娘が一人で留守番をしていた。


「あら、ネス。 今日は一人?」


食堂自体は忙しい時間を過ぎているので客もまばらだ。


今日はフード付きのコートに赤いバンダナで口元を隠している。


「ええ。 ロイドさんから依頼は来ていませんか?」


森の調査の終了の受領票を渡し、新しい依頼の受領票をもらう。


「学者さんなんですって?」


少し頬を染めた娘が魔法柵の調査の依頼書を見ながら俺に訊いてくる。


「いえいえ、ただ知りたいことを調べているだけです」


俺の格好はどう見ても怪しいけどね。


看板娘は首を傾げて「そんなに若いのに?」と俺を見ている。




 俺の身体は二十歳の青年のケイネスティだ。


この世界は十五歳で成人として扱われるので、二十歳としては少し身体は小柄ではあるが、間違いなく大人だ。 


その中にいる三十歳の俺としては、元の世界での二十歳は下手をすればまだまだ精神的に子供だと思う。

 

俺自身、どうしても十歳年下の王子を子供扱いしていることろがある。


だけど王子は考え方もしっかりしてきて、もう子供とは言えない。


『これからはケンジの思うように生きてみればいい。 今度は私が君を助けるよ』


そう言った王子の声を俺は忘れない。


うぅ、立派になったもんだ。




 夜、夕食後に子供たちの勉強を始めている。


教会の中にある机と椅子を使い、王子の魔力で作った魔法紙を板に貼って配る。


安いペンとインクは雑貨屋に頼んで揃えてもらった。


「このインクと紙は、文字を書いてもしらばくすると消える。


覚えないと消えてしまうんだ」


子供たちが「えー」と驚いた顔をする。


 こんなことに魔法紙を使うなんて贅沢極まりない、とは思う。


でも人数分しか必要ないし、終わったらちゃんと回収する。




 そしてもう一つの板を渡す。 こちらは普通の紙とインクで、消えることはない。


「消えるほうで練習をして、消えないほうで確認する。 やってみてくれ」


俺はノースターで作った黒板のような板を思い出して、その半分くらいの大きさの脚付きの板を木工屋で作ってもらった。


それに紙を貼ったものを皆に見える位置に置く。


大きく数字を書く。 王子の文字は相変わらずきちんとしていて読み易い。


「まずは練習だ。 数字を書く。 1から順番だ。


10まで覚えたら残るほうの紙に書いて、俺に見せて欲しい」


 子供たちの拙い文字を、俺は黙って見ていた。


黒板のような板に書かれた数字を懸命に真似して書いている。


小さかったり、大きかったり、汚い字だったり、読めない字になったり。


「よし、いいよ。 じゃあ、リタリは、次は11から20だ」


そうやって100までの数字を書かせていった。




 最初は真似するだけなので、大きな子供たちはさっさと進んでいく。


小さな子供たちは集中できる時間なんて一時間もない。


すぐに飽きるので、俺もあまり無理強いしないで、裏の部屋へ行かせてさっさと寝かせる。


大きな子供たちには残ったほうの紙を持ち帰らせ、自分が書いた字を眺めさせる。


町の浮浪児たちには、自分で読み書きする時間などほとんど無いのが当たり前だ。


「自分の字を他の子たちや、町で見かける字と比べてみろ」


店などに出ている数字を自分の覚えた字と比べ、それがどんな数字なのかを知る。


物が高いか安いかはまだ分からなくても、それがいくらなのかは知ることは出来るだろう。


まず、興味を持つことが大切なのだ。


 その後で計算を教えることにしている。


「それと、ここにはまだ少ないけど本がある。


そのうち増やすから、文字も覚えれば読めるようになるよ」


教会の物置から出てきた本を、修繕して壁に作った棚に並べておいた。


数字が終わったら文字を教えるつもりだ。


いつかこの子供たちの役に立つ日が来るといいな。


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