第22話 転移者は地主に勝つ


 俺と王子がこの町に来て三ヶ月が過ぎた。


教会の子供たちは新しい部屋に感謝の祈りを捧げ、教会を隅々まで掃除してくれた。


リタリと仲良くなった新地区の女の子たちも、結局こちらの教会で寝泊まりするようになった。


そういうわけで、女の子部屋は十歳のリタリと十二歳の女の子二人の三人だ。


男の子部屋はトニーとサイモン、ナーキにテートの四人だが、たまに他の子が部屋の床で転がっていた。


今、新地区の男の子は、リーダーの他には十歳から八歳までが五人いる。


毎日来るわけではないので、床に雑魚寝で我慢してもらおう。


そのうち、彼らも成人したり、住み込みで働いたりするようになるしね。




 トニーとリーダーの鳥捕獲作戦はサイモンを連れて行くことで解決した。


要するに、彼らは魔力を感知出来なかったので見つけられなかったのだ。


サイモンは多少だが他の子たちよりは魔力があるので、俺が<魔力探知>の魔法陣を渡して使い方を教える。


トニーたちは半分諦めていたが、サイモンがそれを使って簡単に鳥を見つけて驚いていた。


鳥の居場所が分かると、リーダーが網や罠を使って生け捕りにして持ち帰ってくれる。


ロイドさん夫婦がロシェたちと一緒に地主屋敷で飼うことになった。


肉も卵も非常に美味なので感謝され、さっそく鶏小屋を作っていた。


 <魔力探知>は小鬼もすぐに見つけることが出来るので、うまく避けて獣の狩りが出来る。


この町の猟師自体が少ないので、少年たちが狩る分には文句は言われていない。


相変わらず俺の依頼のついでに「襲われたから返り討ち」を続けているだけだ。


冬の間は獲物が少ないので、小鬼もそんなに数はいない。


未だに一人で森に入っている若い猟師を見かけるらしいが、トニーたちは俺の言いつけは守っているようだ。




 そんな毎日の中で、砂漠の町サーヴの新年は静かに過ぎて行く。


雪のない新年を俺は不思議な思いで迎えた。


空気は冷たいが、いつも通りの賑やかな朝だった。


俺は子供たちを教会に集めて、新年の祈りを皆で一緒に捧げる。


そして子供たちに向かって静かに話をする。


子供たちは、この後に新年のご馳走が用意されているので黙って聞いていた。


「皆に文字や計算を教えようと思うが、習いたい者はいる?」


肩の鳥が俺と一緒に皆の顔を見回す。


子供たちは顔を見合わせたり、考え込んだりしている。


「別に無理しなくていい。


ただ、夕食後にこの場所で、文字を描いたり、数字を覚えたりするだけだ」


 新地区の子供たちは仕事先で、ある程度必要なものは教えてもらえる。


だけどそれが正しいかどうかまでは分からない。


「勉強って覚えたらそれで終わり?」


新地区の女の子の一人が手を上げる。


「そうだね。 まずは基本を覚える、かな」


その後は、分からないこと、知りたいことを「自分で調べる」が待っている。


今までやったことがない勉強をするのは退屈だったり、つまらなかったりするだろう。


俺は来るのも去るのも追うつもりはない。


「自分で必要だと思ったら来ればいいからね」


俺はここに居る。 この子たちが必要とするなら手を差し伸べるだけだ。




 新年の三日間はこの町でも仕事は休みになる。


体力作りも休みだと伝えたが、トニーとリーダーは二人で走っていた。


何故かミランが一緒に走っていたのには驚いた。 また不摂生しまくったのかな。


少年二人が体力作りの体術の基礎をやってる横で、剣の素振りをしていた。


『ふむ、何日続くかな』


俺は家の窓からその様子を眺めていた。




 勉強のほうは新年の休みが明けてから始まった。


ロシェやフフにも伝えて、ミランとロイドさんの許可はもらってある。


「新地区には学校もあるが、あんまり評判は良くないらしいからなあ」


山手のお屋敷の子供たちと海手の貧民に近い子供たちでは差があり過ぎるだろう。


ミランの言葉に教師も大変そうだと思っていたら、


「お屋敷の子供たちはだいたいが教師を雇って、家の中で教えているぞ」


家庭教師ということらしい。


それでは学校は海手の子供たちばかりということか。


「あまり子供は集まらないようだがな」


子供も労働力という場所ではどうしても教育は疎かになる。


それはそれで仕方がないと思う。




「お前もたまには飲みに来い」


ある夜、ミランが俺を飲み屋に誘いに来たが、俺は特に愚痴りたいこともないので断った。


「チッ」


舌打ちをしながら何故かミランは俺の家に入って来る。


「おい、この間の酒を出せ。 まだあるんだろう?」


高級な酒の味を覚えてしまったようだ。


王子が広げていた魔法陣の紙を片付ける。


『あの蜂蜜酒を出せばいいだろう』


え、王子、本気?。


ドラゴンや魔獣の大蛇を倒したあの酒を?。


『いやいや、王宮のおばさんがくれた人間用の蜂蜜酒で良いだろう』


王子に呆れられた。


いや、だって、ミランは王子の好きそうなタイプじゃないからさ。 俺は嫌いじゃないけど。


この間、王子が剣術の相手をしたのも朝から酒を飲んでいるミランにかなり苛ついていたからだと思う。


『そんなことはないぞ。 こいつは面白い奴だと思ってる』


本当かな。




 俺が蜂蜜酒を出すと、ミランは顔を顰める。


「蜂蜜酒?、お子様用じゃねえか」


「では、そのお酒で酔っ払ったら、ミランはお子様ということですね」


俺の肩の鳥は王子の言葉を話す。


これは一見、普通の蜂蜜酒だが、王宮のおばさんたちによって俺用に酒精強化されている。


「なんだあ。 やけにうまいな、この酒」


つまみに大蛇の肉を薄切りにして焼いたものを葉野菜に包んで出した。


俺も少し付き合って、知らん顔をして飲む。


 うん、早々と普通に潰れたね。


俺はミランを担いで屋敷へ届けた。




 翌朝、俺がいつものように掃除をしていると地主屋敷からミランとロイドさんが出て来た。


ロイドさんには、酔い潰れたミランを担いで届けたことを改めて感謝される。


俺は二日酔いのミランに化け物を見るような目で見られた。


「お前、絶対におかしい。 人間じゃねえだろ」


うるさいよ。 半分エルフ入ってるけど、人間だから。


心の中に異世界人が混ざってるけど、とりあえず人間のはずだ。


「子供用の酒で酔ったミランはお子様なので、今後、お酒は禁止します」


「え?」


「そうですよね、ロイドさん」


ロイドさんが苦笑を浮かべている。


「そうですね。 若様には昼間のお酒は禁止ということにさせていただきましょうか」


とりあえず夜なら良いということで手を打った。


「いつかお前に勝ってやる!」


ミランは捨て台詞を吐いて屋敷の中へ戻って行った。


俺とロイド爺さんはクスクスと笑い合った。


子供たちも一緒になって笑っていた。




 そこへ一人の若者が近づいて来た。


「あ、あの。 あなたがネスさん?」


服装や装備している弓や剣を見ると猟師だろうか。 かなり薄汚れている。


「あ、この間の」


水くみを終わらせ、戻って来たトニーがその青年を指差す。


「この間は助けてもらって助かった、ありがとう」


どうやらトニーが手を出してしまったようだ。


俺はジロリとトニーを見ると、顔を逸らされた。


「何か御用ですか?」


俺は声を出さず、トニーに任せる。


「いや、あの、ここに来れば会えるかなと思って。 君の師匠に」


俺はそそくさとその場を離れた。 逃げたわけじゃない。 朝食の用意があるんだ。




 二人が話をしているのが見える。


俺はリタリと二人でスープを作り、パンとお茶の用意をする。


サイモンとナーキとテートが座って待っている。


「あの男、見たことあるか?」


俺の肩に乗った鳥がサイモンに声をかける。


「うん。 この間、一緒に小鬼をやっつけた」


おや、そんな話は聞いていないけどな。


「トニーが黙ってろって」


ほう、師匠と呼ぶくせに隠し事するんだ。




 その若者を連れたトニーがこちらにやって来る。


「あ、あの、師匠、すみません」


俺はにっこり笑って二人に座るように勧めた。


リタリは若者の分も食器を用意して、出してやった。


若者はうれしそうに座ったが、トニーは何故か立ったままだ。


「師匠、言いつけを守らなくてごめんなさい」


俺は首を傾げて彼を見上げる。 肩の鳥も首を傾げた。


「はて、俺は弟子を取った覚えはないよ。 さあ、皆、食事にしよう」


師匠と呼ぶのは勝手にさせてはいるが、ちゃんと弟子にした覚えはない。


 そして俺は食事を配り終え、食べ始めた。


子供たちは立ったままのトニーをチラチラと見る。


「これ、美味しいですね。 お嬢さん」


ニコニコしながら食べ始めた若者は、何故かリタリに話しかけている。


困り顔の自称弟子に、俺はハアと大きく息を吐いた。


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